3話目 宝箱の中身は金銀財宝が定石
反対側から公平の元に押し寄せてくる大群。
それは先ほどの魑魅魍魎の軍団であった。
「グオオオォォォォーー‼︎」
怪物達が野太い声で唸りを上げる。
ーー最悪だーー! 無理。 無理だろあの化け物どもを相手するなんてーー‼︎
怪物達は各々見たこともないような厳つい武器を持っている。
「もう、もう俺にはこのーーま、魔法陣? だっけ? しかない! 頼む魔法陣様‼︎ どうか、どうか俺をお守りください‼︎」
公平は奇妙な祈りを捧げた。
見ていた甲冑の兵士たちの精神に10のダメージを与えた。
まだ甲冑の兵士たちの攻撃が降り注ぐ中、とうとう怪物どもの軍団の第一波が到達した。
ーー来ちゃったよー⁉︎
公平は2倍速で魔法陣に奇妙な祈りを捧げた。
見ていた全ての生物に20のダメージを与えた。
怪物達の軍団の内、1番最初に到達した鬼のような見た目の何かが、鎖をつけた鉄球をぐるぐると振り回しながらこちらに迫ってくる。
「グオオオォォォォーー‼︎」
「うおおおぉぉぉぉーー⁉︎」
パニックになった公平は、その場で死んだふりをした。
ーーいや無理すぎるだろ‼︎
地面に倒れた状態で薄目を開けて怪物の動向を見守る。
すると、あの鉄球を振り回していた怪物が、魔法陣のある場所を避けてそのまま魔法陣の付近にいた甲冑の兵士たちを3人なぎ倒した。
ーーえ、作戦成功…?
驚いて身を起こすと、先ほどの鬼がこちらに向き直り片膝をついて俺に向かって頭を下げた。
「我らが王よ、ご無事でしたか‼︎ 遅ばせながらの参上申し訳ありません!」
ーーは?
この怪物が頭を下げてくる意味がわからず、キョロキョロと周りを見回すが、俺以外に頭を下げている対象など見当たらず、しかも他の怪物達も同じように頭を下げていた。
「え、これどういう状況?」
ぼそり、と呟いた言葉に後ろにいたローブ姿のヘビのような顔をした生物が反応した。
「あなた様は我らが王。魔王様であります。」
ヘビのような顔をした生物が答える。
「だから俺マオウとかいう名前じゃなくてーー」
ーーマオウ、まおう、魔王ー⁉︎
やっと脳内で言葉の意味を理解した公平は、しかし、理解したが故に混乱した。
ーー魔王ってあれだよな、ゲームとかで最後に出てくるラスボスの奴…やっぱ俺じゃなくね⁉︎ というか、まさかここってーー
「い、せかい…?」
今までいた世界ではありえない事の連続。
見た事のない生物。
ーーこの世界が異世界であると考えるとしっくり来た。
「はあぁぁぁーー⁉︎」
ーー冗談じゃねぇよ‼︎ これから俺大事な商談があるの! 田中一人とか心配しかねぇよ! 早く俺を元いたところへ返せ‼︎
こめかみに青筋を浮かべながら立ち上がると、目の前で飛んで来た炎が弾けた。
「うわぁ⁉︎」
「ちっ、やはりこの程度の攻撃では結界は破れぬか…!」
甲冑の兵士たちの後方で、黒ローブの男たちが何やらぶつぶつといいながら棒切れを振り回している。
ーー今度はなんだ!
見れば、振り回した棒切れから炎や水や雷が出現し、一直線に公平の方へ向かって飛んで来た。
飛んで来た攻撃の数々は魔法陣の前で閃光を上げながら霧散していく。
「まぶしっ…とか言ってる場合じゃねぇな。さっさとこんなところからおさらばしないと命がいくつあってももたねーよ!」
「そのようですな」
すぐ近くから声が聞こえた。
声の方向に向くと、先ほどのヘビのような顔をしたローブ姿の生物が、魔法陣内の自分のすぐ後ろにいた。
「うわぁぁぁ⁉︎ なんで入ってこれてんの⁉︎」
思わずその場から飛び退く。
「そこらへんの説明は後からします。…とりあえずあれを見てください。」
公平の混乱をよそに、ヘビのような顔の生物が甲冑の兵士たちの遙後方、少し小高い丘のような場所を指差した。
腑に落ちない何かを感じながら指差した方を見ると、黒ローブ姿の男たちに混ざって一際目を惹く銀髪の美しい女性が立っていた。
ーー結構タイプ…
「あれはバーリシア王国第一王女サリア・バーリシア。人間の中では最強の魔術師です。」
「サリアさんかー、可愛い名前だなー。」
「ちゃんと聞いてますか、魔王よ…?」
浮かれた公平の前に、ヘビのような顔をした生物の声はほとんど届いていなかった。
ーー美人だなぁ。ちょっと気の強そうなところが逆にGOOD!
