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9話目 人間と魔族

今回文字数が多い上に、主人公がクズです。


 テドラが去ると部屋が静寂に包まれる。


「あれの言葉があったから、という訳じゃないですが、魔王様はまだ本調子でないご様子。

ゆっくりお休みください。」


 ゼノンの言葉に頷くとベットに入った。


 ーーしっかし、広いなベットといい、部屋といい。


 白塗りの石造りの部屋は、燭台の上に乗せられた蝋燭の明かりしかないとはいえ、部屋全体をぼんやりと照らす程度の明るさはあるため、その全容がよく見える。

 まず、部屋そのものの広さが、元の世界で公平が借りていたマンションの一室よりも三倍ほど広い。

 窓は小さく室内に二つしかないが、風通しもいい。


 ーー…良すぎて、ちょっと肌寒いけどね…


 ベットの脇には上等なサイドテーブルと椅子が置いてある。

 また、ベットの大きさも、よく家具屋で売っているキングサイズほどある。

 唯一残念なのが、枕が柔らかい、恐らく羽毛が入った物であることだ。公平はそばがら枕派である。


 ーーでも全然元の世界の俺の部屋よりいいんだよね…。


 散らかってないし、と心の中で付け足す。

 よくよくみれば、ここにも城に入ったときのような

装飾があった。


 ーーこういったものにあまり関心はないけれど、あったらあったで意外と華やか…


 嫌いではないが、あまり必要性は感じなかった。


「迷惑かけた上に部屋まで用意してもらって、すまないねゼノン君。遅くなったけど礼を言うよ、ありがとう。」


 隣で椅子に座ってこちらの様子を見ていたゼノンに公平は礼を言った。


「滅相もございません。私は魔王様の臣下でありますので、このぐらいは当然です。」


 臣下、という言葉に、ずん、と気持ちが重くなる。

 

 ーー立場をちゃんと決めないといけないよね。


「ゼノン君」


「はい、何でしょうか?」


 ゼノンが答える。


「その…なんて言うのかな…すごく言いにくいんだけれども…」


「大丈夫です。何でもおっしゃって下さい。」


「密林で俺が異世界から来た人間で、人間とは戦いたくない、て言ったよね?」


 公平の言葉にゼノンが頷く。


「今の魔王領の様子とか、そうなった原因とかを知って、その上、俺を助けてもらったのだから、なんとかしたいし、恩返しもしたい。…でも、人間と魔王として争う決意はどうしてもできないんだ。」


 自分の正直な気持ちを打ち明けると、ゼノンは複雑な表情をした。


「そう、ですか…」


 そう言ったきり、ゼノンは黙り込んだ。


「ごめん、期待するだけさせて。本当にすまないと思ってる。

その上でこう言うのはなんだが、人間達と和平を組むことってできないのかな? 」


 そう言うと、ゼノンは、かっと目を見開き、顔に怒気を浮かばせた。

 しかし、ゼノンは深呼吸を一つすると、静かに話し始めた。


「昔話をしましょうか。

これは、私が生まれてすぐのことです。

…私は今から300年前、まだ今よりも魔王領が広かった頃、私は人間の集落のすぐ近くに住んでおりました。

そこで人間の娘と私は仲良くなりました。

人間と魔族は長らく争い、その溝は深く、本当に深くなっていましたが、私とその娘とはその垣根を超え、共に過ごしました。

ですが、戦争が激しくなるにつれ、幼かった私は戦火から逃れるため両親と共に疎開し、その娘と別れました。

ーーいつか、二人でこの世界を平和にしよう。

ーーそして、魔族も人間も関係なく過ごせる世界を作ろう。

そう約束しました。

私は少女との約束を果たすため、魔族の中では力の弱い方でしたが、頭より力、そんな魔族の中で、必死に知識をかき集め、頭脳を磨き、当時の魔王様にその右腕として取り立てていただけるまで努力致しました。

そして、和平に向け手を尽くしていたときでした。

この城に、勇者が攻めて来たのです。

勇者は、すべての属性魔法を無力化する黒魔法に唯一対抗できる属性魔法、白魔法の使い手でした。

一大事です。

私は当時の魔王様と共に勇者と対峙しました。

そこにはーー勇者となったあの時の娘の姿がありました。

その時の衝撃は今でも忘れることが出来ません。

娘は私を見るとこう言いました。


『ごめんなさい。

私は結局しがらみにとらわれて、貴方との約束を果たすことが出来ませんでした。

人間と魔族との確執は、もう、修正できないところまで来ているのです。

人間と魔族は争いすぎました。

ーー血が多く流れすぎました。

過去を清算することはできない…

魔族が獰猛で略奪することしかできない野蛮な種族。

人間が傲慢で強欲で姑息な種族。

両者の見識は深く根付いて、お互いどちらかが滅びるまで争い続ける運命を選んでしまった。

ーーできれば、私は貴方と共に生きたかった。』

          ・・・・・・

娘は魔王様を殺すと、私に殺されて、その生涯に幕を閉じました。

そして、人間達は魔族から太陽を奪いました。

その時に私は人間と和平を組むなど、土台無理な話だ、そう悟りました。」


 ゼノンの壮絶な過去に、公平は絶句した。


「今でも私はできることなら争いたくない、そう思っています…ですが、人間が! 人間が争うことをやめないのです!

