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16話目 己の実力


 あの地獄の螺旋階段を登りきり、部屋に戻って来ると、既にデュレストによって夕食が用意されていた。

 朝食(?)と内容はほぼ変わらなかったが、申し訳程度にカブのようなものが混ざっていた。

 デュレスト曰く、農村で取れたものらしい。


 ーー収穫時期じゃない、て言っていたけど、取れるものは取れるっぽいな。


 相変わらず、カブのようなもの以外は喉越しが最悪で、味も美味しいとは言い難かったが、疲れていたこともあって、早々に食べ終えた。


 ーーふう、こんな食事でも、やっぱり食べると安心するな。


 スライムの絞り汁を飲みながら一息つく。


「汗臭いな…気にならないといえば気にならないけど…流石に風呂はないだろうな」


 デュレストに尋ねるが、やはり風呂のようなものはなかった。

 代わりに全身を拭きましょう、とデュレストが言い、何かを取り出した。

 生きたスライムだった。


「いい、いいよ俺はこのままで!」


 必死に拒絶する。


「いけません。さあ、服を脱いでください。」


 ジリジリ、とデュレストがスライム片手に近づいてくる。


「いやいや、せめて自分で拭くから!」


 そう言うと、デュレストは分かりました、と言ってスライムを手渡してくる。


「弱っていますが、スライムは魔物。油断していると溶かされますのでお気をつけください。」


 ーー余計拭きたくないんですが⁉︎


 とはいえ、拭くと言った以上、拭かないわけにはいかない。

 デュレストに一旦退出して貰ってから服を脱ぐ。


 ーーき、気合いだ!


 弱々しくぴちぴちと跳ねるスライムを握りしめ、急いで体を拭く。

 すると、意外にも気持ち良かった。

 溶かす、ということで急いで拭いたが、それがなければ濡れタオルよりいいかもしれない、と公平は思った。


 ーー流石に風呂に勝るものはないけどな。


 使い終わったスライムは薄汚れて死んでいた。

 みずみずしい青色をしていたスライムが、今は茶色く濁っている。

 これが自分から出たものか、と思うと少し嫌な気分になった。

 どこに捨てればいいのかわからなかったので、再びデュレストを呼び寄せ、回収してもらった。

 服は替えなどないようなので、さっきまで着ていた服をまた着て、床に着く。


 ーー今日は…疲れたな。


 明日からは特訓も始まるので、今日よりも疲れることは明白であり、この程度で疲れてどうする、と公平は思ったが、睡魔には抗えず、そのまま眠りについた。


 翌朝(?)目覚めると、やはりそこにはゼノンとデュレストが居た。

 なんとか公平は叫ぶのをがまんしたが、本当にやめてほしい、と心底思った。

 



「ふぅ! はあ! 死ぬ! 苦しい!」


 腕立て伏せから始まった特訓。

 開始300回にして公平の体力はもう尽きかけていた。


 ーーいくら魔族になったらって、やっぱり限度があったよーー‼︎


 人間のときではおそらくできなかったであろう回数の腕立て伏せに、公平の体は悲鳴をあげていた。


「321…322…魔王様、ペースを上げませんと、このあとの腹筋、走り込み、素振り、打ち合いができません。」


 コーチ役のガノイの言葉に焦り出す。


「ま、待って、もう腕が、腕がもげそう…」


 ひたすら続く腕立て伏せでかいた汗が、公平の周りに落ちて水溜りになる。

 これが終わってもまだ次があると思うと、気が遠くなりそうだった。


「大丈夫です。この程度なら腕はもげません。

というか、もげても寝たら治ります。」


 いやいや、無理でしょ、と公平は思う。


 ーーそれもはや唯の化物…いや、人間から見ればその通りなんだろうけどさ…


 腕立て伏せの回数が500回を超えると、魔族となってから青白くなった公平の顔色が更に青白くなる。

 辛い。

 しかし、その瞬間公平の脳裏に、元の世界のある記憶が呼び起こされた。

 無理のある納期。

 無茶な注文。

 先方からの理不尽なお叱りの言葉。


 ーーあの理不尽さに比べたら、まだまだましだ!


