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幕間1 対魔族人類連合会


 バーリシア王国首都メルネロス。

 ここでは、現在魔族に対抗するために組まれた対魔族人類連合の総会が開かれていた。

 これは、新たに誕生した魔王に対しどのような手段を講じるか、を目的に緊急的に開かれた国家間会議だ。

 参加しているのは開催国を含め、世界にあるほぼ全ての人類の住む国である。

 中でも、最も力を持つ、モルキーノ連邦の代表、外交官のポルネが口を開いた。


「新たな魔王が誕生した、というのは本当かね?」


 その問いかけに、今回の総会を緊急で開いた国である、バーリシア王国の王、ゲルマ13世が頷く。

 その隣で臣下の男が立ち上がり、詳しい説明を始めた。


「各国に配られた、魔王探知用水晶に反応がありましたゆえ、反応があった場所に偵察用の部隊約1000名を向かわせたところ、メールの丘にて、魔王の存在を確認いたしました。

その際、同部隊が魔王討伐を目的とした戦闘を開始しましたが、敵魔族部隊約500名との混戦の最中に、魔王は逃亡。

魔族部隊も少数を残し、魔王領まで撤退しました。」


 説明が終わると、男は一礼し、席に座る。

 信じられんな、と誰かが言い、その声を皮切りに室内がざわざわとし始める。


 その様子を見ながら、ポルネは静かに思考を巡らし始めた。


 ーーふむ、渡された資料を見る限り、魔王が新たに誕生したというのは事実らしい。

だが、魔王族は今から30年前に滅びた筈だ。生き残りなど聞いたこともない。


 魔王領には現在、最後の魔王がその命を使って張った結界のせいで人間は立ち入ることができない。

 だが、入らずとも、中の様子を見る手段をこの連邦国は持っていた。

 であるので、魔王族が既に滅びたことも把握済みであった。

 厄介なことになった。そう思いながら室内を見回す。


 ーー慌てているな。


 過去、どの文献を当たっても魔王が一年以上不在であった事はなかった。

 であるので、どの国も情報の裏付けが取れないにしろ、魔王族が滅びたことを確信していた。

 となれば、次に問題となるのはその領土の所有権だ。

 今この場にいる国々の代表達は皆、魔族と戦うために国家間の不可侵、戦争の禁止を掲げているが、内心はあの土地を我が国の物とするため、様々な策謀を巡らせていた。


 ーーかくいう、我々連邦国もあの土地を手にするため、事前調査も、立案も、いついかなる時でも出陣できるように人員も用意していたのだが、事ここに至ると若干の修正が必要だな。


 どの国も太陽の恵みを失い、魔族にとって絶対的な魔王を失い、衰退していく魔族など、眼中になかった。

 それどころか、魔族が滅びると同時に国同士が争いになるであろう事は明白。

 戦いを有利に進めるために裏で手を回したり、国境付近に防壁や拠点を設置していた国まであった。


 ーーあの領地にある鉱山や、迷宮は他のどの地域に比べても圧倒的に多い。

魔族のような脳なし共に渡しておくには惜しいものばかりだ。


 魔族といえば、獰猛で野蛮であるという認識のポルネは更に思考の海に沈む。


 ーーおまけに奴らは道具を使う、ということの意味を知らない。

少々の知識や思考で猿レベルの事はできるようだが、大半が防具もつけずに素手での戦闘、もしくは簡単な鉄製の武器で戦ったそうじゃないか。


 ポルネは馬鹿にしたように、鼻を鳴らした。


 ーー所詮は力しか能のない種族。先代の魔王が下手な悪あがきをしなければ遠の昔に滅ぼしていたものを。


 記録上の先代の魔王のしでかした事を思い出し、忌々しい気持ちになる。

 

 ーーその上今になって新たな魔王だと? しぶといにも程がある。


 ポルネは一頻り考えた後、思考の海から浮上し、この国の王、ゲルマ13世に向き直った。


「ときにゲルマ殿、貴殿はメールの丘で魔王を取り逃がしたそうですが、魔族とはいえ、二倍の戦力差と当代随一の魔術師の、ええっとーー行き遅れ姫、でしたかな?

