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だいすきっ!初めての敗北??

 あすみの父親が事件をもみ消している数日間、僕は人魚君に町を任せて一人で森を歩いていた。

 その中で彼女を殺した犯人にはだいたい心当たりがついてきている。

 問題はなぜ彼女がそんなことをしたかだ。


「本人はもちろん旦那さんも息子さんも健康らしいんだよな……」


 おそらくあすみの願いは誰かの蘇生ではなく不老不死だ。

 だけど不老不死にはとんでもない代価が必要なのは一般に知られているし、そもそも成功する確率もゼロに近い。成功して幸せになった話も聞かない。僕にはあすみが軽い気持ちでそんな大博打をするような女だとは到底思えなかった。


 「やはり不死商人か……」


 僕は重い溜息を吐く。

 不死商人というのは名前の通り不死を取引次第で売ってくれる悪名高い魔女だ。

 彼女との取引に失敗して死んだ者は数多くいるというが、絶対に約束を反故にしないということから手を出すものが後を絶たない。しょうもないアイテムや頼りにならない魔女にとんでもない代価を払ってゼロに近い確率で願いを叶えてもらおうとするより余程安全といえるのだ。ちゃんと取引をこなせる者ならば。

 どうやってこの星のどこにでも現れるという不死商人とあすみが出会ったのかわからないけれど、不死商人が相手ならあすみも不死を願ってもおかしくない。

 だがおそらく想定外の何らかの理由で取引に失敗してしまったのだろう。あすみは魔法で報いを受けた。


「不死商人ってたぶん召喚系の魔女なんだろうな……」


 不死商人と取引するというより召喚した何かと取引させているんじゃないかと僕は思う。

 だって魔女はみんなのために存在しているんだから。直接人間に害を与える力が備わっているとは思えない。


「魔女が人々の平和を脅かすなんて。もし出会ったらワンパンしてやる」


 そう言って僕はシャドーボクシングをした。魔法にも自信があるが力にも自信がある。

 

「この町は僕が守ってみせる!」



 その日の帰り道、僕はコンビニに寄っていた。くすねのためにゲームとコラボしているグミを買っていたのだ。

 一度争わせて後から渡す用に人魚君の分のお菓子も買う。それから三人分の新作ジュースも買う。

 ちなみに僕はお酒は飲まない。魔女の勤めに悪影響があってはいけないからだ。魔女になったのは十代だから自分が飲めるかどうかもわからない。

 人魚君もそうなるのかな、とふと思う。


 「チャージお願いします……あっ」


 支払いの段階になって、洗濯して干したままエコバックを忘れていたことに気が付いた。三円だけどちょっと勿体ない。


「ン~。これ、よかったらどうゾ」


 カバンの中を探っていると高い女の子の声がした。

 僕が顔をあげると、ビニール袋の中に梱包された状態のエコバックをこちらに見せる少女がいた。

 銀のツインテールに不思議な白とピンクのオッドアイ。人魚君みたいに色白小柄の女の子だった。

 ランドセル背負ってるから小学生だろうし、胸は大きいけど。

 好みだけど、さすがにこんな子にちょっかいかけたら犯罪者だな。


「どうゾ、レディ。ン、ン、ン……吾輩、このエコバックとやら使わぬモノですのデ」


 なんだこの喋り方は。

 小学生だから、で許される次元じゃないぞ。

 流石の僕もちょっと関わり合いになりたくない気持ちになる。


「い、いやぁ。いいよ。大丈夫」

「ン~ッ!!!!」

「!?」


 急に大声を上げられちょっと泣きそうになる。くすねを呼ぼうか?でも変な小学生がいたぐらいで使い魔呼ぶ魔女ってかっこ悪いような。


「こンれは。先ほどキャン、キャン、キャンぺーンで頂いたモノ。ドウゾ使ってくださイ。美しい、レディ」


 言いながら少女はだんだん息が荒くなってくる。めっちゃ怖い。

 助けを求めるような目で店員を見てみるけど店員の女の子は既にちょっと泣いてた。

 店内は小学生一人が原因で異様な空気に包まれている。

 僕が、僕がこの町を、このコンビニを救わなくては!