 うおー、という雄叫びとともにペースが上がる。


「いい調子です。このペースを維持するように頑張ってください」


「いける! いけるぞ! 俺はやるんだーー‼︎」





 結果、公平は燃え尽きた。


 ーー腕立て伏せと、そのあとの腹筋までは良かったんだけどな…


 魔王城50周走り込みの段階で、公平の謎のやる気は霧散した。

 あとに残ったのは終わりの見えない絶望と、全身の筋肉の痛みであった。

 やっとそれらが終わった今、公平は白い灰になっている。


「さあ、魔王様、次は素振り1000回です。」


 ガノイの言葉に、公平は、少しだけ待ってくれ、と言った。


「ちょっとまだ立てないかな…でも、思ったより魔族の体は頑丈だな。」


 普通なら出来そうもない内容だが、辛いながらもなんとかすることは出来た。

 ゼノンの言葉は正しかった。

 少しの休憩の後、昨日死体から貰ってきたロングソードを使って、ガノイに教わりながら素振りをする。

 すぐに腕がプルプルと震えだした。


「…う、ゼノン君によると魔族はこれくらい普通にできるらしいけど、本当かい?」


 隣で同じように素振りを始めたガノイに話しかけると、はい、と頷いた。


「この程度であれば、兵士でなくとも行うことができます。

なので、最終的には魔王様もこの二倍は出来るようになっていただきます。」


 二倍、という言葉に公平は遠い目になる。


 ーーそれでも人間には勝てなかったのか…


 個でこれほど強い魔族が、集団になっても人間によって追い込まれた。

 自分がそうだった時は何も思わなかったが、人間という生き物は特殊である、と思う。


 ーーこっちの世界ではどうか知らないけど、魔族と比べるとすげー貧弱なのに、武器と頭脳でこれ以上なく強くなれるんだもんな。


 ミサイルなどがいい例だ。

 そんな人間相手にこれから立ち向かうことになる。

 殺すつもりなんて毛頭ない。

 それどころか、戦いたいとすら思わない。

 しかし、もしその時が来たら。


 ーーその時はーー


 ズルリ、と汗で滑って公平の手から剣が落ちた。


「あー‼︎」


 幸い剣はそのまま地面に突き刺さったが、下手すれば怪我をしていた所だった。

 気をつけてください、とガノイから注意される。

 剣を引っこ抜き、土のついた刀身を見る。


 ーー今はとにかく強くなることが最優先だな。


 ぴ、と軽く剣を振り土を落とす。

 すると、ガノイが、打ち合いをしますか、と言ってきた。


「え、もうかい?」


「はい、素振りの回数が1000回を超えましたので」


 全く気づかなかった。

 先ほどまでのトレーニングと違って、特に疲労を感じなかった。


 ーーいや、これは疲れすぎていて逆に気づかなかっただけだな…


 剣を下ろすと、上がっていた息が少し落ち着く。

 公平はガノイに言われるがまま、彼と向き合った。


「あれ、君は素手なのか?」


 ガノイは武器を持っていなかった。

 打ち合いじゃなくね?と公平は思う。


「普段は鉄球を使っているのですが、さすがにあれを使うと、魔王様の剣が折れてしまうので今は使いません。」


 公平はメールの丘で見た、一気に三人ほどを屠ったあの鉄球を思い出す。


 ーー…あれで来られたら、武器より先に俺が死ぬな。


「でも、いいのかい? 当たったらただでは済まないと思うんだけど。」


「心配ご無用です。オーガ種は特に体の表面が硬いので。

それに、恐らく俺には傷一つつけられないと思いますよ」


 ガノイの言葉に、流石は隊長、と公平は感心する。


 ーーでも俺だって、腐っても魔王。負けられないな…!


 剣を握りしめると、ガノイに持ち方を注意された。

 改めてガノイに教わった正しい持ち方で構える。


「では、始めますか」


 ガノイの言葉と同時に真正面から剣を振りかぶる。


「踏み込みが甘い!」


 しかし、剣はその硬い腕に簡単に弾かれ、更に足を掛けられる。

 そのせいで転んだ公平は即座に立ち上がり、後ろに下がるが、既に背後に回り込んでいたガノイに殴られ、前のめりになる。


 ーー早! というか痛い!


 公平の攻撃は全て弾かれるか、避けられるのに対し、恐らく手加減されているのであろうが、半泣きになる程度には痛いガノイの攻撃を全て当てられる。

 どうにか一撃くらいは、と粘るが、最後に鳩尾を殴られて、公平は気を失った。









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