28話目 サログド迷宮その3
迷宮回は人によっては不快と感じられるかもしれませんので、この先ご注意ください。
公平は意識を失いつつも少ししたら目覚めたので、皆に謝りつつ休憩と見張りをした。
途中、見張りをしているとガノイとラウロがセーフティゾーンギリギリまで移動しているのを見かけた。
ふとそちらを見ると二人は何かを話しているようだった。
「ーーだからーーだろ」
「ーーーーなーー♪」
「ーーかたないから、ーーしてやる。」
「ーーーー流石わかってる♪ ーー相棒♪」
「ーーーーだ。俺の相棒はクレアのつもりなんだが。」
会話の内容はよくわからなかったが、最後に聞こえてきたガノイの惚気が33歳独身彼女なしの公平の胸に深々と刺さった。
会話が終わると二人はそれぞれ休息に入ったようだった。
ーーなんだったんだ?
何かあったのだろうか、と思ったが何かあったなら休んでいないだろうと思い公平は見張りに集中することにした。
ーーまあ、他人の会話の内容を知ったところでろくなことないしな。
全員見張りが回りきると公平達は三階層目に向かうことになった。
それを聞いた時、公平は二階層目は? と尋ねたところ遠の昔に通り過ぎていたらしい。
まじか、と公平は衝撃を受けた。
どうも、迷宮内は階層の区切りが曖昧で、コアを退けると初めて全容がわかるのが普通らしい。
ではどうやって階層を特定しているかというと、上がったり下がったりしたら次から違う階層としているそうだ。
つまり、何階層目と思っていたらコアがなくなれば全部一階層目だった、などということもあるらしい。
位置をわかりやすくするために魔族側が勝手に決めたことなので、そこらへんはアバウトなのだそうだ。
釈然としない何かを感じつつ、二階層目を抜け、三階層目の手前まで来た。
「えーと…この先が三階層目? 本当に?」
・・・・・・・・
公平が上を見上げながら尋ねる。
「はい、この先が三階層目です。」
ガノイが肯定する。
公平の目の前にはどう見ても上に上がる階段があった。
ーーえー…
今まで下ってきていたにも関わらず、上がるなら一階層目に戻るのではないか、と公平は思ったが、ガノイによれば一階層目と三階層目は繋がっていない、どころかおそらく三階層目の方が一階層目より上にあるそうだ。
さらに釈然としない何かを感じながらも行くしかないので、進む。
「なんというか、まあ、不思議だ…うん。」
公平は呟きながら、ガノイ達と連携して階段に出てきた魔物を倒す。
魔法を使うと魔力切れが怖いので剣で戦うようにしたが、自力では全く勝てない。
ガノイ達の指示に従いながら、サポートに徹するばかりだ。
そのことを皆に申し訳ないと謝ると、ル・デイダニア迷宮まで共に行くので大丈夫です。むしろ連携を強める方を優先することが大切です、と励まされた。
個々の能力を上げることも大切だが、高難易度の迷宮となれば一団となって向かわなければまず攻略は無理なのだそうだ。
「俺やラウロは役職上、最後までついていくことは叶いません。
ですが、あのオーク兵の三人はいずれも精鋭です。
彼らと連携できるようになれば大きな武器になります。
それに、魔王様は属性魔法が使えるので、使いこなせるようになればさらに十二分に役立ちます。
俺もル・デイダニア迷宮まで教えられることは全て教えますから、そんなに気を落とさなくても大丈夫ですよ。」
ガノイがフォローするが、やはりその中で自分はダントツに弱い、と公平は思った。
ーーとりあえず、今は一人で倒すことが無理でも、足手まといにならないようにはしないとな。
公平は、オーク兵達と協力してネズミのような魔物を倒しながら、そう決めた。
階段を登りきると、今度は周りが赤黒く染まった。
壁や天井が赤いせいだ。
「…一気に薄気味悪くなったな。」
公平は周りを見ながら言う。
