VRMMOの世界に閉じ込められたが、そこに真の地獄が待っていた。
VRMMOに閉じ込められて、主人公と相棒が無双する。
これで良いんですかね(ゲス顔)
【勇者再臨黙示録】
シリアスで王道のストーリーをウリにして世にでたVRMMOだが、稼動当初は恐ろしいほどに人気が出なかった
理由は、ストーリーが複雑な上に文章が飛びまくって、まったく理解出来ないからだ。
ストーリーは全て断片としてばら撒かれ、しかもその入手方法は全てランダム。
オチだけ先に読んでしまった人もいれば、高レベルの魔王を倒すほどやり込んでも、ストーリーの序盤しか手に入らない人もいた。
そんなストーリーが見れないという致命的なゲームだが、以外なことに生き残り、稼動から三年経過した今でも、数万くらいはアクティブユーザーがいた。
理由は簡単。
ストーリーは元から無かったと思えば、ライトユーザー向けのゲームとしては非常に快適だからだ。
敵はそれほど強くなく、複雑な行動を取らない。
魔王も細かくレベルを分けられ、高レベル魔王ではない限りは誰でも倒すことが出来る。
スキルの振りなおしも無料で安く、何回でも出来、死亡しても、町に行けばデメリット無しで蘇生出来る。
また、衣装が豊富なのも魅力の一つだ。
無課金でほとんどの見た目関連のアイテムが手に入り、漆黒の鎧から、魔法使いのローブ。果てには宇宙人なりきりセットなんてのもある。
だからこそ、仕事帰りでも気楽に遊べる勇者再臨黙示録。通称勇録を俺、立花俊樹はプレイしていた。
三十六才という、疲労が残りやすく、趣味をする体力も無い現状。
仕事が忙しく、仕事場の行き来以外で外に出たくなく、その上で趣味にストレスをかけたくない俺としては、このゲームは理想のゲームだった。
ネットで攻略を調べ、ほどほどの難易度の敵をほどほどで倒せる。
それだけで、割と面白い。
特に、何も考えずに遊べることが気に入っていた。
気付いたら、もう一年続けていて、ユーザーの中でも古参と呼ばれる位置に来ていた。
――アカウント確認……フローア様。良くお戻り下さいました。どうかあなたの旅に意味が生まれますように。
意味深なシステムメッセージの後、俺は勇録の世界にアバターでログインされた。
白く長い髪に僧侶の格好。十代後半にも見える姿に、母性を感じさせる優しさを再現したのが俺のキャラ、フローア。
俺はこの世界では、女となっていた。
神聖魔法メインにボウガンも使える僧侶。
ついでに料理と裁縫スキルを少しだけ取った。
母性溢れる若い子……つまりバブみを感じるキャラにしたかったのだ。
……その時の俺、相当疲れていたんだな。
ぬるい上に飽きやすいゲームだから、引退の早いこのゲームの中で、一年遊んでいる俺はそれなりに有名になっていた。
神官長フローア。
神聖魔法の使い手の中で最も優秀なのが俺だから、そう呼ばれていた。
そんな俺でも、未だにエンドコンテンツの最上位魔王は倒せていない。
廃人レベルの人数が足りないからだ。
俺並の勇者があと五人いたら倒せるのだが、ライトユーザーの多いこのゲームでやりこむ人は少なく、たとえやりこむ人がいても、集ることはほとんど無い。
何故ならエンドコンテンツを倒しても、特にメリットが無いからだ。
だから俺も、積極的にエンドコンテンツを狙っていないが。
そもそも、俺も別に廃人プレイしたくてこのゲームをしているわけでは無い。
俺がこのゲームを続けている理由は二つだ。
一つは、会社に疲れて寝るだけの自分以外を体験できるからだ。
朝から晩まで仕事仕事。
怖い顔の部長に睨まれながら、気の休まらない日々。
それでも金払いも良いし、有給が取れるからやめようとは思わない。
もう少し部長が優しかったら文句が無い位は良い会社だ。
だが、疲れるものは疲れる。
そんな自分でも、この世界だと包容力のある女の子になれる。
『私は皆を救う為、守る為に戦いたいのです』
