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15話目 先人達の知識と人間達から奪ったもの


「足元が滑りやすくなっているので、お気をつけください。」


 先人達の知識がある場所。そこは、ずっと地下まで続く螺旋階段がある場所であった。


 ーーうん、入る前に松明を渡された時点で嫌な予感はしてたんだ。


 図書室のような部屋を思い浮かべていた公平の予想を見事に裏切る。

 螺旋階段は設置されている段の横幅も縦幅も狭く、石でできている上、中央は長い吹き抜けになっているので普通に危ない。

 しかも、明かりが自分の持っている松明しかないので、怖い。

 公平は、ビクビクしながら一段一段降りていく。

 後ろには危ないから、と付いてきたガノイが、しきりに、大丈夫ですか、と聞いてくる。


 ーー大丈夫かって…? 大丈夫なわけないじゃないか!

階段は滑りやすいし、よく見えないし、吹き抜けから1番下が見えないから相当深いよね⁉︎ しかも、この松明、木じゃなくてヌルヌルする別の素材で出来てるし!


 木が生えていないのに松明があるのはおかしいと思っていたが、聞くところによると、どうもこれは魔物から出来ているらしい。


 ーーまたスライムじゃないことを祈るよ…


 無限に続く螺旋階段をひたすら降りる。

 先を行くゼノンがどんどん遠くなっていく。


 ーー…一体なんだってこんな保管状況が悪い場所にあるんだろうか…


 紙ではなく、石版に書かれているのだろうか、と公平は予想する。


 ーー確かにそれなら嵩張りそうだけど…城の中を見て回った感じだと、もっといいところがありそうなんだけどな…


 必死で後を追いながら考える。


「ーー‼︎ おっと」


 足を滑らせかかったところを、ガノイによって救われた。


 ーーあ、なんかデジャブ…情な…


「ありがとう、ガノイ君。助かったよ…」


「いえ、これくらいは当然です。」


 ーーあんまり考え事をしながら降りるのは良くないな…集中しよう。


 公平は安全に降りることに全身全霊を使い始めた。


「……えーと、いつになったら着くのかな?」


 もうかれこれ一時間ほど降りている気がする。

 すでに前を行くゼノンの姿は見えず、終わりも見えない。

 長い道のりを集中して降りてきたせいで、公平はもうクタクタだった。


「今が大体半分くらいですので、来たのと同じくらいの時間がかかるかと」


 ーーまだ、半分…


 ガノイの言葉に、公平は目眩がした。


 ーー時計がないからわからないけど、だいぶ時間も掛かってそう…時計?


「ガノイ君、ここには時計ってあるのかい?」


 魔王城内で見たことがないな、と公平は思った。


「時計…ですか? 確か人間の領地にはそのようなものがあると聞いたことがあります。」


「ってことは、ここにはないんだね。時間とかはどうやって計ってるんだい?」


「魔族に時間という概念はありませんので、おっしゃっている意味がよくわかりません」


 まじか、と公平が呟く。


「じゃあ、寝る時間とか起きる時間も一切なし?」


「はい。昔太陽があった時代は日が昇るとともに起き、沈むとともに寝ていたようです。」


 ーー…ようです…?