彼女を部隊に加えていたのに、魔王の討伐に失敗したのですか?」


 ポルネが嫌味たっぷりに言うと、ゲルマ13世は目を釣り上げてポルネを睨んだ。


「…確かに、戦力差は明白。サリアまで投入していたにも関わらず、失態を犯したことは認めましょう。」


 ゲルマ13世が、ぎり、と奥歯を軋ませながら答える。


「しかし、過去、どのような事例を漁っても魔王が人間の領土内で誕生したという例はありませんでしたので、ある意味仕方のない結果かと」


  仕方のない結果、ね、とポルネが呟く。


「そもそも、魔王は本当にメールの丘で誕生したのですか?」


「…どういう意味ですかな? 30年も反応がなかった水晶が、突然反応し、あの場所を示した。

この事実を考慮すれば、魔王があの場所で誕生したことは明白ではないですか?」


「確かに、そう考えれば魔王はあの場所で誕生したことになります。

しかし、もし、それ以前に水晶が反応していたにも関わらず、それを確認していなかったとあれば、話は変わってくると思いますが?」


 な、とゲルマ13世が声をあげる。


「我らが手を抜いたと言いたいのですか⁉︎ そんなことは、絶対にありえません! それにあの水晶は各国にも配られております! 貴方の国でも同じように反応があったのではありませんか?」


 確かに、とポルネが頷く。


「ならばーー」


 しかしながら、とポルネはゲルマ13世の声を遮った。


「あの魔王探知用水晶は、魔王のいる場所に近ければ近いほど精度を増しますゆえ、我々モルキーノ連邦の大地までその信号が届かなかった可能性もあります。」


 言外に、魔王領に最も近いバーリシア王国には届いていたのではないか、というニュアンスを含ませる。


「言いがかりだ! どこにもそのような証拠はない!」


「証拠はありませんが、前例があるではないですか」


「なんだと⁉︎」


 ポルネが皮肉っぽく、にやり、と笑った。


「メールの丘よりもさらに南、マーガ密林は30年前、バーリシア王国の領土だったにも関わらず、消耗した魔王を前に油断し、みすみす奪われたのではありませんでしたかな?

今回も先代の魔王の死から随分と期間が空きました故、また油断したのでは?」


「なっ!」


 ゲルマ13世は怒りのあまり、顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせた。

 その様子を見ながらポルネがさらに畳み掛ける。


「あの時あの土地を奪われなければ、持って数ヶ月とされていた魔族達の寿命を、今の今まで伸ばすことも、先代の魔王にこのような面倒な結界を張られることもなかったのではありませんかな?」


 ポルネのこの発言をきっかけに、ゲルマ13世との間での応酬であったこの会話に、他国の代表が介入し、会議は一層紛糾しだした。

 結局、この総会では、新たな魔王に対し対策らしい対策が立てられることなく、結界が壊れてから討伐すればいい、という消極的な結論を出して終了した。


 












「くそぅ!」


 対魔族人類連合の総会が終了し、自室に戻ったゲルマ13世は、自身の座っている玉座の肘掛をこぶしで思いっきり叩いた。


 ーーモルキーノ連邦の若造め! 恥をかかせおって!


 ギリギリ、と奥歯を噛みしめる。


 ーー外交官の分際で朕を''ゲルマ殿''だと⁉︎ その上臣下ではなく朕に直接話しかけるなど言語道断! 朕の心が広くなければ処刑ものだぞ! そこまではまだ朕も許せたが、その後の、まるでこちらを落とすような発言はゆるせん! 重ね重ね無礼な奴だ‼︎


 何度思い出しても腹立たしい、そうゲルマ13世が思っていると、扉をノックする音が響いた。


「誰だ‼︎」


 ーー朕は今不機嫌なのだ!


 苛だたしげな色を声に乗せて問いかけると、扉の向こうから女の声が聞こえた。


「父上、私です。」


 それはこの国の第一王女、サリア・バーリシアのものだった。

 ゲルマ13世は、その事を認識した途端、先ほどまでの怒りは何処へやら急に機嫌をよくし、サリアを室内へ呼び寄せた。


「おお、我が娘よ。愛しのサリアよ。よく無事にあのメールの丘から帰還した!」


 そして、ゲルマ13世は立ち上がり、そのままサリアの元へ腕を大きく広げ向かうと、がばり、とサリアを抱きしめた。


「父上…申し訳ありません。私があの丘で魔王を取り逃がしたせいで…」


 申し訳なさそうにサリアが言う。


「良いのだ、良いのだよそのような些事。

失敗は誰にもあることだ。

朕はお主が無事に帰ってきただけで嬉しいのだ。

魔王は次の機会に倒せば良い。」


 ゲルマ13世は鷹揚に頷くと、サリアを解放した。


「父上、ありがとうございます。

次こそは父上の期待に応えられるように頑張ります。」


 ゲルマ13世は頷くと、疲れただろう、といいサリアに自分の部屋に戻るように指示した。


 再び一人になった室内でゲルマ13世は満足そうに笑い出した。


 ーーそうだ、朕には最強の魔術師サリアがおるではないか!

今回こそ失敗したが、あれがいれば、魔王を討伐し、あの魔王領も手に入れることが出来ようぞ!


 室内にゲルマ13世の高笑いが響き渡った。

















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