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6話目 ワイバーンの翼は胴体より大きい


  開けた場所にいるワイバーンは公平の身長をゆうに超え、開いた口には鋭く長い歯が何十本も生えていた。

 あまりの光景に公平は声を失い呆然とそれを見上げる。


「何こいつら?」


「ワイバーンです。次はこれに乗って移動します。」


 ーーいや、乗るって…


 見た所鞍のようなものは見当たらず、完全にむき出しのままだ。

 おまけに乗るにはいささか身長が足りないように思える。


「どうやってこれに乗るの⁉︎ ちょっと無茶じゃないかな⁉︎」


 乗れそうにないし、仮に乗れても落ちそうだ、と言うと、ゼノンは顎を、くいっ、としゃくり、一体の鬼を呼び寄せた。


「彼が同乗し、魔王様をサポート致しますので、ご安心ください。」


「よろしくお願いします。」


 そう言って出てきた鬼はメールの丘で最初に見たあの鉄球を持った鬼であった。

 その体には返り血がべったりとついている。


「…うん…よろしく…」


 ーー…ワイバーン以上に怖いんだけど…


「えっと…君の名前は?」


「ガノイと言います。」


 鬼が名乗る。


 ーーこの鬼はガノイ君、と。


「では失礼」


  一言ガノイが言うと、軽々と公平を持ち上げワイバーンの上に乗せた。


「…三十路の男が高い高い…」


「何か言いましたか?」


 ガノイが不思議そうに首をかしげるので、なんでもないと首を振る。

  ワイバーンの上は、銀色に艶めく鱗が地味に痛い。


「でもまあ、なんとか乗れなくもなーーうわぁぁ!」


  急にワイバーンが動き出した。


「落ちる落ちる‼︎」


「まだ魔王様から手を離していないので大丈夫です。落ち着いてワイバーンの首に手を回してください。」


 ガノイが全く動じることなく言う。


「君はちょっと冷静すぎないかい⁉︎ 首、首を持てばいいんだな!」


 首に手を回そうとするが、するりとすり抜けられる。


 ーー全然掴めないんだけどー‼︎


  なんとかワイバーンの首に捕まると、今度は首を大きく動かし始めた。


「うぉ! わあぁ‼︎ ちょ、タンマ! 一旦待って!」


 ワイバーンに言葉が通じるはずも無く、ガノイが後ろから乗ることでやっと止まる。


「…ふぅ。…今更だけど君が乗ってこの子飛べるの?」


 ガノイは見るからに重量のありそうな見た目をしている。


「もちろんです。」


  ガノイが頷く。


「へぇ…そうなんだ…」


  公平は、もう何も言うまいと思った。

  ガノイが一度鋭い独特の言葉を叫ぶと、公平達の乗っているワイバーンが、ばさり、と翼を広げて動き出した。

 3、4歩の助走をつけてワイバーンが飛び立つ。


「お、おおぉぉ⁉︎」


 ほとんど直角に近い角度で飛び立つので、体にとてつもない圧力がかかる。


ーー体が潰れる…!


  おまけに風も強く吹き付け、口を開くことも叶わず、そのまま勢いよく上昇すると、一度上空でくるりと旋回し、南に向かって徐々に加速しながら飛んでいく。


 ーー早い早い早い‼︎ しかも今手を離したら確実に落ちる…!


  一応、ガノイが後ろから支えているのでなんとか、落ちずに済んでいるが、なんと無くこの状況に虚しさを覚える。


 ーーせめて綺麗なオネーチャンだったらなぁ…


 思っても仕方のないことだが、つい考えてしまうのは今この現実から少しでも目を逸らしたいからだろうか。


  ワイバーンの飛ぶスピードが最高潮に達すると、眼下の風景がどんどん流れてゆき、やがて森を超え、田畑が見えてきた。


  ーー微妙に地面からの距離が近くて怖いな…


 近いといってもビルの十階以上はあるが、 このくらいの距離が落ちたときを想像しやすいために公平は、ぶるり、と震える。

  下の田畑は何かの作物が植えられているようだが、それほど実りが良さそうには見えない。


  ーーまだ収穫時期じゃないのか、それとも、もう過ぎ去ったのかな…?


