2◇少女との出会いは俺にとっては残念ながら絶望だった。
風のそよぐ音、葉の揺れる音。
余計な音は全てしない、――神聖な、空間。
その空間にの中心に眠る少女は、人では無いと思わせるほど秀麗な顔立ちをしていた。
腰まで伸びた見事な白髪に長い睫毛、白く透き通るような肌。眠っていて瞳は見えないとはいえ端正である事は確かであった。
そう、どんな人間でも一目みたら絶対に恋に落ちてしまうほど……
……そのはずが、この純という男は全く違う事を脳内に思い浮かべていた。
(初めて人に会ったな、丁度良い……コイツ起こしてこの世界の事聞くか)
美少女に動じるでも無く、興味を示すでも無く、そんな他愛も無い事を思うとあろうことか「おーい起きろー」と眠っている少女に声を掛ける。
どうやら、純の瞳に映るこの少女は、『神聖な美少女』ではなく、『異世界で出会った一人目の人物』に過ぎないようだった。
「おーい、起きろよー……ったく、爆睡してやがる」
一向に起きる様子の無い美少女を眺めながら溜息交じりに述べる。
余程深く眠っている様だしこれ以上声を掛けても変わらないだろう、まぁ別の人間を探せば良いだけだしコイツじゃなくても……と、そこまで考えた所でふと、ある事に気付く。
(……あれ、コイツ、息してなくないか?)
その事実に気がつけば流石の純であれ青くなるのは必然であった。
人間が呼吸をしていない場合の治療法や対処法など咄嗟に思いつく筈も無く、徐に肩を揺すろうと手を伸ばす。
「おい、大丈夫かお前……っ!!」
純の手が少女に触れた瞬間――……少女は静かに、目を開いた。
そこで今まで一瞬たりともこの美少女に興味を示さなかった純も初めて目を奪われた。
その理由は一目瞭然、少女の瞳の色が物珍しいものであったからだ。
星屑を宿したような紫色の瞳、……それだけではない、もう片方の瞳の色は光り輝く黄金。瞬間、純は理解する。
(左右で瞳の色が違う、……虹彩異色症……)
現実で見るのは初めてだ、ぼんやりとそんな事を思い浮かべながらも目を反らせずにいた。
そんな思考に、凛とした声が響く。
「……はじめまして、主様」
少女は目を細め、完璧と証するに値する程までに整った笑顔を向ける。
その声によって一気に現実へと引き戻される。
強制的に思考が現実へと戻された為理解をするのに数秒時間が掛かる。取り合えず落ち着こうと一度深呼吸をしてから、謎の呼ばれ方が気になるもののまずは挨拶を返した。
「あ、あぁ……はじめまして」
少女は中々返事を返さない純を不思議そうに見詰めていたが、その返答を受けると安心したように微笑む。
何はさておき目を覚ましたのだから当初の予定通りこの世界の状況を聞こうと口を開き、少女と目を合わせる。目が合った瞬間、また魅了されてしまいそうな気分になれば思い切り首を横に何度も振る。
(コイツの瞳を見てるとなんか、夢の中にいるみたいな……変な感じになる!あんまり目合わせてると吸い込まれそうだ……)
幾度か大きく深呼吸を繰り返し、頭の中をクリアにするといつのまにか起き上がって座っていた少女に改めて向き直る。
そして今度こそ質問をするべく口を開いた。色々聞きたいことはあったが、人としてまず尋ねるべきはこれだろう。純の中で考えがまとまると、一つの言葉を紡いだ。
「お前、さっきまで死んでたんじゃないのか?息してなかっただろ」
「……いいえ主様。先程までは休止していただけですので、人の言う死とは全面的に異なります。」
自分から質問をしたというのに、少女の言っている言葉の意味が欠片も理解できず思わずぽかんと口をあける。
その純の行動は少女にも理解できなかったようで、少し考えるような仕草をする。その後で付け足すようにこう言い継いだ。
「……主様、人と私達は違いますので息はしないのです。……私達人工物に呼吸は必要ありませんから」
とてつもなく直球、直接的でありそして純にとっては絶望的なその言葉に耳を疑う。
暫く硬直したまま、混乱で一杯な自分を何とかして納得させようと頭を回転させる。
(……いや、薄々というか、もう既にわかっていたさ。そう、ここが異世界かもしれないと言う事は想像内だ。……でももしかしたら違うかもしれない、そう思っていた、信じていた。……だけど)
少女の方に視線を向ける。少女は視線に気付けば一瞬不思議そうな顔をするものの、にこっと愛想よく笑顔を浮かべる。それを見て純はバッと顔を背けた。汗が地面にぽたりと落ちる。
(だけど、もうそれしかありえないじゃないか……!!)
彼の心の叫びは誰に届くわけでもなく、澄んだ青い空に溶けてゆくだけであった。