情報公開
ガルムに推薦して貰ったダリルという青年との顔合わせを終えた後、努は大手クランへ企画の詳細や報酬に触れた手紙の返信をした。そして翌日には三組のクランの参加了承を貰った。
その後努は新聞社二社と合同で協議しつつ企画の準備を進めていき、二社の確認も取れたので会場を確保。七日後にはアルドレットクロウ、金色の調べ、迷宮制覇隊が二社合同の企画に集まりその取材を行うことを記事で発表。その三日後に努の情報公開や指導などを行う企画の当日となった。
各クランはおおよそ十名ほどを連れて会場に到着し、新聞社の者たちが受付などを行う。新聞社の者たちは大手クランの中でも顔をよく見る者と会って緊張しながらも、しっかりと仕事をテキパキとこなしていく。
アルドレットクロウは背丈の小さい少年のような見た目のクランリーダーを筆頭に、ここ最近頭角を見せ始めてきた三種の役割を取り入れたPTに白魔道士、情報員の男が参加している。
金色の調べは金髪を刈り上げたクランリーダーを囲むようにぞろぞろと九名の女性が付き添っている。その中の最後尾ではエイミーの親友である金髪エルフのディニエルという女性が少し離れた位置で付き添っている。
迷宮制覇隊は同じ人間とは思えない熊のような大男が目立ち、受付の新聞社の者も随分と怯えていた。隣には感情を捨てたような目をした銀髪エルフのクランリーダーである女性、その後ろにはクランリーダーを守るように剣呑とした顔つきの男たちが辺りを警戒している。
「よう。やっぱあんたも来てたか」
「お久しぶりです」
アルドレットクロウと金色の調べのクランリーダーは互いに見合うと口角を上げた。二人は大手クラン同士お互いを知っていて、ダンジョン内での競争などでも顔を合わせたことが何度もある間柄であった。
「紅魔団は……いねぇみたいだな。ハッ、余裕だねぇ」
「私は貴方も来ないと思っていたんですけどね。このままでも火竜いけそうじゃないですか」
「今のままじゃ、色々と思うことがあるだろ。お互いにな」
「……そうですね」
後ろに控えているアタッカー職以外の者を見た金色のクランリーダーに、彼も同意するように答えた。在籍メンバーの多い大手クランのトップに立つ者としては現状の状況が良いとは思っていない。それが変えられるのだとしたら変えたいと彼らは思ってはいたが、試行錯誤しているうちに紅魔団が従来のアタッカー4ヒーラー1のPT構成で火竜を突破。
それによって更にアタッカー職の需要が上がりジョブの格差が広がっている状況。そこに現れた三人PTでの火竜攻略。それもSTRの低い騎士が活躍している姿は彼らの目に焼き付いた。そしてそのPTのヒーラーで幸運者で知れ渡っていた努からの提案。彼らが乗らないはずがなかった。
「ちぇっ。独り占め出来ると思ったのに」
「おうこら坊主。いい度胸じゃねぇか。ていうかお前らはもう形になってるじゃねぇか。もう接触してやがったのか?」
「そうかもしれないしそうでないかもしれませんね」
「相変わらずムカつく顔するなお前……」
近所の悪ガキのような顔をしているアルドレットクロウのクランリーダーに彼は悪態をついた。そして別れの挨拶もそこそこに離れ、今度は迷宮制覇隊の方へ金色のクランリーダーが向かった。
「おーい。あんたも帰ってきてたんだな。火竜の情報でも聞きに来たのか? それとも飛ぶヒールか?」
「…………」
一方的に話し始める金色のクランリーダーの言葉を迷宮制覇隊のクランリーダーは一切聞かず、大男が割って入ると金色のクランリーダーは口笛を吹いて誤魔化すようにして立ち去った。
そんなやり取りがありつつも三組のクランは会場に入って自身のクラン名が書かれた椅子に座り始め、前の壇上で準備をしている努を全員が見た。この場所に自分たちを呼び出した張本人である努はせっせと魔道具を弄っていた。
「あー、テステス」
風の魔石が組み込まれたマイクのような魔道具の動作チェックを行っている努。アルドレットクロウや金色の調べは努に興味津々で、迷宮制覇隊の後ろで控えている者たちは疑わしげな目を彼に向けていた。
そんな中迷宮制覇隊のクランリーダーが大男の丸太のような腕を急かすようにぺちぺちと叩くと、大男は前進して壇上に少しだけ近づいて大きく鼻で息を吸った。
のしのしと壇上に近づいて来て突然深呼吸をし始めた大男に努は首を傾げつつも、気にせずに原稿の再確認をしている。大男は何回か深呼吸するとリーダーの下へと戻っていった。
「……死の匂いはしないな」
「そう」
大男の答えを聞いたクランリーダーは短く返事をして口元を隠すように手で覆った。正確には努は最初の爛れ古龍に一度殺されているが、それ以降はダンジョンに潜っているが一度も死なずに三ヶ月間過ごしてきている。大男の嗅覚に間違いはなかった。
そして彼女は努に迷宮制覇隊のクランに入れる素質があると大男の言葉で確信し、死んだ魚のような目ではない生気のある目で努を見つめた。
迷宮制覇隊というクランは外のダンジョンを回り、ダンジョン内のモンスターが増えすぎて外に溢れないように間引きするのが主な活動内容だ。稀にダンジョンの最奥にいる最奥主を討伐してダンジョンを消滅させることも行うことはあるが、基本的には各地を巡ってモンスターを間引くことが主軸だ。
外のダンジョンを放置してモンスターが溢れればそのモンスターたちは餌を求めて辺りを歩き回り、それはいずれ人の住む村や町へと侵攻していく。この迷宮都市のような頑丈な障壁や戦力のない村や町ではモンスターの群れに太刀打ちすることは出来ない。
迷宮制覇隊はそのモンスターによる人的被害を防ぐために村や街の人々が協力して作り出したクランであり、神のダンジョンが生まれる前から存在している最古のクランと言われている。以前は迷宮制覇隊を志願する者が後を絶たない唯一クランであったが、神のダンジョンが生まれてから状況は一変した。
死んでも生き返れるというぬるま湯に浸かる探索者が多くなり、迷宮制覇隊の規模は以前に比べ縮小。しかしメリットも大きかった。神のダンジョンのステータスカードを更新することによってスキルの取得、モンスターの素材の高騰などで死亡率は減り利益も多く出ることになった。
しかしクランに入ってくる新人の質は圧倒的に低下した。神のダンジョンは死んでも生き返れる。その植え込まれた認識はどうしても外のダンジョンに潜った際に現れてしまう。神のダンジョン出身者は死への認識が人と無意識にズレていて、そのズレは外のダンジョンでは致命的となる。
なので死の匂いがしない飛ばすヒールや火竜攻略を三人で成し遂げた努は、迷宮制覇隊のクランリーダーにとっては有用な人材が降って湧いたようなものだった。どんな手を使ってでも確保したいという執念が彼女の内に渦巻いていた。
「あ、揃いました?」
「はい! 全員揃っているはずです!」
「ありがとうございます。では扉を閉めて頂いていいですか?」
熱の篭った迷宮制覇隊のクランリーダーに緊張もあって気づかない努は、新聞社の人にそうお願いしつつも深呼吸した。
扉が閉められると努は細い目を開いて三十数名の者たちを見回した後、手に持っている魔道具のスイッチを入れた。
「それではこれから僕の持っている情報を公開したいと思います。どうぞよろしくお願いします」
努がお辞儀をすると三十数名の者たちは数名を除いて皆軽く頭を下げた。