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3 魔道士の怒りと、対価

 魔道士雷夜は怒っていた。

 男が金を払う気などないことを、さすがに察したのかもしれない。

 怒りが燃えるように全身から立ち上っている。


「どういうつもりだ?」

 魔道士は男の真正面に立ち、問うた。

 男は身体が震え出すのを感じた。なぜこんな背の低い童顔の男にここまで気圧されるのだろう。


 腕のいい魔道士。何でもできる、らしい。

 証拠を残さずに人を殺すことくらい、簡単なのではないか。

 それとも、死ぬより怖ろしい目に遭わされるだろうか。


「息子を助けてくれた礼は、言います。ですが私は失業して、今、無職・・・・・・なんです。金は、払えません。医者にも診療代をまけてもらいました。そもそもご、五千万Gなんて大金、払えるわけがない」

 男は必死で言った。


 魔道士は怒りをにじませたまま、黙って男を見据えていた。

 やがてすっと手を持ち上げると、その手のひらを男に向けた。


 男は魔術がどういうものかよく知らない。

 けれど魔術を使う人間は、炎を放って竜を倒したり、大量の水を発生させて兵士を溺れさせたり、暴風を起こして町を壊滅させたり、土から造りだした巨人を操ったりできるらしい。

 あの手から、一体何が放たれるのか。火の玉か、氷の矢か。

 自分は一体どうなるのか。

(あの子さえ元気なら、私はどうなってもいいんだ・・・・・・!)

 恐怖の中、男はぎゅっと、目を閉じた。


 しかし次に起こったことは、男の考える最悪の想像を越えていた。

 魔道士は、かざした手のひらをくるりと動かした。


「とうちゃあっ」

 バタン!と扉の開く音とともに、子どもの悲鳴が男の耳を貫いた。その声は、くぐもっている。


 男が振り返ると、そこには丘を降りたはずの息子がプカプカと浮かんでいた。

 何か透明な球体が空中にあり、息子はその中に閉じ込められている。息はできているようだし、苦しそうでもない。が、隔てられた空間の中で息子は怯え、ガラスか何かのような透明な球を中からガンガンと叩きながら男に助けを求めて泣いている。


「な・・・・・・」

 息子さえ無事なら、自分はどうなってもいいと思っていたのに。

 まさか魔道士が、息子を捕まえてしまうなんて、そんなことは予想もしていなかった。


「く・・・・・・なんて馬鹿なんだ私は」

 男はうめき、自分の迂闊さを悔いた。

「まったくだ」

 冷やかに同調した魔道士に、男は反射的に怒りの目を向けた。が、息子を人質にとられている状態であることを思い出し、懸命にその怒りを抑える。


 男は床に膝をつくと、はいつくばるように頭を下げて懇願した。

「お願いします。私はどうなってもいいんで・・・・・・お願いします。どうか息子だけは、息子だけは助けてください。このとおりです。お願いします」

 だが男のその懇願を冷たい目で見下ろしながら、魔道士は言った。

「どうしてせっかく助かったのに、無駄にするようなことをする?」


 取り付く島がない、と男は感じた。

 怒らせてはいけない魔道士を怒らせてしまった。

 なんて自分は愚かなんだろう。

 本当に、馬鹿で、馬鹿で、どうしようもない。


「お願いです、息子だけは・・・・・・」

 男は絶望感の中で、涙を流しながら訴えた。

「せっかく助かった。そうです、危ないところだったのを、あなたが、あなたが助けた命です。ですから、どうか・・・・・・」

 額を床にこすりつけ、男は声を絞り出す。


 が、魔道士はそんな男に苛立ちを含んだ声で返した。

「危険にさらしたのはおまえだろう」

「そのとおりです」

「おまえが今朝目を離したから、その子は空蝉イタチに噛まれた」

「そのとおりです」

「その子はまだ五歳だったな」

「そのとおりです」

「その五歳児を、なんでまた一人で外に出す?」

「そのとおり・・・・・・え?」


「おまえが目を離したから、その子は今朝危険な目に遭った。せっかく助かったのに、どうしてまた、危険な目に遭わすようなことをするんだ?」


 男は顔を上げた。

 息子は慣れてきたのか、もう怯えてはいなかった。ふよふよと動く球体の中から、楽しげな表情で外を見ている。

 魔道士は、相変わらず冷えたような目で男を見下ろしている。

 が、その人形のような童顔に、どこかひどく人間味のある表情が差していることに男は気づいた。

 魔道士は・・・・・・単に呆れているのか?


