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ライブダンジョン!  作者: dy冷凍
第五章
240/410

未熟な拳

「コリナ、回復の準備お願いするっす」

「…………」



 炎の中魔石を小さい片手で何とか持っているハンナにそう言われたコリナは、ただ無言を貫いた。聞こえない返事にハンナは不思議そうに振り向くと、コリナは不安に押し潰されそうな顔をしていた。



「ど、どうしたっすか?」

「……ハンナさん。あれを使う気ですよね。それも、炎の中魔石を使って」



 八十階層突破までハンナとPTを組んでいたコリナは、彼女が魔流の拳を使えることを知っている。ただそれをヒーラーとして側で見てきただけに、コリナは不安だった。


 ハンナは確かに魔流の拳を実用出来るレベルまで使えることはコリナも知っている。そのことをたまたまギルドで会ったメルチョーに聞いたところ、それは凄いことらしい。


 メルチョーに魔流の拳の師事を受けた者は多くいたが、ほとんどの者は実用出来るレベルにすら達しなかった。今も多くの弟子はいるが、神のダンジョンが出来た七年間で実用レベルまで習得出来た者はブルーノしかいない。


 しかしハンナはまだ拙いものの、短期間で魔流の拳をギリギリ実用出来るレベルまで習得していた。それはハンナのセンスが良いということもあるが、背中に翼があるタイプの鳥人であることも起因していた。どうやら鳥人は背中に畳んでいる大きい翼があるおかげで身体の体表面積が多い分、魔力の循環がしやすく溜めやすいらしかった。


 更にハンナは独自の感覚で魔石から得られる魔力を循環させ、身体の一部に集中させて放出することに成功していた。その威力はまだまだメルチョーには届かないが、それでも実用レベルまでの出力は出るようになっていた。


 ただしそれにはまだリスクが伴う。小魔石ですら成功失敗にかかわらず腕が吹き飛び、大魔石ではもはや自爆に等しい。冬将軍戦では大魔石を抱えて自爆して恐ろしい威力を発揮していたが、あのような真似は死が許される神のダンジョンでしか出来ない。


 そして中魔石の使用はギリギリ生存出来る範囲であり、そのリスクを目の前で見てきて回復もしてきたコリナはハンナが無茶をすることを内心嫌っていた。神のダンジョンならまだしも、何の保険もない外でやることは勇気のいる選択だ。


 だがハンナは覚悟の決まった目でそんなコリナを見上げていた。



「コリナ。タンクの役目は、皆を守ることっす。この状況は、あんまり良くないっす。他のクランが来るまでまだ時間もかかりそうだし、早めに打開する必要があるっす」

「そ、それはそうですけど……」



 ハンナの珍しくまともな意見に、コリナはたじろいだような顔をする。確かにオルビスとの戦闘を見るに、ゼノやダリル、アーミラやエイミーも危険に晒されていることは事実だ。オルビスの攻撃を多く受けているゼノやダリルは苦しそうで、このままではコリナの回復があっても長くは持たない。この状況を打開する何かは必要だった。


 ハンナには、何処かこの状況を打開してくれる可能性を感じる。何かやってくれそうな気配。それに彼女の気合いも十分だ。



「それに、あたしはまだ謝れてないっす。ここで何も出来ず師匠に何かあったら、絶対後悔するっす! このまま師匠に謝れなかったら、あたしは……死んだ方がマシっすよ」

「…………」



 ハンナが冷たい判断をする努に反抗し、二人の関係があまり良い状態でないことはコリナもわかっている。そしてちゃんと仲直りしたいというハンナの気持ちもコリナは痛いほどわかっていた。


 コリナはそんなハンナに背中を後押しされ、絞り出すように声を出した。



「……わかり、ました。私が合図したら、出て下さい」

「ありがとうっす!」



 コリナはその気迫に折れたように許可を出すと、ハンナは嬉しそうに青い翼をばさばさとさせた。そして普段邪魔にならないよう畳んでいる背中の翼を全開に広げ、炎の中魔石を握って身体に循環させ始めた。



「魔力っ……!?」



 そして自身も魔石を行使して魔法を使うブルックリンは、すぐにハンナの異常に気づいた。しかしブルックリンの周りには、赤い闘気と殺気が充満していた。



「…………」

「くっ……!」



 障壁の圧縮をものともしていないガルムの今にでも喉元へ噛み付いてくるような迫力に、ブルックリンは怯えたように手をかざす。見たところガルムはただ頑丈なだけで、障壁を破る力はない。檻の中に閉じ込められた獣のはずだ。自分は安全な場所に立っているはずだ。