「君は太陽が封印されてから生まれたのかい?」


 ガノイが頷く。


ーーてっきりゼノン君が100年単位ぐらいで話をしていたから、それくらい生きているものかと思っていたな。


「君は今幾つ?」


「58歳です」


 年上だった。


 ーーいやまあ、多分俺より年上のやつなんていっぱいいるんだろうし、驚くほどじゃない。


「ちなみに魔族はどれくらい生きるものなんだ?」


「種にもよりますが、およそ400年から500年程、ですかね。

もっとも、このような状況なので、もっと若くに死んでいくものが大半ですが。」


 長生きだな、と公平は思った。


 ーー道理で33歳が若いって言われるわけだ。というか、俺この世界に来てから質問しかしていないような…


 だが、わからないものは聞かなければ仕方ない、と開き直る。


「質問を続けるけど、種っていうのは? 魔族ではないのかい?」


「種、というのは魔族の中でも特に数が多い、特徴の似た集団や、魔族の中でも力の強い血筋のものにつけられる、一種の識別名の総称です。

例えば、俺の場合オーガ種、というものに属しています」


 鬼だから、オーガ、か、と公平は前世の知識と照らし合わせながら思う。


「他にも、オーク種やゴブリン種、ラミア種などがおります。

特に数が多いのはオーク種で、魔族の三分の一が彼らです。」


 オーク種は豚の頭を持っているのが特徴です、とガノイが付け足す。


 ーーオークが約1000体か…なんとなく考えたくないな…


「逆に、ゼノン殿のように数の少ない種は決まった識別名を持っていません」


「そうなんだ。…最初の質問に戻るけど、魔族に時間という概念がないなら食事や睡眠はどうしてるのかな? 」


 一日中夜なんだろ、と公平が言う。


「そうですね、兵士の場合は二人から三人で班を組み、その中で交代に食事と睡眠をとっています。

それ以外は自由に寝たり食べたりしているようです。」


 ある意味贅沢だな、と公平は思った。


 ーーでも、そういう生活は不健康の元、って言うしな…魔族はどうか知らないけど、そこらへんも見直した方が良さそうだなぁ…


 そうこうしている間に、何段か下の方に松明の明かりが見えた。

 ゼノンだ。


「魔王様、こちらです」


 やっと着いたか、とゼノンの居る所まで降りる。


「…? 何もないじゃないか?」


 紙どころか、石版のような情報媒体が一つもなかった。


「魔王様、何をおっしゃって居るのですか? ここにあるではないですか。」


 そう言ってゼノンが壁を照らした。


「これは…!」


 明かりの照らす先には、無数の文字が書かれていた。

 文字は壁一面に、どうやら更に下の方まで書かれているようだ。


 ーーだからこんなところにあるのか…


 公平は、自分の持っていた松明でも壁を照らし、文字を見る。


「当たり前だけど、全然読めないな…」


 ガノイは全く文字が読めない典型的な魔族のようで、ゼノンに教わりながら文字を解読していく。

 最悪なのが、この世界の文字が日本語と同じように表音文字と表意文字で書かれていることだ。

 ただでさえわかりにくい文字が、より一層わかりにくくなる。

 唯一の救いは、これを書いた魔族が複数人いて、そのほとんどが表音文字で書いていることだった。


 ーーやっぱり二つとも使いこなすのは難しいよね…表音文字だけならなんとか読めそう…


 元の言語は話せているので、その音を文字に当てていけば読むことはできた。


「こっちは誰かの旅行記だな。…ワイズの泉はとても綺麗だった。他の魔族達も見に言った方がいいだろう。

ふむふむ。

その隣は、今日は我が魔王となってから初めて人間と戦った。

…歴代の魔王のうちの誰かか。

あ、こいつ人間を1000人も殺したことを、すげー自慢げに書いてる。

…でも、情報としてはいらないな」


 どうも、書いている奴の殆どが思い出や起こった事などを思い思いに書いているようで、見にくい上に役に立つ情報は一つもない。


 ーーもうほとんど自慢大会だな。


