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10話目 迷宮料理


 翌朝(?)公平が目を覚ますと、目の前には昨夜(?)の一件で気まずいゼノンと、首のない執事姿の何かが料理っぽい何かをお盆に載せて目の前に立っていた。


「うわぁぁぁー‼︎」


 ーー毎度毎度心臓に悪い‼︎


 まだ、魔族という存在に出会ってからそれほど期間が去っていないので、慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだった。


「おはようございます、魔王様」


 二体が声を合わせて頭を下げる。


「あ、ああ。おはよう…て言っても今が夜なんだか朝なんだかはよくわからないけど」


 窓の外、明けることのない夜空を見ながら公平は言う。


「それで、ゼノン君。そちらの方は?」


 首のない執事っぽい何かを見る。


 ーーたぶん、魔族ではあるんだろうけど…


 ゼノンは、はい、と言うと、彼の紹介を始めた。


「この者は、今後魔王様の身の回りのお手伝いを担当する侍従の、デュレストという者です。」


 デュレスト、と言われた首無しの侍従が再び頭を下げる。

 といっても、首から上がないのでそのような気がするだけだが。


「お初にお目にかかります、魔王様。

今後は私が魔王様の身の回りのお世話を担当させていただきます。

なんでもお申し付けください。」


 ーー彼はどこから声を出しているんだ?


「…ああ、よろしく頼むよ、デュレスト君」


 身の回りの世話、という言葉に公平はなんとも言えない気持ちになる。


 ーーなんだか、いきなりスターか貴族になった気分だなぁ。まあ、魔王、っていう位だから本当に王様なんだけどさ。


「照れるね、ははは」


 ーー本音を言えば、メイドの方が良かったんだけどね…


 ゼノンは一瞬首を傾げたかと思うと、魔王様、と言い、隣のデュレストに何やら指示をした。

 デュレストは一つ頷くと、いつの間にか用意されたテーブルの上に、持っていたお盆の上の何かが入った食器類を並べていく。


「魔王様、お食事をご用意いたしました。どうぞ召し上がってください。」


 ゼノンがテーブルの方を示しながら言った。


「こんなことを言うのはなんだけど…いいのかい?」


 昨日のこともあるしーーと言外に含ませる。

 すると、ゼノンは公平の方へ向き直り、咳払いを一つすると口を開いた。


「確かに私にも思うところはあります。ーーしかし、魔王様がどのような判断をしようにも、私たちがどのような対応を取るにしても、まず貴方様が回復しない限り、どうにもできないのですから、魔王様の体調が良くなるまでは気兼ねなく、おくつろぎください。」


 ゼノンの言葉に、公平は、すまないね、と言い、テーブルについた。


 ーーさて、この世界に来て初めての食事か。

食糧難だそうだし、いったいどんなものがーー


 テーブルの上に並べられた食器には、それぞれ色違いのゲル状の物質が乗せられていた。


 「えーと…これは食べ物なんだよね?」


 もちろんです、とゼノンが頷き、その隣でデュレストも頷くような動作をする。

 公平は目の前に置かれた先割れスプーンを手に取り、三つ置かれた皿の内、赤い何かが入ったもの引き寄せ、中身を掬う。


 ーーなんだかドロッとしていて、とても食べ物には見えないんだけれど。


「ちなみに、これはなんて言う食材を使った料理なのかな?」


 公平は側に控えていたデュレストに尋ねる。


「はい、これは赤スライムを使用したスープです。」


 ーーなんだって?


「すまないデュレスト君、よく聞こえなかったから、もう一度いってもらえないかい?」


 公平は額を抑えながら言う。


「はい。こちらは赤スライムを使用したスープです。」


 デュレストの言葉に公平は、からーん、と器の中に先割れスプーンを落とした。


「す、スライム?」


「はい。それも魔王様に元気になっていただくのだ、と張り切ったガノイ達が先ほど迷宮にて仕留めたものです。」


 今度はゼノンが補足で説明した。


 ーーしかも新鮮ーー!


「赤スライムは出現率が低く、なかなか得ることのできない高級食材ですので料理長が腕によりをかけて調理した一品なのですが、お気に召されませんでしたか?」


「…いや、俺のいた世界では見たことがなかったから、驚いただけだよ」


 そう、驚いただけだ、と公平は必死に言い聞かせる。

 すると、デュレストは、ああ、と頷き、


「確か、魔王様は異世界…からいらっしゃったのですよね?」


 と言った。


「ああ、そうか。すっかり失念していたけど、俺はまだ初対面の君に異世界から来た話はしてなかったな。どこで知ったんだい?」


 スライムスープを見ないようにしながら話す。


「はい、魔王様がお休みになっている間にゼノン様から一頻りは。」


 会話を聞いていたゼノンが肯定したので、そっか、と公平は頷く。


「それは他の魔族も知っているのかい?」


「はい、もちろんです。」


 ーーということは多分俺が元は人間、と言っても気持ち的にはまだ人間だけど、そういったところも知られているんだろうな。


 会話が途切れると否が応にも目の前の食事に目を向けざるおえない。

 公平は、意を決して器の中に落とした先割れスプーンを手に取った。


 ーーひたすら赤いな…辛いのかな?