そんな聖女アピールをする日々は、俺の安らぎとリフレッシュの時間だ。
そしてもう一つの理由は――
――あなたのパートナー、シュガー様がログインしました。
システムメッセージが表示され、自分の相棒のシュガーが目の前に現れた。
「ごめんね。遅くなっちゃった」
申し訳無さそうに言うシュガーに、俺は答える。
「良いですよ。私も今来たところなので」
そう言いながら、俺はシュガーの頭を撫でる。
そう、俺のもう一つの、このゲームをしている理由は、このシュガーちゃんだ。
最初は白い髪同士ということで意見が合い、仲良くなった。
十代前半の様な見た目に白く短い髪。
俺と違い、活発で明るいタイプの子で、戦闘スタイルは近接特化。
拳を武器に、人の前に出て背で語るこの子は、皆の人気者だった。
そして、そんな彼女が、この世界では俺の結婚相手だ。
この世界では、同性の結婚でも問題無く行える。
更に言えば、VRMMOはほとんど性別を偽らない。
勇録の場合は、性別を変えて遊んでいるユーザーは0.02%らしい。
つまり、目の前の相手はほぼ百パーの確立で女性だ。
現実で女性と縁が無い俺が、ゲーム内だと結婚出来る。
これは俺にとって大きな意味があった。
最初は気が合いすぎて、相手も男性かと疑ったこともあった。
だが、シュガーは俺みたいななんちゃって女と違い、女性のファッションや流行に詳しい。
コスメとかパンツとか、何を言っているのかわからないが、女性であるということは理解出来た。
そんなシュガーちゃんと一緒にいられる。
それが俺にとって、最高の幸せの時間だった。
自分の立場を明かせなくても、この世界で幸せになれれば、俺にはそれで良かった。
「じゃあ、フロちゃん、今日は何をしよっか?」
シュガーちゃんのゲームの能力やプレイングスキルは俺よりうまい。
だけど、プレイスタイルはまったり派だ。
いつもは持っていない衣装集めに、簡単なクエを回り、ついでに初心者を支援する。
その為、俺達二人は女神と呼ばれていた。
もう一つのあだ名は衣装狩りの廃人だが……。
シュガーちゃんの衣装保有率は49%
そのうち50%は男性衣装だから、あと1%でコンプとなる。
「あと欲しい衣装は、イベント限定の衣装と低確率ドロップ品だけですよね?」
俺の言葉にシュガーちゃんは頷いた。
「そうなの。イベントはそろそろ来るだろうけど、低確率はちょっと面倒なのよ」
ぷんぷんと怒りながら、シュガーちゃんはそう言った。
あまりに確率が酷すぎて、確立があがるまで後回しにしていたら、結局それだけになってしまったのだ。
「あはは。まあそれはまた今度にして、魔王レベル五くらいを周回して装備強化しましょうか」
俺の発言に、大きく笑顔で頷くシュガーちゃん。
可愛い。だから俺は、現実でも頑張れる。
上司が怖くても、仕事が辛くても、この子の笑顔があれば、俺は明日もがんばろうって気になれるんだ……。
――魔王より全プレイヤーに通達が入りました。
そんなシステムメッセージの後、昼間だった時間は夜の世界になり、雷鳴が轟きだした。
「これ、魔王激昂のイベントだったよね?あれ時期が違うんだけどな」
シュガーちゃんの言葉に、俺は頷いた。
魔王の配下の四天王が外に出て勇者に挑むというイベントで、倒したら武器が手に入る。
難易度が低く、主に初心者向けのイベントだ。
『わが名は魔王。今よりこの世界は、我が支配した』
突然の魔王の声に俺は驚いた。勇者激昂のイベントでは無い。
そもそも、今までイベントで魔王がしゃべったことは一度も無かった。
つまり、新規のゲリライベントということか。
「凄いですね。雰囲気出てます……」
俺は小さく呟いた。
魔王が話すのは、上級レベル以上の魔王との戦闘時のみ。
だから多くのプレイヤーは声すら聞いたことが無い。
だから、魔王の為のイベントでも用意したのかと俺は想像した。
『これはイベントでは無い。イベントと思う者は、今すぐログアウトしてみれば良い』
