腕十字固め
王都を統べる王、それに王族は貴族に勝るような魔法を行使出来ると言われている。それは障壁魔法すら容易に打ち破ると言われ、強力過ぎるが故に使えない魔法と言い伝えられている。
だが今回のスタンピードでは、その魔法を発揮するに相応しい場所が整っていた。しかし王や王族は結局その魔法を使わず、わざわざ迷宮都市から要請した探索者に防衛を任せきりだった。そこから導き出される結論は誰でも想像が出来ることで、それは概ね当たっている。
確かに王族だけが使えていた魔法は凄まじいものだった。しかしその魔法は数百年前から血が薄まったせいか年々弱まり、今ではそのほとんどの力が失われていた。全く使えないというわけではないが、障壁魔法を打ち破れるかすら怪しいものである。
それでもここまで何とか見かけだけの魔法で誤魔化して来ていたのだが、今回のスタンピードによって王族たちの立場は貴族たちから疑問視されていた。それに民衆たちも王族が王都内の鎮圧しかしないことを不審に思っていた。
「今日は招待を受けてくれたこと、感謝申し上げる」
しかしそんな疑惑を感じさせないほど、王の立ち振る舞いは堂々としていた。その歳はメルチョーとあまり変わらないが、確かに王族と言われるが故の言い知れぬ迫力があった。
ただ壇上に上がってすぐに始まった王の話は、探索者たちが予想していたこととは遙かに違った。
「王都の貴族や騎士たちを、迷宮都市へと派遣する。そして神のダンジョンを探索させ、レベルを上げさせることにした」
そんな王の宣言は、いわば魔法がスキルに敗北したと言うに等しいものだった。だがスタンピードで高レベル探索者たちの活躍を見てきた貴族たちは、それに異論を唱えられなかった。二大貴族であるバーベンベルク家、カンチェルシア家の失墜。それに現状では高レベル探索者たちの劣化でしかない貴族たちでは、とてもスキルの存在を否定出来なかった。そして今まで貴族の誇りと銘打って目を逸らしていた神のダンジョンへ、遂に王都の貴族も潜ることになった。
他にも以前から準備だけはしていた、王都と迷宮都市を繋ぐ魔導列車の設置。迷宮都市の拡充についても既に検討が成されていて、近日中に王都から多量の人が流れ込む予定である。そして既に物自体は完成している魔導列車の設置作業に、探索者たちの力を借りたいとのことだった。
今まで王都からは何処か認められていないような雰囲気を、古参の探索者たちほど感じていた。しかし今回のスタンピードでの活躍で王都からも認められることになったので、少し誇らしげにしている者が多い。無限の輪でも王都出身のゼノやリーレイアは勿論、古参のエイミーやガルムなども嬉しそうにはしていた。
(つまりは新規が大量に入ってくるわけか。……嫌なことを思い出しそうだ)
そんな中で努は微妙そうな顔をしていた。新規が入ってくることは嬉しいことではある。もしネトゲであれば大体の者が嬉しいだろう。人がより多く遊んでゲームの価値が上がれば、そのゲームを既に遊んで他の者たちより前に進んでいる自分の価値も上がったように錯覚するからだ。
かく言う努もその一人であった。『ライブダンジョン!』は稼働初期、そこそこのスタートでそこまで人気のあるネトゲではなかった。しかしまだ配信サイトがそこまで機能していない時、『ライブダンジョン!』にはゲーム内で手軽に配信が出来る環境があった。そして配信の手軽さと地力の面白さもあり、独自の路線で一気に新規が流入してきた時期があった。
そうした時期にそこそこの上位にいた努は、その新規流入で調子に乗って大火傷を負っていた。もしかして、ゲームで怒ってる? というまとめ記事で努はある意味人気者となり、今では数ある黒歴史の一つである。
(虫の探索者たちはある程度駆逐されたけど、まだしぶとい生き残りはいるしな。ギルドは大変そうだ)
それにこの世界では新規流入といっても勝手が違うことは明らかだ。神のダンジョンから取れる魔石に、上位の神台ほど画面が大きくて観衆がつくようなシステム。金と名誉を現実で得られるため、場合によっては人道的でないことも平気でやらかす者は出てくるだろう。
