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7話目 魔王城は広い


 ーーあれが魔王城…


 周りの風景とはあまりに違い、場違いさまで感じさせる城に、公平は、ごくり、と唾を飲む。


「今からあそこに行くのかい?」


 ガノイに質問すると、彼は無言で頷いた。

 ワイバーンの羽ばたきを止め、行きとは違いゆっくりと降下していく。


 ーー少し肌寒いな…


 魔王城に近づく程に、寒気がしてくる。

 完全にワイバーンが地面に降りると、先にガノイが降りて、再び支えてもらいながら公平も降りる。

 地面に足をつけると、ほっ、と一息ついた。


 ーーしかしまあ、大の男が支えてもらうというのは情けない気持ちになるね。


 2度と経験したくないものだ、と思いながらスーツや、鞄についた汚れをはたき落とす。

 そうこうしているうちに、他のワイバーンに乗っていた者たちも随時着地してきた。

 そのなかにゼノンの姿もある。

 全員が到着すると、そのうちの何人かがワイバーンをどこかに連れて行き、ゼノンが公平に近づいてきた。


「お疲れ様です、魔王様。空の旅はいかがでしたか?」


「うーん…できればもう乗りたくないかな。」


 公平は正直な感想を言うと、ゼノンはふっ、と笑って言った。


「でしょうな。私も同意見でございますから。今回は急ぎでしたので仕方なくワイバーンを使い、しかも最高速で移動しましたが、次回はもっとましな物を用意いたします。申し訳ありません。」


「いや、謝る必要はないよ。…いい経験になったからな」


 そうですか、とゼノンが言うと、後ろに控えていた従者らしき化け物から布を受け取り、公平に差し出した。


「冷えますゆえ、こちらをお召しください。」


「ああ、ありがとう。受け取るよ」


 公平はゼノンから布を貰うと、バサリ、と肩から羽織った。

 丁度冷え切っていた体にはありがたかった。


「では、こちらへどうぞ」


 ゼノンはそう言うと、部下に扉を開かせて、ランタンを片手に、公平を中へ案内した。


「あ、ああ」


 公平は恐る恐る開かれた扉から中に入る。

 他の奴らはまだ業務が残っているため、公平とゼノンの二人だけでの移動となった。

 中は石造りで、ところどころ欠けているものの、頑丈そうな作りだった。

 また、そこかしこに松明があるため、予想していたよりも明るい。


 ーーしっかし、広いな。


 どこぞの教会並みに高い天井を見上げながら、しみじみ思う。

 廊下も照らされているとはいえ、距離があるのか、道の先に壁が見えない。

 また、サイドには等間隔に木で出来た扉が付いていた。


 「ここは兵士たちの宿舎になっています」


 へぇ、と頷きながらゼノンの解説を聞く。


 ーー街の様子から中も荒れてるのかと思いきや、存外綺麗だな。…ところどころ蜘蛛の巣は張ってるけど。


「…ところで魔王様」


 ゼノンの言葉に公平は、ん、と言って返す。


「なんだい?」


「…街を…ご覧になりましたか?」


 街、と言う言葉に、ワイバーンに乗っていたときに見た風景を思い出す。


「…見たよ。ガノイ君からここが昔は栄えていた魔王領の首都だってことも聞いた。」


「そうですか、ガノイから。…もともと明確に国、といった区分を使っていないので、首都という表現が正しいのか私にはわかりかねますが、とりあえずこの街を便宜上首都と呼びましょう。」


