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17話目 公平の覚悟


 目が醒めると、公平は自分の顔を覗き込んでいるテドラと目があった。


「ふむ、意識も戻ったようじゃし、大丈夫そうじゃの。」


「ここは…」


 公平が呟くと、テドラが、お主の部屋じゃ、と言った。

 確かによく見れば、いつもの部屋である。


 ーーあれ…なんでここにいるんだっけ…?


 確か、ガノイと打ち合いをしていたはず、とぼんやりとした意識の中思い出す。


「なんじゃ、その様子だとまだ良く分かっていないようじゃの。

お主はガノイとかいう若造に負けて気を失っていたんじゃよ。

おかげで真っ青になったあやつらに、わしが無理矢理連れて来られたんじゃ。全くいい迷惑じゃよ。」


 ああ、と公平は今度こそちゃんと思い出した。


「強かったなぁ…全く歯が立たなかった…」


 結局、一撃もまともに与えられなかった。


「ふん、何が強いじゃ。あの程度の実力のもんは、昔ならゴロゴロおったものじゃ。

大体、お主が魔王にしては弱すぎるだけじゃの。」


 ーーそれは流石に弁明できない…。


 分かっていたが、公平は自分がこれほど弱いとは、と情けなくなった。

 がくり、と肩を落とす。


「がっかりするくらいならもっと努力せい。

項垂れとっても時間の無駄じゃ。」


「辛辣ですね。」


 公平の言葉にテドラは、鼻で笑い、当たり前の事だと言った。

 実際にその通りだと公平も思った。

 

 ーーあ、傷が手当てされてる。


 ふ、と自分の体を見ると、包帯がぐるぐると巻かれていた。


「これ、ありがとうございます。」


 お礼を言うと、テドラは変な顔をした。


「魔王がわし如きに敬語を使うでないわ。礼もいらん。」


 お主は変わっておるの、とテドラが言う。


「助けて貰ったら礼を言うのが俺の世界では普通なんですよ。

また、尊敬に値する人には敬語を使うこともね。

ーーゼノン君に聞きました、貴方の過去を。」


 ーーゼノン君やガノイ君も尊敬に値するけど、そこはノリで。


 あの二人に敬語を使ったらそれこそ速攻で怒られそうだし、と公平は心の中で付け足す。


「ふん、ゼノンの阿呆が、余計な事を言いおって。」


 テドラは、ふう、と肩をすくめる。


「それで、折り入ってご相談したいことがありましてーー」


 公平は、あの螺旋階段の下に置かれていた資料の解読をテドラに頼んだ。


「ふむ、話はわかったーーじゃが断る。」


 やっぱりか、と公平は思った。


「どうしても無理ですか?」


「無理じゃな。わしが協力してやる理由も義理も利益もない。」


 大体、とテドラが続ける。


「わしがお主を助けたのも、お主の為ではなくわしの患者を増やさん為じゃ。

いくら魔族といえど、こんな状況で拠り所を無くせば弱る。

お主はそんな奴らの最後の希望じゃ。

簡単に死んでもらっては困るというだけじゃ。」


「…でも、貴方は魔族を治療されるのですよね?」


 それは少なからず魔族に対して何かしらの思い入れがあるからではないか、と質問するが、テドラから返ってきたのは否定の言葉だった。


「それがなんじゃ。わしの仕事は治療じゃ。

それは魔族だろうが人間だろうが変わらぬ。

わしはそこに倒れているもんがお主の敵であろうが、迷わず治療をする。それがわしの信念じゃ。」


 それは、どれだけ虐げられても曲げなかった医者としての誇り。

 ああ、この魔族は強い。そう公平は感じた。

 それは力ではなく、意識の強さ。


 ーー勝てるなんて思わない。でも、負けるわけにもいかない。


「それでも、どうかお願いします!」


 公平はその場で土下座した。

 それが今の公平にできる最大の誠意だった。


「…嫌じゃ。どうあってもわしは魔族を救わぬ。

死なない程度に診てやるだけじゃ。

わしは魔族に不幸になれとは言わぬが、幸福になれとも願わぬ。

ーーゼノンの阿呆から聞いたのじゃろ、わしの過去を」


 はい、と公平が頷く。


「やはりか。わしはな、ずっと否定されながら生きておった。

医者を志し、知識を探求した事を後悔はしとらん。

じゃが、魔族を許すことはできんのじゃーー特に魔王は。」


 魔王、という言葉に公平の身体が跳ねる。


「むろん、わしは人や魔族をひと塊りにして見る事が好かぬのでな、お主が歴代の魔王と違うことも、本当にどうにかしようと考えていることも分かる。それでも、わしが協力してやれるのはせいぜい怪我と病の治療だけじゃ。

それ以外は自分でなんとかするんじゃな。」


 じゃあの、という言葉を残して、テドラは去っていった。


 ーー無理だったか…


 公平は、再びベッドの上によじ登り、仰向けになる。


「誰にも触れられたくない傷はある…本当は諦めた方がいいのだろうけど…」


 助けられたから、見てしまったから、聞いてしまったから。

 太陽の光のない中、食料もなく、希望もなく、病に倒れ、飢えて死にゆく。

 そんな彼らの最後の拠り所だと知ってしまったから。


 ーー城の中で見た兵士達はその見た目とは裏腹に痩せ細っていた。戦える兵士でもそうなのだから、きっと戦えない魔族はーー


 公平は彼らを見捨てられる程薄情でも、恩知らずでもなかった。


 ーー俺は今、王様なんだ。まだ会ったことがあるのは数人で、この世界の事ははっきりと分からなくて、弱くて脆いけど、逃げ出す事だけは絶対にしない。というか、しちゃいけないと思う。


 もしも企業がピンチに陥ったとき、その企業のトップである社長が逃げ出したらどうなるか、そのとき社員はどうなるか。

 考えたこともない。

 まさか、自分がそちら側に回るとは思ってもみなかった。

 しかもこんなにも危機的状況で、全員の命までかかっている。


 ーーああ、本音を言えばいっそ逃げ出したいくらい怖い。怖すぎる。

考えたくもない。

でもきっと、逃げ出したとしても、一生苦しむんだろうな。

会ったことのある奴や話したことのある奴らが死んでしまったら、きっと、とてもなく後悔するんだろうな。


 やっぱり俺は逃げ出せない。そう公平は思った。


 ーー苦しみながら後悔するくらいなら、辛くても最後まで足掻きたい。

そのためには、何もかも諦めたく無い。


 強くなること、知識を得ること、困難に立ち向かっていくこと。

 公平は、そっと傷口に触れた。


 ーー痛みがほとんどない…これだけの技術を手に入れるのにどれだけ苦労したとか、どれほど大変なのかは俺にはわからない。

きっと俺なんかが計り知れないほど努力したんだろうな。


 その度に傷ついてきたのだろう、公平は心の中でそう付け足した。


 ーーそれでも、諦めない。


 人間の知識。そこに価値あるものは一つもないかもしれない。

 読もうとすること自体、無意味なのかもしれない。

 しかし、公平は一縷の望みに託したかった。


「まあ、とりあえずは力をつけないとな。部下に負けてるようじゃダメダメすぎる。

それに魔法をまともに扱えるようにならなきゃならないし、他の魔族達とも話がしたい。

やる事は一杯だーー」









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