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ライブダンジョン!  作者: dy冷凍
第二章
57/410

一歩ずつ 

 一階層の草原に転移した努は風で流れる草木に目を向けつつも、現在の場所を大体把握した後に自身のポーションだけは念のため入れ替えて腰に装着しておいた。一階層なのでほぼ窮地きゅうちに陥ることなどはないと努は踏んでいたが、一応余裕のない虫の探索者のことを考えて準備はしていた。


 一階層付近は質の悪い探索者が多いため油断は出来ないが、大手クランのメンバーを襲うほど無謀な者はあまりいない。もし手を出せばレオンが総出でその者を捕まえるだろうし、そもそも実力差はレベルからして歴然。虫の探索者では三人の誰にも勝てることは出来ない。


 努がポーションを入れ替え終わるとバルバラは頭の上の大きくて丸い耳をゆっくりと動かしながら風で揺れる草原を見つめていて、ユニスは退屈げな目で辺りを見回すとすぐにヒールの練習を始めた。


 努はギルドに来る道中に二人へ簡単な各階層ごとに出るモンスターやセーフポイントなどを質問していた。その結果バルバラはレベリングされていた五十一階層から五十三階層のことくらいしか詳しくなく、逆にユニスは全問正解。


 それにユニスはレイズを使いモンスターに付け狙われた時、少しでもレオンがゆとりを持って装備を整えられるように出来るだけ粘って死なないようにする努力をしていた。そのため戦闘経験も生き残ることに関してはかなり積んでいる。なので実際ユニスにとっては草原に来ても収穫はあまり得られない。


 しかしバルバラは五十一階層から五十三階層でのレベリングが中心で、他はモニターでの情報と稀に回復魚を調達するために四十一階層の浜辺に潜るくらいだ。その他の階層は越えて以降ほとんど潜っていない。


 なので五十一階層などにいる草狼バーダントウルフ赤熊レッドグリズリーなどの獣系モンスターの対処は慣れているが、ゴブリンやオークなどの二足歩行系モンスターの対処がおろそかになっていた。それを努は前回の峡谷探索でバルバラを見て感じていたので、一階層探索を彼女に提案した。



「取り敢えず適当に探索して、ゴブリンやコボルトを探しましょうか」

「わかった」



 丸い兜を被ったバルバラは努の言葉に頷くと早速草原を歩き始めた。ユニスが歩きながら飛ばすヒールが少しだけ丸い形を帯び始めたことに努は内心で感心しつつも、バルバラの後に続いた。


 そして背の高い草原の影から早速のこのこと姿を現したゴブリン三匹。それらは三人に気づくと身体を少し硬直させた後、耳障りな声を上げて手に持った棍棒を掲げた。



「バルバラさん。コンバットクライお願いします」

「コンバットクライ!」



 彼女を中心に広がる赤い闘気がゴブリンを包むと、三匹は一斉にバルバラに向かい始める。バルバラが槍を構えると努はすぐに声をかけた。



「あ、バルバラさん。攻撃はしなくて大丈夫です。防御だけで、囲まれないように意識して下さい」



 努の指示にバルバラは頷いて槍を引き、ゴブリンの棍棒を丸盾で受けて押し返す。圧倒的レベル差に素の力も負けているゴブリンは容易に押し返される。ゴブリン三匹をどんどん押し返しているバルバラを見て問題ないと思った努は白杖をゴブリンに向けた。



「ヘイスト」



 三つ飛ばされた青い気はゴブリン三匹に命中してAGI(敏捷性)が上昇。少し素早くなったゴブリンにバルバラは不意を突かれて腕に棍棒の打撃を受け、その後も何回か打撃を受ける。しかし彼女のVITはA-。クリティカル攻撃を受けない限りゴブリンの攻撃は虫にでも刺されることと同義である。


 すぐに慣れたバルバラはまたゴブリンを押し返すことに安定し始める。努は丸盾の打撃で弱ってきたゴブリンをヒールで回復。ユニスはその努の放ったヒールを意識しながら飛ばすヒールを練習している。


 しばらくするとその打撃音などを聞きつけたゴブリンや犬の顔をした人型のコボルトなどが集まってくる。努はバルバラにコンバットクライを撃つように指示した後、コボルトの爪による引っ掻きを後ろへ下がって避けた。


