ノーム送りかウンディーネ契約
「なっ、かあぁぁぁぁ!! 中身出るっすぅぅぅぅ!?」
「♪」
青い翼を縄で縛られているハンナはノームに背中へ乗られてぴょんぴょん跳ねられ、その予想外な重さに苦しんでいる。そんなハンナをよそに黒門前で一時休憩に入っている努は、ヒール、ヘイスト、プロテクの三色で戦闘の構図を再現してダリルなどの三人に自分の立ち回りを見せていた。
「このPTは組んである程度の時間が経ってるから、こんな感じで僕の動きも大体決まってる。ただこれだけだとPTの可能性が広がらないし、僕自身飽きる時もある。だから階層に慣れた後は敢えて立ち回りを変えたりしてるんだよ」
先ほどリーレイアからはい論破、とでも言いたげな顔で朝のユニスによる立ち回りの乱れを指摘された。だがいくら通常階層とはいえ努は命の危険があるダンジョン内で気を抜くことはない。確かにハンナからユニスがどうとか言われた時は自分がそんなことで立ち回りを崩すわけがないと思いイラっとしたが、それは彼女の色ボケ加減に対するものだ。
自分が敢えて立ち回りを崩したことを戦略地図のような形に作り上げたスキルを交えて説明した努は、何食わぬ顔をしているリーレイアからノームに乗り物扱いされているハンナへと視線を移す。
「次に見当違いなことを言ったら、お前もノーム送りにしてやる」
「そうなった場合はツトムをウンディーネと契約させます」
「……それ、何の意味があるの?」
「今までと違って一日中契約状態にしておきます。半日程度ならツトムの言うことも聞いて邪魔にならないよう丸くなるでしょうが、寝ている時は一体どうなるのでしょうね」
精霊契約は基本拒否出来ないため、もしリーレイアがやろうと思えばウンディーネと常時契約させることも可能だ。その代わりに青ポーション漬けの毎日になるだろうが、自分を苦しめるためならば彼女はそれを厭わないだろう。
「停戦協定を結ぼうか」
「それならば一つ条件として、またカミーユさんと会う約束を取り付けて頂けませんか? 無理にとは言いませんが、恐らくカミーユさんは歓迎してくれると思いますので」
「後で軽く聞いてみるよ」
「ありがとうございます」
ただでさえ最近一人の時間が少なくなっているというのに、そんなことをされたら気が狂うかもしれないので努はそう言ってリーレイアと固い握手を交わした。その隣では努がスキルで作った戦略地図をダリルは珍しそうに眺め、ディニエルは不規則に動く黒い尻尾を目で追っている。
「これって、全部スキルなんですよね? ヒールとか、ヘイストとか」
「あぁ、そうだよ」
「……じゃあ触ったらなくなっちゃうんですね」
綺麗に積み上がっている積み木を見るような目をしているダリル。そんな彼の前で努は両手で引き裂くようにスキルで出来た地図を破壊した。
「あーーーー!? 僕もやりたかったのに!!」
「うるさい。そんなに崩したきゃ自分でコンバットクライでも使って作ればいいだろ」
「そこまで細かくなんて作れないですよ!」
「暇なときに練習しろ、練習。常時やってればいずれ身につくよ」
「……コンバットクライ」
ダリルのスキル制御についてはタンクの中でも上手い方だ。指示通りの場所へ槍のように尖らせたコンバットクライを飛ばせるし、他にもシールドスロウの投擲精度、攻撃の合間にタウントスイングを挟んでヘイトを調整する技術など、主にガルムから見て習う練習法で一通り習得出来ている。
だがそんなダリルでもコンバットクライを小さく纏めることは出来ない。一時期は努の撃つスキルを真似出来たら正確にヘイトを稼げると思い練習してみたが、ガルムダリル共に習得出来ていない。
「いや、やっぱり無理ですよ」
「でもゼノはダリルのより小さく纏まってるしな~」
「あれです。人には向き不向きがあるんです」
「確かにそれはあるだろうけど、君はそもそもの努力量がまだ足りてない段階だと思うよ。王都の孤児にまで稽古つける時間を練習に回したらもっと上手くなるんじゃない?」
「……し、知ってたんですか?」
「この前ドーレン工房でリキと会った時、嬉しそうに報告してくれたよ」
王都の孤児であるミーサとリキたちは今でも地味に関わりがあり、この前二軍PTの装備についてドーレン工房へ相談した時にその話は聞いていた。ダリルは二日に一回は孤児たちが集団で泊まっている貧相な宿屋に訪れ、日用品などをくれるばかりでなく鍛錬までしてくれるという。
「でも別に怒ってるわけじゃない。他人に教えること自体は自分の復習にもなるからいいと思うよ」
「あ、そうですよね!」
そのことを指摘されてぎくりとした様子で垂れ耳を更に下げていたダリルは、努の言葉に一転して明るい顔になった。そして背後から触れようとしてきたディニエルの手を黒い尻尾でいなすように叩く。