 だがブルックリンはコンバットクライの影響もあり、闘争心と臆病風の狭間でガルムから目を離せなかった。檻に閉じ込められている立場が逆転しているかのような錯覚に陥り、更に厳重に障壁を張ることしか出来ていない。



「どうぞ!」

「行くっすよ! 皆! 少し離れて欲しいっす!」



 そして治癒の願いを複数重ねがけして時間を計っていたコリナが合図を出すと、翼を全開に広げたハンナが前に出た。そんなハンナの声と姿を見て彼女がやることを察した無限の輪のクランメンバーたちは、タンクやヴァイスを除いて一斉に退いた。



「足止めは俺がやる。退け」

「すまない、任せた!」



 オルビスに腹を蹴られて胃液を吐き出していたダリルを連れ、ゼノもその場から離脱する。そしてヴァイスが大剣を巧みに使いこなしてオルビスの攻撃を凌いでいる間に、炎の魔力を十分に溜めたハンナが追いついた。その右腕は不死鳥の魂が付与された大剣のように赤く染まっている。


 魔力が右腕に濃く集まり、既に熱が溢れてその場所だけ蜃気楼が起きたように歪んでいる。そしてハンナはその右腕を振り上げた。



「食らえぇぇ!!」

「それは、嫌ですね」



 ハンナが一直線に放った拳を、オルビスは右にかわす。だがその右腕から放たれた炎の魔力は直撃を避けたオルビスを余波で焼きながら吹き飛ばし、その一撃はブルックリンへと向かった。易々と障壁を打ち破るその魔力は、ブルックリンが自身を守るために構築した障壁へすぐに辿り着く。



「魔流の拳だと……!? あの爺以外に使える奴がいたのか!?」



 目の前に迫ってきた魔力の塊にブルックリンは驚愕しながら、何とか障壁で押さえ込もうと奮起している。



「行くよ! アーミラちゃん!」

「ちゃんはいらねぇよ!」

「援護する」



 ハンナが魔流の拳を放って開けた努への道に龍化結びを済ませたエイミーとアーミラが続き、ディニエルはその場で矢を番えて援護の体勢に入る。エイミーの目は龍化結びの影響で龍化しているアーミラ同様に爬虫類のようなギョロリとしたものになり、鱗の張られた首は赤く発光していた。



「……メルチョーを抑えておいて、良かったと思うべきでしょうか」



 オルビスはハンナが放った魔流の拳の直撃を避けたが、左半身はその余波を受けて焼き爛れている。オルビスはハンナがメルチョーの弟子であることを知っていたが、ここまでの実用性を確立していたことまでは知らなかった。弟子ですらこの威力だ。メルチョーを抑えておいて良かったと、オルビスは思うしかなかった。



「……恐ろしい威力だな」



 ちなみにその余波には最後まで足止めしていたヴァイスも巻き込まれていて、オルビス同様に左手が焼き爛れていた。しかし不死鳥の魂によってその腕に炎が纏わり付き、重度の火傷は徐々に治っていった。



「はっ……はっ……」



 しかしそんな威力の一撃を放ったハンナの状態は、死の一歩手前といったところだった。魔力を集中させた右腕は枯れ木のように細くなり、肩まで炭のように真っ黒だった。更に余波も受けて全身重度の火傷を負い、放っておけば数分で死に至るような状態だ。


 魔流の拳を放ち始める前から治癒の願いが叶って回復していなければ、死んでいてもおかしくはなかった。まだ治癒の願いで回復が追いついていないハンナの下にコリナは走り寄り、緑のポーションを全身へ振りかけて更に飲ませた。重ねがけした治癒の願いと緑のポーションによって、ハンナの傷は癒えていく。


 ハンナを自分の着ていた黒い修道服で包んだコリナはすぐに彼女を前線から下げ、悲しげな顔で更に治癒の願いを追加でかけていく。するとそんなコリナの肩を後ろから叩いた者がいた。



「その子の回復を、わたくしに任せて頂けますか?」

「貴女は……」



 コリナの後ろには真面目な顔をしているステファニーが一人で立っていて、指揮棒のような杖をハンナに向けていた。アルドレットクロウの一軍であり、努が一目置いている彼女はコリナも勿論知っていた。ステファニーはハンナの状態を見ながら口にする。



