18話目 魔力感知と美女
あれから一週間、といっても後から聞いた話では平均的に三人班を組んでいる兵士達が全員交代し終わり、最初に戻ってくるまでを一日と数えているそうなので、もっと少ないか、多いかもしれないが、公平はその間、ガノイの監修の元、修練に勤しんだ。
それはもう、前世では考えられないくらい一生懸命に打ち込んだ。
時折折れそうになる心を根性で押さえつけて、死ぬ気で努力した。
魔族の体は頑丈な上にどうも戦いに特化しているようで、すぐに順応したが、レベルは1のまま上がらなかった。
「一週間とはいえ、こんだけやって町娘レベル…ちょっと町娘のレベル高すぎないかい⁉︎」
公平は、ちょっと割れてきた腹筋を前に町娘はどうかと思った。
まあ、あくまで基準ですから、と石版を持ってきたゼノンが言う。
「これも奪ってきたのは500年以上前と言われていますから、ガタがきていてもおかしくないですからね」
石版が反応しない程度に、コンコン、と叩く。
「やっぱり奪ってきたんだ…ってそんなに前なのかい⁉︎ 」
ーーよく持ったもんだ。家電でも10年かそこらが関の山だぞ…
「どれ一度試してみますかね。」
ぽん、とゼノンが石版の表面に触れる。
石版は一瞬光ったのち、公平のときと同じように文字が浮かび上がってきた。
簡単な文なら読めるようになった公平がゼノンと一緒に覗き込む。
名前 ゼノン
年齢 304
LV 17
「私は戦闘が得意でないので低いですが、最後に測ったときと変わらないので正常ですね。」
ーーへー…これで低いんだ…
自分より16も違うレベル差に、公平は遠い目になった。
ついでに休憩していたガノイにも測ってもらう。
「俺のレベルを見てもそんなに面白いものではないと思いますが…」
渋々、といった感じでガノイが触れる。
名前 ガノイ
年齢 58
LV 41
ーー無茶苦茶高いじゃないですかー‼︎
そりゃ勝てないはずだ、と公平は思った。
その上、自分はこれを超えなければならない。
公平は真っ白になった。
その隣でゼノンが結果をガノイに告げ、それなら正常ですね、と言った。
「正常…ちなみにガノイ君は、どれくらいの期間努力してここまでレベルを上げたんだい?」
「そうですね…人生のほとんどを修行に費やしていたので、58年、ですかね。」
58年という言葉に、自分はどれくらいの期間でこれを超えなければならないんだっけ、と一瞬思い出せなくなる。
ーー結界が壊れるのが大体一年後だから、一年以内…は、ははは…
公平は頭が痛くなった。
それを見て、ゼノンがどうしましたか、と聞いてくる。
「いやちょっと、自分のレベルアップのためには諸々の計画を見直さないといけない気がしてね…」
「さっきも言ったように基準ですから、そんなに気を落とさないでください。それに今日から魔法も鍛えていくのですから、きっと上がりますよ。」
実は公平の体力の問題でいままで魔法の特訓ができていなかったのだが、やっと余裕が出来てきたので今日から始めることになったのだ。
「では、俺は他の兵士も見て来なければならないので、これで失礼します。」
一礼し、足早にガノイが去っていく。
「あれ、おかしいな、いつもならもう少ししてから行くのに。」
今日はやけに早いな、と公平は首をかしげる。
「…よっぽど会いたくないんでしょうね」
ーー…誰に?
