全然わかんない
「ふぃー。疲れた疲れた」
王都で音楽隊と共演してからちらほらと人気になってきていたエイミーは、治安維持の手伝いをしながら各所に顔を売ってきたところだ。迷宮都市と違って神台がないのは痛手ではあるが、それでも彼女には自力でのし上がれるだけのポテンシャルとやる気があった。
(王都でも人気が出れば、ツトムも振り向いてくれるかも!)
そんな思惑もあって今日も王都内での営業回りを頑張り、流行りの歌もいくつか練習しているところである。そしてエイミーが宿屋に帰ると、ロビーでダリルが金の宝箱でも引き当てたかのような顔でコリナと喋っていた。
「なんかすごい上機嫌だね。何かあったの?」
「あ! エイミーさん! 実はですね――」
軽い気持ちでダリルに尋ねたエイミーは、彼の話を聞くにつれて目が鋭くなっていった。そしてダリルの話を聞き終わるとすぐに相部屋にいたディニエルを連れ、ゼノの部屋へと乗り込んだ。
「緊急会議を開きます!」
「な、何だね。いきなり」
学園の同期から貰った学術本をのんびりと読んでいたゼノは、鍵を開けた途端に乗り込んできたエイミーに驚いたような視線を向ける。そして眠たげな目でエイミーに引きずられているディニエルは半分寝ていた。
「ツトムが、迷宮都市に帰ったら休日にダリルと食事に行くんだって!!」
「……緊急会議の内容は、もしかしてそれかね?」
「これは由々しき事態だよ!? 努は今まで休日は神のダンジョンのことしかしなかったんだよ!? でもダリルと食事に行くって、全然関係ないじゃん! そもそもダリル前回二軍だったじゃん! それに努は今まで誰とも二人で食事には行ってないはずだし!!」
少しダリルの言ったことを勘違いしているエイミーは焦った顔で歯噛みしている。だがゼノは何を大袈裟なと言わんばかりの顔をしている。
「ダリルは男であろう。ツトムに男色の気配はないぞ」
「これを機に、他の人とも食事するかもしれないでしょ!? ツトムの周りも怪しいんだよ! アーミラちゃんとか、ハンナちゃんとか! 最近は何かリーレイアちゃんも怪しいし!」
「そうかね?」
「そうだよ! それにツトムの弟子だったステファニーなんて露骨だし! あと、ユニスちゃんも怖いよ! ううぅぅぅ! なにさあのシチュエーションは! ずるすぎるよ! わたしだってあんな感じになりたかったのに! ゼノが止めたせいだよっ!」
涙目で抗議してくるエイミーに、ゼノは困り果てた顔をしている。確かにゼノは努が捕まえられたところを見るや飛び出しそうになったエイミーを止め、その代わりに金色の調べのヒーラーであるユニスが飛び出したところを目撃している。
そしてエイミーが言っていたこともわからなくはなかった。正直ゼノは努が自分の守りを捨ててまでユニスを助けるとは思っていなかったが、それでも彼は助けたのだ。そしてその光景はゼノから見ても、美しいものだと感じていた。そんな光景を努に好意を寄せているエイミーが羨むのも無理はない。
「それで、君は私に文句を言いに来たのかね?」
「そうだよ! だからせめてわたしに協力してよ! ゼノ結婚してるし、その辺り詳しいでしょ!?」
「まぁ、それはいいのだが……君の方がツトムには詳しいだろう。私からアドバイスすることなど、ないと思うのだがね」
努と最も親しい者といえば、ガルムなのではないかとゼノは踏んでいる。だがガルムとエイミーが犬と猫のように相性が悪いことは知っていたので、彼女は死んでもガルムの協力だけは借りようとしないだろう。
はてさてどうしたものかとゼノが困っていると、エイミーは寝ていたディニエルの肩を揺らして起こしていた。
「ディニちゃーん! 欲望のない代表として聞きたいの! ツトムをグッとさせるような方法はないの!?」
「んー」
エルフは元々欲が希薄であることで知られているため、ディニエルは努と同じような気配を持っている。そんなディニエルはエイミーに無理矢理起こされて心底面倒臭そうな顔をした後、渋々といった様子で身体を起こした。