「おまえが報酬を払う気がないことぐらい、初めからわかっていた」

「そう・・・・・・なんですか?」

 男は身体を起こした。床の上に座り直す。


「当たり前だ。終わったら五千万Gをこの場ですぐ支払えと俺が言ったら、おまえはすぐにわかりましたと言った。現金五千万Gなんてかさばる大金どこにも持っていないのは明らかだし、魔術で加工して持っている様子もない。もしも小切手か何かで支払う気なのだとしたらそれでもいいか確認するだろう。大体そんな法外な金額を即金で払えと言われて、いくら息子を助けたくても普通はあっさり承知しない」


「じゃあどうして・・・・・・治療してくれたんですか?」

 訊ねたが、童顔の魔道士はひどく顔をしかめて答えない。


「報酬をもらえないとわかっていて、どうして助けてくれたんですか?」

 もう一度訊くと、

「子どもを見殺しにしたら寝覚めが悪い」

 ひどく苦々しい顔をして、そう答えた。

(実はいい人・・・・・・なのか?)

 男は戸惑った。

 魔道士はそのまま部屋の奥に消えた。が、しばらくすると、茶をいれたカップを手に戻ってきた。



 テーブルに魔道士と向きあって座り、男は茶を飲んだ。

 朝から何も口にしていなかったことに今さら気づいて一気に飲み干すと、魔道士は黙って立ち上がり、すぐにお代わりを入れてきてくれた。


「雷夜さんは金にがめついと、そう聞いていたのに」

 男は思わず言った。言ってからしまったと思い「すみません」と謝ったが、魔道士は気分を害する様子もなく言った。


「金にがめついのは本当だ。魔道は金がかかる。さっきの治療の時に『過去再現』の術に使って壊した水晶岩、あれは一つ一千万Gだ」

「ええっ!?」

「金がかからないよう地道な方法で仮説を立てて確認していくべきだと思っていたが、途中でめんどくさくなった。術の発動に適した好条件が揃っていたしな。あれを使ったのは俺の判断だから仕方ない。が、五千万Gは無理にしてもいくらかの報酬は払ってほしかったんだが・・・・・・」


 男の視線の先の空間で、子どもがきゃっきゃっと笑い声を上げた。子どもはまだ球の中にいる。透明の球体は、くるくると回転したり不規則な動きをして子どもを喜ばせていた。魔道士は背中を向けているが、透明な球体の操作は、当然この魔道士がしているのだろう。


「いったん魔術で無理に起こして動いたから、自然に眠くなるまでは、ああしておいた方がいい」

 魔道士は言った。

「え、あ、はい」

「失業したと言ったな。支払はなしにしてやる。ただし条件がある」

「はい」


 男はごくり、と唾を飲みこんだ。

 この魔道士は、思っていたよりとてもいい人だ。

 いい人だが、さすがに、治療費無料で何の見返りもいらない、というわけにはいかないだろう。


 たとえば危険な魔術の実験台になれ、とか。

 たとえば魔術の材料になる何かを取って来い、とか。


(求職活動もしないといけないし、あまり面倒なことでなければいいけど)

 ついさっきまでは自分の命を差し出すくらいの気持でいたのに、助かったと思った途端にそんな風に考えてしまう自分に気づき、男は内心苦笑した。


「私にできることであれば・・・・・・」

 と、そう答えた男に対して、魔道士は言った。


「俺のことは悪徳魔道士と言え」


「え?」

「俺のことを人に話す時は、必ず悪徳魔道士だと言え。法外な報酬を要求されると、そう言うんだ」


 思わず男は魔道士の顔をまじまじと見た。

 魔道士は、真剣な顔をしている。


「俺も仕事だから、あまり金のない奴に来られると困る。だから俺のことを言う時には、金にがめつい悪徳魔道士だと言え」


(そういう・・・・・・こと?)


 男は思い出した。町医者が魔道士雷夜について教えてくれた時のことを。

 町医者は、男が失業したばかりで金がないことを承知していた。


 けれども医者は、「金にがめつい悪徳魔道士雷夜」が、「きっとこの子を救えるだろう」と言ったのだ。

 金がなければ助けてはくれないだろう、とは言わなかった。

 町医者も、知っていたのだ。

「悪徳魔道士雷夜」が、子どもを見殺しにしたりはしないことを。


「ふ」

 思わず笑いが込み上げた男を見て、魔道士は顔をしかめた。

「なんだ」

「いえ、わかりました。そうか、だからこんなボロ屋で」

「ボロ屋で悪かったな」

「すみません。ともかく・・・・・・わかりました。必ず」


 必ず、そう伝えよう。

 黒ずくめの童顔魔道士を見ながら、男は心に誓う。


 もしも誰か困っている人がいたら、こう教えてあげるんだ。

 町はずれの丘の上。掘っ立て小屋のようなボロ屋で開業している魔道士がいる。

 悪徳魔道士雷夜。

 変人で、性格は歪んでいて、金にがめつい。

 法外な金額をふっかけてくるよ。

 けれども実は、すごいお人好し。

 彼ならきっと、あなたを助けてくれるだろう。



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