「頼んでおいた者はもう少ししたら来るそうです。
なんでも自分の隊の訓練が長引いているそうで。」
「隊、ってことはガノイ君みたいに隊長なのかい?」
「はい、その通りですーーおや、来ましたね。」
ゼノンの視線の先を辿ると、上半身は美しい人間の女性、下半身は巨大な蜘蛛の黒髪が美しい魔族の女がやって来た。
ーーうそーん、滅茶苦茶美人じゃないですかー! てっきりまたゴツいのが来るもんだと思ってたよ⁉︎
魔族の女性はもはやよくわからなかった公平にとって、久しぶりに女性であると判別でき、かつ美人であったので、神々しくさえ見えた。
「改めてご紹介します。第2部隊隊長、クレアです。」
クレア、と呼ばれた魔族が一礼する。
「お初にお目にかかります、第2部隊隊長を務めます、アラクネ種のクレアです。今後は夫共々よろしくお願い致します。」
やっとまともに女性に見える女性が来た、と喜ぶ公平の耳に聴き逃せない言葉が飛び込む。
「…夫?」
「はい、私は第4部隊隊長のガノイの妻でございます。」
人妻だった。
公平は無類の女好きだが、さすがに人妻は範疇外なので、若干テンションが下がる。
「そ、そっか、うん、よろしく…」
ーーさっきガノイ君がさっさと行ってしまったのはこういうことか…
理由までははっきりと分からないものの、納得はした。
ーーまあ、気を取り直して頑張ろう…
当初の目的を思い出した公平は、ショックを受けつつもクレアのレクチャーを真剣に受けた。
「まず魔王様は初心者、ということですので魔力を感じるところから始めましょう。」
公平はクレアの指示通りに、その場に座り込み体内に循環する魔力を感知しようと集中する。
ーー感じろ…感じるんだ、俺の中に流れる魔力を!
目を瞑り、必死にそれっぽいものを探す。
その状態で一時間くらいが過ぎた。
「ぜ、全然分からない…」
ただただ無であった。
公平はその場で、ぱたり、と倒れこむ。
「あら、おかしいですね、魔力の感知はそれほど難しくないはずですが…」
クレアの言葉が、ぐさり、と公平に刺さる。
ーーつまり、俺には才能がないってことだな…うん、なんとなく知ってた。
ひゅー、と木枯らしが吹く。
「困りましたね…荒技ですが、魔王様、少し私の手を握っていただけますか?」
え、いいんですか、と公平が即座に顔を上げる。
ーー美人の手なら幾らでも握りますよ‼︎
クレアが差し出した手を、そっと、しかし、しっかりと握る。
ーーあ、これセクハラにならないよね…? 向こうから言ってきたんだしならない筈! 信じてる、よ?
だらだらと冷や汗が流れる。
すると、突然全身がビリビリと痺れだした。
ーーぬおぅ! 痛い‼︎ アウト? 俺アウト⁉︎
あまりの痛みに公平はのたうち回る。
「すみません! すみません! 本気で謝るから許してくれー‼︎」
ギャー、と叫び声をあげる。
その様子を見ていたゼノンが、大丈夫ですか⁉︎ と尋ねてくるが、答えられない。
やっとクレアが手を離した頃には、公平の全身からぷすぷすと煙が上がっていた。
「今私から無理矢理魔力を流し込み、魔王様の魔力の循環経路を割り出しましたが、感知できるようになりましたか? …魔王様? 大丈夫ですか?」
クレアとゼノンがしきりに大丈夫か、と聞いてくるので、公平は大丈夫だと伝える。
「ちょっと体が痺れるけど、うん、大丈夫。
…たぶん大丈夫。」
どうやら相当荒技らしく、クレアの方も息が乱れていた。
ーー今の痺れた場所が魔力の通り道…
再び集中し、さっきまでの感覚を思い出す。
「お? おおお? これか?」
途切れ途切れに、自分の体内に流れている何かを感じる。
「成功しましたか?」
クレアの質問に公平は曖昧に頷く。
「一応?」
ーーたぶんこれだよな?
鮮明にはわからないものの、確かに先ほど流されたようなものを感じる。
「これで魔法が使えるようになるのかな?」
「いえ、ここから魔力を体内で自由に操れるように訓練し、そこから基礎的な魔法から始めて、段階を踏んでから実践的な魔法を練習します。」
クレアの言葉に、どうやら先は長そうだ、と公平は思った。




