介護士、王子と向き合う
やっと落ち着いて、私は自分を見直してみる事にした。
床に光る物を見た気がしたから、目を凝らして頭を抱えた。
「さっきの鏡か」
小さな手鏡ひとつ持っていられない上、割るなんてねえ……
自分の取り乱しっぷりが今更ながらイタイ。
いい年した女が年下に抱っこされて驚いた挙げ句、気絶するとはなあ……
自分のあまりのみっともなさに、がっくり肩を落とした。
王子様は、気を失った私に気を遣って誰も近付けないようにしたんだろう。
彼の立場なら命じて直ぐに綺麗に出来なくはないんだろうけど。
気遣わしげな眼差しを思い出しながらそう結論付ける。
ほっておくような真似を彼はしない。
なんとなくそう思ったのだ。
「たかだか余所者に、あんなに気を遣ってくれる人だもの」
素直に信じ過ぎるのも危険なんだけど、あの王子様なら信じてもいいんじゃないかな。
そんな事を考えていた矢先、遠慮がちにドアがノックされた。
「聖女殿、入っていいだろうか?」
あの王子様の声……だと思う。
「はい、どうぞ」
落ち着いたんだし、きちんと向き合わないと。
背筋がしゃんとして、腹に力が入る。
異世界召還なんて、小説か何かの話だとばかり思っていたからなあ。
でも、そうなった訳だし。理由も知りたいし。
顔を上げ、真っ直ぐ王子を見詰めた。
「先程は取り乱して済みませんでした。和泉織香といいます。介護……病人や高齢者の日常の世話を仕事にしていました」
ベッドから出ようとして、そっと止められる。
「足元が危ないから待ってくれ」
言うが早いか、床に視線を走らせる。
そのまま欠片の所在を調べているように見えた。
「《集い来たれ》」
左の掌を差し出すようにして唱えると、鏡の欠片は音も無く王子の手の中に飛び込んでいではないか。
驚いてしまって声も出ない私に一度微笑みかけると、集まった欠片を懐から出した箱に入れ込み蓋をした。
「待たせたな、聖女殿。私はシャスティン=ベル=クォーツ……クォーツ王国の第三王子です。貴女には名前で呼んで頂きたい」
はい、無茶ぶり頂きました!
「王子様を名前で呼ぶなんて荷が重いです!」
速攻、反発する。
「しかし……聖女であろう?」
不思議そうにしているのが笑える。
見れば見る程綺麗な金の髪。輝かしい琥珀色の瞳に魅了されてしまう。
「そもそも、私の世界には聖女なんてもの存在しないので聖女ってものが分かりません。この世界の事も全然わからないんです」
不服そうではあるが、成程と呟く声がする。
「では、こうしよう。貴女の知りたい事を何でもお答えしましょう」