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31話目 いざ、ル・デイダニア迷宮へ


 その後も各地の迷宮を巡り、テドラと約束してから一ヶ月が経った。

 後半からはガノイ抜きで公平とオーク兵三人とで連携を高めていった。

 そのおかげか、公平のレベルは13にまで達し、自信もついた。


 ーーまだまだ心もとない気がするけど、俺には仲間がいるからな!


 一人ではない、それは公平の心を支え、前進する力を与えてくれる。


「本当に行かれるのですか?」


 見送りに来たゼノンが公平に尋ねた。


「…うん。行くよ。」


 恐怖がないわけではない。

 やはり、どれ程経験を積もうと、どれだけ戦闘を重ねようと怖いものは怖いのだ。

 それでも公平には行かないという選択肢はなかった。


「危険です。死ぬかもしれません。

…それでも行かれるのですか?」


 ゼノンがなおも公平を引き留める。


 ーー死ぬかもしれない、か。


「それでも…俺は行くよ。

大丈夫だよ。きっと迷宮を攻略して戻ってくる。

そうすれば、テドラ老師だって書物を読んでくれるだろうし、そこから魔族の生活を少しでも豊かにできるかもしれない。

それに、迷宮から戻ってくるときにはもう人間から逃げなくていいくらいには力がついているだろうしさ。」


 ゼノンに向かって笑顔で答える。


 ーーああそうさ、強くなればきっともう…


「…そうですか。ご武運をお祈りいたします。

…お気をつけて…」


 ゼノンは公平の顔を見て、悲しそうに頭を下げた。

 公平は頷いて魔王城を出た。













「ーーよろしかったのですかゼノン殿」


 魔王が立ち去った後、現れたガノイが呆然と立ち尽くすゼノンに向かって話しかけた。


「…何が?」


「魔王様を行かせてよろしかったのですか?

あの迷宮は本当に恐ろしいところだと、貴方は言ってらっしゃった。」


 ガノイの言葉にゼノンは、ふ、と魔王が立ち去った方向を見た。


「…ああ、あの迷宮は本当に恐ろしいところだ。

いくらラウロが認めたからと言っても、死なせに行くのと同じだろう。

魔王領に魔王様を止めるものは殆どいない。

魔族ならそれが普通だ。

…それでも止めるべきであった。

だからこそ私は反対していたのに…!」


 ゼノンは、ぐ、と拳を握りしめた。


「最後に魔王様のお顔を見たときに、私は気づいてしまった…あのお方をあそこまで追い詰めたのはこの私だ…!

それに気づいてしまってはもう、止めることなどできない。

私にできるのは、魔王様が無事に帰還されることを願うことのみだ。」


 握りしめた手から血を流しながら、ゼノンはその場から立ち去る。

 ガノイがその後を追いながら、どうか無事であってくれ、そう願う他ない、と思いながら空を見上げた。















 今回はガノイやラウロはいない。

 公平とオーク兵達だけである。

 四人で迷宮に向かう途中、他の魔族から激励を受けた。

 中には話したこともない魔族もたくさんいて、どうか死なないで、と言われた。

 

「ああ、もちろん死なないさ。絶対に。」


 一人一人に礼を述べながら進む。

 公平には初めての経験であった。

 街から外に出ると流石に魔族はいなかったので、オーク兵達と話をしながら西に向かって移動する。

 ル・デイダニア迷宮はこれまでの迷宮よりもさらに遠く、移動だけでも一週間以上はかかるので野宿や、各地の小屋で過ごすことになった。

 まだ迷宮内でもないのに、明けない夜空を見るたびに公平は不安で落ち着かない気分になる。

 星が見えていて、光は確かにあるのに閉塞的な部屋に閉じ込められたかのような息苦しさを感じる。

 公平はある時からもう空を見上げなくなった。

 見ると不安に駆られて嫌なことを思い出すから。

 見ると不穏な予想をしてしまうから。


 ーー大丈夫。大丈夫だ、信頼できる仲間もいる。

それに、ちゃんと戦えるように努力してきたじゃないか。


 不安になる度に、公平は自分に向かってそう唱えることでなんとか心を落ち着かせる。

 そして、砂だらけの砂漠や、石がゴロゴロと転がる荒野を抜け公平達はル・デイダニア迷宮に辿り着いた。

 迷宮は岩山の一角に入り口があり、厳重な扉で閉じられていた。

 さらにその周りを囲むように、迷宮担当者の住処が点在している。

 あのラウロの自宅もここのようで、迷宮前に仁王立ちになって待っていた。


「よお 魔王様 待ってたぜ♪」


 どうやらあのムカつく話し方も健在のようである。

 公平はその声を聞きながら、手を振った。


「君はここに住んでいたんだな。」


 ぐ、とラウロが親指を上に向けて立てる。

 話を聞くと、彼は食料などの補給と解錠のために待っていたのだそうだ。


「ここに いるのは 危険な魔物 外に出てくりゃ一大事♪」


 ラウロは話しながら、ガチャリ、と何かの金属でできた重そうな錠前に鍵を通し、外した。

 ぎい、と外開きの扉をラウロが開くと生温い空気が漂ってきた。

 それと同時に何かの視線を感じて公平達は息を飲む。


「ここから先、命の保証はできない。

入れば扉を閉める。後戻りはできないが、それでも行くか?」


 ラウロが真面目な顔で最期の確認をした。

 公平とオーク兵達はしっかりと頷く。


「なら、行ってこい。健闘を祈る。」


 公平達が迷宮内に入ると、ラウロは本当に扉を閉めた。

 鍵の閉まる音が迷宮内に響く。

 公平達はすぐさま松明に火を灯すと、


「必ず、全員で生きて戻ろう。」


「もちろんです。何があっても魔王様と共に最後まで戦い、無事全員で帰還してみせます。」


「もはや私達は運命共同体。必ずや貴方様のお役に立ってみせますわ。」


「おいらだって、頑張るです!」


 全員の意思を確かめ合い、それぞれの手を堅く握った。

 今から向かうのは、誰も攻略したことがない難易度が非常に高い迷宮。

 当然出てくる魔物は強いだろう。


 ーーそれでも、絶対に全員無事でこの迷宮を攻略するんだ!


 公平は決意し、一歩を踏み出した。

 その瞬間ーー公平の足元に穴が空き、無数の黒い手に足を掴まれて引きずり込まれた。


 ーーなっ!


 必死で地上に手を伸ばし、オーク兵達もその手を掴もうとするが、すんでのところですり抜ける。

 穴の向こうからオーク兵達が必死に手を伸ばし、叫ぶ声を聞きながら、公平は奈落へと落ちて行った。









 

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