 そう言ってゼノンは、こほん、と咳払いすると、語り始めた。


「さて、何から話しましょうか。…かつて、この地は人間達の領土のように昼と夜がありました。」


「ストップ!…人間達のところは昼と夜があるのかい?」


 てっきり昼と夜が地域で分かれている世界だと思い込んでいた、公平は質問を投げかけた。

 もちろんです、とゼノンが答える。


「太陽が現れることで朝が始まり、太陽が去るときに夜が始まる。それは人間達の領土、魔族の領土関係なく起こっていました。」


 ーーつまり元きた世界と同じ事象が起こっていたわけだ。


 公平は頷き、先を促す。


「しかし、人間達は我々魔族を滅ぼすため、250年前、その代の最も優れた魔術師の力で魔王領から太陽を奪い、封印してしまいました。」


 公平には太陽を封印、という場面がまったく想像できなかったが、聞き返すのも野暮だと思い、とりあえず字面だけ受け取った。


「そこから、太陽を奪われた魔王領の衰退が始まりました。草木は枯れ、それまで豊富に取れていた食物が失われ、土地が痩せた。

そして、痩せた土地からまたさらに残った草木も枯れ果て、河川が消えてゆき、魔族達の生きるために必要な水や、食料が無くなってしまった。」


 ーー太陽がなくなったことで自然の恵みを受けられなくなったのか…


「やがて、その類は首都にまで及び、もう、自国での食料の生産は無理だ。諦めた私たちは次に、鉱山から取れる金属類や、迷宮にいる魔物達を狩って得た素材を多種族に売ることでなんとか凌ぎ始めましたが、そういったものを一番必要としているのは人間。…当然敵対している人間達に売るはずも、売れるはずもないので主な取引相手はエルフやドワーフ、珍しいときは獣人などでしたが、彼らはそれほど量を必要としていない。

外貨までやがて底をつきました。

…そして、飢餓で大量の魔族が死に絶え、生き残れた者は少数となってしまった。」


 壮絶な歴史に公平は、ごくり、と唾を飲む。

 一方で、ゼノンの話の中に気になる発言が出てきた。


 ーー…エルフやドワーフって学生時代にやったゲームに出てくる、架空の生物のことか…?


「…なぁ、ゼノン君。そのエルフやドワーフはやたら耳が長がったり、身長が低くて髭もじゃだったりするのかい?」


「その通りです。会ったことがお有りで?」


 いや、と首を振り否定する。知識で知っているだけだ、とも付け加える。

 自分の知識の裏付けを取れたことで公平はよからぬ考えを巡らせた。


 ーーつまりこの世界には、猫耳のオネーチャンやバニーなオネーチャンもいるわけだな!


 こんな状況でも公平の脳内は煩悩にあふれていた。

 それを知ってか知らずかゼノンは続きを話し始める。


「魔族達の苦しみを見て、穏健派で有名だった当時の魔王様はとうとう人間達と全面的にことを構える決心をなさいました。」


 ーー魔王の存在、忘れてた。


「…穏健派っていうのは一体どういう意味だ?」


 公平は質問を投げかけた。


「穏健派、というのはつまり人間達と積極的に争うことをしなかった者達を指しています。

当時の魔王様は人間と争わず、打ち解ける努力をすれば、いつか分かり合える、そう信じていらっしゃいました。」


「へぇ…魔王が人間との争いを避けるって、なんか意外だな。」


 ーーてっきり、人間など皆殺しだー、とか言ってるものだと思ってたな…


 ある意味この世界に来て一番驚いたかもしれない、公平はそう思った。


「意外ですか…そうですね、あれほど優しく、気弱な魔王はあの方以外には思いつきませぬな。

歴代の魔王様、私の生まれる前を含めてですが、皆、人間など皆殺しにすれば良い、世界の全ては我がものだ、そう言った考えをお持ちでしたから。」


 公平はゼノンの話す想像通りの魔王図に、その当時の魔王だけが例外である、という認識に修正した。


「率直に言ってしまえば、歴代の魔王が血の気が多すぎたために人間と長きにわたって争い、人間達に魔族は血の気が多く、野蛮な種族という認識を植え付け、太陽を奪われるような事態に陥ったと言え、太陽を奪われた当時の魔王は、気弱だったために太陽を奪われたとも言えます。」


