2002年：出会い
初夏6月。
有吉玲は、韓国ソウルにいた。
大手アパレル会社のバイヤーとして、月1度ソウルを訪れていた。
大学卒業後、親の希望で市役所で公務員として働いたが、デザインを専攻していた玲は、どうしても馴染めず2年勤務したのち退職。大学時代の友人が既に働いていたアパレル会社に口を利いてもらい、販売員から始め、去年やっとバイヤーの職を得た。
大学時代語学に興味を持ち、英語、韓国語、中国語ができる玲は海外バイイング※1の仕事を任された。
韓国でのバイヤーの仕事は基本夜中の仕事である。だから昼夜逆転するのだ。
午後からが自由時間で夜9時から朝5時までが仕事。
打ち合わせが入ると午前中までかかることもある。
それでもやりたいことができる、希望通りの職種である。
恋人である金賢宇(김현우)は、韓国のシューズメーカーで働く5つ年上の韓国人。仕事を通して知り合った。もうすぐプロポーズを受けるのではという期待も持てるほどの仲だ。
仕事もでき、恋人にも会え、一石二鳥の状況だ。
その日、大学時代の友人、同じ大学に通っていた元韓国人留学生の恩英(은영)と会うことにした。
その後ヒョヌと夕食を共にするため、ソウル・チョンノ※2で待ち合わせをした。
3時にウニョンともチョンノで待ち合わせ、カフェでとりとめのない会話をした。
最近、これといってパッとしたことのないウニョンは、占いに行こうか、お祓いをしてもらおうか悩んでいるという。
「久しぶりに慶福宮※3でも行こうか。パワースポットでパワーをもらって、運を良くしようよ！占いは気休めになるかもしれないけれど、空気をもらった方が良いと思うよ」と、玲は、慶福宮へ誘った。
夕方4時の慶福宮。
観光地でもあるこの場所は外国人や小中学生で賑わっている。
玲がソウルに初めて訪れたときにもここにきて、風水的なものを感じ、それから時間があるときには必ず来るようにしている。
今日も外国人韓国客や地方から来ていると思われる子供たちがたくさんいた。
それでも夕刻。もう人は少ない。
「ウニョン、ここがこの場所一番のパワースポット。立って写真写してあげるよ」
玲たちは大学生のようにキャーキャー日本語で騒ぎながら歩いていた。
日本語で話している玲たちを子供たちが好奇の目で見る。
「こんにちは～」と言われたので、
玲が振り返ると、「キャーーー」と子供たちは逃げる。
「뭐야???何？？」
韓国語で返した。
子どもたちが止まる。
「あ、韓国語できるんですね」
「日本のことについて質問ある？？」
「あ、いえいえ」
そのまま子供たちは逃げて行った。
ウニョンは
「ソウルの子は外国人慣れしているけれど、田舎の子たちはね。気にしないで」
「知ってる。いつもそうだから。ここに来ると。でも可愛いよ」と玲はさほど気にせずにいた。
城の中をぐるりと一周していると、小学生の男の子たちが近づいてきた。
「あの、さっき、日本のことで質問ある？って言いましたよね？」
一人の男の子が私に話しかけた。
「あ、うん。何かあった？」
玲は、その子を見て一瞬ドキッとした。
「ポケモンって日本の漫画ですか？」男の子は質問をした。
「そうだよ。日本の漫画だよ。」玲は答えたが正直ポケモンについて良く知らない。
細身で背が高い少年。切れ長な目に色白の肌だった。
「꼬마야. 어디에서 왔어? ぼく、どこから来たの？」
「저는 광주에 살고 있습니다.僕は光州に住んでいます」
「아,그러구나.수학여행?あ、そうなんだ。修学旅行？」
「はい、そうです」
「日本語できるの？」
「少しだけ習っています」
「나중에 일본에서 공부하고 싶습니다.将来日本で勉強したいです。」
「그러네.그러면 누나가 명함을 줄테니까 일본에 오면 꼭 연락해. 알랐어?そうなんだ。そしたらお姉ちゃん※4が名刺を上げるから日本に来たら必ず連絡してよ。わかった？」
「네 그렇게 하겠습니다.はい、そうします」
「꼬마,이름은? 僕、名前は」
「정진혁입니다. チョンジンヒョクです」
「아-,진혁이네. 알랐어.누나 잘 기억해. あー、ジニョクね。わかったよ。お姉ちゃん、ちゃんと記憶したからね」
ジニョクは玲に会釈をし、走り去っていった。
玲はなぜか目が離せなかった。
バスに乗り込み出発するジニョク。
「玲、なんで名刺なんて渡したの？子供に」
「ただ、なんとなく。日本語勉強しているって言うし」
歩きながら私は何度もバスを見た。
玲27歳、ジニョク11歳。
