29話目 サログド迷宮その4
その後3日程三階層目を進む公平達であったが、最終階層である四階層目はまだまだ見えてこなかった。
ーー三階層目、広!
最初こそ戸惑ったゾンビも、進むたびに出てくるので、もはや慣れた。
ーーまあ、火葬じゃないけど似たような感じになるし、肉体だけらしいけど楽にしてやりたいからな…
ゾンビになってしまえば、実質寿命なく彷徨うことになるというのを聞いてから、公平は積極的にゾンビを倒すようになった。
数が多いことに疲弊しつつも、倒すたびに冥福を祈るようにもしている。
当然ゾンビ以外にも魔物は出てくるので、セーフティゾーンを見つけるたびに公平はヘトヘトになっていた。
ーー元々なかったけど、さらに余裕がなくなったな…
仲間がいるので安心感はあるが、一時も気が抜けない環境というのは精神的にもくるものがあった。
ガノイ曰く、確実に四階層目に近づいているそうだが、地図があるわけではなく、経験に基づくものであるので実感は薄い。
だからと言ってここまで来て引き返すつもりは毛頭ないが、兆候のようなものが見えてもいいだろう、と公平は思った。
「ゾンビが現れました!」
誰かが叫ぶと同時に公平がまず火魔法でダメージを与え、各個撃破していく。
数が多いと厄介だが、倒し方が決まっているので苦戦はしない。
もういい加減にしてくれ、そう公平が思ったとき、それは現れた。
扉だ。
それも重厚感のある、鉄のような素材でできた扉。
「この先が四階層目になっています。」
「…なんで扉があるんだい? 今までこんなのはなかったじゃないか。」
あからさまな人工物を前に公平が尋ねる。
「コアの周りには常にそこから溢れ出した力が漂っています。
そのせいかわかりませんが、溢れ出した力が密集して強力な魔物が形作られる時があります。
その魔物はコアの周りから離れず、守るように常にそこにい続け、自分が有利になる空間を作り出します。
その際、なぜか空間の切れ目に扉が出現するのです。このように。」
ーーいやいや、このようにじゃないよ。普通におかしいよね?
だが、原因はわかっていないらしく、何故扉が出現するのかは謎だ。
一方で中にいる魔物の目的はわかっている。
迷宮のコアの守護だ。
ーー考えようによっちゃ、ボスみたいなものか。
公平が理解したとまではいかないものの、とりあえず一応の納得を得た辺りで、先頭に立っていたガノイが扉を開いた。
中はやっぱり薄暗いが、今までにない寒さを感じた。
気温が低いとか、そういった部類のものではない。
しばらく進むと、先頭のガノイが足を止めた。
「今日はここで一旦休みます。」
全くセーフティゾーンでない場所でガノイがそう言ったので、公平は疑問の声をあげた。
「ここでかい⁉︎」
はい、とガノイが頷く。
「先ほど言った強力な魔物は迷宮の守護者と呼ばれ、ある一定の境界を超えない限り襲ってくることはありません。
さらに、迷宮の守護者のいる階層には他の魔物が出現しないので、守護者と戦う前にはその前で休むのが基本です。」
ガノイの言葉に、公平は、え、と呟く。
ーーそれが本当ならセーフティゾーンよりもある意味安全なのだろうけど…精神的にはきついよ⁉︎
だからと言ってヘトヘトになった状態で戦うのも怖いので、結局公平もこの場で休むことにした。
ちらちらと迷宮の守護者がいる方向を見ながら、その場で腰を下ろす。
「迷宮の守護者ですが…この迷宮に出現するのは赤スライムです。」
ガノイの言葉に、公平は初日に食べた物を思い出した。
ーー赤スライムってあれだよな…やたらと甘かった…
「あれ迷宮の守護者だったのかい⁉︎」
公平が驚きながら言った言葉にガノイが頷く。
「赤スライムは捕獲が難しい上、甘くて美味しいのでとても貴重なのですわ。私達でも生きたまま捕らえるのは難しいですの」
ルトナがそう言い、だろうな、と公平は思った。
ーースライム系の魔物は核を壊すしか殺せないからな…
迷宮の守護者が強敵であるなら、それを捕まえてきたガノイはそれ以上に強いらしい。
ガノイが強いのは分かっていたが、比較対象があるとまた話は違う。
ーーまあ、その赤スライムがどれくらいの強さかにもよるけどな…
「聞いてない」
公平は赤スライムを前に呆然と呟いた。
あの後、絶対に迷宮の守護者は一定ラインを超えてくることはないから、と公平だけがビクビクとしながら休み、全員が調子を整えてから迷宮の守護者に向かった。
そして、ガノイの言う通り、あるラインを超えるとガラリと雰囲気が変わり、赤スライムが現れた。
ーーだけど…
現れた赤スライムは公平の身長を二倍した位の高さと、それに見合う大きさをしている癖に、その核は通常スライム程度の大きさしかなかった。
「いやいや、嘘だろ⁉︎ その大きさで、その核は反則だよ!