魔王は小ばかにするような口調でそう言った。
「……フロちゃん。ログアウト出来る?」
ちょっと焦った表情のシュガーちゃんが俺に話しかけてきた。
俺はいつもの様にコンソールを選択し、ログアウトを表示させる。
だが、ログアウトのボタンが無い。
……そんな馬鹿な。
俺は強制ログアウトを選ぼうとするが、それすらも出来ない。
「……無理でした。これはまさか……」
しばらくすると、魔王の高笑いがコダマした。
『わかってもらえたかね?それでは、これからこのゲームの説明をしようか』
そう魔王が言うと、空に文字が出てきた。
「イベントミッション。高難易度魔王を倒せ。報酬、全員分のログアウトの権利、だってさ」
シュガーが文字を読むと、俺は頷き、高レベルのフレンドを検索した。
運が悪いことに、今日はログインしている高レベルフレンドはいなかった。
「シュガーさん。そっちに誰か良さそうなフレンドいません?物理特化後衛かタンク職あたりで」
シュガーちゃんは首を横に振って答えた。
状況は相当やっかいなことになっていた。
『最後に、そのままだと緊張感が無いだろう。我と戦いながら雑談をする位からだなぁ。故に、我からの最後のプレゼントだ』
ライトユーザーが魔王を倒す時は、大体ほんわかした空気になる。
それがどうやら、あの魔王様にはお気に召さなかったらしい。
そりゃあ、笑顔でわいわいしながら殺されたら許せないか……。
――アバター解除の呪いが展開されました。
その言葉と共に、俺の回りが光りに溢れ、可愛い可愛い俺のフローアちゃんは消えて、さえない中年おっさんが出てきた。
最悪だ。
シュガーちゃんの前で男に戻ってしまった。
何とか謝罪をして、せめて一緒に戦ってもらわないと。
そう思い、俺はシュガーちゃんの方を見た。
シュガーちゃんのいた場所は女性の姿は無く、そこにいたのは俺の会社の怖い上司だった。
佐藤隆一、四十八歳。独身。
俺の会社の部長であり、会社からも信頼される、まさに仕事人と言えるタイプの人間だ。
必要な事以外ほとんど話さず、無言でテキパキと仕事をこなすタイプ。
かといっても、ホウレンソウもしっかりと成す為、理想の上司に近いだろう。
ただし、顔が怖く、叱る声が大きい為、部下達からは恐怖の大魔王と呼ばれているが。
あー。佐藤だからシュガーかー。あーなるほどなー。
俺は知りたくなかった事実を知って、硬直した。
上司と目が合った。
その顔は無表情に近く、その口は何も言わない。
俺にもその気持ちは良くわかる。
最悪な状況の、更にその上の最悪な状況。
百合の結婚カップルだと思ったら、上司と薔薇のカップルだったという、死んでも認めたくない最凶の現実に、俺達は振りまわれていた。
その結果、お互い言葉を発せない。
正しく言えば、何も言えなし言う事が出来なくなっていた。
そのまま、俺と上司は、無言で歩き出した。
方向は魔王城。
奇しくも、この時の俺達の気持ちは一致していた。
一刻も早く魔王を倒し、この惨状から逃げる。という、全力で後ろ向きな気持ちが。
道中の魔物は何の問題も無い。
俺の神聖魔法で俺のレベル以下の敵はよりつかなくできる。
そのまま、俺達は魔王城まで一直線で歩いた。
上司が前に立ち、その後ろで俺が歩く。
今までと全く一緒の立ち居地、違うのはお互いの性別だけだ。
VR世界に閉じ込められる。それは構わない。
魔王を倒さないと出れない。それも構わない。
アバターが解除される。悲しいが別に許そう。
だが、嫁が上司の男だった。この事実だけは、どうあっても俺の中で消化しきれない。
きっと上司もそうだろう。だからこそ、俺達は一刻も早く、魔王を倒すと心に決めた。
それ以外は、もう何も考えない。
魔王城につき、最短で二階に上がる。
構造などお互い暗記済みだ。
四天王の最初の敵、ガーデンズの前に、瀕死の勇者がいた。
