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03.集まるだけ無駄なバカども

 二人は動学系の研究室棟に入るのは初めてだった。発表会の事を聞いてから来たせいか、そこらじゅうの部屋で素材加工や議論の声が漏れてくる気がする。

 クラエスフィーナに案内された三階にある部屋は正面に灯り取りで大きな窓があり、両側は天井まで書棚が埋め尽くしていた。八割がた埋まった書棚の中身は半分ぐらいが本で、残りは紐で縛って冊子にしたレポートのようだ。その壁周りの書棚と部屋の真ん中に鎮座する大きな会議卓で、部屋の家具はほぼ全部になる。動学系の研究室なのに、実験関係の機材らしいものは置いてないのが意外だった。


 イヤイヤついて来た二人を自分たちの研究室へ押し込んだエルフ美女は、両手を大きく広げてにこやかに声を張り上げた。

「ようこそ、ダートナム研究室へ!」

 クラエスフィーナの歓迎に、ラルフとホッブは顔を見合わせた。

「ダートナム導師って……今年の春に辞めなかった?」

 その名前は確か、春先に掲示板で見た気がする。

 心なしか、クラエスフィーナの尖った耳がへにょんと垂れた気がした。

「……うん……先生、腰痛が酷くなっちゃって……山奥へ湯治に行っちゃった。うち、元から助教がいないから担当導師が一人もいなくなっちゃって……だからそのままダートナム導師の名前を使っているの……」

 やけっぱちなまでに一瞬明るくなったクラエスフィーナがまたドヨンとして下を向く。触れてはいけない話だったらしい。向こうから振ってきたのに理不尽な……と思わないでもない。

(おいラルフ、これじゃ話が進まないぞ?)

(そうだなホッブ、話題をそらすか)

 一人で躁鬱病を実演しているエルフに遠慮して話題を変えようと、ホッブにつつかれたラルフが興味がある振りをしてキョロキョロ辺りを見回す。

「そう言えば研究室の他の人は? 先輩はいるよね?」

 クラエスフィーナは二年生。研究室には通常ならその上に三、四年生が……もしかしたら五年生以上も……いる筈だけど、どうもこの部屋に他人の気配が感じられない。

 試料の発掘とかで長期不在にしているのかと思って何気なく尋ねてみたら……クラエスフィーナの頭の俯角がさらに下がった。

「……合わせて四年の先輩が二人とも就職が決まって一年早く卒業しちゃって、三年の先輩も一人が授業料をギャンブルにつぎ込んで未納で退学になったの。もう一人いた三年の先輩も先月、『今朝夢に黄金の九官鳥が出てきた! 伝説の黄金郷(エル・ドラド)への道は開かれた!』って叫んで自分探しの旅に出ちゃった……」

「それ、自分探しの旅か?」

「どっちかって言うと、自分を見失ってそうだよね」

 ラルフとホッブが呑気に突っ込んでいると、いきなりエルフの感情が爆発した。

「……どうせ就職予備校なんだから、就職口が決まって早く卒業するのはまだいいわよ!? でもタイラー先輩のギャンブル依存症はなんなのよ!? 『大丈夫、十七万分の一の確率でAのファイブカードが来る筈! そしたら一発逆転、俺は大金持ち間違いなし! コインを詰めた風呂に美女を侍らせて最高のワインで乾杯するんだ!』って何なのよ!? ふざけるな!」

「硬貨風呂は止めとけ~?」

「多分痛いだけだよな」

 ラルフとホッブは狂乱するクラエスフィーナを眺めながら思った。もしかしなくてもこの研究室、まともな人間いないのではなかろうか?