全然攻撃が届かないじゃないか!」
公平は、さっきからずっと物理攻撃や魔法攻撃を赤スライムに向けてぶつけているが、ぷるん、と端が切れたり蒸発する程度で、全く核に攻撃が達しない。しかもすぐに切り離した肉体は本体に戻っていく。
矢や刃のような魔法を飛ばしても、核に達する前にそのゲル状の体の中で止まってしまい効果がなかった。
その時点で魔力の関係から魔法攻撃をやめたが、ロングソードでは赤スライムの体を貫き核に達するには、いささか長さが足りない。
公平は赤スライムに対して手も足も出なかった。
さらに、敵もただ見ているだけではない。
赤スライムはその場から動くことはなかったが、その代わり自分の体の一部を次々とこちらに向けて放ってきた。
さながら、赤いボールがこちらに向かってくるだけのように見えるが、赤スライムの肉体は毒で出来ているそうで、当たると物凄く危険なのだ。
「速いくせに毒とはめんどう…というか、俺毒を食べていたのかい…⁉︎ 」
「赤スライムの身は迷宮から出して、地面少し置いておくと毒が抜けるんです。」
赤スライムの攻撃を避けながら、公平の叫びにペルドが答える。
ーーそれなら安心…できるわけないだろ! 毒が残っていたらどうするのさ!
確かめる手段はなく、死んでしまうと液体になってしまうので、毒に当たれば運が悪かったね、という事だそうだ。
迷宮以外の地面に暫く置いておけば大抵の場合、大丈夫なのだそうが、公平はもう二度と食べないと誓った。
それはそれとして、と公平は赤スライムの方を見る。
現状攻撃が入らないので、ルトナが持っている盾の後ろに隠れながら考える。
「剣も魔法も駄目なら一体どうすれば…」
すると、同じようにモルイスとペルドも盾に入ってきた。
狭い。
「魔王様、おいら作戦があるですだ。」
モルイスの言葉に、ほう、と公平は先を促す。
「確か魔王様、火魔法使えますだよね?」
ああ、と頷く。
「ならおいらが魔王様の火魔法の威力をあげますだ。
威力が上がればあのスライムの体を蒸発できるです。」
そんなことできるの、と公平が聞くと基礎魔法の一つに、一度放った魔法に、更に魔力を足して威力をあげるものがあるらしい。
迷宮攻略のために、基礎魔法は本当の基礎しか習っていない公平は、全くその魔法について知らなかった。
「…なんでそんな魔法があるなら教えてくれなかったんだろう?」
便利そうなのに、と呟くと更にモルイスが説明してくれた。
それによると、他人の魔法に更に魔力を上乗せするのは、非常に燃費が悪く、自分で威力を上げるよりも格段に効果が薄くなるのだそうだ。
しかも、属性魔法を使えるなら普通は自分の魔力で威力調節ができるので、魔力が少ないことが迷宮攻略によってすでにバレバレであるからこその提案であった。
つまりこの魔法は魔力が少ない公平には最も縁遠いものである。
そりゃ教えてくれないはずだ、と公平は思った。
ルトナに攻撃を防いでもらいながら、手早く作戦を詰めていく。
まず公平とモルイスがルトナの影に隠れながら、先ほど言っていた魔法を赤スライムに向けて放つ。
そして、赤スライムの体を蒸発させ、核が露出したところでペルドがそれを壊す。
ーー今のところいけそうなのはこの作戦だな。
よし、これでいこう、と公平が言った瞬間、赤スライムが飛ばしてきた肉体の一部が発火した。
「なっ…! ただの液体じゃないのかよ‼︎」
見れば地面に落ちたものまで火が付いていた。
炎に囲まれ逃げることも向かうこともできない。
「赤スライムの攻撃の一つ、発火です。
しかもただの攻撃ではありません。毒の効果を付与した火です。
触れれば焼けた肌から毒が侵入して瞬く間に死に至ります!」
ーー火の上に毒って滅茶苦茶だ!