「そこまで深刻な状態ではないですが、このままでは後遺症が残りリハビリに時間が取られる可能性もありますわ。私ならばすぐに治せますわ。任せて頂けますか?」

「お願いします……!」



 コリナも探索者になる前から親の職業上看護の仕事を身近に過ごしていたため、ハンナの状態はよくわかっていた。回復の役目を託してくれたコリナを安心させるようにステファニーはにっこりと笑うと、すぐにハンナの回復に入った。


 即時の回復ではやはり白魔道士の方が強く、実力があれば腕を再生させることも可能だ。勿論祈祷師も腕の再生は出来なくはない。しかし現状は白魔道士の医者が多いため、祈祷師よりはその方法は確立されていた。


 ステファニーは長年白魔道士をしているだけあって、腕の再生も出来る実力を兼ね備えている。彼女はすぐにハンナの腕を再生と火傷の手当に務めた。



「ツトムっ!」

「端に寄れ! ぶった切る!」



 そしてブルックリンが魔力の対処をしている間にエイミーとアーミラが努のところに辿り着き、パワースラッシュと岩割刃によって障壁は割られる。ウンディーネに包まれていた努はエイミーに手を取られ、障壁の檻から救出された。



「助かる。すぐ離れよう」

「もち!」



 努の手を取って安心したのかエイミーは涙を流しながら笑うと、アーミラと固まりながらその場を離れた。その頃になってブルックリンはようやく炎の魔力を打ち消し、逃げられた努たちの前に再度障壁を張る。



「邪魔!!」



 しかし砂を蹴って前方の障壁を確認していたエイミーが岩割刃を使って打ち破り、追加で張られたものは龍化したアーミラがパワースラッシュで引き裂いた。音楽隊の支援と龍化結びによって強化されているエイミーは、アーミラ同様に障壁を切り裂いて前へ進んでいく。



「どいつもこいつも……無茶するな」



 そしてエイミーとアーミラの先導で無限の輪と合流を果たした努は、魔流の拳を使ったハンナに何とも言えない視線を向けていた。ただその治療は既にステファニーがしてくれていたので、努は一言礼を言ってオルビスとブルックリンに向き直った。



「ガルム、そのままブルックリンを引きつけて。アーミラは障壁の破壊。エイミー、リーレイア、ゼノ、ダリル、ディニエル、オルビスを抑えに向かって。コリナは僕と一緒に支援回復だ。皆のおかげで助かった! だけど、これからが踏ん張りどころだ! 頑張ろう!」



 努が拡声器を持って指示を出すと、クランメンバーのほとんどは笑みを深めた。ディニエルだけは面倒臭そうな顔をしているが、その指示に不満はないのか弓の弦を指で弾いていた。


 ただ近くに控えていたステファニーは心配そうな顔で努の側に寄った。



「ツトム様。一旦下がってもよろしいかと」

「いや、オルビスはここで叩かないと不味い」

「そろそろ、ルークが召喚を終える頃です。そちらに任せても問題ないでしょう」

「召喚?」

「ひゃぅ」



 努は近くに来たステファニーに振り返りながら聞き返すと、彼女は軽く悲鳴を上げながら後退った。突然変な声を出したステファニーに努が怪訝な顔をしていると、丁度彼女の後ろから武士のような純白の甲冑を着込んだ者が迫っていた。



「あ、冬将軍か!」



 アルドレットクロウのルークが複数の召喚士と協力して追加で呼び出した召喚モンスター、冬将軍がオルビスの腕を瞬く間に斬りつけていた。


 みるみるうちに冷気を発して凍らせてこようとしてくる冬将軍から、オルビスはすぐに離れた。そんなオルビスの背中から突如として青い馬も召喚され、まるで闘牛のように彼を頭で突き飛ばして冬将軍の下に走り寄った。



「じ、直に遠距離攻撃部隊の準備も整います。それまでの足止めはアルドレットクロウと迷宮制覇隊が受け持ちます。ツトム様たちはもう撤退してもよろしいかと」

「あぁ、なるほど。ありがとう。ならハンナと他数名は撤退させる。でもここまで来たら僕も手伝うよ。せっかく助けてもらったんだ。少しはそれに見合うことをしなくちゃね」



 努はステファニーに再度礼を言うと、自身はマジックバッグから白杖を出した。依然としてオルビスと対峙する者たちに回復をする者は必須だ。それには卓越した技術を持つ白魔道士か祈祷師にしか出来ないことである。


 そういえば黒杖は何処にいったのだろうと努はふと思ったが、最悪なくても支援回復は出来る。努はオルビスと互角の戦いを繰り広げている冬将軍に撃つヒールを放ち、ステファニーも高揚した顔で同様に動き始めた。


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