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ライブダンジョン!  作者: dy冷凍
第六章
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カミーユの拠り所

 その夜にはアーミラの母であるカミーユが無限の輪のクランハウスへと訪ねてきて、馴染みのあるエイミーやガルムたちが中心に温かく出迎えていた。


 その後カミーユはクランハウスでクランメンバーたちと夕食を共にしながら、お互いに色々と近況報告をし始めた。



「ガルムはな、律儀にギルドへ顔を出してくれるのだ。エイミーも手紙やプレゼントを送ってきてくれたりしている。だがツトム、お前は連絡すら寄越してくれない。私はなぁ! この髪留めを最後の頼りにして待っているのだぞぉ!?」



 既に酒の入っているカミーユはいつしか努に買ってもらった髪留めを押さえ、えんえんと泣き真似をしている。見かけだけならば二十代に見えるので悲惨には映らないが、三十路を越えているとは思えないカミーユの行動に努は内心呆れていた。


 そしてカミーユの説教が一瞬切れたところで、一つ気になっていたことを聞いた。



「アーミラから聞きました? 龍化結びについて」

「ん? あぁ、聞いているぞ。龍化の派生スキルだろう」



 少し遠くの席で龍化しながらエイミーと腕相撲しているアーミラを見ながら、カミーユは氷だけになったジョッキを物欲しげに見つめた。ただ彼女の隣にいるガルムがもう酒は駄目だと言って注がせないようにしているため、そのジョッキが満たされることはない。



「ツトム、手を出せ」

「……いいですけど」



 酒を飲んでうっすら赤くなっている首筋の鱗を掻きながらそう言ったカミーユに、努はある程度察しながら手を差し出した。するとカミーユは剥がした古い鱗を努の手の甲にくっつけて、アーミラと同じように龍化結びを使用した。



「いつからカミーユも使えるようになってたんですか?」

「ふっふっふ。ツトムたちが王都に行っている間に、私も龍化結びは習得していたのだよ」

「そうなんですね」

「ただ、龍化結びはただ単にレベルが上がれば習得出来るわけではない。ユニークスキルからの派生スキルはどれもそうだが、何かきっかけが必要なのだ。それが何だかわかるか?」

「さぁ、僕はユニークスキルを持ってないのでわからないですけど」

「ヴァイスやブルーノから聞いた話だが、派生スキルを習得するには何らかの条件を満たす必要がある。そしてそれは、精神的なものだそうだ」



 カミーユは努の手の甲についた赤鱗にピタリと指を当てた。



「私は、王都からスタンピードについての報告を受けた。そしてスタンピードが今までにない規模になるという報告を見て、心の底からツトムたちの力になりたいと思った。その時に、赤鱗が異様に光ったのだ。その後ステータスカードで確認したら、龍化結びを習得していた。恐らく龍化結びの習得条件は、仲間の力になりたいという気持ちなのだろう」

「……つまり、カミーユは今まで誰の力にもなりたいと思ったことがない薄情者ということでいいですか?」

「待て、正確には同じPTメンバーの力になりたいという気持ちだ。それも恐らく、自分が何も力になれない状況であることに限る。私は、一人で大抵のことは何とか出来たからな。ツトムたちと共に戦っても力になる自信はあった。だが今回は迷宮都市を守る必要もあったから、共に戦う選択肢は取れなかった。だから直接助けに行く以外の方法を模索した時に、龍化結びが発現したのだと……思うぞ?」



 最後の辺りから自信がなくなってきたカミーユは少し困った顔をしたが、途端に笑みを深めてしなやかな指で努の肩をつついた。



「それよりもだ。私はあの子が龍化結びを習得したことが、とても嬉しいのだ。つまりはアーミラが今よりもっとツトムの力になりたいと願ったわけだろう? 少し前では、そんなこと考えられもしなかった」