 総勢十匹ほどになったゴブリンとコボルトの集団。しかしそれらは人の子供ほどの背丈しかなく力も弱い。単体ならば敵にもならない。だが数をなし集団となれば話は違ってくる。



「くっ、そ」



 バルバラはその十匹にすっかり囲まれてしまい、無理やり足を動かして集団から抜け出した。すぐに追撃に来る集団。バルバラは一匹一匹押し返していくが横から回り込んでくるゴブリンなどの打撃を受ける。横の対処に遅れるとどんどんモンスターたちは回り込んで囲んでくる。


 また囲まれてしまい兜を棍棒で殴られたバルバラはガンガン響く金属音に眉をしかめながらも、また無理やりコボルトを押しのけて離脱。それを繰り返しているバルバラを努は見守りつつ弱ったモンスターにヒールを送る。



「ユニスさんもモンスターに向けて飛ばしてみるといいですよ。目標があった方が練習になるでしょうしね」

「……わかったのです」



 モンスターに囲まれてあわあわとしているバルバラを何処と無く可哀想にユニスは思いながらも、努の言われた通りモンスターたちに向かってヒールを飛ばした。そのヒールはまだ霧状ではあるが中心だけは球体を形作り始めていて、飛距離も伸びている。まだ七メートルほど先にいるモンスターに届くまでには至らないが成長はしていた。



「その調子なら一週間はいらなそうですね」

「……二日で習得してやるのです」

「そうですか。頑張って下さい」

「……ヒール」



 特にユニスへ興味を持っていない努は無難な返事をすると、また現れたゴブリンたちの数を数えて十五匹以上バルバラに向かわないようにエアブレイドを飛ばして狩っていった。ユニスは努の視線さえ寄越さない返事に内心イラっとしながらも、またヒールを練習し始めた。



 ――▽▽――



 それから三時間ほど経過したがバルバラは休むことなくゴブリンたちと戦っていた。鎧の中は熱気で蒸れて彼女は息も絶え絶え。酸素が脳にあまり回っておらず思考も大分鈍っている。そうなる前に努は一度ゴブリンを掃討して休憩することを提案したのだが、バルバラは無言で手を彼に向けてゴブリンと戦いを続けていた。


 バルバラは熱気と真っ白の思考のまま十数匹のゴブリンたちと戦い続ける。身体にまとわりつく熱気で思考は真っ白になっていたが、彼女の身体は止まらない。三時間ずっとゴブリンの相手をしてきた彼女には動作が染み付いてきて、無意識に身体が動くまでになっていた。


 ゴブリンの棍棒を振り上げる動作を見て事前に一歩下がり、左のコボルトの体当たりを丸盾で受け止めて弾く。棍棒が彼女の前を通り過ぎ槍の下部分の石突きでゴブリンを押し返す。



「ヘイスト」



 努のヘイストで常にゴブリンのAGIは強化してはいるが、バルバラはゴブリンとコボルトにあまり囲まれることなく立ち回れている。囲まれさえしなければバルバラにヒールを当てることが容易になるため、ユニスがヒール役を担当する時も楽になる。


 努ならばフライを使って空中からヒールを落としたり、地上から山なりにボールを投げるようにヒールを放てばタンクが囲まれていようが支援は出来る。しかしそれを飛ばすことを初心者のユニスにやらせるには荷が重いため、努はバルバラに徹底してモンスターに囲まれないことを指導することにしていた。


 それが出来るようになれば努の構想する最低限の役割はこなせるようになる。モンスターに囲まれず倒れずに戦い、更にモンスターも倒せることがタンクの理想であるが、そこまでいくには下積みが必ず必要になる。なので努は下積みの無いバルバラにそこまでは求めていない。モンスターを引き付けて集団に容易に囲まれず、出来るだけ死なないように立ち回る。そのことだけが出来れば良いと彼は考えている。


 そして長時間動いていた彼女に限界が見え始めて咳き込み始めたので、努はエアブレイズなどでゴブリンやコボルトを真っ二つにして処理した。モンスターの群れが消えるとバルバラは派手な音を立てて地面に崩れ落ちた。