「だいたい、Aのファイブカードって何? カードにAが一組四枚しかないの、賭博しない私でも知ってるのに……!」

 クラエスフィーナがもっともなことを言っている。ここの研究室に所属していて、相当に心労が溜まっていたようだ。先輩だけでなく導師もヒドイみたいだし。ラルフとホッブはロクデナシと思っていた自分の研究室の先輩を初めて見直す気になった。


 だけどそれはともかく、この話の流れ……もしかして、とラルフは尋ねた。

「この研究室って、実はもう……解散してない?」

「ううう……みんな、引き継ぎも無しに……まだ私が残っているのに……」

 メソメソ泣き始めるクラエスフィーナ。ミス学院(キャンパス)とか持ち上げられているわりに、研究環境は悲惨なようだ。美人だけど運勢の引きは悪いのかもしれない。

 ラルフは肩を竦めながらホッブをぐ振り返った。

「ここの研究室、トラップ仕掛けまくりのダンジョンみたいなお家事情だよね。気を抜いて歩ける場所がないよ」

「なあ、頼まれて話を聞きに来たのは俺たちの方だよな? それがなんで、こっちが気を使わなくちゃならねえのかな?」




 十五分ほど暴れまわっていたクラエスフィーナが正気に戻り、それまで手持ち無沙汰に怒れるエルフを観察していた二人に謝った。

「ご、ごめんね……ちょっと取り乱しちゃった。お茶でも出すから、座っててくれる?」

「うん、まあいいけど……」

「それより俺たち、もう帰りたい」

 男二人の正直な返事に、慌てたエルフが急いでお茶の準備を始めた。

「コーヒーの方がいいかなあ!? あ、お茶受けもつけるね!」

「いや、待遇改善を要求した訳じゃないんだけど……」

 今度はクラエスフィーナの方が話を聞いてくれない。

(どうするホッブ?)

(ま、せっかくついて来てやったんだ。茶の一杯ぐらい出してもらおうぜ)

 やっと落ち着いたクラエスフィーナがコーヒーを入れ始め、出してくれるのを二人が椅子に腰を下ろして待っていると。

 研究室の扉が開いてちびっ子が入ってきた。




 ちびっ子だ。


 どうみても、ちびっ子。


 オーバーオールを着た赤毛の……かろうじて女の子とわかる程度に性徴……成長した少女だ。顔立ちはわりとキリっとしててかわいい……というか中性的な凛々しさがあるにはあるのだけど、いかんせん低身長(ミニマム)低抵抗体型(凹凸ナシ)過ぎる。

 学院にいること違和感ありまくりな少女? が、陽気に声を張り上げながら手に持った紙袋を見せてきた。

「おいクラエス、茶菓子切れてたからクッキー買ってきたぞ!」

 茶器の準備をしながら振り返ったクラエスフィーナが、怪訝そうに眉をひそめた。

「お帰りダニエラ。“買って”きたんだよね? “狩って”きたんじゃないよね?」

「人を金も知らない田舎者みたいに言ってんじゃねえよ!? オマエの方がド田舎から出て来てるんだろうが」

 怒鳴り返すちびっ子。態度を見るに対等な立場みたい……ということは、この子も学院生だろう。

“田舎者”が自分に跳ね返って来たクラエスフィーナが慌てて反論する。

「エルフの里は田舎じゃないもん! ちょっと……緑が多いだけで……」

 赤毛のロリっ娘が弱弱しい反論を鼻で笑う。

「おまえの話通りなら、そこより田舎は王国に存在しねえよ。木の洞に住んで森に落ちてる木の実を拾い食いしてんだろ? 文明社会に復帰しろ蛮族ども」

「し、自然と共に生きてるだけだよ! 私が生まれる頃にはログハウスに住むようになってきたし……」

「あたりまえだ、あたしゃきちんと設計して加工技術を駆使したものでなければ家とは認めねえぞ。もっともおまえらエルフの事だ、わざわざ曲がった木とか組み込んでワビサビだのロハスだの言ってるんじゃないだろうな?」

 斜め上に視線を飛ばして黙り込むクラエスフィーナ。図星のようだ。




 どうやらこの子が、さっき言っていた工造学科の子なのは間違いないようだ。

 取りあえずラルフが自己紹介しようと立ち上がりかけた時、先に立ったホッブが近くまで来た赤毛少女の頭をワシャワシャと撫でてイイコイイコした。

「お嬢ちゃん、ここは幼年学校じゃないよ? 迷子かゥグハァ!?」

 見た目でからかったホッブは強烈な蹴りを向こうずねに入れられて、ろくに掃除していない床の上を転げまわる事になった。身長……成長の話は禁句らしい。それと、見た目に反して力は強いようだ。