  少し考えていると、風景が田畑から、ポツポツと建築物のようなものがある集落に変わっていた。

 それと同時に辺りが急に暗くなる。


 ーー…? なんだ、雨でも降るのか…?


  まだ日が暮れるには、最後に見た太陽の位置が高すぎる、と思った公平は曇ったのだろうと思い空を見上げると、星空が見えた。


  ーーな! 早すぎる!


  この世界では夕暮れはこんなにも早いのかと思い、後ろを振り向くと、信じられないような光景が広がっていた。


  ーー空があるときを境に二つに割れ、境界より向こうはまだ青空が広がっているにもかかわらず、公平達の方側には夜が広がっていた。


  ーーなんだ…これは…?


 昼と夜が同じ空で綺麗に分かれている。夕焼けのような中間も、グラデーションのような移り変わりもない。

  公平は、空が完全に夜に埋め尽くされるまで、その光景をただ見ていた。


 辺りが完全に暗くなると、民家の明かりで下から照らされる。

 日本の都市ように昼間のように明るい、なんてことはなく、どちらかといえば星空がよく見える、田舎くらいの明るさだ。


「魔王様、ここがどのような場所に見えますか?」


  ガノイが質問してきた。

 公平はその質問に答えようとするが、舌を噛みそうになり、慌てて口を閉じる。


「おや、これは失念しておりました。」


 ガノイは公平の様子を見て片眉を上げると、ぶつぶつと何かを唱え出した。

  すると、公平に先ほどからずっとかかっていた圧と、吹き付けていた風が消える。


「お、喋れる。すごいねガノイ君!」


「お褒めに預かり光栄です」


  ガノイが大袈裟に言う。


  ーーさて、ここがどんな場所、か。


 公平はもう一度眼下の景色をよく見る。

 はじめに見たときよりも民家の数は多いが、どれもみすぼらしい。

  道も整備されているとは言い難いし、ところどころ上空から見てもわかるくらいに潰れかけの廃屋もある。


「…率直な意見で構わないかい?」


 公平の問いかけに、ガノイは、もちろんです、と言って頷く。


「ふむ…俺が見る限り、ここは郊外か田舎の方なんじゃないか? 民家の数は俺が知っているところよりも圧倒的に少ないし、廃屋も多い。まあ、こっちの世界の基準がどんなものかわからないけど。」


 一応、学生時代、世界史で見た資料の景色や旅行先で見た、歴史的な町並みを基準に考えている。


 ーーあの甲冑の兵士を見る限り、恐らく中世ヨーロッパとか、その辺りの文化に近いと勝手に思ってるから間違えてるかもしれないなー。


 公平はそんな風に思ってると、ガノイは少し悲しそうな顔をして口を開いた。


「私も恐らく貴方様のように初めてこの地を見れば、同じような見解を示すでしょう。…建物の数は少なく、活気もない、廃屋も多い。…ですが、ここはかつて最も栄えた街。我らが魔王領の首都シュタイトです。」


 ガノイの、首都、と言う言葉に大きく目を見開く。

 てっきり人間と争うくらいなのだから、魔族の国の首都は栄えているものだと思っていた。


「…人間達の領土もこんな感じなのか?」


 いいえ、とガノイが首を振る。


「さすがに全てが、と言うわけではないですが、少なくとも人間達の住む主要な地域はとても栄えています。」


「つまり魔王領だけがこんなにも衰退しているということか?」


  ガノイが目を閉じて頷く。


 ーーまじかよ…


 公平は、なんとなくだが、ゼノンが言った見た方が早い、という言葉や、人間と争っている理由がわかったような気がした。

  ゼノンの、何としても納得してもらわなければならない、という言葉が脳内でリフレクトする。


「状況は思ったよりも深刻かも知れないな…」


  公平がぼそりと呟く。

  眼下の景色はどんどん流れていくが、首都の様子は代わり映えしない。


「……」


 風景が流れるほどに、重くなっていく気分。

 と、そこへ、廃屋とみすぼらしい建物の連続の中に、禍々しくも美しく、巨大な城が現れた。


「あれが我らの最後の拠点にして砦。魔王城です。」






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