王都からの新規流入で迷宮都市がどうなるのか、努がそれを神妙な顔で予想しているうちに王の話は終わっていた。周りの拍手で話が終わったことに気づいた努は、取りあえずの拍手をしておいた。
その後はスタンピード防衛の報酬支払いがクランごとに支払われ、滅多に見ない硬貨が出てきてエイミーの目が完全にお金になっていた。そして人数が多いアルドレットクロウが一番大きい報奨金を得ていたが、ルークはその一部を王都の補填に使ってくれと引き渡していた。
「王都の好感度上げしといた方がいいかな?」
「……どちらでも良いかと思います」
「じゃあ、十分の一は返しておこうか」
努は別にGはもういらないため、自分の分は返しておいた。それとエイミーも自力でクラン運営出来るほど稼いでいるため、王都に寄付したようだった。
そうして報奨金の支払いも無事に終わって王も帰ったところで、探索者たちは各々王都から迷宮都市へ人が流入してくることについて嬉しそうな顔で話し合っていた。だが王都をどうでもいいと思っている努はどうもその話に馴染めそうもない。
だがその空気を壊すのも悪いと思い、努は会場の隅にあったバルコニーに行って外の景色を見に行った。
「あ」
そのバルコニーには先客がいた。緑色のドレスを着たディニエルは手すりに腕を乗せ、雷の魔道具で照らされている景色を眺めていた。普段と違ってオーリに頭の上から爪先まで整えられているディニエルは、ぱっと見ると誰だかわからないほど変貌している。
そしてディニエルは思わず努が出した声に振り向くと、若干安心したような顔をした。そんな彼女に努は首を傾げた後、つかつかと歩いて近づいた。
「ディニエル、こんなところで何してるの?」
「ツトムこそ」
「僕は、王都のことなんてどうでもいいからさ。でも喜んでる皆の空気を壊すのもどうかと思ったから、景色でも見てようかなと」
「ふーん」
ディニエルは関心のなさそうな声で返すと、すぐに外の夜景へと視線を戻した。疲れているから喋りかけるなオーラを全力で出しているディニエルを見て、努は会話を打ち切った。そして少し離れたところで自分も夜景を眺めることにした。
王城から見る王都の夜景は、日本の街とそれほど変わりはない。王都は雷の魔道具で電気が使われているからだろう。遠目で見るその夜景は日本を思い出させる。
「ヒール」
軽く黄昏れながら努は目の前でヒールをくるくると動かす。王が来るまではスキルの使用を控えるように言われていたが、もう帰ったので問題ないだろう。そして打ち上げ花火のようにヒールを飛ばし、花開くように爆発させた。
アルドレットクロウのバッファーである小太りのひねくれ者であるポルクは、こうした物を見せるとぐいぐいと食いついてきた。努からすればポルクがスキルで描くものの方が芸術品のように見えて凄いのだが、そのおかげでやけに彼から気に入られている。
するとディニエルと自分しかいなかったバルコニーで、何やら話し声のようなものが聞こえ始めた。話の内容が判別出来ない遠い声をボーッと聞きながら、努は手すりの前に手をかざす。
「ヘイスト」
そして青い気体であるヘイストで最近よく助けられているウンディーネを描き始めた。その次は黄土色のプロテクでノーム。緑色のヒールでシルフ。しかし赤色のスキルは白魔道士にはないので、サラマンダーは描けそうにない。しょんぼりした蜥蜴が想像出来て、努はちょっとはにかんだ。
(そういえば、コンバットクライは色変えられたよな)
努は必要性を感じなかったので試していなかったが、スキルの色はある程度応用が利くようである。もしかしたらコンバットクライと同様にヒールの色も変えられるのではないか。何やら聞こえていた話し声が近くからするようになったが、努はゼノにスキルの色の変え方を教えてもらえばよかったと後悔していて耳に入っていなかった。