「は、はひ。ありがとうございます……」


 結局僕は負けた。

 最強の魔女、敗北。漏らしてないだけマシだ。

 悔し泣きを抑えて、僕は黙って黙々と買った物をエコバックに詰めた。なるべくいまだに僕を見ている少女の気配を感じないようにしながら。

 なんで?僕なにかした?


「あ、あの……っ」


 涙声で店員が声を絞り出す。

 その手にはビニール袋の中に梱包された状態のエコバックがあった。


「ほえ?」

「これ……電子マネー決済の……サービス品です……どうぞ、お使いくださいッ!」

「おヤァ!!!!これはァ!?吾輩余計なお世話でしたねェ!!!!レディ!?!」


 脱力感と少女の奇声に、僕は膝から崩れ落ちた。

 誰か、誰か僕を助けてくれ。


「ンッンー!これはお時間を頂いたァ?お詫びが必要ですねェ、レディ」

「いいです……本当にいいです……ご厚意なんで……」

「しかしぃ。時間とは大抵の人間にとっては有限!!!ユウゲン!!!吾輩はアナタにお詫びがしたァい」


 店員はたぶん心の中で僕に土下座しているんだろう。目が血走ってとんでもないことになってる。

 もういい。もう許すから君は次の人を接客してくれ。

 そう思って後ろを見たら誰も客がいなかった。皆この少女に怯えて逃げてしまったらしい。

 じゃあ蛍の光を流してくれ!


「あの、僕、本当にお詫びとかいいです……袋頂いた身ですし……あの二枚とも使うんで」

「うーム。なんというヤサシサ!吾輩、ますますアナタにゾッコン」


 そう言って少女が丸い頬を赤くする。

 マジで!?勘弁してくれ!!心の中の絶叫はたぶん店員には届いた。


「今日のトコロは去ります。ガ、吾輩……また、アナタに会いに行きましょウ……ヤックルに乗っテ」


 なんでもののけ姫なんだよ。アシタカに謝れ。


「デハ!!ンッ!ンッ!ンーン!!!!」


 バッと少女が奇妙な声とともにランドセルを開けると中から大量の触手のようなものが飛び出してきた。

 蛸の足のような形状をしているが、吸盤があるべき場所にはこちらを睨む目玉がいくつもついている。

 見るだけで粘々とした感触が伝わってくるそれは少女を包みランドセルの中に引きずり込んでいく。

 貪るように、破壊するように、優しく、強く。

 彼女を飲み込む黒々とした空間。

 しかし絶対にその奥に何かがいる。

 奴らはこちらをいつでも見ているのだと、確信する。

 あの目玉はその一端なのだ。

 僕が愛すべきは彼らもなのか?

 いいや違う。

 僕が愛すべきでないモノ。

 今この星がある異界にはいてはいけない何か。

 

「んー、アデュー」


 ハッとした時には間抜けな挨拶を残して少女は消えていた。

 あのランドセルも地面に落ち、消える。

 コンビニが静寂に支配される。

 僕は唖然としたまま何もない床を見ている。

 店員は何も言わない。言えない。

 今度こそ、本当に、最強の魔女の敗北だった。


「あの……」

「……」


 顔面を蒼白にした店員の女の子は魂を抜かれたようになっていた。

 おそらくあの魔物を見たせいだろう。あれだけの魔物は森にもなかなか出現しない。

 きっと、この子が元の生活に戻れるのは何か月も後になる。


「ごめんね……怖かったね……」


 震える声でそう言って抱きしめても、何の反応もない。

 完全に慢心していた僕のミスだった。

 僕は自分が魔女と一般人を見分けられないはずがないとずっと思っていた。

 あの魔女がどれだけ特殊かは前々からわかっていたのに。

 あすみと取引したのなら、僕に接触する理由があっても何もおかしくはなかったのに。

 いや、僕に接触する理由がなくたってこの町に一瞬でもいたのなら僕には警戒する義務があった。

 不死商人。

 見せるだけで魔法を持たぬ一般人の心を傷つける次元の魔を操る魔女。


「守れるのか……僕が……この町を……」


 こめかみを一筋の汗が伝い、床に落ちた。

つづく

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