ペルドの言葉に公平は憤慨した。
「くそ! 無茶苦茶な相手だな。 いくぞ、ファイアボール!」
ありったけの魔力を込めて公平は赤スライムに向けて攻撃を放った。
発火するような相手に効果があるのかは分からなかったが、やるしかない。
その上からモルイスが魔力を上乗せして、バスケットボール程の大きさだった火球を赤スライムの体長まで大きくする。
赤スライムは動かなかったので、攻撃は直撃した。
じゅう、と音を立てて赤スライムの体が蒸発する。
ーー発火するような素材じゃなかったのかよ…
この世界謎すぎる、と公平は思った。
その隙を狙ってペルドがまだ火魔法が残る中、核に向かって剣を振り下ろす。
そして、赤スライムの核は剣に当たって音を立てながら、二つに割れた。
燃えていた赤スライムの攻撃も同時に消え去る。
「勝ったのか?」
公平の呟きに誰かが頷いた。
よしっ、とガッツポーズを取る。
ーーよ、良かった、勝てた…あ、ペルド君!
ペルドがその場で蹲っていたので駆け寄ると、腕に火傷を負っていた。
火魔法が当たったらしい。
公平は急いで残っていた魔力で水球を精製し、患部に当てる。
「あ、すみません。この程度大丈夫ですよ。」
ペルドが、に、と歯を見せて笑うが、いやいや、と言ってなおも水球を当て続ける。
「本当に大丈夫ですよ。ほら、他は気にしてませんよ。」
ペルドの言葉に周りを見ると、各々ペルドの心配どころか、迷宮のコアを調べたり武器の点検をしていた。
しかも、ガノイとラウロに関してはこちらを見ずに何かを話している。
この程度で傷ついていたらまた怒られちゃいますよ、とペルドがおどけて言うので、公平は渋々魔法を解除した。
「大丈夫なんだね?」
公平が尋ねると、はい、とペルドが頷いた。
「本当に大丈夫ですよ。魔王様、有難うございます!」
ぺこり、とペルドが頭を下げる。
「いや、大丈夫ならいいんだ。
…ところで聞きたいことがあるんだけどーー」
さらに一泊四階層目で休み、その後帰りは2日かけて迷宮から帰還した。
ーー結局一週間以上掛かったな…
道中、ガノイに迷宮の守護者は倒すといなくなるのかと尋ねると、あれは一定周期でまた現れるらしいことがわかった。
しかも、赤スライムはここにしか今のところ現れていないそうなので、それを生け捕りにしてきたガノイは戦う前に思ったように、相当強いようだ。
迷宮から出て外の空気を吸った途端、公平の体にどっと疲れが襲ってきた。
ーーつ、疲れた。
最初の迷宮とは比べものにならないほど、公平の体は疲労していた。
重い体を引きずりながら迷宮に入る前に使っていた小屋まで戻る。
その途中、またもラウロが姿を消そうとしたので、公平は呼び止めて皆と離れた場所まで連れていった。
「どうした 魔王様♪」
「少し話があるんだーー」




