介護士、妖精から祝福される
朝、差し込む陽の光で目が覚めた。内履きを履いてから、窓辺に向かう。
「……うわあ」
肌触りがいいとは思ってたけど、これどう見ても絹だよね?
朝日に透かして見ながら、指先で裾を撫でてみる。
私、確か動き易いジャージで寝てた筈なんだけど……今着てるのは淡いオレンジのワンピースだ。
着替えさせた人が居るって事だろうけど。実はそんなに心配していない。
あちらでのおばちゃん丸出しの私ならともかく、あの時見たあの容姿ならそれなりに配慮が望めるだろうから。
「異世界召喚って、フツーまんまで行くもんじゃないのかしら?」
やたら小奇麗になってて驚いたもの。整形ビフォーアフターみたいな?
若い頃の私は、アホすぎる弟とそれを溺愛する母の世話で大変だったっけ……
お隣に住んでた老夫婦の助けがなかったらやばかったもんなぁ
母さんは家事を一切しないし父さんは滅多に帰って来ないし。
兄さんも頑張ってくれたけど、なにやっても逆に仕事が増えるっていう。
まあ……うん。あれも多分才能ってやつだろう。
思い返してみても、私って苦労人だと思う。
だからかな?
シャスティン様には結構同情的な感じになっちゃうのは。
イタイ身内って凶器だと思うよ、ホント。
「窓ってどう開けるんだっけ?」
『なになに?開けたいの?』
「うん、空気を入れ替えようって……?」
今話してくれたの、誰?!
『私はここだよ~!』
くすくすくすくす……
子どものような高い声の源は、
『綺麗だね、聖女ちゃん?』
窓枠にちょこんと腰掛けた手のひらに乗りそうなサイズの小さな人間だった。
蝶のような羽が背中にあって僅かに揺れている。
柔らかそうな淡いブルーシルバーの巻き毛と同じ色の黒目だけの瞳。
まんまるでくりっとしたおめめがまたキュートだ。
「オリカです。貴方は……妖精、で合ってる?」
抱き付きたいのを必死に堪えながら、努めて静かに聞いた。
『うん、そう。名前はエリアル。よろしくねオリカ』
妖精に名乗って貰っちゃった!
嬉しいけど、教えて貰っていいのかな?名前って大事なんじゃないの?
そんな事を考えていたら、左肩に何かが触れた。
『君だって名乗ったでしょ、だから応えたんだよ。私は君を祝福するよ、異世界からの貴人ちゃん』
左肩に乗っかったエリアルをしげしげと見てしまう。
「あれ、剣を提げてる……」
『妖精にも性別があるんだよ。人間とそこは変わらない』
「男の子、なんだね」
『そう、それもそれなりに力がある妖精なんだよ』
軽やかに笑いながら顔を寄せてくれるエリアルに、ついニヤニヤ。
ふわりと鼻をくすぐるのは……これ、ハーブ?いい匂い。
思わずうっとり目を閉じた。
『ね、オリカ。君はどうしてこの世界に?』
「どうしてって……」
召喚の儀式のお試しをしたせいでここに来たらしいんだけど。
そう説明したら。
『ええ?!』
『うっそ、それ本当?!』
『有り得ないんだけど』
『お試しって』
『……オリカ可哀想』
エリアル以外の声がしたかと思ったら。
ぽぽぽんっと五つ、すぐ傍で弾けた。
メルヘンだ。妖精さんが計6人も、しかも私の目の前に居る!
茫然自失している私を見かねて、彼らはそれぞれ名乗ってくれた。
光の妖精のルシリウス
火の妖精のファイアル
水の妖精のウインデル
土の妖精のグノーム
闇の妖精のダァム
エリアルは風の妖精なんだそう。
いきなり現れた私の魔力を感知して、会いに来てくれたのだと言う。
『ズルいよエリアル』
『『私達だって挨拶したいんだし!』』
『『祝福だってあげたいんだよ』』
ふわふわ私の周りを飛び交ってキラキラを撒き散らす彼らの可愛らしい事!
顔が緩みっぱなしだ。
『人間も馬鹿になっちゃったんだねぇ』
『ホントホント。もう懲りたと思ったのに』
懲りる?
「何に?」
思わず聞いた私のほっぺを撫でながらダァムが答えてくれた。
『己の罪に、よ』
「異世界人を巻き込む罪にって事で合ってる?」
ん、とダァムが頷く。
『だって帰れないもの』
『そうそう!』
「それは、どうして?」
『この世界に渡る時に聖女は変質しちゃうから』
『元の姿に戻れないし、魔力が強すぎて世界を渡れないんだよ』
図らずも知らされた事実に打ちのめされる。
『オリカは今までの中でも一番強くて綺麗』
目頭が熱くなって、立っていられなくなった。
ずるずると窓に背を預けて床に頽れる。
『泣かないで、聖女ちゃん』
エリアルの心配そうな顔が目の前にあった。
でも、綺麗なお顔が滲んじゃって上手く見えない。
「聖女なんて、知ら……ない!」
声が上擦って息が上がってしまう。
必要ともされていないのに、異世界にまで来ちゃう私ってなんなんだろう?
『私はオリカ好きよ?』
『僕も~!』
『私達はオリカを祝福するよ』
黒く塗り潰されそうになる意識を妖精たちの香りが掬い上げた。
『『『『『私達は、オリカの味方だよ』』』』』
後から知るんだけど、妖精の祝福ってレアで。
全属性の妖精全部に愛でられるってのも、更にレアなんだって。
私に名乗ってくれた妖精たちが、本当に力ある存在だって知るのは、もう少し後になる。