動き出すクラン
夕方の午後四時過ぎ。日が傾き始めて婦人たちは夜ご飯の準備を進め始め、子供たちは元気に外で走り回っている。モニター付近には仕事が休みの者や迷宮マニアたちがモニターを見やすい場所を確保し始め、屋台の者たちも昼の激戦で汚れた食器類を洗って一息ついている時間帯。
そんなのんびりとした雰囲気の中一番台に映っているのは紅魔団の者たちだ。六十三階層を攻略しているそのクランは火竜討伐から大手クランから一つ抜け、知名度をどんどんと上げている。
六十一階層から風景が変わり真っ赤な溶岩の流れる火山での探索中継。それは目新しいので観衆のウケも良く、迷宮マニアたちもこぞって火山の様子や新しいモンスターを観察している。
そんな中二番台にはエイミー。三番台には金色の調べのクランリーダーが映り、黒門への競争の様子が神の眼によって上空から中継されていた。金髪を刈り上げた男に追いつかれるギリギリのところでエイミーが黒門を確保し、その様子を見ていた小さい集団からは小さい歓声が上がっていた。
そして四時半頃に努たちは六十階層への黒門に入った。カミーユを入れずに三人で六十階層に挑んだことを二番台を見ていた迷宮マニアは首を傾げていた。
カミーユならばわかる。彼女はシェルクラブを力で捩じ伏せて最初に破った猛者であるし、この神の迷宮が出来る前にも幾多ものダンジョンを攻略してきたクランリーダーだ。実際前回の火竜討伐は序盤の不調があったとはいえ、彼女の活躍が大きかったように迷宮マニアの男は感じていた。
勿論努の回復、支援スキルやガルムの火竜の攻撃を受けられる能力も迷宮マニアの男は評価している。彼らがいなければ火竜は討伐出来なかった。
それにエイミーも確かに強い。神のダンジョンが彼女が潜る初めてのダンジョンであるにもかかわらず、潜って一年ほどで大手クラン組に追いついてスカウトされて大手クラン入りを果たした少女。観衆へのファンサービスも多く、ルックスも良かった彼女はすぐに人気が出た。
しかしシェルクラブを越えられずにクランが解散してしまい、彼女はその後ギルド職員となった。それでも彼女のアイドル性は持続しているほど民衆に人気が高い。だがエイミーはどうも人気者というだけの印象がその男にはあった。
しかしその迷宮マニアの考えは火竜戦が始まって二時間後に覆ることになる。十八時過ぎ。労働者たちが仕事を終えてモニターへと殺到し出す時間帯だ。
「お! またあいつら火竜かよ! この前見れてないからありがてぇ!」
「やっと時間合わせたか……ったく遅いんだよ」
「エイミーちゃんじゃん! 久々に見たなー」
前回の火竜討伐の様子を口伝や新聞でしか知ることの出来なかった労働者を中心に二番台に人気が集まり始める。その他にもガルムやエイミーのファンや火竜戦に興味がある者たちが二番台に殺到し始める。
「はー、わかってねぇな。今は紅魔団が一番なのによ」
「火竜よりこっちだわ」
「お前らは前回見てたからだろっ! 俺行ってくるわ!」
迷宮マニアで前回の火竜戦を見ていた者たちは火竜よりも最新の情報を集めようと一番台に待機し、見れていなかった者は二番台へと向かった。
そしてその頃には火竜の鱗が剥げ始めてエイミーが尻尾を切り刻んでいる最中だった。エイミーのヘイストを常に付与された速い動き。双剣が振るわれるごとに火竜の血が舞う。努の指示を受けてガルムがウォーリアーハウルとシールドスロウのヘイトコンボで火竜の気を引き、エイミーはその間他の部位を攻撃して火竜に与えるダメージを調節する。
「双波斬」
エイミーが地を駆けながら双剣を踊るように振るうとその先から斬撃が飛ぶ。乱舞のエイミー。彼女の二つ名の由来だ。
火竜相手に善戦しているエイミーに観客から声援が飛ぶ。そして火竜の尻尾を切断した時には野太い声や黄色い声が舞い上がった。
最初から火竜戦を見ていた迷宮マニアの男は自分の考えが間違っていることに気付いた。カミーユの時は尻尾を切断することに三時間を要していた。しかし現在二時間で尻尾を切断出来ている。更に尻尾だけではなく後ろ足や背中にも多くの切り傷が刻まれている。