「ああ。二人でこんな場所にこれるほどの猛者か。だが、この奥は強敵だ。俺の仲間が蘇生されるまで待って、一緒に挑戦しないか?」
良く見るとPTメンバーらしき二人は後ろで死亡状態になっている。
大体五時間か、または一度町に戻り蘇生を頼むと復活出来る。
その場合は移動時間を考えて大体三十分くらいだろう。
だが、俺と上司はそんなに待てる様な、まともな精神状態では無かった。
上司は勇者をガン無視して、勇者の後ろの扉を開き、奥に入っていった。俺もそれに続く。
信じられない物を見る目で勇者は俺達を見ていた。
「四天王一の相手、ガーデンズ。魔王様に勇者の亡骸を捧げる」
入った瞬間に扉は閉められ、その奥には巨大な岩のゴーレムがいた。
ゴーレムは名乗りをあげた瞬間。正面の岩が開き、内臓された大量のボウガンでこちらを打ち続けてきた。
「毎秒十発の矢は途切れることなく貴様らに襲い掛かる。さあどう対処する!」
含み笑いをしながら偉そうに叫ぶガーデンズに、上司は立ち止まることなく歩き続けた。
跳んでくる矢は、全て指で受け止め捨てて歩く。
そして俺は、その後ろをついて歩いた。
嬉しいことだが、非常に残念なことに、この姿の俺と上司は恐ろしいほどに相性が良かった。
一年近いシュガーちゃんとの一緒の時間に加えて、十年以上の上司との付き合い、そして同一の強い気持ちの篭った目的が、確固たる連携を生み出していた。
後ろに隠れて接近し、とめにくい矢は俺が後ろからボウガンで落とす。
お互いがどの矢を防ぐか理解出来、どこからどうするかまでわかりあえる。
最高の絆が見えた。
それが俺には死ぬほど嫌だった。
ゼロ距離まで接近した後は、上司が右、左、右のパンチを繰り出し、更にそこから掌底、肘内、回し蹴りの連携を叩き込む。
そしてスタン状態になっている間に、俺が最大火力の魔法を叩き込む。
俺はスタン中のガーデンズに触れ、そのまま念じる。
いつもなら、ここで決め台詞を言うが、この格好でそれはしたくない。
というか、上司も俺も未だに、一言も言葉を発していない。
きっと帰るまで、一言も発さないだろう。
触れた部位から、ガーデンズは砂になっていき、一分たらずでガーデンズは消滅した。
ロックブレイクレベルMAX。
ゴーレム等岩の相手を砂に変え消滅させる魔法だ。
たとえ相手が四天王であっても、スタン中でかつ補助魔法てんこもりの、この魔法からは避けられない。
そのまま無言で上司は奥に進み、俺はその後ろをついて歩いた。
四天王二人目から、既に俺達の倒せるレベルでは無くなっている。
にもかかわらず、俺達は二人で、無傷のまま四天王を突破していった。
理由は簡単だ。恐ろしいほどに連携の相性が良いことと、とにかく早く帰って今回の惨状を無かったことにしたいという強い想いからだ。
上司じゃなく、他の男ならまだ良かった。
お互い様ですね。はは。
なんて会話で済むからだ。
だが、知り合いで、上司で、しかも上司は怖いことに定評のある上司だ。
そんな上司は、ちっちゃい女の子になって、俺と結婚して冒険していた。
俺は、今回が終わったらこの記憶とゲームを封印することを誓った。
四天王二人目は物理に弱いから俺が上司にバフをかけまくってゴリ押した。
三人面は、神聖魔法に弱いからいつもの様に上司の五段連携の後、高火力神聖魔法でゴリ押した。
四人目は、どっちにも耐性があったから、盲目とスタンを繰り返し、じわじわと体力を削っていった。
上司と面会して二時間が経過した。
そろそろ俺も上司も限界が近い。
体力がでは無い。単純に心が痛いのだ。
長時間の無言はお互いの精神を蝕み、認めたく無い現実を見続ける状況は心に悲鳴をあげさせる。
しかも最悪なのは、お互いのコンビネーションが完璧なことだ。
それは、今まで結婚していた証でもあり、会社で長いこと一緒にいた実績でもあった。
だからこそ、こんな現実認めたく無かった……。
そのまま無表情で、魔王のいる謁見の間の扉を開いた。
当たり前だが、感慨深さも何も無い。