 文字を一々確認しながら読んでいくので、ペースはすこぶる遅い。

 玉石混交どころか、大半が石の情報ばかりのなか、一つだけ役立ちそうな情報を見つけた。


「家の立て方、まず地面に穴を掘り、そこに木材をーー、ってダメじゃん。木材がないから困ってるんだよ」


 公平はそういった知識がある方ではなかったが、まだ木材を使えたなら状況は違ったろうに、と思った。


 ーーやっぱり、魔族達が残した知識の中に有用そうなものはないな…あったら既に実践しているだろうし。


 公平は半ば諦めかけていたが、もう二度と死体から強奪したくないのと、多少何かを作れた方が外資が入るのではないか、と思い、また有用な情報を探し始める。


 ーーどうやら今も迷宮から取れる素材を多種族に売ってるみたいなんだよね。

足しになるかはわからないけど、元の世界でも素材より、そこから作られた物の方が価値が上がったし、資金にならなくても生活を今より良くすることはできるだろうな。

何せ、今まで人間から奪ってきたものを使っていたくらいだし、太陽が封印されてからは古いものを騙し騙し使っているようだしな。


 休憩を挟みながら読んでいると、下からガノイが上がってきた。

 彼は、この螺旋階段の一番下にある、人間から奪ってきた書物を取りに行っていたのだ。

 その手を見ると、欠けた石版のようなものの中に、くるくると巻かれた紙のようなものがいくつかあった。


「うーん、欠けたり、半分以上に割れたりしているものが多いね。

…保存状態悪くないかい?」


 公平の言葉に、ゼノンが、ええ、と頷く。


「魔族達にとって一番価値のないもの、といって過言ではないですから…ひどい時は一番上から投げ捨てられたようで、初めて見にいった時には粉々になったものがいくつもありました。」


 情報こそ一番大事、な日本に生まれた公平にとってそれは衝撃的だった。

 思わず、うわぁ、という声が漏れる。


「ガノイが持ってきたのはまだ比較的ましなやつですね」


 ーーえげつな…


「まあ、とりあえず内容を読んでみるか…」


 丸まった、羊皮紙のようなものから読んでいく。

 全く読めなかった。


 ーー表意どころか表音文字すらさっきまでのと若干違うんですが。


 しかも、見たことのない単語ばかりで全く意味がわからない。


「ゼノン君…君ならこれが読めるかい?」


 す、と羊皮紙を差し出す。


「多少は。ですが、内容はよくわかりません。」


 読んでもらったが、本当に''読める''だけで、意味は全く伝わらない。


「どうも、書かれたのが千年とか、ひどい時は二千年以上前のようで、言葉や文字が今と変わっているようなのです。もちろん意味も」


 日本で言うところの、古文やヒエログリフのようなものか、と公平が呟く。


「誰か…古代文字を解読できるような魔族は…いないか」


 文字を読める魔族自体少ないもんね、と公平は思う。


「まず、文字自体、魔族が編み出したものでなく、人間から真似したものですからね。興味を持つものは少ないです。

それに加えて、これらを読めるような魔族となるとーーテドラ老師しか思いつきませんね。」


 ゼノンの言葉に、え、いるの、と羊皮紙から顔を上げる。


「テドラ、てあの俺を診てくれた丸いフォルムの魔族だよね?」


「ええ、彼は何気に誰よりも長く生きている上に、若い頃は医学を学ぶため、人間の領土に単身突撃したくらいですからね」


 ーーテドラ老師、何者?


「じゃあ、彼に頼めば解読してくれるんじゃないのか?」


 それとも、もうすでに読んだ後?とゼノンに尋ねる。


「いえ、そもそもテドラ老師はそういった頼みごとをしても、嫌じゃ、の一言で全て断ってきます。

ーーある意味あの方は魔族が嫌いですから。」


 ーー魔族が嫌いな魔族?


「それは一体どういう?」


 ある意味矛盾したニュアンスに疑問を抱く。


「昔、といっても私が生まれる前の話だそうですが、魔族は元来体が丈夫で、治癒力も高く病気にかかりにくい体質だったので、人間が編み出した、医学、というのは非常に嫌われておりました。

