20話目 秘術と交換条件
公平とゼノンは螺旋階段の一番下、公平が降りたことのない場所まで来た。
「ここに本当にそんな記述があったのかい?」
公平は松明で壁を照らしながらゼノンに聞く。
「はい、ここです。」
するとゼノンは同じように壁の端の端に松明を近づけた。
そこには確かに、何かの記述があった。
ーーわかりにく‼︎ しかも字の感じからするに殴り書きだ!
こんなもの気づくわけねーよ、と公平は言う。
「ええ、先日魔王様をここにお連れした後、ガノイから泥の下から何かよくわからない記述が出て来たと報告を受けるまで、全くその存在に気付きませんでした。…流石というかなんというか、勘の鋭い男です。」
どうやら、石版などを取りに来た際、他にも落ちていないかといろいろ探していたら出て来たらしい。
ーーまじかよガノイ君。すごいなガノイ君。でもこんな端っこに石版は落ちてないと思うよ。
感心しつつも、どこか残念さを覚える。
本人はいたって真面目であるあたりが、さらに公平をなんともいえない気持ちにした。
「で、肝心の内容はーー」
公平は端に寄って、隅から隅までその記述を見た。
ーーうん。わからん。
やはり公平には読めなかった。
ところどころは読めるのだが、表音文字しか読めないため、余計に内容がわからない。
ーー…魔王だけ読める仕掛けとかそういうのはなかったな…ちょっと期待したんだけど…
「…やっぱり読めなかったよ。ゼノン君にも無理だったんだよね?」
はい、とゼノンが頷く。
「途中までは読めるのですが、肝心の秘術の部分だけ読めないのです。申し訳ありません。」
「いや、いいんだ。俺だって人の事言えないし。…ただ読めないのには参ったな…もうあれしか方法はないか。」
「たのもー‼︎」
公平が勢いよく扉を開く。
が、外開きの扉の為、たの、の辺りで勢いよく開いた扉は、そのまま勢いよく跳ね返って、パタン、と閉じた。
木枯らしが吹く。
一緒に来ていたゼノンも中にいる人物達も何も言わないので余計に気まずい。
ーー誰か何か言ってくれ!
しかし、誰も口を開かないので、しょうがなく先ほどまでの流れをなかった事にして、公平は再び扉を開いた。
「…何をやっとるんじゃ、お主は。」
怪我をした兵士達の手当てをしていたテドラは、公平を見て開口一番にそう言った。
周りにいた兵士達が慌てて敬礼するが、ちょうど手当てを受けていた兵士がテドラに捕まって、気まずそうにこちらをチラチラ見る。
「ごめん皆。いいから俺に構わずに休んでくれ、君も気にせず手当てを受けてくれ。」
君、と呼ばれた手当てを受けていたオークの兵士が、反射的に敬礼しようとして腕に負った傷を、ぱか、と開いてしまった。
血が勢いよく吹き出し、室内が大混乱に包まれる。
「何をやっとるんじゃ馬鹿者‼︎ 魔王よ! お主が原因なのじゃから傷を抑えるのを手伝え!」
は、はい、と公平が急いで傷を抑える。
「ゼノンもそこに突っ立っているくらいなら、薬を取らんかぁ‼︎」
え、私まで、というゼノンの言葉を無視して薬箱から傷薬を取らせ、公平が抑えている場所に素早く塗り込んでいく。
「よしよし、そのままじゃ。全くいらん仕事を増やしおって。…ふう、なんとか血は止まったの」
テドラが血でベトベトになった自分の顔面を袖で拭く。
見れば兵士の傷がほとんど塞がっていた。
ーー傷薬一つでって、やっぱりこの魔族すごいな。
「で、お主らはなんじゃ? またわしに書物を読ませようと押しかけて来たのかの? もしそうなら断る!」
そこをなんとか、と頼み込むが、嫌じゃ!の一点張りである。
「…頑固じじいが。」
ぼそり、とゼノンが呟く。
「なんじゃと?」
常人ならば聞こえない筈の声を拾ったテドラが即座に反応する。
ーーあ。
そう公平が思ったときには既に遅く、元師弟間で口論が始まった。
「頑固じじいとはなんじゃ、頑固じじいとは!」
「そのままの意味ですよわかりませんか⁉︎ 魔王様自らここまで平身低頭で頼んでいらっしゃるというのに、ここまですげなくする者がありますか⁉︎」
「わしには魔王もなにも関係ないわ! 大体お主に指図される謂れもない!」
「魔族を恨む気持ちもわかりますが、ちょっとは水に流してもいいではありませんか! どうせ老い先短い命なんですから!」
「おおー、言いおったの言いおったの。もうわしは知らん! 」
「だから頑固じじいだって言うんですよ! 若い衆に還元してこその知識じゃあないですか!」
ぎゃーぎゃーと言い争いが続く。
公平はしきりに仲裁に入ろうとするが、全く効果がない。
他の兵士達も数人がかりで引っ張るが、なぜか二人とも全く動かない。
最終的に、治療を受けたオーク兵が止めに入ろうとして再び傷が開いた事でなんとか終わらせることができた。
「今回だけじゃからな!」
最終的にテドラが折れて、その秘術の部分だけ読んでもらえる事になった。
公平の後ろにいるゼノンがなぜか上機嫌である。
ーーまあ、散々だったけど、結果オーライ、か?
