第1話――図書学園へ――
――ピ、ピピ、ピピピ、ピピピピ、ピピピピピピ....
徐々に大きくなる音に、うっすらと意識が戻り、少しずつ目を空ける。開けた先にはいつもの光景。
背の低いテーブル、そのさきにはテレビ。テーブルの上には目覚まし時計と、テレビのリモコン、飲みかけの水。
寝起きですと言わんばかりの枯れた声で呟く。
「朝...あ。今日からか...。あああ、緊張する。」
ふと、喜ばしい表情を見せるが、瞬時に緊張した表情に切り替わり。頭をわしゃわしゃかく。
「真白!あんた今日から図書学園でしょ!早く準備しないさいよ!ご飯もそろそろできるわよ!」
一階のリビングから、男の声なのに、女口調で怒鳴り声。
真白「わかってるよ!...もー.....わかってるって。」
気だるさそうにムクリと体をお越し、両足だけをベットから離脱させ、最後の最後までベットから出たくない雰囲気を一人、真白は誰も見ていないのにアピールする。
真白「はぁ......おはよう...」
深いため息のあと、眠さが残っているのか、首を下に向け、シャランと揺れ落ちる指輪の付いたネックレスを見つめながら、朝の挨拶をいつも通り行う。
―――トッ...トッ...トッ...トッ...。
あたかも、階段を降りた先には死が待っているかのような面影を背負いながらゆっくりと、嫌そうに一階のリビングに向かう。
―――ガチャ。
真白「おはよう、兄貴」
リビングに着き、ドアを開けた先には真白の兄、大輔が朝ごはんを作っている。
身長も高く体つきも良い。爽やかな短髪に、キリッとした眉、お洒落なアゴヒゲ。それでいて優しそうな目付き。家事もこなし、しっかり自分を持ち、いかにもイケメンそうな雰囲気があるが、真白が物心付いた頃には、理由はわからないが口調が女女しく、お姉系になっていた。
大輔「ソウルオン。」
そう呟くと、大輔の前にフワフワと浮く赤い本が出現する。
大輔「あとは暖めてっと...ファイヤー。」
ファイヤーと大輔がいい放った瞬間、パララララと本のページが勝手に捲れ、なにもなかった鍋の下から、少しずつパチパチと火が音をたてながら出現する。
真白はその光景をいつも通りに眺め、白くボサボサの髪の毛をかきむしりながら、大きくアクビをし、大輔の本に視線を送る。
真白「兄貴わさ、自分のブックの属性が分かる時、どう思った?」
大輔は唐突な質問に少しキョトンとし、クスッと鼻で笑うと話し出した。
大輔「そうねぇ、最初は正直びくびくしてたは。生涯ずっと共にするソウルブックだもの。属性ってさ、生まれた時からある【意志】できまるじゃない。私はどんな意志を持って生まれてきたんだろうって、ずっとモヤモヤして落ち着かなかったわ。」
大輔「ソウルアウト。」
何処からともなく現れた本は、スッと大輔の前から姿を消す。
大輔は懐かしそうに、目線を遠くに向け、少しクスリと笑って見せる。
大輔「なによ、急に。あんたも、もしかしてびびってるわけ?」
スープを混ぜる為に使っていたオタマをスッと真白に向け、少し冷やかすような口調で問いかける。
真白「んだよ...」
真白はキッと目を大輔のソウルブックから離し、大輔を睨み付ける。
真白「俺さ、生まれたときから見た目もこんなじゃん?。」
自分の真っ白な髪の毛をチョンッとつまみながら続ける。
真白「特にいままでも、自分がなりたい夢とか目標とか無かったし。何かに執着することもなかったし。そんな俺だけど、ソウルブックは何の属性なんだろうって思ってさ。」
少し不安気に言うが、どこか期待した表情にも見える真白。
真白「自分はなんなのか、なぜ生まれて、いまこうして生きてんのか。そのへんが少し気になるッつーか、何て言うかな....。どんな【意志】が俺にはあんのかなーって」
前髪をネジネジと捻りながら、椅子を前後に揺らしつつ、真白は考え込む。
大輔「なーにあんた、やあねぇ朝からシリアスになって。まあでも、気持ちは分からなくもないわよ。たしかにソウルブックは存在理由、存在価値がわかるーとか言われてるけど、人間ソウルブックが全てじゃないと思うわよ。」
真白を勇気付ける言い方に、すこし自分の気持ちも入れ込むように、口元はクイッと斜めに上がり半分は笑顔を見せるが、目はどこか、悲しげな雰囲気が垣間見れる。
――カタンッ。
大輔「ほら、できたわよ。」
この話から逃げるように、出来上がった朝食を二人の間に並べる。
大輔・真白「いただきまーす。」
大輔「あんたそういえば、もし図書学園でいじめられたりしたら私にすぐ言うのよ。」
普段は優しい目付きの大輔が、キリッと目元を鋭く尖らせ、
ギリギリと歯をネジ磨りながら真白に忠告する。
大輔「ほら、あんた見た目そんなだし、目立つでしょ。なにかあった暁には...一人や二人。あんたのために犠牲に....」
――ミシシ...