もしこのまま何事もなく進むのならばカミーユよりも早く火竜討伐が出来るのではないかと考えが浮かぶ。その彼の推測は正しかった。
火竜が傷跡を焼こうとした際にエイミーが火竜の頭に飛び乗ってその額に岩割刃を叩き込む。仰け反る火竜に双剣を抜いて地面へ綺麗に着地するエイミー。そんな彼女へ常にヘイストが飛ばされる。
それから火竜が発狂状態に陥るもののガルムとエイミーが無理せず冷静に傷跡狙いで更に深く傷をつけ、努は火竜の動きに反応出来る安全圏で彼らを支援する。その動きには淀みがまるでない。彼らは火竜戦をもう何回も行っているのかと錯覚するほどにその連携は崩れることはない。
時刻は二十時となりモニター前に一番人が集まるゴールデンタイムへと突入した。その頃の一番台と二番台での人集りはほぼ同数だった。いつもと違い多くの客が出入りすることに二番台の付近の屋台経営者は気合を入れて商品を売り込む。作れば作るほど料理は馬鹿みたいに売れて屋台から嬉しい悲鳴が漏れた。
発狂状態が終わった火竜。エイミーが血を流しすぎてふらついてきた火竜の不意を突き、その片眼に双剣を叩き込んだ。潰された火竜の悲鳴と同時に観衆から歓声が上がる。その歓声に釣られて二番台に人は集まっていく。
その歓声に釣られて他の大手クランなども二番台を見に来ていた。アルドレットクロウの情報員の男に、努の戦法を教えられた一軍PT。先ほどの競争で負けたので三人の火竜攻略の様子を見ようと帰って来た金色の調べ。そして外のダンジョン遠征を終えて帰って来た迷宮制覇隊の幹部たちもその様子を見ていた。
その三つの大手クランはまだ火竜討伐を成し得ていない。なので火竜の攻略情報を集めるために二番台に集まっていた。周りの観衆は続々と集まってきた大手クランにざわつきながらも道を開けた。
それからすぐにもう片方の眼もエイミーに抉られた火竜。そこから火竜は音と匂いに頼って三人と戦い始める。火竜の嗅覚や聴覚は高いため戦闘にはなったものの、やはり視力が無くなったのは致命的だった。
「おい……もしかしてカミーユさんより早く終わるんじゃないか」
「エイミー! 愛してるぜー!」
「エイミー最強かよ」
「いや、でも前回と違ってガルムと、あれだ。ツトムって奴も攻撃してるだろ? 前回はあまり攻撃してなかったように見えたけど」
「エイミーちゃーん!」
「エイミー! エイミー!」
湧き上がるエイミーコールにモニターを見ている者の中には不快そうにしている者もいる。勿論見ている者全員がエイミーを好きなわけはなく、火竜との戦いを見に来ている者。ガルムや努を見に来ている者もいる。声のデカいエイミーのファンに彼らはうんざりしたように酒を呷った。
しかしその騒ぎで人が集まるのも事実。一番台から二番台へと流れる者が何十人と出始める。
そして目を失った火竜をエイミーが着々と削っていき火竜は一時間半ほどで倒れて粒子を出し始めた。一番台とほぼ変わらない観衆たちが歓喜の声を上げた。モニター前の空気が人の声で包まれる。屋台の鍋がその強大な声の振動で揺れていた。
前回の火竜討伐に勝る大声援の中、三人の火竜討伐は成功に終わった。笑顔でハイタッチしている三人が二番台に映し出される。そしてエイミーと努の様子を見た観衆は本当にソリット社の報道は嘘であったのだと再確認した。
その未だ止まない声援の嵐から大手クランの者たちは抜け出して、すぐに自分たちのクランハウスへと足を進めていった。アルドレットクロウの情報員がクランリーダーに声をかける。
「あれが完成形です。どうでしたか?」
「……あそこまではまだ僕たちには無理だろうね。ただ。完璧でなくともいい。勝機はあるね」
アルドレットクロウのクランリーダーである男は、幼い顔つきで情報員の男を見上げた。とても二十代とは思えない身長と顔つきをしている彼は、爽やかな笑顔を浮かべながらクランハウスへと帰っていった。
