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太陽のような君へ  作者: ひで
小学校編
16/55

遠足

 今日は遠足の日だ。

 維織と集合場所に着くと栗山が楽しそうに歩き寄ってくる。


「おはよう」

「……おはよう」

「おはよう、晴れて良かったな」

「うん。空中アスレチックだよね。楽しみ!!」

「そうだな。でも栗山は見学だろ?」

「そ、そうだけど……。二人と遠足に行けるってだけで私は楽しいから」

「確かにどっかに行くのは初めてだからな」


 栗山も俺たちに敬語を使わないくらいには打ち解けてきた。


「ところで、白瀬さんどうしたの?具合悪いの?顔色悪いよ」


 維織の顔は暗く目は虚ろだ。


「維織は高所恐怖症なんだよ。だからアスレチックとか苦手なんだ」

「そ、そうなんだ。先生に行って私と一緒に見学にしてる?」

「大丈夫よ……多分。昔、一度観覧車に乗ったこともあるんだから」

「いや、あの時も無理して乗ってずっと俺の腕に掴まって震えてたじゃん」

「……覚えてないわ」


 維織は顔を逸らしながら言う。


「まあ無理だったらちゃんと言えよ」

「大丈夫だって言ってるでしょ」


 維織の意地っ張りは昔から変わらない。

 すると、先生からの集合がかかりバスに乗り込む。


「博人だってバスの中では大人しくしときなさいよ。バス酔いするんだから」

「今日は酔い止め飲んできたから大丈夫……だと思うけど。まあ大人しくしとくよ」

「駒井君、バス弱いの?」

「ああ、電車はいけるんだけど、車とかバスとかの揺れる系はちょっとな……。栗山はそういう苦手なものとかないのか?」

「苦手なもの?う~ん……高いところも大丈夫だし車酔いもしないから……。あっ、でもお化けとか虫とか苦手かも」

「俺も無理だ……。お化け屋敷とかホラー番組とかあんなのいじめだろ。あと虫は生理的に無理」

「そうね。あれは法律で取り締まるべきよ。虫もすべて駆除してほしいわ」

「……二人とも苦手なもの多いんだね」


 栗山の少し呆れた声と共にバスが出発し遠足が始まった。

                   ・

                   ・

                   ・

「おっきい~!!」

「へえ、結構でかいな」

「……」


 アスレチックはなかなかの大きさだった。

 綱を登ったり丸太の橋を渡ったりする所もある。

 俺たちが話している横で維織は顔を引きつらせている。


「……無理すんなよ」

「む、無理じゃないわ」


『嘘だな』


 先生からの説明が始まる。


「一組の人から順番にアスレチックに登ってもらいます。安全ベルトは着けてもらうけど絶対に上ではふざけないように。じゃあ一組の人立って」


 俺たちは一組なので先生についてアスレチックの下まで行く。


「頑張ってきてね~」


 見送ってくれる栗山に手を振ってアスレチックの下まで歩いて行く。

 そこで担当のおじさんにベルトの付け方、アスレチックをする際の詳しい注意事項を聞く。


「維織出来るか?」

「で、出来るわよ」


 そう言いながらも手が震えていてなかなかベルトが金具に通らない。


「ほら、貸して」

「……」


 意地を張ってベルトを渡さないので取り上げてさっさと付けてやる。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 おじさんの説明も終わり名簿順に登り始める。

