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00.明日を悔いなく迎える為に

ちなみに、作者はバリバリの文系で物理の成績は最悪でした。

中で語られる理論は全くのファンタジーだと思って下さい。

 運命の日は、明日。




 深夜の時間帯にも関わらず学院のあちこちで灯火が揺らぎ、若者たちの指示を出す声や金づちを振り下ろす音が響いてくる。雰囲気がもうちょっと浮ついていれば、まるで学校祭の前夜みたいな光景だった。

 あるいは、本当にお祭り前夜と言っても良いかもしれない。

 明日は朝からこの学院、エンシェント万能学院の特待生学力審査が行われる。研究発表会は一般人にも公開される予定で、町の人々(ひまじん)が大挙して見物に来ることが予想されていた。

 なにしろ審査の課題が「空を飛ぶ」だ。特待生が独自に研究したやり方で、規定以上の飛距離を自ら飛んでみせる事になっている。学院の期待の星たちが研究成果を身体を張って披露するとあって、悲喜こもごも(珍プレイ好プレイ)の情景を期待して町中その噂でもちきりである。

 こんな面白そうなイベント、当然ながら王都といえども滅多にあるものじゃない。

 誰が言いだしたか「鳥人間コンテスト」と陰で呼ばれるようになった研究発表会への無責任な期待はうなぎ登り。執り行う学院隣のキャロル湖畔ではすでに、見物人や屋台のオヤジが少しでも良いところを確保しようと前夜の今から場所取り争いを繰り広げていた。




 というのは、直接関係ない見学者(やじうま)たちの話。

 

 それを実演する側の生徒たちに楽し気な空気なんて微塵もない。もうお祭りどころの話ではなく、なんとか合格ラインの点数を取ろうと悲壮な覚悟で準備を進めている。彼らにとっては遊びではなく真剣勝負。

 と言うのも。学力審査に落ちれば特待生に与えられていた特別待遇、具体的に言えば“奨学金の給付”と“授業料免除”が取り消されてしまうのだ。金が無いから奨学金を受けているわけで、それはほとんど退学処分と言ってもいい。

 しかも課題の「空を飛ぶ」がかなりの難題で……全員に公平になるようにと決められただけあって、学院内で専攻している学生はなんと“0人”!

 つまり「日頃の研究成果を披露する」というお題目とは裏腹に、畑違いの素人どもが短期間で研究成果を無理矢理でっちあげようとしているのが実情で……そんな連中が挑戦する明日の発表会が阿鼻叫喚の騒ぎになるだろうことは、参加者なら誰でも簡単に予想できる話である。


 審査に落ちたくない。しかし、まともに飛べると思えない。


 そんな思いを誰もが胸に。

 もう時間も残り少ない学生たちは、寸暇を惜しんで完成度を上げようと徹夜で準備を続けているのだった。


   


「ねえ、ホントに私だけ寝ちゃっていいの?」

 格納庫に使っている倉庫の片隅で、毛布をかぶったエルフの少女が遠慮がちに仲間に尋ねた。プラチナブロンドの髪から突き出た特有の長い耳が、申し訳なさそうにヘニャッと垂れている。

「もちろんだよ。明日が本番なんだからさ」

 中肉中背でブラウンの短髪の少年が安心させるように微笑んで頷いた。

対象奨学生(クラエス)しか発表飛行をできないんだから、おまえが魔力を万全にしとかないとまずいぜ? いいからよく寝て体調を整えとけよ」

 子供にしか見えない背丈の赤毛少女が、ニッと笑って早く寝ろと催促する。

「そもそも機械音痴のクラエスがいたところで、整備の足しにはならねえよ。余計な気を使ってないで、少しでも寝て体力を温存しろ」

 がっしりした体格でブラウンの髪を逆立ててセットしている少年がぶっきらぼうに余計な事を言う。

「……ありがとう」

 エルフは鼻先まで毛布をずり上げ、小声で感謝をつぶやいた。


 本当に、よくここまで来たなと……エルフの少女、クラエスフィーナは思う。

 クラエスフィーナの研究チームは今ここにいる四人しかいない。大きなチームだと二十人近くいたりするのに比べると、わずか四人では出来ることには限りがあった。

 出遅れて仲間をかき集めて、専門外どころかずぶの素人ばかりを集めて無理やり結成したチームなのに……ついに明日の研究発表会に参加可能な所まで持って来た。それだけで凄いと思う。

 他学科の友達だった赤髪のドワーフ・ダニエラと、たまたま放課後の講義室にいた所を捕まえた同期で人間(トールマン)のラルフとホッブのデコボココンビ。

 空を飛ぶなんてこと、使える理論どころか基礎知識も持っていない四人が手探りで一歩一歩ノウハウを積み上げて来た。基礎研究も、実験機の作成も、それを作る資金稼ぎも、わずか三ヶ月の期間の中で四人で苦労して実現したのだ。

