1話目 その男、保田公平
やあ、諸君!
俺の名前は保田公平。
年齢33歳、顎髭がチャームポイントのダンディなイケメンサラリーマンのお兄さんだよ!
大事なことだから二回言おうーーお兄さんだよ!
さて、今俺は部下の田中を連れて、新規事業のためにうちの会社の取り引き先に向かっている。
取引相手はやり手女社長の池中京子!
気合いを入れてかからなければ、こちらから持ちかけた商談など、あっという間に向こうに有利に進められてしまう。
とんでもない相手だ。
そしてーーそのお姿もとんでもない‼︎
気の強さを感じらせるその美しい顔!
ブラウスのボタンが埋もれるほどの爆乳!
細いくびれに、さらにそれを強調するかのようなセクシーな尻!
ーー最高だろ‼︎ おまけに池中女史は今フリーらしいからな!
公平は無意識に拳を天に突き上げた。
「…何してるんすか、先輩?」
部下の田中が、上司の突然の奇行に疑問の声を上げるが、公平は無視して自分の世界の深みにはまっていく。
まずは商談を今日中にまとめ、池中女史をさりげなくディナーに誘う。
この日のために、この後に入っていた仕事を全て別の日に割り振るか前倒しにして片付けることで予定を空けたし、OKもらえたらすぐに予約を入れられるレストランもチェックした。
作戦に抜かりはない。
ーーあとはきっちり商談をまとめ、彼女の心をゲットするだけだな‼︎
「あのー、せんぱ…」
「田中ぁ‼︎」
公平は突然首を180度曲げ、後ろにいた田中の方を向いた。
「は、はいっす!」
田中は驚きのあまり返事とともに敬礼した。
「いいか…今回の取引相手は強敵だ。気を引き締めて向かうぞ!」
「了解っす‼︎」
田中の返事によし、と頷き公平は無駄にかっこいい顔をして正面に向き直り一歩を踏み出した。
すると、
「ーーへ?」
目の前の風景が、ビル群から一転して青空と草の一本も生えていない不毛な大地に変わっていた。
ーー何が起こったんだ⁉︎
ばっと後ろを振り向くが、後からついて来ていたはずの田中がいない。
なんだよ。
なんだよこれ。
「…夢か…これ?」
頬を抓る。痛い。
紛れも無い現実だ。
「は、ははは…どうすんだよこれ?」
何もない不毛な荒野の前に、公平はただ笑うことしかできなかった。