「あれ、すっげぇ! 俺たちもやってみっか!」
「はい。いいと思いますよ」
「ふん、あんまり無茶はしないでね」
「私に任せるのです。やってやるです」
金色の調べのクランリーダーである男は元気に両手を上げ、その男を囲んでいる女性たちは様々な反応を彼に返した。
迷宮制覇隊のクランメンバーたちはそのモニターの光景を茶番でも見るかのような目で見ていた。あんなもの、所詮命を張らないお遊戯に過ぎない。大半のクランメンバーは神のダンジョンのみに潜る探索者を見下している。
しかし迷宮制覇隊のクランリーダーである少し痩せ型の女性は、努が動いている映像を頭の中で繰り返し反復してぶつぶつと小さい声で何かを呟いていた。その隣を歩いている巨大な野獣のような男はただ無心に彼女へ付き従っていた。
――▽▽――
火竜を討伐してギルドへ三人が帰るとギルド職員が拍手で三人を迎え、周りの探索者も気のいい者たちを中心に拍手の嵐が起こった。照れたようにしながらもお礼を返すエイミーに冷やかすような口笛の音が響いた。
エイミーが探索者たちに火竜突破の祝いを受けている光景を見て、努は嬉しさ半分、寂しさ半分といった気持ちだった。これでエイミーはアタッカーとしての自信を取り戻せただろう。しかし火竜を討伐したことによって幸運者の二つ名は払拭されたとみなされ、このPT契約は解消される。
とても良いPTだったなと、努は改めて思った。この二人でなければこんな早い速度で迷宮探索は出来なかっただろうと努は思う。虫の探索者ともし組んでいたらどうなっていたか努は想像も出来なかった。
「ツトム、お疲れ様」
受付の奥にいたカミーユが眉を下げながらも努を出迎える。火竜討伐の時間が負けたことが悔しいのか少し声も低い。
「はい。お疲れ様です。二回目なので大分上手くいきましたね」
「確かに、今回はガルムも君も攻撃していたな」
「なのでそんなしょげなくても大丈夫ですよ」
「べ、別にしょげてなどいない」
努が気を使うように言った言葉をカミーユは顔をぶんぶんと振って否定する。努はにっこりとしていた表情を下げた。
「これで、PT契約も終了ですね。御気遣い、ありがとうございました」
「いや、こちらこそツトムには迷惑をかけた。当然の配慮だ。他にも希望があれば何でも言ってくれ。出来うる限り叶えよう」
「いえ、もう充分ですよ」
お互いに頭を下げた二人を黒門近くで見ていたガルムは真剣な面持ちで何かを考え込んでいる。そして話を続けようとした二人にエイミーが割って入った。
「ちょっとギルド長! 私にはなにかないわけー? 火竜倒したよー?」
「……よくやったな」
エイミーが自分に討伐時間に対する嫌味でも言いに来たのかと思って冷たく応対しようとしたカミーユは、エイミーの裏のない笑顔に毒気を抜かれたような顔になった。カミーユがエイミーの頭を撫でると彼女は嬉しそうに目を細めた。
「ほらツトムも! 私大活躍!」
「もうあっちで充分褒めたでしょうが。よくやってくれましたね」
努もカミーユと一緒にエイミーの頭を撫でると彼女の猫耳がピクピクと自己主張するように動いた。エイミーは自分の顔を隠すように下を向いた。
努とカミーユが手を離すとエイミーは名残惜しそうに二人を見上げた。そしてそんな自分に気づいて顔を少し赤らめた。その二人に父と母を重ねてしまっていたことに。
「ううう打ち上げいこ! カミーユも! ね!」
顔の赤みを誤魔化すように慌てて言い始めたエイミーはカミーユの手を取った。カミーユはどうする? と言わんばかりに努を見た。彼はすぐに頷いた。
エイミーがカミーユを引っ張ってギルドの外へと向かう。努は後ろで固まっているガルムに声をかけた。
「ガルム? これから打ち上げ行くらしいんですけど、何か用事とかあります?」
「……いや、ない。行こう」
ずっと考え込んでいたガルムは努の言葉にようやく思考の海から戻ってきたようで、すぐに努の隣に来た。そして二人は一緒にカミーユとエイミーを追いかけた。