今から聞きにいってもいいが、少しでも集中が乱れれば三体描いた精霊の絵は霧散してしまうだろう。どうにかして色を変えてサラマンダーを描けないかと努が苦悩していると、ちょんちょんと左肩を叩かれた。
「あっ」
その途端に集中力が途切れて初めに描いていた丸っこいウンディーネが途中で消えてしまった。努はあと少しで完成しそうだったトランプタワーを崩されたような声を出すと、少し不機嫌そうな顔で横を向いた。
すると自分と同じような顔をしたディニエルが肩の服を摘まんでいた。そしてそんな彼女の後ろには若い貴族の男がいたが、努の顔を見ると一礼してそそくさと立ち去っていった。
「…………」
(あー……)
状況的に見るとディニエルがあの男性に話しかけられていたのだろう。そしてそれを嫌がったディニエルは努を盾にした。
ただ途中精霊をスキルで描くことに集中していたので聞こえていなかったが、ディニエルは遠回しな言葉で努へ助けを求めていた。しかし全く助けに来る気配がなかったため、ディニエルは無理矢理努を盾にしていた。
バーベンベルク家当主と繋がりがある努は、他の貴族からすると嫌な相手だろう。そしてあの貴族の男は立ち去っていった。
努はそんなことを思いながら得心のいったような顔をしていると、ディニエルは抗議するような目で睨んできた。
「何で助けてくれないの」
「えー……自分で何とか出来るでしょ」
「そもそもツトムが私と話していれば、あの貴族は話しかけてこなかった」
「えぇ……さっきあれだけ話しかけるなって感じの雰囲気出してたでしょ」
「欲望丸出しの貴族に絡まれるより、ツトムと話していた方がマシ」
「つまり僕も欲望丸出しなら話さなくていいってことだよ――痛っ!」
そう言っている最中に腕を軽く抓られた努は、虫でも払うようにディニエルの手を払った。そんな努に彼女はじとっ、とした目で小さくため息をついた。
「確かに私はツトムとも話したくなかった。疲れてたから。でもあんなにあっさり離れられるのもそれはそれで腹が立つ。それとエイミーのドレスは褒めていたのに、私には何も言わなかった。少しムカついた。挙げ句の果てに私が助けを求めても無視してきた。だから私はこんなにも怒っている」
「そんなに順序立てて説明してくれなくてもいいけどね」
「…………」
「悪かったよ、悪かった」
軽く半笑いをしながら嫌味を返すとディニエルが完全に狩りをするような目で睨んできたので、流石に謝っておいた。しかしその謝罪を全く受け入れる様子のないディニエルは矢継ぎ早に話し始める。
「ツトムは神のダンジョンで私をより多く働かせようともする。しかも私が拒否するギリギリを攻めてくるのは最高にイラッとする。自分のことなのに他人事のような態度も腹が立つ。貴方は自分が夢の中にでもいるつもりなの? それとエイミーがあれだけ迫っているのに貴方ははぐらかしている。それもムカつく」
「どんだけ不満溜めてたんだよ、怖いわ」
「さっきので私は怒った。ここからツトムを突き落としたくなるくらい」
「いや、洒落になってないから。落ち着いてくれ」
「何だその手は。私を馬とでも思っているのか? ムカつく」
「えぇ!? そこで怒るの!? もう僕のやることなすこと全部気に入らないんだな!」
落ち着くように手を前にやったことまで突っ込まれて、努もディニエルがどうやら本気で怒っていることにようやく気づいた。恐らく先ほどワインを少し飲んだこともあるだろうが、ここまでディニエルが饒舌に話すのは珍しかった。
「そう、努が気に食わない。まだ二十年くらいしか生きていない人間の癖に、やけに達観している。謎めいたところを見る度に解明したくてうずうずする。その謎をもっと私に見せろ。全部丸裸にして解き明かしてやる」
「落ち着こう? エイミーでも呼んでくるよ」
「話を逸らすな。今は私と話をしている」
「……うーん、誰かー!! 助けてー!!」
問い詰める刑事のような顔で迫ってくるディニエルに、努は恥も外聞も捨てて大声を上げた。そしてガルムがバルコニーに飛び込んでくると、努はディニエルに腕を取られて十字固めにされていた。