魔族が滅びるまでやめるつもりはないと! そう言うのです!」


 ゼノンの目に涙が浮かび、握り締めた手からは血が流れる。


「魔王様…魔王様はなぜ太陽を奪われた今も魔族が生き残っていると思いますか?」


 わからない、と首を振る。


「かつて太陽を奪われた時に、我らの同胞は人間と争い、その多くは倒れましたが、ーー人間達の領地を少し、奪いました。」


 ふっ、とゼノンが影を差した笑みを浮かべた。


「その土地はあの密林です。

通り抜ける時、私は魔王様が危険な目に遭わないよう、細心の注意を払い、事前に調べておいた安全な道を通って来ましたが、実際には獰猛で危険な生物の住む、まだ調査がされていない地域の多く残る場所なのです。」


 公平は、密林で聞いたよくわからない生物の鳴き声や、途中からワイバーンに乗ったことを思い出した。


「密林を、食料不足と人手不足中、いくら人間達より力があるとはいえ、全盛期に比べ随分衰えた同胞達と共に、なんとか、少しずつ開拓し、畑を作り、作物を育て、食い繋ぎました。」


 公平は、自分の迂闊な発言を、あの密林に居たときよりも深く後悔した。

 自分はあの時から何も学んじゃいなかった。


「それでも、食料は足りず、今でも餓死者は増えています。

昔、この魔王領には10万を超える魔族がいました。

しかし、今では3000程しかいません。

その中でも、闘えるのはほんの一握り、メールの丘に向かった500体だけです。

ーーといっても、あそこから逃げるために置いてきたその内の100体は、未だ帰還しておりませぬ。」


 公平の心臓が、どくん、と脈動する。


 ーー確か、あの時ゼノン君は俺を助けに来た、と言っていた。


 つまり、公平のためにその100体の魔族が犠牲になったかもしれない。

 その事実に公平は、今まで生きて来た中で味わったことのない絶望を感じた。


「…これを見てください。」


 そう言ってゼノンは、どこからか取り出した地図を公平に渡した。

 地図には一部が赤く色付けられていた。


「色の付いている部分は魔王領です。

前にお話しましたように、魔王領には鉱山がいくつもあります。

それを他種族に売ることで外資を得ていたとも。

ですが、それで得られる外資はごく一部で、得た外資で確保できた食料は、必要な量に比べれば本当にごくごく一部でした。

何故なら、資源を必要としているのも、一番持っているのも人間だからです。

…地図を見てください。

空白部分、世界のほとんどは人間の領地なのです。」


 地図の空白部分、それはこの地図の八割ほどあった。


「人間は…強欲です。

彼らは我々の存在が気に入らない以上に、この魔王領にある資源を欲しがっています。

彼らはもうすでに持っているのに、まだ求めるのです。

魔族はもはや鉱山からの資源を取りに行く余裕はありません。

皆、その日を生き抜くのに必死なのです。」


 ですが、とゼノンが繋げる。


「貴方様の先代の、最後の魔王族出身の魔王様は、その身を犠牲に魔王領全体に結界を張りました。

非常に強力なものです。

今も人間達がこの魔王領に攻め込んで来られないのは、この結界のお陰です。」


 ゼノンが、目を、す、と閉じた。


「しかし」


 閉じた目を、ゆっくりと開いていく。


「結界も完璧ではありません。

最近、魔王領に張られた結界に綻びが生まれたことを確認しました。

おそらく、この結界は持って一年でしょう。

…いえ、人間達も日々進歩しています。

彼らの技術には目を見開くようなものが沢山あります。

結界が壊される日が来てもおかしくない。

…今はそんな状況なのです。

ーーそれでも貴方様は、人間との和平を望まれますか?」


 その質問に公平は答えられなかった。

 それどころか、ゼノンと目を合わせることもできなかった。


 ーー…無理だ…


 公平に答えられるわけがなかった。

 あの平和だった日本とは、状況も何も違うのだ。

 自分の回答一つで、今残っている魔族3000体を死に追いやるかも知れないのだ。

 ーーあの丘に残した、彼らの同胞達のように。


「……」


 いつまでも、黙っていることは出来ない。

 だが、平和な世界で生き、責任なんて、仕事で係長に昇進した時にできた自分を含め数人の分しか背負ったことのない公平に、いきなり命をかけた選択をしろと言われても土台無理な話だった。


