14話目 武器の出処
魔王城の内部は、広い分どこも似たような構造で、一人だと迷いそうだった。
しかも、松明があるとはいえ常に暗く、どこか薄気味悪い。
ーーまさに魔王城って感じだな。
「魔王城の内部は大広間の他に魔王様の部屋や、執務室、食堂、会議室や部隊長の部屋などがあります。
私の室もこの魔王城内にありますので、魔王様になにかあればすぐに向かうことができます。」
「へぇ、そういえば、ゼノン君は部隊長なのかい?」
「いえ、私は戦闘が得意な方ではありませんので、部隊には所属していません。
私は…そうですね、人間で言うところの宰相、といったところでしょうか。」
ーーわぁナンバー2じゃないですか…
今まで全く気にしていなかったが、思えば部下も居たし、そうとう位が高いだろうということは、簡単に想像できたはずだ。
目の前のゼノンが急に遠い存在に感じる。
ーーでも、今は俺が1番なのか…自覚ないな…
話を聞く限り、ゼノンは必死に努力して宰相になったのに対して、公平は突然現れたぽっとでの魔王。
実際その事実を彼がどう思っているのかは分からなかった。
ーーまあ、なんの益体もないことを考えるのはやめよう。
話を切り替えるつもりで、公平は道の端に避けた魔族を見ながらゼノンに質問する。
「彼らには会ったことがないけれど、俺が魔王だっていう事は知っているのかい?」
密林まで一緒に逃げてきたメンバーではなかった。
もしかしたらあの戦場にいたのかも知れないが、戦いに必死でお互いに面識はないだろう。
「はい、おそらく初対面だとはおもいますが、彼らは私を含め無意識のうちに貴方様を魔王様であると認識しています。」
「無意識のうちに…魔族って不思議だね」
そうでしょうか、とゼノンが首を傾げる。
「私にはそうは思えませんが。寧ろ私には魔王様の方が不思議です」
「え、俺にそんな不思議要素あった?」
全く覚えがない。
「ええ、まず異世界から来た、という時点で特殊です。
しかも、訓練もなしに魔法を使い、かと思えば私達が当たり前に感じていることが、全く当たり前でない。
魔王様を見ていると、ある意味勉強になります」
確かに、と公平は納得する。
ーーこの世界のことも少ししか分かっていないしな。
魔族側の事情はある程度分かったが、なんでこの世界に来たのかや人間側の事情は殆ど分かっていない。
ーーしかも、やっぱり魔族の性別は分からないしな!
さっきから魔族とすれ違うたびに、あれは男だ、とか、あれは女だ、などゼノンがこっそりと教えてくれているのだが、公平には、男の人数が圧倒的に多いな、ということしか分からなかった。
魔王城内をうろうろしていると、知っている顔を見つけた。
ガノイだ。
彼はこちらに気づくと、す、と壁際に避けて一礼した。
「おお、ガノイ。ちょうどよかった。」
ゼノンがガノイに話しかける。
「…? ゼノン殿、如何なされた?」
「実は魔王様の事でだなーー」
ゼノンは公平があまりにも弱すぎて特訓をする旨をガノイに話した。
「それは一大事ですな。このガノイ、全力を挙げて協力いたします。
ーーさて、特訓ですが、魔王様はどのような戦い方をご希望されるのですか?
戦い方によっては内容を変える必要があります。」
ーー戦い方、か。
「例えばどんなのがあるんだい?」
例えばですか、とガノイが考え始める。
「魔族のほとんどは素手での格闘を主としています。
もし、魔王様が素手で戦われるのであれば、組み手を加える必要がありますし、俺ーーあ、いや、私のように武器を使うのであれば、それぞれのスタイルにあった特訓内容を加える必要があります」
俺、という発言にゼノンが半目を向けるが、公平はそういった事を気にしないので、言いやすい言い方でいいから、と言った。
「すみません。
話を戻しますと、このように武器を使うか使わないかでも変わってきますし、また、魔王様は魔法が使えますので、物理攻撃か魔法攻撃、どちらを主にするかでも変わります」
ガノイの言葉に、公平は、攻撃か、と呟き、手元のひょっとこの面を見る。
ーーこれがあれば魔法攻撃はできる、けど、魔力がないと使えないんだよな?
公平はメールの丘で初めて魔法を使った時の様子を思い出す。
確かあの時自分は防御を数回しただけで後々倒れたが、襲ってきた魔術師たちは魔法攻撃を無数に使って来たが、平然としていた。
考えるに、自分は魔力が少ないのではないか、と思う。
ーー今俺、町娘程度の力しかないみたいだし。
それに、こいつがなくなると戦える手段がなくなるような気がする…そう考えると、まだ物理攻撃を主体にしておいた方がいざという時にも戦えるかな?
