1◇どうやら異世界に飛んだようだけど俺は現実に戻りたい。
心地の良い風が頬を撫で、徐々に意識がはっきりとしていく。
ゆっくりと目を開くと、……青く澄んだ空、白い雲――そして、青色の木々、桃色の水の流れる川……。
見慣れない風景、物珍しい草木。
彼――八重樫 純はそんな景色を眺めながら、一言こう呟いた。
「あ……これ、この間小説で読んだ奴だ」
◇
事の発端は、恐らく今朝の出来事だろう。
俺は今朝、とあるのっぴきならない理由を前に途轍もなく慌てていた。
その理由と言うのは……まぁ、それは後で話す事にするとして。
部屋から飛び出し、階段を駆け下り……食事をとる暇は無いのでそのまま家から飛び出した。
と、その時だ。
ゴン!という鈍い音と同時に、俺は―――……
思い切り、電信柱にぶつかった。
◇
(そして気付いたらこんな意味のわからん世界に飛ばされたってわけだ……はは……)
誰に説明する訳でもないと言うのに意味も無く軽いお調子者を気取り内心苦笑する。
暫く薄ら笑いを浮かべたまま硬直を続ける。
彼は最近クラスメイトに紹介された小説を気まぐれに手にした。今時の小説なんてなぁ、と軽い気持ちで手に取ったものの好みの題材のものを見つけてしまい、30分で全15冊のとある小説を読破してしまった。
……そう、その小説の舞台とされた世界……『異世界』は、どうにもここと似すぎている。
「……いやいやいや可笑しいから!!」
青々と茂る草原の中口許を緩めながら一人座っていると思えば唐突に叫ぶ。もし見ている人が居たならば気が狂っているとでも思われるのは間違いないだろう。
けれど正直彼……純は、そんな周りなど全く気にも留めていなかった。……そして、またブツブツと独り言を呟き始める。
「異世界だとしたら転生なのか?それとも召還の方か?……いや、確かに?このおかしな風景も?……まぁ、俺の住んでた場所の近くでは絶対無いけど?……でも!まだ異世界だと決まった訳じゃない!……そうだ、まだ希望はある……俺は……」
ある程度まで言葉を紡ぐといきなりバッと顔を上げる。そして同時に純の額からはドッと汗が吹き出た。この短時間で百面相をしている様子は第三者から見ればとても面白いものだが、本人にとっては混乱で頭はグルグルしている。然し漸く今朝ののっぴきならない理由を思い出せば今度は勢い良く立ち上がり、徐に駆け出した。
「あああっそうだった!!俺はこんな事してる場合じゃないんだ……!!」
向かう場所は勿論元の世界、けれど勿論元の世界に帰る方法などわからない。でも、それでも純はここで止まっているわけにはいかなかった。
ただ我武者羅に走り続け……森の中に入った所で、何かに足が縺れ――……
……盛大に転んだ。
(あーあ、顔をぶつけるの本日二回目ですよー、酷い厄日だ……)
思い切りぶつけた顔をさすりながら誰に向かってという訳でも無いが内心毒づく。辛うじて血が出ていなかったのは不幸中の幸いという奴だろうか。
そして足に引っかかったのが何なのか確かめようと振り向くと、そこには……
天使と呼んでも過言では無いと言い切れる程に、美しい少女が横たわっていたのだった。