「ただ、ダンジョン探索に支障が出ないくらいには抑えてくれよ。それなら僕は文句言わないから、自分の体力と相談して好きにやってくれ」
「はい、勿論です!」
だが夕方に神のダンジョン探索が終わるとはいえ今は最前線なので、ダリルの体力消耗も相当なもののはずだ。それに自分が世話になった孤児院にも結構な頻度で通っているため、ほぼ毎日夜も動いていることになる。
それでもダリルの体力が尽きない理由は普段から鍛えていることもあるだろうが、オーリのサポートによるところもあるだろう。朝と夜に毎日食べている栄養管理のされた食事と、ダリルが疲れている顔をしている時に行われるマッサージなどによって彼は癒されている。
ダリルの他にもハンナやアーミラも好んでオーリのマッサージを受けていて、そういった店に通っているエイミーもその腕を認めていることからして効果は高いのだろう。ちなみに努はクランメンバーの需要が高いことを気にして、無限の輪の中で唯一マッサージを受けたことがない。
「それじゃ、そろそろ休憩は終わり。行くよー」
「ん」
そう言うと弓の調整をしていたディニエルが一番に立ち上がり、いくつかの方角に矢を放ちイーグルアイで索敵を行う。続いてダリルも脱いでいた鎧を装着し始め、リーレイアはノームの方を一瞥した後に立ち上がる。
「し、ぬっ。しぬっす……」
「ヒール、メディック」
そしてノームに好き放題されてぜぇぜぇ息を荒げていたハンナに、努は適当な回復スキルを飛ばした後に歩き出す。するとノームは軽やかにハンナから降りると努の隣を歩き始めた。
▽▽
(……うーん、確かにこれは問題点だ)
先日ユニスに付いていくまま無限の輪に突撃させられたミルウェーは、その時に努がユニスに言った言葉を思い返して難しげな顔で腕を組んでいた。
ミルウェーは元々金目当てでレオンと婚姻契約を結んでいた。他にも自分の身体や顔に自信があり、それを金や立場に換えたい者たちは条件の良いレオンにも多く目を付ける。そして初めは金目当てな者ほど夜を重ねていくうちに段々とレオンの虜になっていくわけだが、ミルウェーはその中でも比較的冷めた方だった。
ミルウェーは半ば家族のために身売りしたような状況だったし、最も大きな原因は狼人という種族とレオンの人格共に惹かれなかったことだろう。なのでしばらくしてお金が溜まったら離れようと考えているが、そういった者は金色の調べの中でも少数派である。
そんな彼女だからこそレオンのことを努にどうこう言われようとも、ユニスのようにカッとなることはなかった。とはいえ彼女のことは慕っていたので結局感情的になってしまったわけだが、翌日になって努の言葉を思い返すと納得できる点が多かった。
(確かに神台で見る限りは、ヴァイスやレオンのタンクは冬将軍相手じゃ機能してない。でも変異シェルクラブで成功しているから、その勢いで続投しちゃってる面もある。成功体験に引きずられているって指摘も多分当たってる)
タンクの意識については色々とあるだろうが、基本的には縁の下の力持ちとしての自覚がいる。少なくともモンスターを倒すことはタンクの役割ではないし、活躍でもない。しかしヴァイスやレオンはアタッカーとしての意識が強いので、モンスターのヘイトに鈍感だ。タンクはそこに一番気を割かなければいけないのに、彼らはモンスターを倒すことに意識が向きすぎている。
あれならば向いているアタッカーに戻してちゃんとしたタンクを入れるか、いっそのこと全員アタッカーにでもした方が結果は出せる可能性が高い。だがなまじ変異シェルクラブで成功してしまっていて、紅魔団もいる手前その指摘はクラン内でしにくい。その問題を努は神台を見ただけで正確に言い当てた。
(でも何というか、伝え方が下手だよね。それはどっちもどっちだけどさー)
その問題点は神台を一目見ただけでは見抜けないため、努は恐らく相当な数見ているはずだ。それほど注目しているというのにユニスへは厳しい言い方をした。そしてユニスも素直に女狐風情という発言は何だったのかと聞けばいいのに、わざと怒ったような態度で勢いをつけたままクランハウスにまで乗り込んだ。
「こんなんじゃ駄目なのです……。もっと驚くような運用を……」
「はぁ……」
ミルウェーからすればどっちもどっちである。今も努を見返すためかぶつぶつと独り言を漏らしながら新たなスキル応用のアイデアを探っているユニスに、彼女は思わずため息をついた。
(このまま冬将軍を越えられないようじゃ、スポンサーも愛想を尽かすかもしれない。先輩もあの調子だし。少しこっちも動いてみるかな)
現在二軍に位置しているミルウェーは塞ぎ込んでいる様子のユニスを見ながら、今のPTでどうやって冬将軍を越えられるかを再検討し始めた。