「はい。ですが変わったのは雰囲気だけではありません。魔物もさらに強力で厄介なのがーーきました!」
ペルドが叫び、その目線の先を見ると、人がーーいた。
いや、正確には人ではない。
死体だ。死体が歩いていた。
肉は腐り、骨が見えている。
目は黄色く濁り、口をだらしなく開き、こちらに向けて手を伸ばしていた。
それを見た瞬間、公平は吐き気に襲われた。
「ゾンビです! 魔王様構えーー魔王様? どうされました⁉︎」
わらわらと集まってくるゾンビに向けて剣を構える。だが手が震えて、視界が歪んでまともに構えられていない。
「なあ、聞いてもいいか…あれはもしかして人だったのか?」
口元を押さえながら公平が聞くと、誰かが頷いた。
「おそらくずっと前にこの迷宮に入り、死んでいった人間が迷宮の力に当てられて蘇ったものかと。それがどうしたんですか?」
ーー人、人だ。人だったものだ…
公平は堪らずに胃の中のものを吐き出した。
腐臭に耐えられなかった、見るに耐えなかった、服や持ち物がそのまま残っていることが、彼らが元は生きていたことを示していて拒絶せずにはいられなかった。
歩くたびに溢れる肉と、濁らせながらもこちらを見る目が、魔王城で見た白骨よりも現実的に死を公平に感じさせた。
気持ち悪い、今すぐに逃げ出したい、公平はそう思った。
だが、逃げるわけにはいかない。
震えながら、一度深呼吸して今度こそちゃんと剣を構える。
「魔王様…?」
大丈夫、と言う。
「…皆すまない、少し動揺してしまって。
ガノイ君、あれはどうやって倒せばいいんだい?」
嫌な汗を流しながらも、公平は少し落ち着いた。
はい、とガノイが答える。
「通常なら足を切って、新たに形成されたゾンビの核を壊しますが、今回魔王様は魔法が使えますので、火魔法で燃やすことは出来ますか?」
ガノイの言葉に、公平はわかった、と答える。
ーー火魔法で有効そうなのは…確か…
深呼吸しながら、落ち着けと唱えつつ思い出そうとする。
「…思い出した!フレイムフィールド!」
公平が叫ぶと同時にゾンビ達の足元から炎が上がった。
ゾンビ達が叫びながら苦しみ出し、何体かがその場で燃え尽きて死んだ。
しばらくすると、魔力の限界に近づいてきたので魔法を解除する。
ーーあんまり数は減ってないな…
ダメージがそこまで入っているとは言えない個体もちらほら見える。
しかし、そもそも魔法自体の威力も範囲も狭いのでむしろ上々と言えるかもしれない。
迫ってくるゾンビに、次は接近戦で挑む。
「足を狙え! 倒れたら核を壊すか、無理なら頭を潰せ!
そうすれば視界を失ってろくな攻撃ができなくなる!」
ガノイが叫び、その指示通りに足を狙いに行く。
ゾンビの動き自体は鈍いが、力は強いようで振りかざした手が公平に当たって痛みが走る。
ーーぐっ、折れてないよな…?
何発か当たったうちの一発が腕に入り滅茶苦茶痛い。
それでも必死に避けながら足を切り、うつ伏せにした状態で核を探す。
ーー核は…これか!
腐った肉体の奥、心臓に近い部分に赤い結晶のようなものが見えた。
力の結晶であり動力源である核は、迷宮のコアをそのまま小さくしたような見た目であった。
剣を突き刺し、核を壊す。
するとゾンビは動きを止め、その肉体は砂になって消えた。
内心で冥福を祈りながら次の敵に向かって行く。
魔法ダメージは結構強力だったようで、ゾンビは体の一部がなくなったり、頭が外れたりと通常より比較的簡単に倒せた。
普通ならもっと苦戦するらしい。
「ゾンビは核を壊さなければ生け捕りにできますが、腐っていて食料にもならないので基本的に核を壊します。」
ガノイの説明に、腐っていなければ人間でも食うのか、と聞くと、それはないらしい。
ないのかよ、と内心でズッコケながら、現れたゾンビを全て倒し切った。




