33話目 絶体絶命
目の前にゾンビがいた。
その事実を受け入れられずに、公平は動くことも声を出すこともできなかった。
手から松明が落ちて転がる。
ゾンビのいる場所は明らかにセーフティゾーンである。
その上にい続ければ力を失い衰弱するというのに、ゾンビは全くそんな様子を見せずに公平の頭を両手で掴んだ。
すごい力である。
公平の頭が割れそうになる。
だが、本当の恐怖はここからだった。
ゾンビは公平の頭を掴んだまま、口を大きく開けた。
黄ばみ、ところどころ欠けた歯が覗く。
ーーこいつまさか、俺を食べる気か…!
正解だ、とばかりにゾンビが公平の頭にかぶりつこうとした。
公平の目が恐怖で大きく見開く。
もうダメだ、そう公平が覚悟したときだった。
ゾンビの頭から剣が生えた。
ゾンビが痙攣しながら公平の上に落ちる。
「な…あ…」
ぐちゃり、という音と共に死臭がより一層辺りに漂った。
近くからの死臭に公平は吐きそうになる。
ーーな、何が起こったんだ…?
ゾンビを突き刺した剣の先を見ると、ガイコツと目があった。
いや、目があったというのは間違いだ。
なぜなら、骨だけのそれに目はないからだ。
だが、ガイコツは空いた窪みをこちらに向けたまま、じっとこちらを見ている。
「新しい…魔物?」
ゾンビを殺して、自分も殺す気か、そう公平が思った瞬間、ガイコツが口の辺りをカタカタと揺らして笑い始めた。
「ハハハハハ、こりゃ驚いた! 妙なもんが落ちてきたと思えば、お前さん魔族じゃねぇか!」
言葉を話すガイコツに公平は呆気にとられる。
ーー魔物とは意思疎通できないんじゃなかったのか?
迷宮に入る以前に公平は確かにそう聞いていた。
ではこいつはなんだ、そう公平は思った。
「あなたは誰だ? 魔族、か?」
公平は震えながら尋ねる。
「あ? 俺はーーおいおい、お前さん震えているのか? 魔族の癖に弱っちい奴だな。よくここまで生き残れたもんだ。
話は後だ、移動するぞ。
仲間の匂いを嗅ぎつけたゾンビたちが集まってきちまう。」
ガイコツは公平の腕を掴むと、無理やり立ち上がらせた。
そのままグイグイとどこかに引っ張っていく。
公平は一瞬このガイコツについていくかどうか迷ったが、ゾンビが集まる中残るよりはマシだろうと思い、ふらつきながらもついていくことにした。
ガイコツに半ば引きずられるようにしてしばらく進むと、何故かテントがあった。
地面を見ると土が見えたので、どうやらここもセーフティゾーンのようだ。
ーーあれ、確かここは通った筈なんだけど…こんなのあったか?
迷宮に似つかわしくないこんな大きなテントがあれば、絶対に気づくはず、と公平は首を傾げた。
ガイコツが中に入れ、と言うので中に入ろうとする。
すると、見えない壁にぶつかった。
なんの心構えもできていなかった公平は、あまりの痛みにのたうちまわる。
「お、こいつはすまん。ここに誰かを入れるなんてことなかったから、結界の解除を忘れていた。ハハハハハ許せ。」
ガイコツが頭に手をやりながら笑う。
ーー許せって…まあ、いいや。
ガイコツが手をかざすと、空間に切れ目が入ったように見えた。
「これで大丈夫だ。さあ、入れ!」
公平は、はあ、と頷きながらテント内に入る。
中は床に絨毯のようなものが敷かれており、天井からは吊るされたランタンが煌々と輝いている。
広さも六畳くらいと、大分あった。
「迷宮内でこれは…大丈夫なのか?」
大丈夫だ、と後ろから入ってきたガイコツが言う。
「なんたって、俺の結界で守られているからな。
セーフティゾーンと相まって他の奴には絶対に気づかれないようになっている。」
へえ、と感心する。
「すごいな。それはそれとして、さっきは助けてもらってありがとうございました。」
公平は深々と頭を下げる。
「君に助けてもらわなかったら、俺は死んでいたよ。」
頭を下げる公平を見てガイコツは、ん、と呟いた。
「あー、俺が気まぐれでやっただけだ。そんなに気負う必要はないさ。」
ガイコツがパタパタと手を振った。
ーーなんというか、不思議な魔物…?
「えっと、それであなたは魔物、なのか?」
ずっと気になっていた質問をする。
「ああ、魔物だ。さっきお前さんが言っていた魔族じゃない。」
ガイコツが肯定する。
「俺は、魔物は意思疎通ができないと聞かされました。
でも、あなたとはこうして話ができる。
どういうことなんですか?
魔物は意思疎通ができるんですか?」
公平はガイコツが魔物であると知ると、疑問をぶつけた。
するとガイコツはその場に腰を下ろした。
「ま、とりあえずお前さんも座れ。
あと敬語やめろ。俺はヒースだ。そう呼べ。
でお前さんはーー」
「公平だ。」
コウヘイね、とガイコツが言うがどこかアクセントがおかしい。
こっちではこんなもんか、と公平は思った。
「でだ、コウヘイ。
お前さんの質問に答えるとしよう。
まず魔物は意思疎通ができない、これは本当だ。
多少知能がある個体もあるが、良くて野生動物並みだ。
言語は理解することも使うこともできないだろう。
さて、それを踏まえてなぜ俺が、魔物でありながらこうしてお前さんと話すことができるかというとーーそれは俺が元人間だからだ。」
ガイコツは踏ん反り返って、そう宣った。
「…は?」




