オーリのけじめ
王城に探索者たちが招待される日、無限の輪は各自現地集合となっていた。エイミー、ガルム、アーミラが王都の警備を手伝い、ゼノとリーレイアは実家に顔を見せに行き、ハンナとコリナは観光などしていたためである。
そして努とダリルは仕立て屋から先日届いたスーツを着込み、ディニエルも嫌そうな顔でドレスを着ていた。その後ろでは控えめの服装をしたオーリが目をぎらつかせ、ディニエルがドレスを脱ぎ出さないよう監視している。
「おーい! みんなー! こっちこっちー!」
すると遠くから人目を気にせずに呼びかけてくる黄色い声が聞こえてきた。努が振り向くとそこには手を振っているエイミーがいた。
「じゃじゃーん! どう? どう?」
「似合ってるんじゃない」
当日のお楽しみとわざわざ努の部屋に来てまで言ってきたエイミー。そんな彼女は黄色を基調としたドレスを着込んでいた。それに髪も少し短めに切ったようで、昨日と違い猫耳が二割増し大きく見えた。先日触られたことをきっかけにアピールしているようである。
「エイミー、ツトムの警護は任せた。私は観光してくる」
「らじゃー!」
エルフらしい緑のドレスを着ているディニエルは、そう言って逃げるように王城へ駆け込んでいった。スカートを両手で摘まんで走る姿はさながら十二時の鐘が鳴るまでに帰ろうとしているシンデレラのようだが、ただオーリから逃げたいだけのようである。
他にもスーツが似合いすぎて受付で何処かの貴族と勘違いされて案内されていたゼノと、赤いドレスを着ているのに男っぽい動作で周囲の目線を釘付けにしていたアーミラなど、小さな問題が生じてはいた。そんなクランメンバーたちと努は合流していく。
「けっ、暑苦しいったらねぇぜ」
「今日くらいは我慢してよ。僕だって面倒臭いんだから」
周囲の視線とぎちぎちに巻かれたコルセットをうざがっているアーミラに、努も軽く欠伸をしながら返す。そして王城内で受付を済ませて会場に入ると、立食パーティーのような形式で料理が並んでいた。
「コリナ! 行くっすよー!」
「はいー!」
着ているドレスも気にせず真っ先に料理へと早足で向かっていたハンナとコリナを見送った努は、天井にぶら下がっている金のかかってそうなシャンデリアを見上げる。どうやらそのシャンデリアは王城の名所であるようで、多くの者が感慨深そうな顔で見上げている。そして努は会場内にいる者たちをぐるりと見回した。
他のクランでは普段探索者用の装備しか着ていないアルマがドレスに気合いを入れていたり、ラフな格好が好きなレオンも正装していたりと、普段と違う光景が見られた。すると後ろから猫が威嚇するような声が聞こえてきた。
「ふしゃー!」
「エ、エイミー。何なのです?」
「ユニスちゃーん? ちょっとこっちで話そうか……」
こじんまりとしたユニスはエイミーに脇を抱えられ、そのままお持ち帰りされるように会場内の奥へと連れ去られていった。途中努は抱えられている彼女と目が合って助けを求められた気がしたが、面倒なので放っておいた。
(え?)
そしてそんなユニスを横から見ていた、青いドレスを着ている桃色の髪をした女性。ステファニーは尋常ではない目でユニスを見ていた。まるで能面のように細く、黒目だけが向いていて刺すように鋭い。
(怖すぎるだろ。どれだけ嫌ってるんだ)
闇の深い出来事などには経験のある努も、あんな恐ろしい目をした女性はホラー映画でしか見たことがなかった。
ステファニーのユニスを見る目に内心で動揺していると、彼女は努の視線に気づいた。すると先ほどまでの目が嘘のようにキラキラとしたものとなり、顔を真っ赤にしてしきりに頭を下げ始めた。
先ほどとはまるで人が変わったかのような様子のステファニー。何故あんな目をしておいて、ここまですぐに切り替えられるのか。そんな彼女に努は軽く会釈した。
(何か……前より雰囲気も怖いんだよな?)
