19話目 魔法特訓
魔法の特訓も始まって、さらに一週間が過ぎた。
あれから、公平はガノイが打ち出す攻撃を避けられる頻度が高くなり、体内の魔力を自由に操作できるようになったが、レベルはたった2上がっただけだった。
ーーレベルたったの3…いやいや、1だったときに比べれば着実に上がっているし、これが大きな一歩であると俺は信じる。…うん、信じてるよ!
それに特訓以外にも、テドラ老師を説得したり、他の兵士とも話をしていたから、と公平は自分を励ます。
レベルは上がらなかったものの、魔力を自由に操れるようになった恩恵は意外とあった。
まず、怪我をしたに魔力をその部位に集中させることで、傷の治りを早くすることができるようになったし、同じように、防御をするときにも、攻撃の当たりそうな部分に魔力を持っていくことで、通常よりもダメージが低くなった。
全て教わってからできるようになったものだが、これで簡単にはやられなくなったぞ、と公平は思う。
ーーそういう細かいところをあげてるからレベルが上がらないのであって、断じて弱いわけじゃないぞ!
ただそういう技術面も込みなら泣く。公平はそうも思った。
「では魔王様、今日からは本格的に魔法の練習をしましょう。」
クレアの言葉に、公平は頷く。
「まず、魔法には二種類あります。一つは魔王様がお使いになったことのある属性魔法。これは一部の者にしか使えない特殊な魔法で、威力はとても大きいです。
もう一つは基礎魔法。名前の通り極めて基礎的な魔法で、訓練すれば誰でも使えるようになります。
ですが、弱いわけではありません。
どちらにも言えることですが、使う者次第ですので一緒に頑張りましょう。
では魔王様こちらをどうぞ」
クレアから何かを差し出されたので、首を傾げながら受け取る。
「石?」
「はい、ただの石です。」
公平の掌に収まる程度の、どこにでも転がっていそうな本当にただの石だ。
クレアによると、どうやらこの石を手を使わずに動かす魔法があるそうだ。
「石以外にも使える便利な魔法です。ただ、重量が大きくなればなるほど、移動させる速さが速くなるほど魔力も消費するので気をつける必要もあります。
では、私がまず呪文を唱えますので、後に続いて復唱してください。」
クレアが呪文を唱え始めるので、公平も慌てて後から言葉をなぞる。
「…エルト」
「…エルト?」
クレアの後を追い、公平が言い終わると、持っていた石が、ぴくり、と震える。
そのまま石は、ポロリ、と手から落ちて地面に転がった。
「ん? 成功した⁉︎」
はい、とクレアが頷く。
「石がちゃんと詠唱に反応していました。成功です。」
おっしゃー、と公平がその場で飛び上がる。
クレアによれば、初めは全く反応しないのが多いそうなのでなおのこと嬉しい。
ーーやっぱ俺って、やればできるんだな‼︎
ちょっと石が動いた程度で舞い上がる公平は、そのまま自分で落とした石に躓いて転んだ。
「うぐっ、アイタタ。」
公平は転んだことによって、少し冷静になった。
その様子を見て、クレアがクスクスと笑う。
「先ほどの詠唱は、慣れてくるとだんだんと省略できるようになります。
最終的には技名だけで発動できるようになるのが目下の目標ですね。
こんな風にーーエルト」
言葉とともに、5メートル程後方にあった巨大な岩が浮き上がる。
クレアが指を回すと、同じように岩も動いた。
ーーおー、すげぇ…
公平は思わず拍手をする。
岩はそのまま上に下にと前後左右自在に空中を飛び回り、最終的に元あった場所に戻された。
「如何でしたか?」
クレアの問いかけに、すごかった、と素直な感想を言う。
「いえ、そういうことじゃなくて、出来そうですか、という意味で聞いたのですが…」
意味を取り違えていたことを指摘され、公平の顔が赤くなる。
ーーえっと、出来そうか、だよな。あれをやるのかー…
微妙、と公平は思う。
「うーん、まだ始めたばっかりだしな…とりあえずこいつをあの岩みたいに動かせるようになってから考えよう。」
先ほどの石を取り上げる。
そうですね、とクレアも頷いたので再び詠唱を始めようとしてーー
「えー…呪文って何だっけ。」
「…もう一度言いますので、後に続いて唱えてください。」
何回かクレアに呪文を教わりながら、練習する。
その結果、石ころ程度ならなんとか動かせるようになった。
ーーその代わり、体内の魔力がすげー減った気がする…
公平は石をくるくると頭上で回しながら思う。
「魔王様は非常に筋がいいですね。普通初日からできるようにはなりません。」
クレアの言葉に、まじで、と驚きで返す。と同時に石も地面に落ちた。
「でも魔力が結構減った気がするんだが…」
「初めはそれが普通です。まだ魔力の放出量を体が制御できていないだけなので、慣れればもっと楽に魔法を行使できるようになります。」
へえ、と公平が感心する。
「魔王様、少しよろしいですか。」
クレアが公平の全身を目を赤く光らせながら見る。
「あら、本当にだいぶ魔力が減っていますね。これ以上はやめておきましょうか。」
クレアの言葉に頷き、次の仕事があるからと立ち去る彼女を見送る。
ーーうーん、やっぱり何か考えないと不味いよな…
一週間でようやく魔法はスタートライン、武術はちょっと避けられるようになっただけ。
公平は危機感を感じていた。
ーーかといってむやみに練習時間を増やしたり、特訓メニューを増やしてもらえばいい、てわけじゃないだろうしなぁ…
もしそれでレベルが上がるならとっくの昔に誰かが言っているだろうと考える。
自室に戻りたまたまいたゼノンにこのことを相談すると、どうやら彼も気になっていたらしい。
「そうですね…実は歴代の魔王様の中にも同じように力のない方もいたそうです」
え、魔王なのに、と自分のことは棚に上げて公平がいう。
「その魔王はどうしたんだい? 弱いままだったのか?」
「いえ、どうやら魔王族にだけ伝わる力を得る秘術のようなものがあるそうです。あの螺旋階段の向こうに記されていました。」
まじで、と公平が強く反応する。
ーーそんなんあったけな…まあ、数も多かったし読めないやつもあったからな…
「でその秘術っていうのは…」
「記載がありました。…ですが、私でも詳しい内容は読めませんでした。どうも古い言語と新しい言語を適度に混ぜながら書いているようで古い言語は読解不可能でした。」
ーー立ちはだかる言語の壁ー‼︎
ゼノンの言葉に、公平は膝をついて項垂れた。
「一応、見に行ってもいいかな?」
魔王だったら読めるかもしれない、そんな一縷の望みをかけて、公平は再び螺旋階段に向かった。