「欲望がないわけじゃない。私は知識と睡眠が大事。それ以外は気にならないだけ」
「……つまり?」
「睡眠を邪魔されると腹立つ」
「あじぇじぇじぇじぇ!?」
ディニエルはエイミーのほっぺたを抓った後にちょんと離した。そして欠伸をした後に話を続けた。
「ツトムも神のダンジョンのことを邪魔されると腹が立つ。多分、このスタンピードについても腹が立ってたはず」
「しょ、しょうなのぉ?」
ひりひりとした頬を撫でているエイミーは、猫耳を寝かせながら話を聞いている。ゼノもディニエルの話に少し興味を持ったのか、前屈みになって聞いていた。
「だけどそのスタンピードは終わって、邪魔はなくなった。だから気でも緩んだんじゃない。その時に丁度ダリルがツトムを誘った」
「……つまり、偶然?」
「さぁ、私はツトムじゃないから、推測に過ぎない。ただ私も寝た後は食欲が湧くから。じゃあ私は寝る」
ディニエルはそう言うとゼノの部屋を出て行って自室へと戻っていった。そんな彼女を見送ったエイミーは、うがーっと頭を抱えた。
「わかんないよぉ! もうツトムのこと全然わかんない! わたしどうしたらいいの!? 迷宮都市だったら人気あるのに、ツトムは全然わたしのこと気にしてくれないし! うがあぁぁぁ!! なんでぇぇ!?」
「……相談には出来うる限り乗るが、私の妻に聞いた方が早いかもしれん。迷宮都市に帰ったら聞いてみることにするよ」
「えっ!? ほんと? ありがとー!!」
上目遣いで見上げて礼を言うエイミーは、既婚者のゼノでもグッと来るくらい可愛い。しかし努は確かにエイミーへなびいている様子がなかったので、ゼノは再びどうしたものかと頭を悩ませた。
▽▽
それから三日が経過すると、行方不明であったメルチョーと迷宮制覇隊の副隊長だけが王都へと到着した。その二人の他にも探索者が数名と騎士たちがいたのだが、その者たちは全員戦死したと告げられた。
メルチョーと副隊長を王都へと輸送する馬車は、突如崩壊した地面に巻き込まれて地下へと落とされた。オルビスはメルチョーを最も警戒していたため、彼が王都に来る途中に手の込んだ罠を仕掛けていた。
そしてメルチョーと副隊長はその落とされた穴の中でモンスターに囲まれ、何とか退けたものの周りは虫のモンスターの巣だらけだったそうだ。まるで迷路のように掘られた複雑な巣の中。それにメルチョーの魔流の拳を警戒したのか、その空洞はとても脆く作られていた。そのためメルチョーは強力な魔流の拳を使えず、時間をかけて一団はその巣を探索して出口を求めた。
おおよそ一週間はその迷路を彷徨っていたそうで、道中は虫のモンスターを食料にしながら進んでいたそうだ。だがその巣の中で騎士に探索者までもがモンスターに殺された。
食糧不足による空腹に、睡眠不足によって意識が散漫になっていたところを、彼らはモンスターの大群によって巣の奥へと引きずり込まれてしまった。助けにいこうにも逆戻りをしてしまえば自分が餌食になる可能性が高い。そして幾多もの犠牲を払いながら昨日何とか二人だけが地上まで出てきて、今日に王都へと到着出来たとのことだった。
そしてブルックリンの処遇については大勢の前で裏切ったため、裁判も執り行われずに王城付近の地下にある独房へと送られていた。しかし障壁魔法があるため死刑を公開の場で行うのは万が一にも危険があるため、彼女は魔力が決して与えられない環境でひっそりと生涯を閉じることになるだろう。
オルビスの死体は王都の研究機関に預けられ、ミナについては今のところヴァイスが近くで監視をしながら捕らえている状況である。彼女はオルビスの元人間とは思えない能力の秘密を知る者として、厳重な場所で情報を聞き出されているところだ。ただミナは協力的だったため、尋問されたことは何でも話しているようである。
その情報は一般に公開されることはないだろうが、もう少し尋問の期間を取った後には関係者に流布されることになるだろう。
そしてメルチョーたちの帰還から更に五日が過ぎると、王都を取り纏めている王によって探索者たちは王城への招待を受けた。