それも、迫害するレベルで。

若かったテドラ老師も例外でなく、ずっと苦境の中、研究していたそうです。

それでも、諦めなかったそうなのですが、ある時、人間との戦いが激化して、町中でも被害が出るようになりました。

そこから、本格的な人間の文化狩り、というのが始まり、老師も逃げざるおえなかったそうです。

本人曰く、どうせ逃げるなら行けるとこまでゴーじゃ、といってそのまま人間の領土で何十年、あるいは何百年と過ごしたそうです。

老師は語りませんでしたが、魔族である以上、そこでも相応の苦労があったのでしょう。

そして、老師はあるとき、ふら、と戻ってきたそうです。

ですが、そのときでもやはり、人間の知識かぶれと言われて、隅に追いやられていたそうです。

老師がやっと表に出られるようになったのはーーそれこそ、太陽が封印され、倒れる魔族が多くなってからです。」


 人に歴史あり、というが、魔族にもそれなりの苦労があったのだと知る。


 ーー人間の作った知識は、迫害の対象、か。


 情報を集めることはやめないが、頭の片隅に置いておいた方がいいことだとは思った。


「ですから、彼は人間の知識を大っぴらにすることをあまり良しとはしません。

それどころか、魔王様の治療ですら、あまり乗り気ではありませんでした。」


 ゼノンの言葉に、テドラとの初対面のときを思い出す。


「それであんなに怒り口調だったのか…」


「いえ、それは元からです。あのムカつく話し方も。」


 がく、とズッコケる。


「あのご老人にそんなことがあったのですね…」


 黙って聞いていたガノイが、ぼそり、と言った。

 公平が知っているのかと尋ねると、ガノイは、もちろんです、と肯定した。


「子供の頃、病気になった時に治してもらった事があります」


 彼もテドラの患者の一人だった。

 そっか、と公平が言う。


 ーー俺も治してもらったし…こんなに優秀なのに迫害を受けていたのか…


 つくづく、人間と魔族の溝の深さを実感する。


「そういうことですので、おそらくテドラ老師は協力してくれないでしょう。実際、私も何度も頼み込みましたが、全て断られました。」


 事情を知ると余計頼みにくいな、と公平は思う。


 ーーでも、一回くらいは頼んでみるべきだよな。


 次に会った時に頼んでみよう、と決める。


「ところで、ゼノン君はやけに詳しいけど、どうしてそんなに知っているんだい?」


 ガノイの反応を見る限り、一般的に知られている話ではないと思う。


「それは、私がテドラ老師の元弟子だからですね。」


 え、と公平とガノイが二人して驚く。


「といっても、医学ではなく、文字を学ぶためでしたが。

しかし、テドラ老師は私に中途半端に教えたきり、それ以上は何も教えてくれませんでした。

今思えば、その当時も文字を学ぶ事は良いとは言い難い風潮でしたから、自分と同じ目に遭わせないためにあえてそうしたのでしょうが、当時の私は全く気づかずに夜中老師の部屋に忍び込み、薬品という薬品の瓶を嫌がらせで全部割ったものです。」


 いやー、あの時は私も若かったです、とゼノンが付け足す。


 ーーゼノン君…中々アグレッシブな所があるね…


 ゼノンは笑っていたが、公平とガノイは密かに引いていた。


「とりあえず、これ以上は居ても仕方なさそうだね。…読めないし」


「そうですね。お力になれずすみません。」


「いや、俺が無理に連れてきてもらったんだし、君に非はないよ」


「そう言っていただけると有難いです。…ガノイ、これとこれを残して、他を元に戻しておいてくれ」


 ゼノンが指定した羊皮紙以外を持って、またガノイが下に降りていく。


「石版類は置いていくのかい?」


「はい、途中で落としでもしたら大変ですから。

ここに来るたびにこうして紙類は持って上がっているのですが、松明で片手が塞がって、あまり多くは持って上がれていないのです。」


 そういって、片手に羊皮紙を持ったゼノンが肩をすくめる。


「他の魔族に手伝って貰ったりしないの?」


「他の者では雑に扱って壊すのが目に見えています。

ガノイは見た目に反して繊細な男ですから、まだ信用できます。」


 ほう、と頷く。


「彼、優秀なんだな。」


「ええ、若くして第4部隊の隊長に選ばれるだけはあります」


 ーーまじか。


 噂をすればなんとやら。ガノイが戻ってきた。


「ただいま戻りました。」


「うむ、ご苦労であった。…では、魔王様、戻りましょうか。」


 ーー…またあの道を戻るのか…


 公平は上を見上げながら、遠い目をした。







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