JKには勝てない
努はコリナたちの百階層戦を見るためにギルドへと足を運び、そこにエイミーとアーミラも付いてきていた。そしてアーミラが業務中であるカミーユと何やら話している間、努たちは一番台が見やすい席に二人して座っていた。
「すごい張り切ってるね。あんなディニちゃん初めて見たかも」
(張り切るだけであそこまで出来るなら他の弓術士たちの立場がないな)
『ライブダンジョン!』ではそもそも初期はシステム的に不可能だった、他の臓器破壊を無視した心臓の早期破壊。その後アプデによってそれは可能になったもののよほどアタッカーが優秀でない限りは火力不足に陥るため、努はユニークスキル持ちのアーミラと優秀なアタッカーに育てたエイミーを安定的に運用した正攻法で百階層の突破を成した。
しかしコリナたちのPTはディニエルとハンナを全面的にエースとして押し出し、努がリスクを恐れて選択しなかった心臓の早期破壊を目指す作戦を今も実行している。その姿は新しいモンスターの攻略を探す最前線のプレイヤーたちのようで、今の努には眩しく見えた。
「ツトムもポテト食べる?」
「いや、いいよ」
「……ふ~ん」
(こいつ……明らかに探ってきてるな)
自分の経歴と帰還する目的を初めに知ってしまった彼女は努からすれば爆弾のようなものなので、普段のように接することは出来ない。しかし当の本人は一日経って落ち着いたのか、自分の優位性を段々と分かってきたようだった。
エイミーは二人だけの秘密を共有しているのが余程面白いのか、まるでネズミをいたぶる猫のような目でポテトを顔の前に持ってきた。食べないの? とでも言いたげにゆらゆらと揺らしてきたのでそれを受け取ると、彼女は満足そうに頷いた。
今はまだエイミーからそこまで強い要求こそされないものの、努の弱みを握っていることをほのめかすことはしてくる。彼女は朝の食事から、どこまで譲歩するかのラインを探るような気配があった。そして今もそれは続いている。
努からすればエイミーに生殺与奪を握られているようなものだ。もし帰還の条件などをディニエルやリーレイアなどに話されれば、努が無事に帰還できる可能性が大分下がるのは間違いない。
「あー、なんか頭が寂しいな~」
「はいはい」
「ん~、もう少し左~」
そんな強い権利を手にしているにしては、彼女の要求は優しいほうだろう。今もポテトのあ~んを求めてきたり猫耳のマッサージなど、普段より少しだけ我儘になったくらいのレベルだ。
それに秘密を盾に脅しにきているというよりは、ただ単に面白がってからかう感じに近い。それに乗っかって努も仕方なく我儘に付き合っている感を出していたが、内心では危機感を募らせていた。
(今はまだいいけど、もし何かきっかけがあれば要求が高まっていくのが容易に想像できる。いずれあの用紙を力づくで奪われてたかもしれないし、ガルムに渡しておいて正解だった)
今はそんな可愛いレベルで収まっているものの、いずれその要求が上がっていくことは予想できる。だからこそ努は朝食でそれを察した後すぐに、ガルムにも全てを話して協力を願い出た。
もしガルムにあの用紙を預けたことを知ったらエイミーはどうするのか。そのことについては事前に考えていたが、自分の帰還に反対である彼女にだけ選択権を与えたままというのは危険すぎる。だからこそガルムには正直に話して自分の味方になってくれるように頼んだ。それもリスクのある行動ではあったが、このままエイミーに飼い殺されるのは御免だった。
「ほら、そろそろアーミラたち帰ってくるよ」
「んー、なら仕方ないですねぇー。またあとでやってね?」
「程々で頼むよ」
久々に頭を撫でられて大分満足した様子のエイミーは、緩み切った顔を何とか戻そうとしている。そしてギルドカウンターの向こう側から話を終えたアーミラとカミーユが一緒になってやってきた。
「あいつら、今どんな感じだ?」
「今はゼノが頑張ってヘイト取ってるところだね」
「けっ、偉そうなこったな」
コリナにタオルで汗を拭かれながら水を飲んでいるディニエルが映る神台を見て、アーミラは気に食わなそうな顔でどっかりと椅子に座りポテトに手を伸ばす。そんな彼女の前にカミーユはチーズがたっぷりと乗ったピザの乗った大皿と山盛りのサラダを置いた。
「……これ、いらねぇんだけど」
「サラダも食べなさい」
「そーだぞー。今はまだいいかもしれないけど、ピザばっか食べてると肌荒れするよ」
「年寄りは食事にまで気を遣わないとそうなるのか。大変だな」
「…………」
そんな物言いをされたエイミーはこめかみをひくつかせた後、サラダボールを自分のところに引き寄せて無言でもしゃもしゃと食べ始めた。エイミーもまだ二十歳なので若い方ではあるが、JKには勝てない。
「そういえば、ツトムは肌も綺麗だよね。最近のヒーラーの人、吹き出物とか出来て困ってる印象あるけど」
「ストレスでも溜まってるから出来やすいんじゃないかな。僕は大したストレスないし、オーリさんの健康的な料理を食べてるしね」
「手入れしてる感じもないのに腕とかもつるつるだし」
「ただの体質だよ。触るな」
「確かに、手入れしていないにしては爪とかも……」
「おい」
エイミーとカミーユから鑑定でもされるように触られた努は、軽く突っ込みながら腕を引っ込めて二人に背を向けるようにした。そしてアーミラから差し出された一切れのピザを手を振って断りつつ、神台に視線を戻す。
(ゼノはあのPTにしてはよくやってる。あの調子なら何とかヘイトは取り返せる。あとは爛れ古龍に心臓を捧げられる前に破壊出来ればベストだけど、ハンナの調子とディニエルがどこまで詰められるかだな)
ハンナとディニエルがイカれた火力を叩き出しながら戦っている間、ゼノは爛れ古龍に振り向かれずとも確実にスキルを回してヘイトを稼いでいた。そのコツコツと積み上げたヘイトもあり、この調子なら爛れ古龍を引き付けられるだろう。そしてゼノにはVITを半段階上げてくれるノームとの精霊契約に、リーレイアのサポートも入るのでそうそう死ぬことはない。
そうなれば後はハンナが上手く魔流の拳を使えるかと、ディニエルが最善を尽くせるかにかかっている。もし二人の調子が噛み合えば心臓の早期破壊が成功する可能性はある。
(常識的なゼノとコリナに協力してもらえれば、まだ簡単に帰還できる可能性はあるんだ。出来るなら明日までには突破してもらわないと、いつ決壊するかわからない。頼むぞ)
努は心からそう願いながら神台を食い入るように見ていた。