先ほどの光景を思い出し、微妙、と公平は思う。
「全く、治療の邪魔をしおって。次に治療中に来たらわしはもう一緒魔王城に来ぬからな!」
それは困る、と公平はこくこくと頷く。
ーーもう行きません。…治療中は。
「さて、記述とやらは…これか。」
テドラはゼノンに壁を照らさせながら読む。
「ふむ、なるほど…確かにこれは秘術じゃな。」
え、読めたの、と公平がテドラを見る。
「…内容までわかりましたか?」
公平の言葉に、テドラは、わしを誰だと思うておる、と言う。
「確かに古い言葉も多いから、そこのゼノンの阿呆には読めぬじゃろうが、わしには読める。
…内容を知りたいか?」
首がもげそうな勢いで頷く。
「では話してやろう。魔王族に伝わる秘術は城のさらに下、歴代魔王の眠る墓にて魔王となりし者が生贄を捧げる事で過去の魔王達と戦う機会を一度だけ得ることができる。
その戦いで勝てば、打ち勝った者の能力を我がものとできる。
…要するに死んだ魔王に勝てばパワーアップできるということじゃな。」
「えっと…魔王って強いよね?」
公平の質問にテドラは、当たり前じゃ、と肯定する。
「ここに書かれている弱い魔王も、魔王族の中では弱いというだけじゃろうな。お主のように赤子より弱い魔王なぞ例外中の例外じゃ。…魔王しか無理なある意味秘術じゃの。」
テドラの言葉に公平は項垂れた。
ーー簡単に強くなれるなんてうまい話ある筈ないけど、難易度高すぎじゃないかなー、しかも一回しか挑戦できないんだろ?
はあ、とあからさまに公平は落ち込んだ。
「やっぱり俺って、弱いまんまなのかな…」
落ち込みすぎて、地面にめり込むくらい落ち込こんだ。
「うむ…ここまで気を落とされるとなんじゃか可哀想になってくるのぅ…」
ふむ、とテドラが考え込み、そうじゃ、と言って手を叩いた。
「魔王よ、わしがここにある書物をみーんな読んでやっても良いぞ。」
思いがけない言葉に公平は驚く。
「それはどういう事ですか?」
同じように驚いたゼノンがテドラに質問を投げかける。
「まあ、待て。ときに魔王よ、迷宮というものを知っておるか?」
聞いたことくらいは、と頷く。
ーー確か、魔物がうじゃうじゃ出てくる場所だったはず。
「その迷宮には迷宮そのものを形作る力の源、コアというのがあってじゃな、それはいい薬の材料になるのじゃ。
もしお主がここより西の、ル・デイダニア迷宮のコアを取って来れたら、解読に協力してやろう。」
まじっすか、と目を輝かせる公平とは対照的に、顔面に怒気を滲ませたゼノンがテドラに掴みかかった。
「よりによってル・デイダニア迷宮を選択するとはふざけているのですか⁉︎ あそこは1000年以上前から存在し、魔族を含めた全種族が何度挑戦しても、コアどころかその全容さえつかめなかった迷宮ですよ!」
全種族が挑戦してもわからなかった、という言葉に公平の顔色が青くなる。
「それがどうしたんじゃ? 迷宮に行けば実践経験が積めるからレベルが上がる。魔物を倒せば食料になるし素材にもなる。コアが手に入ればわしが喜ぶ。わしが喜べばお主らの望む書物の解読をする。
これ以上ない好条件。win-winの関係と言うやつじゃろうが。」
何がwin-winだ、とゼノンが叫ぶ。
「実質死ねと言っているのと同義じゃないですか!」
「別にわしはやれとは言っておらん。あくまでも決めるのはお主らじゃ。
ただ、わしはその条件以外では一切協力してやらんだけじゃな。」
ぐ、とゼノンが言葉に詰まる。
確かにテドラには書物の解読も、魔族の暮らしを豊かにすることも関係ない。
ーー諦めるか、難易度激高な迷宮を攻略するか、か。
「魔王様! 断りましょう!これはだめです!」
ゼノンが公平をみて進言する。
だが、公平は首を振った。
「ゼノン君。俺はその迷宮に挑戦するよ。」
「な、何故ですか、魔王様! それではみすみす死にに行くようなものではないですか!」
ゼノンの言葉に多分そうなんだろうなと思う。
「でも、多分だけどさ、それくらい出来ないと俺がやろうとしていることも出来ないんだと思うんだ。」
それは力の問題だけではない。心だ。
ーーここで諦めたら、もう諦めるだけの人生になりそうな気がするんだ。
「だから、俺はやるよ。」
決意を秘めた公平の眼差しを受けて、ゼノンは何も言うことができなかった。




