だいすきっ!人魚の特別授業
今日は人魚君が少し離れたエリアにある小学校で魔女についての特別授業をする。
普段は家族と暮らしている彼女の使い魔もやってきてちょっとワクワクする。
まぁ、14歳の人魚君にはかなり荷が重いドキドキの時間になるだろうが……魔女なので仕方ない。
「人魚君、緊張するなとは言わない。でも楽しんでいこうね。せっかく久しぶりに君の母校である小学校に来たんだから」
「は、はい。お姉様」
「大丈夫ですよー。教室の外からくすね達も見守ってます」
「でもわたくしに魔女という存在について子ども達に説明するという大役が……」
「そんなに重く考えないでいいよ」
特別授業は授業参観を兼ねて行われる。僕達が教室に入るスペースはない。保護者の中にも廊下に立つ人はいるらしいし。
美しい憂い顔で俯いている人魚君を隣の小さな二足歩行の白猫が慰める。
「だいじょぶ。にんぎょさま。いけゆ」
「もちもち……」
もちもちというのはこの人魚君の使い魔の名前だ。名前の通りもちもちで可愛い。
正直この使い魔を見せるだけで人魚君は子ども達のスターになれると思うのだが黙っておこう。憂い顔、可愛い。
「お姉様、成功したらいっぱい褒めてくださいね」
「あぁ、もちろんだとも」
僕はなるべく邪心を悟られないように笑った。
別に失敗して欲しいわけじゃない。ただ人魚君がちょっと困った顔をするところが見たいだけなんだ。
もちもちは僕を警戒しているのかキッと睨んでくる。
「まほ、わるいかお」
「ま、お姉様はいつだって正義ですわよ!」
もちもちを人魚君がメッと叱る。
「いやいや、案外もちもちの見る目は正しいかもよ?」
「えー。まほろ様ったら!」
くすねがケラケラ笑った。その顔を見て人魚君もちょっと和む。
うん、雰囲気は悪くない。これならうまくやれるだろう。
僕が一人頷いていると、大きなチャイムの音が聞こえた。
「さ、時間だ。行っておいで」
「は、はい!」
「皆さん、こんにちは!私はこの町の魔女の、人形人魚です」
子ども達の待つ教室に入った人魚君は、朗らかに挨拶をする。
それは町を守る魔女の一人として完璧な笑顔だった。
人魚君の完璧な笑顔に、子ども達は明るい大きな声であいさつを返す。
「あ、児童会長さんだ!こんにちはー」
子ども達に言われた瞬間、その場の大人達と人魚君の顔が歪む。
僕はこの瞬間を待っていたのだ。
今日僕達がやってきたのは六年生、つまりつい最近まで人魚君とは交流のあった少年少女達の教室。
人魚君に場を任せて自分は隅で笑顔を作っていた担任教師が子ども達に少し震えた声で注意する。
「だめでしょう。練習通り、魔女様にはちゃんと挨拶をしましょうね?」
「い、いえ。呼び方ぐらいわたくしは気にしませんわ。長い間ここで児童会長だったのは事実ですし」
「でもそれでは魔女様に失礼ですから」
引き攣った教師の笑顔と、参観に来ていた子ども達の親がざわつく姿を見て人魚君の顔から笑顔が完全に消える。
その様子を機嫌を損ねたと思ったのか、焦った様子で教師は子ども達を窘める口調で言った。
「もう一度ちゃんと練習通りに挨拶しましょうね」
「こ、こんにちは……魔女様」
納得していない表情で子ども達が声をだす。その顔が救いだったのだろう、人魚君は少し気力を取り戻したようだった。
「みなさん、こんにちは。私は魔女の人形人魚。国家魔女のまほろ様の弟子にあたります」
元気のない自己紹介に、おぉっと声があがる。子ども達は嬉しそうだった。
その笑顔を力なく見た人魚君の目に、確かに光が灯ったのを僕は見た。