 正直に言うと全く食欲は湧いてこないが、わざわざ取って来てもらったのだから残すわけにはいかない、と意を決して一掬い目を口に運ぶ。


「うっ…」


 ーー…い、田舎のカーチャンが作った砂糖入れすぎの南瓜の煮付けより甘い…


 視覚情報から予想された味と、実際の味が違いすぎて公平の脳が混乱する。


「いかがなさいましたか?」


 その様子を見ていたゼノンが、公平に尋ねる。

 公平は慌てて口の中のスライムを飲み込んだ。


「このスープが甘くてびっくりしただけだよ。ははは。」


 笑ってごまかす。


 ーーまあ、甘さにびっくりしたけど、それを除けば味は悪くない、かな?…でも、喉越しが最悪だー。


 どろりとした物質が、まだ喉の奥に残っている気がする。


「そうですか。赤スライムは今のこの魔王領でとれる唯一の甘味ですので、ガノイ達がきっと魔王様に喜んでいただけるとはしゃいでおりましたが…どうでしたか?」


「え、うんオイシカッタヨ。」


 ゼノンの言葉が、ちょっと位残してもいいかな、と考えていた公平の逃げ道を塞ぐ。


ーーええい、ままよ!


 公平は先割れスプーンをテーブルに置き、食器の両端を掴むとそのまま一気に煽った。

 ドロドロとしたスライムスープが、口の中を経由して食道にゆっくりと流れていく。


 ーー…水…


 公平はテーブルに置かれたコップに手を伸ばすと、その中身を仰ごうと口の近くまで運ぶが、中身が透明だが先ほどのスライムスープと同じようにゲル状の物質であることに気づき、咄嗟に腕を伸ばした。


 ーー危なっ!


「…デュレスト君。これは?」


「スライムの絞り汁でございます」


 やっぱりか、と思いながらコップの中身を見る。


「…この世界にはスライム以外に食料とか水はないのかい…?」


 公平の素朴な疑問に、ゼノンが答える。


「いいえ、この世界にはもっとたくさんの種類の食料や、水もあります。しかし、ここ魔王領では食料はもちろんのこと、水もほとんどとれません。

我々は危険を冒して迷宮に潜り、低階層にて水分や、栄養を摂ることができる魔物を狩り、食すことで生計を立てています。」


 もっとも迷宮に潜れる者が少ないので、当然得られる数も限られていますが、と続ける。


「今の時期は、密林を開拓して作った畑の作物もまだ成長途中ですので、食事は魔物がほとんどです。」


 スライムはその中で最も美味な魔物です、というゼノンの言葉に公平は、ごくり、と唾を飲んだ。


 ーー美味、か。これが美味しいってことは相当資源が不足しているんだろうな。


 改めてこの魔王領の食料不足を実感した。


 ーー今すぐにでもなんとかしたいけど、そんな知識なんてないし、人間を襲うのもな…


 そんな事を思いながら、コップの中身を一口飲む。

 スライムスープと違い、スライムの絞り汁は喉に残るものの、スッキリとした味わいであった。

 違いは色であろうか、とそんな風に思いながら、公平は二つ目の皿を取った。


「そちらは黄スライムの丸焼きです」


 デュレストが尋ねる前に言った。


 ーーやっぱりスライム…って焼いたの⁉︎ どうやって⁉︎


 先ほどのスライムスープと色以外見分けのつかない黄スライムの丸焼きに手をつける。


 ーー流石に甘くはないだろうが…


 黄スライムの丸焼きは噛む事なく喉を流れていく。

 味は味付けのされていない生卵に似ていた。


 ーーこれはまだ食べられるな。…実際の生卵よりも喉越し最悪だけど。


 公平は順調に食べる、というより飲み干し、二つ目の皿を空にすると、最後の皿を手元に引き寄せた。


「そちらはスライムのーー」


「いい、いい。言わなくて大丈夫だから」


 デュレストの言葉を途中で遮る。

 最後は青色のスライム料理であった。


 ーーさっき言葉を遮る前にスライムの、と言っていたからこれが普通のスライムっぽいな。…結局最後までスライムか…


 なんとも言えない気持ちで公平は最後のスライム料理を口に運ぶ。

 最後のスライム料理はーー味がしなかった。


 ーーないのかよ‼︎







 

 

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