「ユニスさん。メディックやヒールをバルバラさんに飛ばしておいて下さい」



 努の指示にユニスは安物の青ポーションを飲み込んだ後にバルバラへメディックやヒールを飛ばし始める。所々霧のようなヒールが溢れるものの、丸い形はほぼ出来ていた。緑色の気の塊はバルバラに当たるが効果は通常の二割ほどの効力しかなかった。


 五分ほど突っ伏して息を乱していた彼女はユニスに何度も飛ばされたメディックやヒールによって回復し、むくりと立ち上がった。兜を外しておでこに張り付いた茶髪を分けて少し虚ろげな目をしているバルバラ。頭の上の大きくて丸い熊耳も垂れ下がっている。努はそんな彼女に微笑を貼り付けたまま声をかけた。



「お疲れ様です。中々良い感じでしたね」

「良い感じ……? たかがゴブリン相手にこのザマだ。一体タンクになれるまでいつまでかかるやら……はは」

「いやいや、僕がモンスターにヘイストかけてましたし、それにモンスターに囲まれなければ充分合格点です。この調子でいければ一月で一軍PTにタンクとして入れるようになりますよ!」

「ほ、本当か?」



 努の明るい口調と一月という言葉にバルバラは反応して目を見開き努を見つめる。彼はそんな彼女を見返しながら笑顔で肯定こうていした。



「嘘言ってどうするんですか。一歩一歩進んでいけば必ず一軍のタンクになれますよ。レベルはかなり高いですし重騎士というジョブも貴女の種族との相性が良いですからね。それに獣系のモンスターへの対処は悪くありませんしね」

「そ、そうか」



 努の具体的な言葉を受けてバルバラも自身の成長を感じられたのか、下を向いていた熊耳がどんどんと膨れ上がっていった。虚ろげな目に少しだけ光が戻り始めたことを確認した努は、うんうんと彼女に同意するように頷いた。



「では明日は少し階層を進めて六階層辺りに行ってみましょうか。ゴブリンやコボルトの対処は大分良くなってきたので、その動きを固めていきましょうか。その次は荒野辺りのスケルトンを相手にしてみましょう」

「了解した!」



 すっかり元気を取り戻したバルバラは努に渡されたタオルで汗をごしごしと拭くと、やる気に満ちた表情で放り出された丸盾と槍を拾った。ユニスはバルバラを褒めちぎった努を胡散臭げに見ていた。



(流石に少し盛りすぎたかな。ま、やる気出してくれたみたいだしいいか)



 努は『ライブダンジョン!』で自身でクランを設立してクランリーダーをしていた際、新しく入った初心者のクランメンバーを育てるときにバルバラに行った手法と同じようなことをしていた。


 新規メンバーの行動で何か良いことがあれば必ず褒めること。それをするとしないとでは新規のクランメンバーの定着率がまるで違う。特にこれは初心者や初級者にかなり有効であり、努は初心者育成の際はチャットを出来るだけ盛り上げるようにしていた。


 とはいってもチャットだけではやはり相手の表情や声のトーンなどが見えないため、言葉選びを間違ってしまうことは何度もあった。しかし努は新規のクランメンバーがすぐ離れるのを嫌いこのスキルを磨いてきた。そのため直接顔を合わせて人物像を予想することが出来れば、彼が言葉選びを間違うことはほぼないだろう。


 バルバラのレベルは六十五。そんな彼女がゴブリン相手に苦戦すること自体がまずおかしいことではあるが、それでもどんな些細なことでも指摘して褒める。彼女の人物像からして謙遜はするが褒められて悪い気はしない性格だと努は踏み、彼女をベタ褒めした。


 ちなみにユニスは少しゲームにこなれてきた捻くれ中級者に人物像が該当している。その中級者の中でも捻くれ者は褒めると逆に不機嫌になる傾向が多い。他にもプライドが高い者や高校生などはあまり細かく褒めると逆効果になることが多い。


 それにユニスに対して努はあまり良い感情を持っていないため、彼女に対しては淡々と教えていくのがいいだろうと考えていた。



「それでは今日はもう帰りましょうか」



 努の言葉にバルバラは元気よく返事し、ユニスはくだらなそうに鼻を鳴らした後に小さく言葉を返した。


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