「このバカが、余計な事を言うから……」

 ホッブは気のいい友人なのだが、どうにも一言多い所がある。初対面の女の子をからかって蹴り倒されるとか、どんだけ……。

 ため息をついたラルフを、ホッブに天誅を下した見た目オコサマな少女が下からギロリとねめつけた。

「おい、そこのおまえもお仲間か? 警告はしたからな? おまえもやったら遠慮なくキャンタマに食らわせるからな?」

「しないよ!?」

 鉄火な物言いもそうだけど、どうもこの子もけんかっ早い所があるみたいだ。クラエスフィーナの誘いを承諾していないにもかかわらず、ラルフはチームの結束が心配になってきた。


 赤毛娘が導師用らしい一つだけひじ掛けの付いたチェアにふんぞり返った頃になって、コーヒーを入れたクラエスフィーナが間に入ってきた。

「紹介するわね。彼女がダニエラ、工造学科坑道設計学専攻の二年生でドワーフよ」


 ドワーフ。元々は地下に住み、採掘と鍛冶仕事が得意と言われる亜人種。背丈が低く、力が強いと言われる。職人肌で短気な者が多いとも言うから、ホッブがやられたのも納得だ。森が生息域のエルフと穴居性のドワーフは仲が悪いと聞いていたけど、この二人はそれなりに友好的な付き合いがあるみたいだ。伝説も結構当てにならないらしい。

 偉そうな(ついでに幼女っぽい)少女は鷹揚に挨拶してきた。

「おう、ダニエラだ!」

 ずいぶんオヤジっぽい挨拶だなあとは思うけど……ただちょっと彼女について、今は種族よりも挨拶よりも先に気になる事がある。

 まだホッブは床をのたうち回っているので、ラルフが代表して挨拶を遮った。

「ちょっと待って?」

「あんだよ?」

「あの……ダニエラさん? ご専門は?」

「あ? だからクラエスが言っただろ。工造学科坑道設計学専攻だよ」

 ラルフは対面に腰を下ろしたクラエスフィーナに顔を向けた。

「ちなみにクラエスフィーナさん」

「クラエスでいいわよ」

「あ~、クラエス……君の専攻は?」

 よくぞ聞いてくれましたと言いたげにクラエスフィーナが胸を張った。もちろん、プルンと震える陰影をラルフがきっちり観察したのは言うまでもない。

「樹木生命学専攻よ。森林を慈しみ、その育成を手助けする……これぞエルフの使命!」

「他に能が無いだけだろ?」

 そしてラルフが文章学で、ホッブが法論学。つまり。

 ラルフは机を叩いて立ち上がった。

「門外漢しかいないじゃないか!」

 そう。“空を飛ぶ”という命題に、四人の専門がかすりもしない。

「あえ? おまえら専攻は?」

 ダニエラの問いに、二人に代わってクラエスフィーナが答えた。

「えーとね、ペッパー君が分類学で、ルドルフ君が論争学だったかな?」

「“ホッブ”が法論学で、俺“ラルフ”が文章学ね!」

 ラルフの訂正を待たず、げんなりした顔のダニエラが呟いた。

「おい、ずぶの素人しかいねえじゃねえか」

「その言葉、そっくりお返しするわ」




「どう考えても始める前に終わってんじゃん。どうにもなんねえよ。まあなんだ、この四人で出来ることっつったら……あれだ、クラエスフィーナ嬢の送別会でもやるか?」

 やっと起き上がってきてラルフに話の経緯を説明された、ホッブの一言目がこれだった。

「あきらめないで!?」

 クラエスフィーナの抗議をホッブが却下する。

「あきらめるも何も、挑戦する前に結果が出てるだろ。そもそも俺、話を聞いてと言われただけで協力するとは言ってねえし」

「そんなぁ……」

 ホッブの断言に肩を落とすクラエスフィーナに涙目でじっと見られたけど、ラルフも正直ここまで準備が無いと協力する事自体に躊躇してしまう。いや、ホント失格する為に協力するなんて時間の無駄過ぎるだろう。