ステファニーを弟子としていた時は、自分の教えたことを素直に吸収する優等生で良い子だなという印象しかなかった。だが今のステファニーが自分を見る目は明らかにおかしい。がつがつアタックしてくるエイミーが可愛く思えるほど、ステファニーの視線から感じる熱量は大きかった。
しかし何か変わるきっかけがステファニーと直接あったわけではない。エイミーとは色々な出来事があったのでまだわかるが、ステファニーにそこまで慕われるような出来事はなかった。
それなのに何故ステファニーから異常なまでの熱量を感じるようになったのか、それは挨拶の重要性を知らない努にはわからなかった。
そして恥ずかしがるように会場の奥へと行ってしまったステファニーを見送り、努は暇だったので用意されている料理を眺めていた。慣れないスーツと会場に引け腰だったダリルは、料理に夢中になっている様子である。それに食いしんぼうのコリナも様々な料理に舌鼓を打っているようだ。
「こちらワインになります。よければ如何ですか?」
「あ、頂きます」
そんな者たちに小さいグラスに入ったワインを給仕が進め、軽い立ち話をしている。そして王都内の防衛とかこつけて前線に出てこなかった貴族たちも、食事と美味しいお酒を飲んで満足していそうな探索者たちとこぞって交流を持とうとしていた。
「貴女がかの有名なメルチョーのお弟子さんですか。見事な活躍をしたそうですな」
「いや~、そんなことないっすよ~」
ハンナは度数の高いワインを飲んで顔をうっすらと赤くしてご機嫌の様子である。大分ちょろそうなハンナにはワインをいくら飲んでも顔色を変えないコリナが付いているので問題ないだろうが、一人にすると危ない気配はした。
それと上手く言いくるめられてしまうかもしれないダリルにはゼノとガルムが付いていて、直情的なアーミラにはエイミーが付いている。そして三人には貴族の娘たちが殺到していて、もしダリルだけなら骨抜きにでもされていそうだ。
そして努にも無限の輪のクランリーダーということで、結構な数の貴族が来ていた。だが努は探索者たちの備品をケチった貴族の顔は全員覚えていたし、バーベンベルク家当主が来てからは声をかけられなくなった。
「大分露骨ですね」
「……気分を悪くさせてすまない」
「いえ、わざわざ声をかけて下さってありがとうございます。あ、少しここで待っていて頂けますか? すぐ戻りますので」
少し顔色の悪いバーベンベルク家当主に軽く頭を下げた努は、会場内を歩いてオーリを探した。するとべろんべろんになっているハンナを介護しているオーリはすぐに見つかった。努は小さい声でオーリに話しかける。
「オーリさん」
「あぁ、ツトムさん。どうされました?」
「この機会しかないと思うので、バーベンベルク家へオーリさんを紹介しようと思っているんですけど」
「…………」
そう言われたオーリは表情を硬くした。しかし自分が無限の輪へと入った理由を、努がある程度察していたことにはオーリも気づいている。オーリはじゃれてくるハンナを犬のように撫でながら、少しの間無言で考えていた。
「……では一度、お話させて頂けないでしょうか?」
「はい、いいですよ」
そして決心したような顔で頼んで来たオーリに、努もある程度覚悟しながら彼女をバーベンベルク家当主のところへ連れて行った。酔っているハンナも一人にするのは危なかったので、努はボーッとした様子の彼女の手も引いてきた。
「すみません。お待たせしました」
「いや、構わないよ。隣にいるのは、オーリか」
「はい。今は無限の輪のクランハウス管理をしてもらっているのですが、一度貴方と話したいようでしたので、よければ話してくれませんか?」
「それは構わないが……オーリも顔を上げたまえ」
バーベンベルク家当主は頭を下げていたオーリにそう声をかける。そして努がハンナを連れてそこから立ち去ろうとすると、オーリが彼の手を掴んだ。
「ツトムさんもここで話を聞いていて下さい」
「え? 後で聞きますよ?」
「ここで、聞いていて下さい」
そう言われては立ち去るわけにもいかないので、努は犬のようにじゃれてくるハンナをいなしながらその場に残った。そしてオーリは緊張したような顔でバーベンベルク家当主へ声をかけた。
「お久しぶりでございます」
「あぁ、そうだな」
「……私は今、無限の輪で働いて頂かせています」
「そのようだな」