「うーん、とりあえずは物理攻撃主体かな? 素手は流石に無理な気がするし…武器は何があるんだい?」
「そうですね…実際に一度見に行きますか?」
ガノイの言葉に公平が頷く。
その隣で、では私も付いて行きましょう、とゼノンが言った。
「え、大丈夫なのかい? 今更だけど、君宰相なんだろ?」
「はい。ですが、宰相といっても人間達のように政務があるわけではないですし、何かあったときの指示役程度ですよ。
普段も食料関係で部下に指示を出すだけですから、専ら先人達の残した知識を読み漁るくらいしかやることがありません。」
暇なものですよ、とゼノンが言う。
「大体魔族は思い立ったらすぐ行動ですから、人間達のような面倒な決まり事がないのです。」
「なるほど、ところでその先人達の知識って俺も見れたりする?」
ーー異世界の言語もちょっと知っておきたいんだよね
「大丈夫ですよ。なんなら、今から向かう先の近くにありますから、帰りに見て見ますか?」
ゼノンの提案に、公平は、もちろん、と答える。
「頼むよ。こっちの知識にも興味があったんだ。」
「では、行きましょうか。」
ガノイの言葉で3人が武器のある場所に向けて出発する。
武器のある場所は城から出ですぐ裏手の、中庭の一角にあった。
ーーうん、まあ…ある意味予想通りなんだけどさ…
武器のある場所、それは昔おそらくこの城で殺されたと思われる骸が無造作に転がされている場所であった。
死体はどれも白骨化しているが、残っている衣服や武器を見る限り、とてもない昔から、最近に至るまでの進化の過程のようなものが見受けられる。
ーー衣服なんかは特にわかりやすいな…資料に載っていた縄文時代の毛皮みたいなやつから、ちゃんとした織物からできた洋服もある…
つか、毛皮ってどんだけ前からここに放置されてんだよ、と公平は思った。
同時に、自分の今着ている服がここから持ち出された物であろうことにも気づいてしまった。
「もしかしてだけど、魔族ってものづくりしないの?」
嫌な予感がする。否定してくれ、と必死に願う。
「はい、魔族は人間達のように知性が高くないので」
しかし、ゼノンから出た言葉は肯定の言葉だった。
「じゃあ、この魔王城は…」
「大昔に攫ってきた人間に建てさせたようです」
「俺が使っていた家具とかその他は…」
「全て人間の里を襲って奪ってきたものです」
公平はショックのあまり白い灰になった。
声にならない叫び声をあげる。
ーーつまり、あれもこれもそれも、全て奪ってきたやつだったという訳か…!
公平は頭を抱えてしゃがみこんだ。
ーー太陽を奪われたとはいえ、そりゃ衰退するよ!
寧ろそれでよく持ったもんだ!
これが究極の脳筋がなせる技か、と公平は苦悩する。
「そんなに奪ってこれるなら、技術とか書いてある秘伝の書とかなかったの⁉︎ 文字が読めるなら、その内容を実際にやってみるとか出来たんじゃないのかい⁉︎」
たとえ知性が低かろうと、言葉を解し、文字が読めるならそのくらいはできるだろう、公平はそう思った。
「確かに条件が揃えば可能でしょうが、まず文字を読むことができる魔族が私とテドラ老師を含めて数人しかいませんし、読めても理解できないものが殆どで、その上今は資源がありません。
物理的に不可能ですね」
ーーそれ以前の問題だったーー‼︎
石版の文字をテドラもゼノンも普通に読んでいたので、てっきり皆も読めるものだと思っていたが、そもそも魔王領に文字という文化はなく、それゆえ、興味のあるごくごく一部の者しか学ばないそうだ。
しかも、独学で学ぶことが条件である。
ーー脳筋。心底脳筋だ。
「ゼノン君、今すぐ俺をその先人達の残した知識のある場所へ連れて行ってくれ」
公平がゼノンの両肩を、ガッ、と掴む。
「か、構いませんが、武器を選んだ後にしていただけますかな? 後ろでガノイが所在無さそげにこちらを見ておりますので…」
ゼノンの指す方を見ると、確かにガノイがモジモジとしていた。
「あー! ごめんね、ガノイ君! ちょっと衝撃的すぎて本来の目的を忘れてたよ!」
公平は急いで武器を選びにかかった。
ーーって言っても、どれもこれも、元はこの死体達の持ち物なんだよな…選びにくい…
しかも、無造作に放置されているので、状態が良いものが少ない。
あれでもない、これでもない、としばらく漁っていると、一本のロングソードを見つけた。
それは、不思議と手によく馴染んだ。
ーーシンプルで持ちやすいし、これでいいか。
高校時代、選択授業で剣道をやったこともあるし、まだ弓とか槍よりかは扱いやすいだろ。
死体の前で手を合わせ、どうか祟らずに成仏してください、と祈る。
「剣で戦うことにするよ」
ガノイにそう告げると、彼はふむ、と頷いた。
「長さもそれ程長くないですし、無難ですね。
特訓内容に素振りも加えることとしましょう。」
ガノイの言葉に頷く。
「じゃあ行こう。今すぐ行こう。」
「わかりましたから、そう急かさないでください。」
ロングソード片手に、逆の手にはひょっとこ、という妙な出で立ちで、公平達は知識のある場所へ向かうこととなった。




