世界からサヨナラするたった一つの方法
夜、気が付いたら病院のベッドの上にいた。
なぜだかわからない、しかし何が起きたかはわかる。
僕は死んだようだ。
死因は後に医者が教えてくれるだろう。
しかし死ぬのは何回目だったか、役所にいけばわかるだろうか?
とりあえず看護師に今日は安静にするように言われたので今夜は病院で一晩過ごすことにした。
「宇野くん? ねえ、聞いてる?」
夜、病室。声で僕目を覚ますと僕が横たわっているベッドに半年前死んだはずの彼女が座っていた。
これは夢なんだろうな、と思った。
「ああ、ごめん聞いてなかった」
そう言うと彼女は酷いなあとむくれた。
「で、何の話なの?」
すると彼女は微笑んだ。
「死んじゃったんでしょ?」
「ああ、そのようだね。死因は明日わかるんじゃないかな」
「どうせ自殺でしょうね。きみのことだし」
「どうせってなんだよ」
「だって今まで全部自殺だったじゃない」
「そんなの忘れたよ」
そう言うと彼女は曖昧に笑った。
「そうかそうか、まあ何はともあれ早くこっち来てくれると嬉しいな。待ってるから。」
彼女はベッドから立ち上がり、仕切りのカーテンをくぐってどこかへ行ってしまった。
「早く、ねえ……」
話し相手のいなくなった僕はまた眠ることにした。
「死因は自殺のようですね」
翌朝、診察室に呼ばれた僕はやる気のなさそうな医者の話を聞いていた。
「自殺ですか、何をしたかはわからないんですか?」
「知ったところでどうするんですか?」
医者は呆れたように言葉を吐き捨てた。
「第一、死んでも連れ戻されるようになっているというのに何回もあなたは自殺で運び込まれているようですね?」
「本当はもっと早く死ぬ予定だったんです」
「以前から自殺の計画が?」
「ええ。彼女が死んだので後を追おうとしたのですが踏ん切りがつかなくて気が付いたら死が廃止されていたのです」
三か月前、この国は試験的に寿命と思われるもの以外の死を廃止したのだ。正確に言うと死んではいるのだがいわゆるあの世へ死者を送らなくなったのだ。
最初聞いたときはなぜそうするのか、そんなことできるのかと人々から疑問の声が上がったが実際に死んだ人が数時間後に戻ってきているという事実はそれらを黙らせるには十分であった。
とりあえず言えることは、僕らは自由に死ぬ権利を失ったということだ。
「じゃあ諦めたらどうです?あなたはまだ若い、もっと別の道を探してもいい」
医者は思ってもないだろうことを言った。
「はい、そうかもしれませんね。では失礼しました」
僕は適当に返して診察室を出た。
別の道など何処にあるだろう?
恐らくだが僕には彼女しかいなかった、しかし彼女は違う。
僕なんかよりもたくさんの人に愛され、たくさんの人、物、事を愛していた。
そんな彼女が死んで、僕は生きている。
そんなの道理に当てはまらない。
「じゃあどうするの?」
診察室から出ると、扉の横に彼女が立っていた。
「どうしようかねえ?とりあえず次死ぬための準備でもするかな?」
「諦め悪いのね?そういうとこ好きよ?」
彼女はケタケタと笑った。
「お褒めに預かり光栄だ」
多分僕も少し笑っていたと思う。
「まあさ、うまくやりなよ」
彼女はそう言って病院の廊下の奥へ歩き出した。
僕は彼女と逆の方向へ歩き出した、一度振り返ったがそこには彼女はいなかった。
それから三ヶ月ほど経っただろうか。
きっと二十回は自殺しただろう。
しかし、いまだに僕は死にきれないでいる。
「まだこっちに来れないの?私待ちきれないよ」
どこからかともなく彼女が現れる。
しかし顔はよくわからない、なんというか薄ぼんやりとしている。
「ごめんよ、もう少し待っててもらえるかな?」
「まあ、きみがそう言うならもう少し待たないわけではないけどさ?」
そう言うと、彼女は視界の端から消えていった。
次はどうしようか、僕は考えながら眠りについた。
「宇野くん? ねえ、聞いてる?」
あれからどれだけ経っただろう。
「いつになったらこっちに来てくれるの?」
いったいどれだけの回数自殺したのだろう。
「もうどれだけ経ったか判らないよ」
この聞こえてくる声は誰だろう?
いつだったか忘れたけどいつからか常に聞こえてくる。
「ねえ、宇野くん」
僕を呼ぶ声がなんとなく心地いい。
この声の主のために生きている気がする、そう思えるくらいだ。
「次はどうやって死ぬの? 早くこっちに来て」
声の主がそう言うなら今度はどうやって死のうか。
僕は今、とても幸せだ。