「ほとんど部外者の俺が言うのもなんだけど…よく味方の事をそういった視点で見れるね。魔王は君の上司…みたいなものなんだろう」


「ええ…魔王様というのは我々魔族にとって絶対的な王。神のような存在といっても過言ではありません。貴方様もしかり。

しかし、私がこのように客観的な見方ができるのは、元は私も穏健派だったからでしょうな。といっても人間とわかりあえるとは考えておりませんし、争いは少ないに越したことはない、といった程度ですがね。」


 ーーえ、そうなの⁉︎


 公平は驚きのあまり口をカパ、と空ける。


「魔王様には驚きでしょうな。なにせ、たった今人間達と争って来たのですから。」


 ですが、とゼノンは続ける。


「本当に血の気が多い連中は我先にと、戦争に繰り出して行き、皆死にました。あの穏健派だった魔王も打たれ、その次の魔王も、その次の魔王も、…やがて魔王となるべき種族が滅び、我々はこのまま人間達に滅ぼされるくらいなら服従した方がいいのではないか、そのような意見も出るようになりました。」


 ゼノンはその当時に想いを馳せているのか遠い目になる。


「しかし、我らは最後の、魔族としての誇りを捨てることはできなかった。せめて先に死んでいった同胞達に恥じぬよう、最後まで抗おう。そう決めたのです。」


 ぷるぷる、とゼノンが震え出す。それが怒りからか悲しみからか、はたまたそれ以外か、それは公平には分からなかった。


「その時でした。遠の昔に魔王族が滅び、もう次はない。そう思っていた私達の元に新たな魔王様の現れる予感、というものが唐突にやって参りました。それが貴方様です。」


 ゼノンが公平の方を見る。


「それ、会った時も思ったんだけど魔王とかって何で決まるの? 交代とかできないの?」


 代われるならこのゼノンに代わった方がいいのではないか、そんな考えが頭をよぎる。


「魔王という存在は生まれて来た時から決定付けられたもので、新たな魔王様が誕生すると我々魔族は皆それをなんとなく理解します。なので、交代はできません。例外はその代の魔王様を、次の代の魔王様が殺すしかありませんな。魔王族が滅びた今、そのようなことはありえませんが。」


 ゼノンの言葉に公平は、無理か、と項垂れる。


「君に譲れれば最善だと思ったんだけどなー。」


「滅多な事を言わないでください魔王様。私は魔王になる気などこれっぽっちもありませんし、そもそも黒魔法を使えません。」


 ーーそういえば、密林で魔王しか黒魔法を使えない、て言ってたな。


「黒魔法…いやそもそも魔法ってなんなんだ?」


 すっかり忘れていた質問をする。すると、ゼノンは驚いたように目を見開いた。


「魔法を知らないのですか…?」


「え…? うん。俺の元いた世界にはなかったし。」


 そう言うと、ゼノンは口元を押さえ、しばらくぶつぶつと何かを呟いた後、口を開いた。


「知らずに魔法を行使した…これはすごい事ですよ、魔王様。」


「え、本当に?」


 ええ、とゼノンが頷く。


「素晴らしい…やはり貴方様は我々の最後の希望だ…!」


「そんな大袈裟な。」


「大袈裟などではありません! 魔法は一部の限られた者しか使えないものです。その上、習得も難しく、特に黒魔法は、歴代の魔王様でも何十年修行してやっと使えるようになる、そんな代物ですぞ!」


 魔法がそんな大層なものであると知らなかった公平は、理由もなくうろたえる。


「まじで? そんなすごい事なの?」


「ええ! ええ! それはもう! 早く魔王城に戻り皆に伝えねば!」


 ーーん?


「あれ…ここ魔王城の中じゃないの?」


 公平の疑問にゼノンは、何をおっしゃられてるのですか、と首を傾げる。


「ここは魔王城の外周を覆う、城壁の中ですよ。」


「うそん」










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