 俺、維織の順番だ。

 維織は平気そうな顔をしているが身体は正直に少し震えている。


「……大丈夫か」

「だ、大丈夫だから早く行きなさい。つ、次、博人の番よ」

「分かってるけどさ。……昔のお化け屋敷みたいに二人で手を繋いで行くか」

「な、なに言ってるの?そんな恥ずかしいこと出来る訳ないでしょ」


 そう言いながらも維織は自分の中で葛藤しているようだ。

 そして答えが出たらしく、少し俯き気味に俺の顔を見る。


「……いいの?」

「維織がいいならな」

「……お願いします」

「分かった。その代わり暴れるなよ。維織が暴れたら俺も一緒に落ちるから」

「落ちっ――。わ、分かったわ。が、頑張る」

「別に頑張ることでもないんだけど……」


 俺は維織の手を握り登りだす。


「ひ、博人。できるだけゆっくり歩いて。は、速い」

「いや、結構ゆっくりだけど……。なるべく下見ないようにして落ち着いて歩いたら大丈夫だって」

「だ、だって揺れるんだもの……」

「そりゃ空中アスレチックだからな。ほら栗山が手振ってくれてるぞ」

「そ、そんな余裕ないわよ」


 下を見ると栗山は楽しそうに手を振ってくれている。

 俺も振り返そうかと思ったが、それをすると落ちかねないので思いとどまる。


「でも栗山さん残念がってたわね」

「まあでもしょうがないだろ。理由が理由だしな」

「そうね……」


 俺たちは栗山から東京に引っ越した理由を教えてもらった。

 小さい頃に病気を患った栗山は家で倒れ、病院に搬送されたことがあるらしい。

 検査の結果、それがいわゆる不治の病であることが分かり、その病気のことに詳しい医者のいる東京の病院に移った。

 それから、東京の病院で数年治療した後、病気が少しマシになったことや京都にも治療が出来る病院が出来たということで戻ってきたということらしい。

 激しい運動にはドクターストップがかかっているため、普段の体育もずっと見学している。

 病院でずっと治療していて学校に通えていなかったため、今日は初めての遠足ということで両親と医師にお願いしていたらしいが駄目だったと悔しがっていた。


「まあとりあえず急ごう。後ろが詰まる」

「わ、分かったわ。ゆ、ゆっくりね」

                   ・

                   ・

                   ・

「し、白瀬さん大丈夫?」


 グロッキー状態で座り込んでいる維織を見て栗山は心配そうに聞く。


「……」


 維織は無言で首を振る。

 目にはちょっと涙が浮かんでいた。


「まあ、維織は頑張ったと思うよ。最後まで行けたんだし」

「駒井君も大丈夫?さっきから手を気にしてるけど」

「いや、維織がちょっと揺れたり不安定な所に行くとめっちゃ強く手を握ってくるからちょっと痛い」

「ひ、博人が握っても良いって言ったんじゃない」

「言ったけどまさかあんなに強く握るなんて思わないだろ」

「ふ、二人とも終わった人からお弁当食べてもいいって先生が言ってたから食べに行かない?」

「そうだな、お腹も減ったし。維織立てるか?手貸そうか?」

「……大丈夫よ。行きましょう」


『相変わらずの意地っ張りだな……』


 俺たちはスペースの空いている場所にレジャーシートを敷く。


「じゃあ、いただきます」

「いただきます」

「いただきま~す。あれ?駒井君と白瀬さんお弁当そっくりだね」

「私も美由紀さんに作ってもらっているから」

「美由紀さん?」

「俺の母さんの名前」

「へえ。でもどうして駒井君のお母さんに作ってもらってるの?」


 栗山が無邪気に聞いてくる。


「あ~……それはだな、えっと……」


 言うかどうか迷っていると維織があっさりと言ってしまう。


「私には親がいないから。だからお弁当は美由紀さんに作ってもらっているの」


 維織の言葉に胡桃が狼狽える。


「……えっ?ご、ごめんなさい……。変なこと聞いちゃって」

「別に栗山さんのせいではないわ。死んでいる訳ではないし。……死んだって別に構わないけれどね」

「維織!!……そうこと言うなって言っただろ」

「……ふん」


 空気が凍り付く。


「ご、ごめんなさい……」

「栗山は悪くないよ。まあ、そういうことだから。早く食べようぜ、お腹減ったよ」


 微妙な空気の中弁当を食べ終わる。

 午後は帰る時間まで自由時間だったので、俺たちは何をすることもなくぼーっとする。


「ちょっとトイレに行ってくるわ」

「分かった」

「行ってらっしゃい」


 維織が歩いて行くと栗山が話しかけてくる。


「さっきはごめんね。変な空気にしちゃって」

「大丈夫だって。あれは維織の言い方も悪かったしな」

「……さっきの話詳しく聞いちゃ駄目かな?」


 少し考える。


「……まあ、維織がこのことを俺以外に言ったことなかったから、多分栗山には言ってもいいんだろうな。ええと維織の言う通り母親の方は生きているんだよ。父親は維織が小さい頃に病気で亡くなったんだけどな」

「!! そうなんだ……」

「それで親一人子一人で生活してたんだけど……ある日維織のお母さんが出て行っちゃったんだよ」

「……どうして?」

「新しい恋人が出来たとかなんとかでな。お母さんが大好きだった維織は結構落ち込んじゃってさ。将来はお母さんみたいになりたいって言ってたのに今じゃ憎しみしか残ってないんだよ」


 栗山がポツリと言う。


「……悲しいね」

「……ああ。でも今はどうすることも出来ないからな」

「そうだね……」

「まあ、そういうことだから。維織にはあんまり言わないで――」

「聞こえているわよ」


 急に背後から声がする。


「ビ、ビックリした!!なんで後ろから帰って来るんだよ!!」

「博人が余計なことを言っているんじゃないかと思ってね。違うルートから帰ってきたのよ」

「ご、ごめんなさい!!私が駒井君に聞いたの。だから駒井君は悪くないんだよ」

「別にこのことは栗山さんに言うつもりだったからどちらでもいいわ。そのことよりも……」


 維織は俺を睨みつけてくる。

 完全に怒っている顔だ。


「私はあの人のことは好きじゃないわ」

「いやだってお前、昔は――」

「あの人のことは嫌いよ。今も昔もね」

「……分かった。悪かったよ」


『今の維織に何言っても無駄か』


「分かればいいのよ」

「ご、ごめんなさい。私が無遠慮に聞いたから」

「だからいいのよ。そういうことで私は博人の家にお世話になっているのよ」

「えっ?一緒に住んでるの?」


 維織は慌てて言う。


「い、一緒には住んでないわ!!ご飯をご馳走になっているだけよ!!」

「へえ、そうなんだ。ご飯までは何してるの?」

「博人と宿題をしたり本を読んだりかしら」

「いいなあ。楽しそう」

「良かったら栗山も遊びに来るか?何もないけど」

「いいの!?行きたい!!」

「いつでも来てくれていいからさ」

「うん!!」


 そこで先生から集合がかかりバスに乗り込む。

 席に座り窓の外の景色を見ているとバスが出発する。

 楽しかった遠足ももう終わりだ。

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