「確かに、アーミラは良い方向に変わってきているとは思いますけどね」

「そうだろう? 本当にあの子は、良く変わってくれたよ」



 元々アーミラは制御しきれない龍化と横暴で粗雑な性格も相まって、仲間から見放されて孤立してしまっていた。それに無限の輪に来た当初も中々酷いもので、努以外を下に見ている節があった。そのため当時のPTメンバーであったダリルやハンナとは上手くいっていなかった。


 しかし無限の輪で様々な強さを見せつけられて叩きのめされてから、アーミラは徐々に変わり始めていた。今ではダリルと神のダンジョン攻略について話し合う姿も見え、羽タンク呼ばわりしていたハンナとも良好な人間関係が結べている。


 今も楽しそうにエイミーと腕相撲をしているアーミラを、カミーユは微笑ましそうに見つめている。いつもの何処かふざけたような雰囲気とは打って変わって母の表情をしているカミーユに、努は少し驚いて息を呑んでいた。


 そして酔っているからか、とろけるような目をしているカミーユは頭を垂れた。



「それもこれも、ツトムが無限の輪に入れてくれたおかげだ。本当にありがとう。感謝してもしきれないよ」



 努はいきなり雰囲気を変えてきたカミーユにびっくりしながらも、謙遜するように手を振った。



「確かに僕も手伝いはしましたけど、他のクランメンバーたちも大分手助けしていました。それにやっぱりカミーユがしっかり愛情を注いでいたからこそ、アーミラは良い方向に変われたのだと思いますけどね」

「……少しツトムの胸で泣いていいか?」

「嫌ですよ。ガルムにでも泣きついて下さい」

「ガルムー!! ツトムは何故こうも冷たいのだー!!」

「カ、カミーユさん、飲み過ぎです」



 そう言われたカミーユはガバッとガルムの首に腕を回して抱きついた。もし普通の男性がカミーユからこんな抱きつき方をされれば、すぐに墜ちてしまう可能性もあるだろう。


 しかしまるで凶悪な竜に抱きつかれたかのように引き攣った表情をしているガルムを見て、努は可笑しそうにけらけらと笑っていた。



▽▽



「各クランの階層進行状況は、このようになっています。今のところシルバービースト以外に目立っているクランは存在しません。それと八十一階層攻略に向けて試作していた装備もおおよそは完成しており、ポーションも押さえてあります」



 アルドレットクロウの会議室。そこでは王都のスタンピードによって離れていた一軍PTに対して、事務員の者たちが新聞記事を纏めて迷宮都市の現状を伝えていた。迷宮マニアたちの記事もあるその用紙を、ステファニーは無機質な目で読みながら椅子と机の脚でスキルを回している。



「ただし十一軍が八十階層を突破しているため、改めて一軍を査定し直す必要があるかと」



 それと八十階層突破PTがアルドレットクロウから一つ出たため、一軍PTの査定も改めて行われる予定であった。


 現状の一軍PTはクランリーダーであるルーク、マルチウエポンアタッカーのソーヴァ、三大タンクとして名を連ねているビットマン、付与術士であるポルク、そして指揮者という二つ名を持つヒーラーのステファニーである。


 そして事務員から査定を告げられた一軍PTたちは、記事を読み込んでいるステファニー以外は各々嫌そうな顔をした。



「はっ、俺たちがスタンピードで王都に呼び出されている間に、下の奴らは随分と頑張っていたみたいだな」

「はい。恐らく一軍以外も今回の査定で大分入れ替わるかと」

「っち、面倒だな」



 帰って早々一軍査定が告げられたソーヴァは不機嫌そうに腕を組んでいる。上位軍たちは王都に半ば無理矢理呼び出されたにもかかわらず、この一ヶ月近く神のダンジョンで鍛えていた者たちと同列で査定を受けなければならない。そのことにはビットマンやポルク、ルークですらも不満ありげな様子だ。