あるのは帰りたいという気持ちのみだ。
「ほぅ。思ったよりも早かったな。だが、二人というのが気に食わん。我は本気の勇者と対峙が望みだったというのに」
落胆する様溜息を吐く魔王。
うるさい。俺達は本気なんだよ。人生から逃げるかゲームから逃げるかの二択になっているんだよ。
「さて、しょうがないから相手をしよう。どうせ勇者はいくら潰しても復活するしな。だから頼むぞ。ぜいぜい折れてくれるな」
もし今お前に負けてもすぐにここに戻ってくるわ。
折れるとか折れないとか以前に、このまま蘇生されるとかただの地獄だ。
どうせなら死んだら一生死んだままにしてくれ。もしそうなら最後の手段にするから。
「では、掛かって来い。魔王を舐めている貴様らに、本当の恐ろしさを見せてやろう」
本当の恐ろしさなら今も味わっているわい。
人生で今が最も恐ろしいんだよ。
そんなことを思いながら、俺達は魔王と対峙した。
圧倒的高火力と手数、耐久に回復魔法。
今までの敵とあらゆる意味で別格だった。
特にこいつはエンドコンテンツ版魔王に、どうも心が宿っているらしく攻略パターンが効かない。
それでも、俺達は負けられない。
死んで蘇生。
つまり、起きたら上司の顔が隣にあるという最悪のコールドゲヘナを受けない為に、俺は全力の、更にその先の力を搾り出した。
例え明日死んでも良い。今だけは、絶対に死んでたまるかという強い心を持って。
二つほど嬉しい誤算があった。
一つは、本来持ち込めない回復アイテム制限が無いことだ。
俺はために溜めたバフポーションと回復ポーションを惜しまずに戦った。
もう一つは、明らかに上司がシュガーちゃんの頃よりも断然強いということだ。
どうやらこっちの経験だけで無く、アバターが解除されたことにより本来の戦闘能力が上増しされている様だ。
噂では上司は家は古武術の、それも素手の道場らしい。
噂ではあるが、今の動きを見ると納得出来る。
自分の倍の速度の相手の攻撃を避けて、耐久の高い相手に確かにダメージを出す。
それは数値だけで見たらあり得ない結果だった。
その間、俺はサポートに回った。
上司の背後を守り、攻撃を防ぎ、バフを切らさない。
その上で、魔王に毒矢で嫌がらせをする。
魔王は回復魔王がある為、高火力で押しきるのがセオリーだ。
だが、二人でその手段は取れない。
勝ちすじは、回復魔法が使えなくなるまで、粘るだけだ。
三時間の死闘の末、俺達はあと一歩まで来た。無傷で。
勝ちたい、生きたい。
そんなポジティブな願いで無く、俺達の願いは『逃げたい』だ
非常に後ろ向きな願いだが、中年になると後ろ向きな願いほど本気が出せる様になる。
こちらに現れてから合計五時間、一度も緊張感を切らさず、全ての攻撃を避け続け、ついに魔王に勝利した。
「ふふ。ふははははは!まさか二人に、しかも無傷で負けるとは。冥土の土産に教えてくれ。我は何故負けた。力も魔力も、何もかもが、我が勝っていたはずなのに」
俺達は答えない。
というか答えられない。
上司との無言タイムは継続中だからだ。
何かを言ったら、これが現実になりそうで、未だに何も言えなかった。
「ふふ。そうか。倒すべき相手と会話しない。そのひたむきな殺意と覚悟、最後まで油断しない残心。それが貴殿らの武器だったか。ああ、見事だ」
そう言って、魔王は消えて言った。
勝手に勘違いをして。
俺はログアウトが出来ることを確認した瞬間、即座にログアウトし、そのゲームを封印した。
後日、会社に言っても上司は何も言わなかった。
ただし、ほんの少しだけ上司と会話する時間が増え、上司は俺を下の名前で呼ぶようになった。
それと、時々上司が俺を野獣の如き眼光で見ていた。
俺は、帰りに転職雑誌を買うことを心に誓った。
ありがとうございました。
風呂場で急に頭に何か電波が来たので生まれてしました。
お付き合いいただき、真も申し訳ありませんでした(シ_ _)シ