 沈黙は、燭台に置かれた数本の蝋燭のうち、一本の蝋燭の蝋が尽き、火が消えるまで続いた。

 蝋燭を取り替えるためにゼノンが立ち上がり、蝋燭の置かれている部屋の隅まで移動する。


「…針の穴に糸を通すようなものですが…」


 先に口を開いたのはゼノンだった。

 彼は公平の方を見ずに続ける。


「かつて、この地から太陽を奪った魔術師は、封印の術式を四つの、彼が愛用していた道具に込めました。

雷の杖

水の腕輪

焔の劔

聖魔の翼

この四つは封印の遺物、と呼ばれています。

この内の一つは、人間が所有していますが、残りの三つは魔術師がこの世界のどこかに隠したそうです。

ーーもしも、この四つを得ることができれば、魔王領に光を取り戻すことができるでしょう…」


 それは、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように感じた。


「例えば、の話です。

かの魔術師は歴代でも最高と言われていますし、一つは人間達が持っているので、人間達を皆殺しにし、その全てを手に入れない限り、到底見つからない代物です。

人間達を殺さずに手に入れるなど土台無理な話です。

戯言です。忘れてください。

…長話が過ぎました。魔王様はもう、おやすみください。」


 そう言って、ゼノンは一度も公平の方を振り向くことなく出て言った。

 残された公平は、先ほどのゼノンの言葉を反芻した。


「太陽を取り戻す、か。」


 ゼノンの言う通り、可能性は極めて低いだろう。

 魔法も満足に使えず、腕力に自信のない公平では武力に期待はできない。

 その上、会ったことのない他の魔族達も、少なからずゼノンと同じ意見を持っていよう事は、簡単に想像できた。

 おまけに、食料もなく、資源もどうやら、なさそうである。

 問題は山積みだ。

 絶望的な状況は変わらない。


 ーーでも、希望は見えた。


 考えてみれば、自分はあのメールの丘で、彼らが助けに来なければ、死んでいたのだろう。

 そう思えば、今更どうなろうと、あの時全く何も知らないまま死ぬよりもましな気がしてきた。


 ーーたとえどんな形になろうと、俺は人間を殺すような事はできればしたくない!


 また、それと同じくらい公平は魔族達をこれ以上むざむざと死なせてしまいたくはなかった。


 ーー針の穴に糸を通すようなもの? 上等だ。


「たとえ、どんな困難が待ち受けようが、どんなに絶望的な状況で、味方が一人もいなくても、俺は、四つの道具を集め、この魔王領に太陽を取り戻してみせる!」












 三十路男なめるな、という扉の向こうからの声を聞きながら、ゼノンはため息を吐いた。


 ーー本当なら、脅してでも魔王様には戦っていただかなければならなかった。


 太陽を取り戻す、と口では言いながらも、ゼノンは今代の魔王がどれだけの力を持っていようとも無理だろうという確信があった。

 よくて、人間達から領地を奪い取るだけだろうとも。

 人間達は甘くはない。

 そして彼らには知恵がある。

 ーー魔族には到底追いつかないような、知恵が。

 それは他の魔族達も知るところであったが、無理だ、と認めてしまえば心が折れてしまう。

 だから、誰も言わないだけなのだ。

 ゼノンは考える。

 たとえ、戦って負けても、人間達の領地を手に入れることができれば、開拓し、食物を育てることができる。


 ーーいや、それ以上に、その地の蓄えを、あわよくば回収することができるかもしれない。


 そうなれば、次の世代に繋ぐことができるかも知れない。


 ーーなのに、何故、魔王様にあんな事を言ってしまったんだ!


 封印の遺物を集めるなど、実際には人間達を皆殺しにするよりも困難だ。

 むしろ、不可能と言ってもいい。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ーー既にこの世には存在しないかも知れないものだ。


 ーーそれに可能性をかけるなんて、馬鹿馬鹿しい、時間の無駄だ。


 それは、自分がよく分かっている筈だった。

 人間達は、こうしている間にも、新たな魔王討伐のために動いているだろう。

 だが、誰にも話した事のない過去の話を、あの甘い魔王にしてしまったせいで、感化されたのだろうか。

 もしかしたら争いを避けられるかもしれない。

 かつて夢見た、平和を期待する気持ちが抑えきれなかった。


「もう、遠の昔に捨て去ったものと思っていたが…まだまだ私も未熟ということか。

…先に逝った同胞に合わせる顔がないな。

だが、魔王様の調子が戻らないことにはどちらにせよ、何も手を打つ事は出来ない。

…今は様子を見よう…」


 そう言ってゼノンは立ち去った。


 ーー明けぬ夜が始まる。









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