25話目 名もなき迷宮からの帰還
迷宮を出てすぐラウロはどこかへ行ってしまった。
ガノイ曰く、本来の持ち場へ戻ったらしい。
その時になぜか、また迷宮攻略の時に会えますよ、と励まされた。
ーー別になんの感慨も湧いてないんだけどな…
ガノイの目には、公平が寂しがっているように見えたそうだ。何故だ。
ラウロと別れ、公平達は魔王城に戻った。
途中で食料を他の魔族に与えるために、オーク兵の一人であるモルイスと別れたので、四人での帰還だ。
魔王城のすぐ前でゼノンが待っていた。
「魔王様、よくぞご無事で…!」
ゼノンの言葉に公平は、ああ、と頷き、その横でガノイが迷宮であったことをゼノンに報告する。
「…という事があったのですが…」
「ふむ…おそらくはそういう事だろうな。」
公平の耳に二人が話している声が若干聞こえてくるが、内容までは分からなかったので聞き流した。
「魔王様、毒を受けたという事ですが、お体の方は大丈夫でごさいますか?」
報告を受けたゼノンに聞かれて、公平は、そういえばそんなこともあったな、と思い出す。
「薬を飲む前は危なかったけど、飲んでからは特になにも。大丈夫だよ。」
まあ、正確には飲まされただけど、と公平が呟く。
「ふむ…念のためテドラ老師を魔王様の部屋に呼んでありますので、一応診ておきましょうか。」
公平は兵士達とも別れ、ゼノンと共に自室に戻り待っていたテドラに体を診てもらった。
「ふん、魔王ともあろうものがそんじょそこらの魔物に遅れをとってどうする馬鹿者が!」
べしり、と上半身裸の公平の背中をテドラが思いっきり叩く。
ーー申し開きのしようもない…
面目ない、と公平が呟く。
「診たところ、毒を受けたのは本当のようじゃな。
肌に跡が残っておる。」
テドラが毒を受けた部分を見てそう言うが、同じように公平が自分の肌を見てもそれらしい跡はなかった。
流石は医者である。
「じゃが、毒消しが効いておるの。すぐに跡も消えるじゃろう。
まったく、ゼノンの心配性めが。この程度毒消し薬を飲んでおれば大丈夫じゃというのにわざわざわしに診せに来おって。」
テドラがぶつぶつと文句を言いながら、公平の毒を受けた部分はもちろん、それ以外の擦り傷や切り傷にも軟膏を塗った。
「ん、なんじゃこの手の傷は。武器を持っておる魔物なぞあの程度の迷宮にはおらんじゃろう。」
テドラが公平の右手の傷を見ながら公平に聞いた。
公平は、あー、と呟いた後、口ごもりながら答えた。
「じつは、ワームの体液がかかったロングソードの整備中に…」
自分で切りました、と公平が言った瞬間、テドラが大きくため息を吐いた。
「お主は阿呆じゃ。本物の阿呆じゃ。
自分の武器で自分を傷つけてどうするんじゃ。
おまけに魔物は血を嗅ぎ分けてくるのに、自分から居場所を晒してどうするんじゃ。」
右手の傷に軟膏を乱暴に塗りたくられたので、公平は傷のすぐ下を抑えながら呻き声を上げた。
傷に薬を塗り終えると、テドラは、ぱたん、と薬箱を閉める。
「まったく、わしから言っといてなんじゃが、お主そんなんで本当にル・デイダニア迷宮に挑むつもりか?」
半目で問われ、公平の胸にぐさりと刺さった。
「ぐっ、今回はちょっと失敗しましたが、次からは絶対にうまくやりますよ。」
公平が答えると、またため息を吐いてテドラが薬箱片手に立ち上がった。
「まあ、お主がどうしようがどうなろうがわしの知ったことではないが、せいぜい頑張ることじゃな。」
そう言い残してテドラが退出し、かわりにクレアが入ってくる。
「魔王様、お加減いかがですか?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。」
急いで服を着てクレアに向き合う。
「魔王様が魔法を迷宮で使われたと聞きまして、どうだったかを訪ねに参りました。」
そういうことか、と公平が頷く。
「使える回数や頻度はやっぱりまだ少ないな。でも、一応すべて技名だけで発動することはできたよ。」
公平の報告を受けて、それはようございました、とクレアが言う。
「練習できたのはほんの一時だけでしたので、不安でしたが…よくそこまで…やはり魔王様は流石ですわね。」
「そう言われると照れるなー」
ははは、と首の辺りを掻きながら笑う。
ーーあ、そうだ。
「じつはクレア君に聞きたいことがあってさ。」
なんでしょう、とクレアが答える。
「魔法を発動するときに唱える、あの前詠唱と技名なしで魔法を発動するにはどうしたらいいんだい?」
「つまりは無詠唱で魔法を使うということでしょうか?」
そうそう、と公平は頷く。
ーー無詠唱だと燃費が悪すぎるんだよね…多分何かを間違えているんだろうけど。
ぜひ次の迷宮に行くまでに身につけたい、と思い公平はクレアに聞いたのだが、帰ってきたのは意外な答えだった。
「残念ながら無詠唱で魔法を発動することはできません。使えたら便利だとは思いますけどね。」
不可能ですよ魔王様、という言葉に公平は固まる。
ーーなら俺が使っていたのって一体…
「魔王様?」
公平の様子がおかしいことに気がついたクレアが話しかけてくるが、大丈夫と一言答えて黙り込む。
「そうですか…では、私はこれで失礼いたします。
お疲れのところ申し訳ありませんでした。」
一礼してクレアが退出する。
それを見送りながらも、公平の脳は混乱していた。
ーー無詠唱で魔法を発動することはできないーー。
それが本当であるなら、ある意味すごいアドバンテージであると公平は思った。
「でも使えないことには…意味ないよなー。」
もういいや、今日は寝よう。そう思った公平はベッドに入り眠りについた。