朝食に使っていた大輔のお箸が今にも折れそうなぐらいにグググと曲がり、真白に助けを求めるようにギシギシ音を鳴らす。それに気づいた真白。
真白「おーい、既に兄貴のゴツイ筋肉で犠牲者がでそうだぞ。心配しすぎだって。もう慣れてるし。なんとも思わねーよ。」
大輔が我に帰り、ハッとした表情で悲鳴を上げていたお箸から力を抜く。
真白「兄貴って分かりやすいよな。すぐ熱くなる所とか、僕のソウルブックは火属性です。って言ってるみたいでさ。」
大輔「あらやだ、私が短気見たいな言い方やめてくれる?たしかに火属性のソウルブックだけど。」
ぷんぷんと腕を組、プイッと首を曲げる大輔を見て、真白は笑いつつ、首に付けているネックレスを手に取り細々と呟く。
真白「俺のソウルブックは....」
ワクワクな気持ちと、少し不安な気持ちを両方混ぜてネックレスをギュッと握る。
真白「んじゃ、そろそろ行くわ。」
大輔「うん、いってらっしゃい。」
どこか、悲しそうに見えた大輔の 見送りに、ややモヤモヤする気持ちを残しながら家を出る。
――真白は今年15歳になった。。15歳になると、人はみな図書学園に入学し、正式な儀式の元、ソウルブックを初めて出現させることができる。初めて手にするとき、自らの属性を知ることができ、そのソウルブックの正しい知識を得るため、三年間の図書学園入学義務が法で決まっている。――
図書学園に向かう最中、外を出るにあたって、気がかりな事が真白にはある。
真っ白な髪の毛。肌の色。淡く薄い赤い瞳。
原因はわからないが、真白は生まれつき他とは違う容姿なため、何処に行っても注目を浴びてしまう。
望月真白【モチヅキマシロ】
言うまでもない、両親はこの容姿をそっくりそのまま名前に取り入れたのだろう。
実際歴史上で、真白のような容姿を持つものは存在しなかった。周りからしたら注目せざるおえないのは当然。しかし、真白からしたら良い迷惑なのだ。
真白が横断歩道の信号に捕まり、ボーッとしている頃。聞き覚えのある、不愉快な声が聞こえてくる。真白はその声に振り替えることすらせず、またかと言わんばかりの深いため息と同時に下にうつ向く。
「見ろよ!白髪のおっさんが図書学園の制服きてるぜ!コスプレかあ?」
ハハハハと笑う、三人の耳障りな声を、まるでそこに誰も存在していないかのような慣れた表情で真白は信号が青になるのをただただ待つ。
「見た目も真っ白で、名前も真白って、ハハハ」
このやたらちょっかいを出してくるいかにもオラ付いた見た目の男は、真白の家から歩いて5分程の金持家の息子。金橋誠【キンバシマコト】。
名前にも金という字が入っている筋金入りのお坊っちゃんだ。
幼い頃からやたらとちょっかい出してくる。何度か殴り合いにもなったが、いつも引き分け。
真白は幼い頃から、どうしても見た目が目立つために、いじめの対象になりやすかった。それを知った兄貴、大輔が俺を鍛えてくれた。
一件白く、喧嘩などには無縁そうに見える真白だが、体つきも良く、運動神経も人並み以上だ。
信号が青になり、金橋を無視し続け、歩き出す真白。
完全な塩対応にカチッと来た金橋にスイッチが入り、おいッと、怒鳴り声を上げて真白の肩をわし掴む。