「……無限の輪に私が入った理由は、再び貴方の下で働きたいと思っていたからです。貴方の息子から解雇の理由も伝えられずに屋敷を追い出されたことは、不当だと感じていましたから。そのためなら私は、何でもやるつもりでした。だから貴方と縁があったツトムさんを利用しようと考えたのです」
オーリは罪を告白するように俯いてそう言うと、努の方を向いた。
「それに私は正直、その時探索者を下に見ていたのでしょう。ツトムさんに取り入って無限の輪を影から操ることなど、造作もないことだと思っていました。ですがツトムさんは貴族にすら劣らない教養を身につけていましたし、私の目的に気づいた上で私を無限の輪に置いて下さっていました。それに気づいてから、私の探索者たちを見る目は変わったのでしょう。それに他の方たちも素晴らしい人ばかりでした。それから私はこの場所に、居心地の良さを感じ始めていました」
そしてオーリは決意したような顔でバーベンベルク家当主の方へと振り向いた。
「今の私の場所は、無限の輪です。なのでもうバーベンベルク家に仕えたいとは思っていません。ですが、最後にお一つだけお聞かせ頂けませんか?」
「……それは何だ?」
「私は、能力不足だったのでしょうか? スタンピードで死者が出たことによって信頼が失墜し、これから厳しい時代を迎えるであろうバーベンベルク家。それを内から支えるには、至らない者だったでしょうか?」
「…………」
オーリの訴えかけるような言葉に、バーベンベルク家当主は何か言い淀むような顔をした。だが無限の輪でオーリの真意を見抜いていた努の方を見た後、彼は自身が指にはめている指輪を撫でながら口にした。
「君の先代は、バーベンベルク家によく尽くしてくれた。私も彼女の仕事には満足していたし、それを受け継いでいるオーリにも満足していたよ」
「……それでしたら」
「だが、バーベンベルク家が落ち目になることは目に見えていた。それでもオーリは身を粉にするほど働いてくれるだろう。私もオーリには屋敷で支えて欲しかったが、私の息子がそれを良しとしなかった。君の仕事には息子も感心していたし、君の煎れる紅茶を楽しみにしていた。だからこそ、ここで腐らせてはいけないと言ってね」
「そんな……私はそんなこと、望んでいません。私は、バーベンベルク家に仕えたかった。たとえ落ち目になるとしても……」
「だから君の能力不足ということではない。そのことで君の自信を無くさせてしまったようだな。すまなかった」
バーベンベルク家当主はそう言って頭を下げた。そんな彼をオーリは呆然とした顔で見下ろした。
しばらく頭を下げていたバーベンベルク家当主は顔を上げると、オーリをしっかりとした顔で見つめた。
「落ち目のバーベンベルク家に仕えさせては、先代に申し訳が立たない」
「そんな……私は」
そう言って二人は何も喋らなくなった。バーベンベルク家当主はオーリの先代にお世話になったようで、その子孫である彼女に迷惑はかけたくなかったようだ。そしてオーリはそんな理由で解雇されたと知らず、呆然としている様子である。
「うぅー! 泣ける話っすねー!! でもおじさん、ひどいっす! オーリが可哀想っすよー!」
そんな二人の顔を交互に見ていた努は、何もわかっていない様子でうーうー言っているハンナを見てため息をついた。
「ちょっと黙ってようね」
「なんっすかー!! オーリは渡さないっすよー!! うちのクランのっすー!!」
「黙ってろ馬鹿」
「んー!! んぐんぐ! んー!!」
少し慌てた様子の努と口を手で塞がれて唸っているハンナを見たオーリは、可笑しそうにクスクスと笑った。
「はい、ハンナさん。私も無限の輪にいたいと思っています。ツトムさん、私はいてもいいでしょうか?」
「そりゃあ、オーリさんなら大歓迎ですけどね。これからもよければよろしくお願いしたいところですよ」
努の言葉に対してオーリは安心したような顔で頭を下げた。そして同様の顔をしていたバーベンベルク家当主にも、努は声をかけた。
「よければ今度息子さんも連れて、紅茶でも飲みに来ませんか?」
「……そうだな。いずれお邪魔させてもらってもいいだろうか?」
「えぇ。その方がオーリさんも喜ぶでしょうしね」
そう努が言うとバーベンベルク家当主も少し嬉しそうな顔で頷いた。そして話に一段落ついたところで、王がそろそろこの会場に到着するというアナウンスが響いた。