 全力でやってきて最高の準備ができたと思う。明日の発表会に挑戦して、もし不可になったとしても悔いはない。クラエスフィーナにはそう思えた。




 明日クラエスフィーナが使う「翼」を梁から吊り下げながら、短髪の少年、ラルフは表面に張ってある薄布を指先でちょんちょんと触ってみた。

「コレどうするかな。なあホッブ、念のために布を張り替えた方がいいかな?」

 吊り下げているロープの端を近くの柱に結んでいたツンツンヘアの少年、ホッブは難しい顔で翼に顔を近づけた。

「これ一回しか使ってないよな。新品がいきなり破けたこともあったから、むしろ耐久力が確認できてるコイツをそのまま使う方が安全なんじゃないか? 油だけ塗り直してさ」

 ホッブの反対意見に、ラルフは骨組みを打検している赤髪のダニエラにも声をかけた。

「ダニエラはどう思う? 翼の布を張り替えるかどうか?」

 翼の下から出て来たダニエラも、難しそうな顔であごをさすった。

「うーん、確かに劣化するほど使っちゃいないんよなあ……予備の布も温存したってどうせ明日の本番を過ぎたら使い道も無いけど……でも、品質のばらつきは怖いしなあ……」

 三人はしかめっ面で唸りながら思い思いにあさっての方向を睨み……。

「要するに一回使った布が、もう一回クラエスの重さに耐えられるかどうかなんだよね」

「そうなんだよなあ。この面積の薄布にクラエスの体重がかかるわけだからな」

「それな! 結局はクラエスの重さが問題なんよ!」

「重さ重さ言うなぁ! 私、別に太ってないよ!? ヒトが今までの道のりを思ってしんみりしてたのに、コイツらとんだフレンドシップだよ!?」

「あ、クラエス。余計なこと考えていないで、ちゃんと寝ないとダメだよ?」

「寝てられないよっ!」


 涙目で詰め寄るクラエスフィーナの肩を、沈痛な表情でホッブが押さえた。

「いや、女の子が体重を気にする気持ちはわかる。だけどなクラエス。一つ冷徹な現実を見て欲しいんだ」

「……なに?」

 今にも爆発しそうなエルフの少女に、ホッブは真顔で宣告した。

「いいかクラエス。おまえの体重、一クラエスもあるんだ」

 思い切り股間を蹴り上げられて転げまわる少年に止めを刺しそうなクラエスフィーナに、慌ててダニエラとラルフがしがみついた。

「待て待てクラエス、元から人数足りてないのに土壇場で頭数を減らすな!」

「そうそう、そうだよクラエス! ホッブの処刑は発表会成功の楽しみに取って置こうじゃないか!」

「……おまえらも、自分は無関係みたいな言い方してんじゃねえ……」




 仲間の暴言に興奮して寝れなくなったクラエスフィーナをなだめながら、ダニエラが窓の外の月を眺めた。

「おい、クラエス。ホントに寝とかないとまずいぞ。もう日付変わってるんじゃないか?」

「そう言われたって、頭にきて寝れないよ!」

 怒りが収まらないエルフ。いつの時代も年頃の女の子に体重の話題は禁句である。

 とはいえ今すぐ寝てくれないと、結局クラエスフィーナが困ることになる。

 明日の研究発表会は体調不良で乗り切れるようなイベントじゃない。このチームの飛行理論は、クラエスフィーナが自分一人の魔力で起こした風に押されながら規定距離を飛び切るというものだ。飛び立ってしまえば、誰も手伝うことができない。


 どうしようかとダニエラが困っていると、自分の手荷物をゴソゴソ探していたラルフが一本の瓶を出してきた。

「ふっふっふ、こんなこともあろうかと!」

「……なにそれ?」

 女子二人が胡散臭げに見つめる瓶から、ラルフは中身を手近のコップへ移す。ピンク色の綺麗な液体が出てきた。

「クラエスのことだから、前夜に緊張して寝れなくなるんじゃないかと思ってね。『黄金のイモリ亭』のオヤジから、緊張をほぐして安眠できる寝酒をもらってきてたんだ。口当たりの良い桃のお酒だってさ」

 行きつけの居酒屋から入手した果実酒らしい。

「でかしたラルフ!」

「さ、クラエス飲んどきなよ。大丈夫、朝は寝坊しないように起こすから!」

 話題が変わったせいか、“寝酒で安眠”という宣伝文句の偽薬(プラシーボ)効果か。ちょっと落ち着いたクラエスが、必死に勧めるラルフとダニエラの言葉に従ってコップの酒を舐めてみた。