「心中お察ししますが、査定は必ず行わなければならないでしょう」

「わかっているよ。ここで軍上げのチャンスを握り潰しても、後々遺恨いこんを残すだろうしね」

「はい。王都での責務を終えて帰ってきたばかりの皆さんには申し訳なく思っていますが、何卒よろしくお願い致します」



 ただそんな空気になることは事務員たちもわかっていたようで、申し訳なさそうな表情を作りながら今回上がってきた十一軍の名簿を速やかに配っていた。


 そんな中で記事を読み込み終わったステファニーは、冷静を装うように深呼吸をしていた。しかしそれでも落ち着かなかったのか、徐々に息を荒げて頭を掻き毟り始めた。長い桃色の髪が数本地面に落ち、正面に座っていたソーヴァはステファニーの鬼気迫る表情を見て顔を引き攣らせている。



「どうされました――」



 そんなステファニーを気遣うに言った事務員は、殺意さえ確認出来る目で見つめ返されて思わず言葉が止まった。一気にヒリつくような空気が会議室を支配し、周りの者たちは息を呑んだ。


 ステファニーはヒーラーとして他を寄せ付けない実力を持ち、そのせいか以前のように謙遜するような態度は消え失せた。そのため査定についても不満を漏らすと事務員たちは予測していたが、ここまで怒るとは思っていなかった。


 ステファニーに声をかけた事務員は冷や汗を垂らし、ルークも止めに行こうと腰を浮かせていた。しかしステファニーはそんな周りの空気にようやく気づくと、申し訳なさそうに頭を下げた。



「すみません。不快な記事があったものですから、つい苛立ってしまいました」



 ただステファニーが苛立ちを露わにしていたことは査定のことではなく、ヒーラーについて書かれた記事に対してのことだった。なので半ば八つ当たりの形で事務員に目を向けてしまったステファニーはすぐに謝ると、査定のことにも触れ始めた。



「査定については何ら問題はございません。私よりヒーラーが上手い人がいるのならば、一軍から身を引くことに異存はありませんわ」

「そ、そうですか」



 かなり引いた様子で事務員はただただ頷き、何か地雷を踏む前に急いで査定についての話を続けた。それからはスムーズに話は進み、査定は明日から一週間見た後に決められることになった。


 その話が終わるとステファニーは早足で自分の部屋に戻った。そしていつもと変わらない努の記事が張られた部屋で、もう一度ヒーラーについての記事を凝視した。



(あの兎が、ツトム様より上? この記事を書いた奴は、頭にうじでも湧いているのか?)



 ステファニーはロレーナが努よりも評価されている記事を見て、思いっきり歯軋りをしていた。



(あの、基礎もまるでなっていないゴミ兎……。あぁ、腹立たしい。腹立たしい腹立たしいっ!! お前如きじゃツトム様の足下にも及ばない!! 自分の実力すら計れないゴミが!!)



 それにロレーナのインタビューについてもステファニーは腹を立てていた。一見するとロレーナは記者から努のことについて尋ねられても、謙遜しているように見えるコメントをしている。だがステファニーの目からはそのコメントが完全に努を下に見ているようにしか見えなかった。


 走るヒーラーとして名を上げているロレーナとは、一度直接対立していることもある。そのためステファニーは大分感情的な目で記事を見て判断していた。


 その他にも無限の輪に在籍している祈祷師のコリナを褒める記事や、ロレーナとステファニーを育て役目を終えた師など、三社の新聞では好き勝手な記事が書かれていた。勿論迷宮マニアの中にはPTの生存率を計測し、飛び抜けて死亡率の低い努を賞賛している者もいる。しかし観衆の認識に合わせた記事の方が売れるのか、努がステファニーとロレーナに劣るというものがほとんどだった。



「くあああぁぁ!! ああああああああぁぁぁ!?」



 ステファニーはその後も記事を見ては荒れに荒れ、普段のスキル練習が乱れるほどだった。そしてそんな場面はその日の食堂などでも見られたので、ステファニーは査定に対して焦っているのではという噂がクラン内で流れるほどだった。


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