「国家魔女が国から各々の町を任された人だということは皆さん知っていますね?」
「はーい」
「例えばこのフクイには国家魔女はまほろ様お一人です。ではトウキョウは?わかる人ー!」
「はいっ!」
「ではそこの貴方」
「十三人でーす」
それを聞いて人魚君は実にいい笑顔で拍手をした。
いつの間にかこっそりでてきていたもちもちはカリカリと黒板に四十七の町ごとの国家魔女の数を書いていく。
「十三というのは多すぎる上に縁起の良い数字ではありません。宇宙がこの異世界にやってくるずっと前から言われていたことです。だからよく問題になります。テストのために覚えておきましょうね」
人魚君はいたずらっぽく笑った。子ども達も笑う。僕も笑った。
「私達は命を落としかけ、魔女になったとき何者かの不思議なお告げを聞きます。例えばなんだと思いますか?これは私達魔女の間に伝わるお話ですが、下痢で死にかけたお方はアイスクリームの食べ過ぎには注意せよ……とお告げにあったそうです」
「ちなみに私はバス事故で「全てから解き放て!」、でした。少年ジャンプにありそうですわ」
おーおー語る語る。初耳の話もある。ちなみに恥ずかしくて言っていないが僕の場合は「全てを愛せ」だった。何があったかはご想像にお任せする。
「この可愛いのはもちもち。私の使い魔です」
「かわいい!!!」
「使い魔をもちもちするのは魔女の特権でーす」
ついには嘘まで言い始めた。僕も後でくすねをもちもちしよう。
キラキラした瞳で語り明かす人魚君は魔女様失格かもしれないがサイコーだ。
その後も元児童会長魔女のトークは続いた。
だけどもう時計の針が授業の終了を示そうとしている。
「皆さん。魔女は好きですか?魔法は好きですか?」
「好き!」
「私達魔女も、きっと魔法も、貴方達が大好きです。皆で協力し合い、共生しあいましょう」
人魚君は、そう、締めた。
「いや……今日は自分の在り方を考えさせられたよ」
「お姉様が?」
「僕やこの国の魔女達は自分を尊大に見せすぎていたのかもしれないな」
最初は人魚君をちょっと困らせた後かっこよく助けるつもりだったが学ばされてしまった。
近所のエリアに住んでいる人達とのコミュニケーションを今後は考える必要があるだろう。威厳ばかり積んでいてはいけない。
「そ、そんなことはありませんわ。お姉様はいつも気さくで、優しくて、素敵で……わたくしの憧れのお姉様です」
「ありがとう、人魚君も僕の自慢の弟子だよ。今日は特にそう思った」
僕の言葉で人魚君は丸い耳を赤くする。顔からは喜びが隠せない。
本当に、本当に愛おしい弟子だ。
「あ、そうだ。くすね」
「なんですーまほろ様」
僕の方を向いたその頬をしっかり挟むと、僕はくすねをもちもちした。
「もちもちもちもち」
「ああああああああ」
「なっなんですのぉー!!!????」
やられているくすねはともかく、なぜか言い出したはずの人魚君も悲鳴をあげる。
「ずるいですわずるいですわずるいですわ!!!!」
「ああああああああああ」
「もちもちもちもち……あ、これハマるな」
「くすね、もちもち」
ヒステリーを起こす人魚君とされるがままのくすね。
変な顔をする二人を見て僕は実感する。あー、今日も僕達は幸せだ。
「楽しそうだね、ハッシー」
「え」
もちもちを含め、僕達四人全員が振り向く。
このエリアに僕をあだ名で呼ぶような存在はいない。
その懐かしい呼び名に、僕は驚きが隠せない
「あすみ……?」
「久しぶり、ハッシー」
先ほど授業を受けていた少年の一人を連れ、懐かしい顔が僕を見ていた。
那波あすみ。
僕が高校時代利用していた女だった。
続く