「みなさんどいてください! 今から私があの結界を壊します! その隙に魔王を討ってください!」
丘の上の姫が声をあげる。
「声も綺麗…って結界を壊すだって⁉︎ この魔法陣壊すってことだよね? やばくね⁉︎」
「不味いです。非常に不味いです。」
やっと現実に戻って来た公平は、狼狽えながらヘビのような顔をした生物の両肩を掴み前後に揺さぶる。
「死にたくない、死にたくないよー‼︎ 俺美人に殺されるなら本望だけど、どう考えても実際に殺すのはあの厳つい野郎どもだろ⁉︎ 絶対にやだよー!」
公平はもはや半泣きであった。
「…お、落ち着いてください、王よ。結界を死守することは難しいでしょうが、こちらも武器を持ち応戦すれば良いだけの話です」
「なるほど、武器か!」
公平は鞄の中を探った。
「ボールペン! スマホ! ーーそして名刺‼︎ これがあれば最強だ‼︎」
「いやいや、なんですかそのガラクタ。絶対に武器にならないでしょう。特に最後に取り出したのはただの紙の束じゃないですか」
ヘビのような見た目の生物がツッコむ。
「名刺を馬鹿にするなー‼︎」
びしっ、とヘビのような見た目の生物に指を突き立てた。
「名刺は社会に出るときには必ず必要なサラリーマンの必須装備の1つだぞ! これを持っているか持っていないかだけでその印象はがらりと変わる上名刺交換をすることによって『あれ、こいつ誰だっけ?』と名前を忘れた際にも名刺を見ることでちょっと気まずい空気にならずに済むんだぞ! おまけに裏面は白紙だから何かあったときにメモに使えるし、女性を口説くときにも裏に電話番号書いて渡すことのできる万能性を兼ね備えているのだぞ‼︎」
唯一の心の拠り所であった魔法陣が壊されるとあって、公平は半ば混乱していた。
「ダブルバーストフレイム‼︎」
姫の鋭い声と共に魔法陣の周りが炎に包まれ、何もないはずの空間に亀裂が走った。
「ノオォー‼︎ 」
公平は頭を抱えた。
「くそう何が名刺だ! こんなものデジタル化が進んだ現代では無用の長物とかして来てるじゃねぇか‼︎」
そう言って地面にべしっ、と名刺を叩きつけた。
「ご自分で語っていたじゃないですか…」
ヘビのような見た目の生物が呆れたような声を出す。
「そんなこと言って俺丸腰じゃないかー! いやだ! 死ぬのは嫌だーー‼︎」
公平は再びヘビのような見た目の生物に掴み掛かり、前後に激しく揺さぶった。
「お、落ち着いて、落ち着いてください。私が言った武器というのは魔王様の隣にあるそのギフトボックスに入っているものです。」
そう言って、ヘビのような見た目の生物は公平から見て左側をさした。
「…ギフトボックス?」
ヘビのような見た目の生物が示した方を見ると、そこには絢爛豪華な宝箱があった。
「ええええぇぇぇぇーー⁉︎」
ーーこんなものさっきまであったか⁉︎ いやなかった! 絶対になかった!
「さあ、その箱を開けてください。」
ヘビのような見た目の生物が促す。
「…え、いや、うーん…なんか怪しいし、高そうだし、開けるのはちょっと…」
結界に走ったヒビが、あと少しで壊れそうなところまで達した。
「オープンザセサミー‼︎」
ーー死ぬのは絶対に嫌だー‼︎
公平は勢いよく宝箱の蓋を開けた。
中を覗き込むと、柔らかい赤いフェルトのようなもので包まれた内部に、ひょっとこのお面が一つ入っていた。
ーーなんでひょっとこーー‼︎