真白「はあ.....」
やるせない吐息をはきつつ、肩を掴む金橋の手をグイッと捻り、体を強く突き放す。
――ドンッ
真白は赤子をあやすような慣れた目線を金橋に送りながら言う。
真白「おまえって本当しつこいよな。まさか脳ミソまで金で買ったやつじゃねーよな?」
蔑むように金橋に浴びせた罵倒は、金橋を更に憤怒させ、額に血管を浮かび上がらせながら大きく腕をあげた、その時。
――ドンッ。
「キャァ!」
大きく後ろに仰け反り、怒りに震え上げた金橋の腕が後ろに歩く一人の女の子に当たってしまい、女の子は不意な一撃に直撃してしまい、道路側に大きく仰け反ってしまう。
―プァアアアアア!!
女の子の仰け反った車線には不運にも車が近くまで来ていた。
近寄る車を唖然と見つめる彼女は、あまりの唐突な出来事に思考が働かずその場に立ち尽くしてしまっている。
真白「おいッ!くっそ、、、!!」
真白は後数秒には引かれてしまいそうな彼女を見て、自分が持つ全力を出し、彼女を抱き寄せ、反対車線へ飛び込んだ。
まさに間一髪、真白の瞬時の判断が無ければ女の子は無事では済まなかったろう。何が起きたか把握できずにいる彼女は、カタカタと肩を震わせ、荒い呼吸をハアハアと繰り返す。
真白は、今だかつて、金橋には見せたことがない、怒りに満ちた目線を向ける。
真白「もう辞めようよ。」
赤い目付きをギロリと金橋に向け、わかるだろ?と言わんばかりの真白の気持ちを全力で表情に出している。
その表情を見、自分がしてしまったことを理解しつつも、金橋は自らのプライドを捨てきれず、真白に言う。
金橋「おめーがシカトすっからだろ!なんだその俺の責見たいな顔!ああ!?」
真白はその金橋の発言に、だめだこいつは、と言わんばかりの表情を残し、すかさず金橋に突き飛ばされた女の子の所により、震えた肩にフワッと手を置く。
真白「ごめんな、俺のせいで....。大丈夫?」
悲しそうに、申し訳なさそうに女性に心配の声を呟く。
女の子「あ、ありがとう。助けてくれて。」
今にも大事故に巻き込まれそうだった女の子なのだが、真白の白く、綺麗な顔立ちが近かった為か、女の子はやや恥ずかしそうに顔を仰け反り、感謝を伝えた。
女の子は真白の図書学園の制服に気付く。
女の子「あ、貴方も図書学園に行くの?」
真白「ああ、うん。君もか。よろしくね。」
真白はそう言うと、じゃあねと手を振り図書学園に向かって歩き出す。
女の子「あっ、あの。」
なにか言いたげな表情の彼女は小さな声で真白に言うが、真白は気づかずにそのままスタスタと歩いていってしまう。
金橋「ッチ、真白の野郎。」
ボソッと苛立ちを見せながら、危機に追いやった女の子の隣を何事もなかったように通り過ぎ、ぶつぶつと真白の悪口を言いながら歩いていく。
女の子「.....。真白、って言うんだ。」
ボソッと呟いた女の子の声には、暖かく、何処か嬉しそうな感情が混じっていた。
真白は図書学園に向かう途中。先ほど出会った女性の制服を思いだし、後悔していた。
真白「ここ何処だよ....」
先の出来事があったせいで、前日に迷わぬようにと調べておいた、図書学園の道のりが、頭の中から無くなっていたのだ.....。