「……あ、美味しい。桃の香りが強くて凄く甘い」

 わりと食い物に釣られやすいクラエスフィーナの機嫌が直ったのを見て、ホッとしたダニエラとラルフがホッブを引き起こしにかかった。

「しっかりしろホッブ。ったく、乙女に余計なことを言うからだ」

「お、おう……」

「やれやれ、少しは女ごころってものを勉強しろよホッブ。自業自得だな」

「繰り返すけど、おまえらも同罪だよな」




 クラエスフィーナが大人しく寝床に戻ったので、ラルフとホッブ、ダニエラは騒ぎのついでにちょっと休憩を取ろうと車座になって座った。ラルフが自分の荷物から酒と同じく居酒屋で調達した燻製肉と丸パンを出して配る。

「しかし、自分で言うのもなんだけど」

 ラルフが頭上の「翼」を見上げた。

「よくここまで来たよね」

「まったくだな」

 ホッブもパンを食いちぎりながら頷いた。

「工造学科もまともにいない中で、よくもまあ形にできたもんだ」

「おい、あたし工造学科だぞ」

 ラルフが近くの作業机から図面を取った。何の知識も無い中から、なんとか作り上げた機体が線図で描かれている。

「専門家がいないのに、何とかなったねえ」

 ラルフの感慨を、水を飲んでいたホッブが笑った。

「そいつは気が早いぜラルフ。明日……いや、もう今日か。今日の発表会で成功すれば、だろ?」

「そうだね。だけど僕らの作ったこれなら、工造学科の機体にだって負けないさ」

「だから、あたし工造学科だって!」

 さっきからしきりにアピールするダニエラに、ホッブの冷たい一言。

「うるせえ、図面もまともに描けねえ工造学科」

「ハグッ!?」

 役立たずのドワーフを黙らせたホッブが、藁束の上に仰向けにひっくり返った。

「この三ヶ月、本当に色々あったよなあ」

「……だね」

 クラエスフィーナじゃないけど、やはり研究と実験を繰り返した三ヶ月は忘れられない日々だった。

「何度も投げそうになったね」

「当たり前だ。空を飛ぶなんて俺らが頭を悩ますような話題じゃなかったからな」

「悪かったな、図面も描けなくてよぉ」

「おまえもいつまでも引きずってんじゃねえよ、ダニエラ」

「テメエ、誰のせいだと!?」


「そうだ。せっかくだから乾杯しようよ!」

 ラルフはクラエスに出した寝酒の残りを、少しずつ三つのコップに注いで同志たちに渡した。舐めるような量しかないけど前途を祝す景気づけだ。別に酔いたいわけじゃない。

「僕らにできるのは、後は骨組みが緩んでいる所が無いか調べるぐらいかな……気が早いけど、コイツで必勝を祈願しようじゃないか」

 ダニエラが嬉々として受け取った。

「あたしたちが作った機体だぜ? 大丈夫さ。今日はきっと成功するよ」

 ホッブも起き上がってコップを手に取った。

「おうよ。まあダメだったら、その時はその時だ。今からそんな事を考えたって仕方ねえ」

 三人はコップを掲げた。

「じゃあ」

「クラエスの成功を祈って」

「乾杯!」

 お互いに一瞬顔を見つめ合い、三人はコップを打ち合わせて一気に煽った。




「おいラルフ。この酒、やたら強くないか?」

 ホッブの一言に、唇を一舐めしたダニエラも同意する。

「んだな……フルーツの香りとやたらな甘さで隠れているけど、これ凄くアルコール強くねえ?」

 持って来たラルフも首を傾げた。

「うーん、結構強いねえ。『黄金のイモリ亭』のオヤジが、『女を寝かしつけたいんならコイツで一発だぜ!』って言ってたんだけど」

 振り返れば、なみなみ一杯飲んだクラエスフィーナが毛布もかぶらずに寝入っている。寝入っているというか、行き倒れた感じに横になって寝息を立てている。

 無言でお互い顔を見合わせあった三人。ダニエラが手を伸ばしてクラエスフィーナを揺さぶった。


 揺らしても起きない。


「おーい、クラエス? そんな恰好で寝てると風邪ひくよ?」

 ラルフが声をかけてみる。


 声をかけても熟睡してる。


「これ……寝酒なんてレベルじゃなくて、ナンパ男の連れ込み酒(レデイ・キラー)なんじゃ」

「……おいダニエラ。あそこ、女だけで行くんじゃねえぞ?」

「クラエスにもよく言っとくわ……あの店、料理も酒もロクなもんが無いじゃねえか……」


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