 ただ、一生縁が無いと思っていた美女にこれだけ頼られると……せめて自分にできることはないだろうか? ともラルフは考えてみた。

 ちょっと考えて、口を開く。

「クラエス、僕も正直自信はないんだが……」

「うん! うん!」

 期待で目をキラキラさせるクラエスフィーナに、ラルフは朗らかに宣言した。

「君の為に、送別会にはでっかいシフォンケーキを焼いて見せるよ! 僕、家が穀物問屋だから製菓にはちょっと心得があるんだ!」

「努力の方向が間違ってるよ! その心意気は前に向けようよ!?」

 ちょっとクラエスフィーナの望む答えと違ったらしい。ホッブが肩を叩いてきた。

「そうだラルフ、クラエスフィーナさんはエルフだぞ」

「ホッブ」

「喜んで欲しいならブッシュ・ド・ノエルだろうが」

「そうか、エルフと言ったら樹木か……さすがだホッブ!」

「だーかーらー! なんで一周回った事しか考えつかないのよ!? 私は普通に研究を手伝って欲しいの!」

 机を叩いて声を荒げるクラエスフィーナの肩に、ダニエラがそっと手を置いた。

「クラエス」

「なに? ダニエラ」

「コイツらは後ろ向きなんじゃねえよ。発表会を踏まえて、さらに先を見据えているのさ」

「……私がいない未来をね……」




 一度は持ち直したクラエスフィーナは、誰も味方がいないのを見て取って机に突っ伏して泣き始めた。

「もう駄目だ……さようなら私の学院生活(キャンパスライフ)……」

 さすがにきまり悪くなったラルフとホッブがどうしようかと思っていると、クラエスフィーナがすすり泣きと一緒に呪詛のような呟きを漏らし始めた。

「里になんか帰りたくないよぉ……あんな商店もないような僻地……! 年頃の女の子にあんなド田舎で過ごせなんて、そんなの監獄に入っているのと変わんないじゃない……。どうせ食べ物探して村が移転しての繰り返しなんだし、限界集落になる前にみんなで都会に出ちゃえばいいのよ……」

「おい、エルフがエルフの生活習慣(ライフスタイル)をディスり始めたぞ」

「さっき田舎じゃないって言ってなかったか?」

 グズグズ鼻を鳴らして泣いているクラエスフィーナ。延々と呪文が続いている。

「あか抜けない服しかないし、お肉も食べられないし、スイーツなんかたまたま果物があれば口に入るぐらいだし……お金があれば何でも市場で手に入る都市型消費生活に慣れちゃったら、もう森の採集生活なんかに戻れないぃぃぃぃぃ!」

 クラエスフィーナの魂の雄叫びに、ダニエラも腕組みしてウンウンと頷く。

「それはそうだよなあ。王都だったら大抵の物は店で売ってるもんなあ。自分で取って来たり作ったりしなくても完成品があるんだぜ? あー、ソレなんか判るわぁ」

「王都なら同じ物でも種類はたくさんあるし、服は綺麗なデザインがいっぱいだし」

「里じゃ物々交換もまず持ってるヤツを探さないとだし、気にくわないヤツに頭下げないとって事もあるしなあ」

「交換を承知しても、そこからが長いし……お互いどれだけ出すかって比率の(ネギリ)交渉でもう疲れ切ってクタクタ! そもそも本なんて、うちの集落に何冊あるんだって話よ!」

 女子二人の延々続く田舎あるあるに、ラルフとホッブは首を傾げた。

「田舎ってそういうもんなの?」

「俺らはずっと王都暮らしだから、その感覚わっかんねえなあ」

 男二人のつぶやきに、クラエスフィーナとダニエラが二人をキッと睨む。

「この、特権階級(ブルジョア)どもめぇ!」

「伝説の生き物にそんなこと言われるとはな……」


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[一言] いつかキャンタマの『ャ』のところに○が付きそう
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