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ライブダンジョン!  作者: dy冷凍
第五章
239/410

寝返り

 まるで蹴られた石ころのように飛んでいったユニスを、努は唖然とした顔で見送った。白魔道士よりVITの高いアタッカーでさえ死ぬ危険性の高いオルビスの攻撃を、素のユニスが耐えられるわけがない。障壁に当たって地面に落ちたユニスを努は遠目で見るしかなかった。



「……ウンディーネ?」



 しかし努が閉じ込められている障壁内からは、ウンディーネの姿が消えていた。努の呼びかけにも答える様子はない。そして遠目に見えるユニスは、何処か青っぽい物に包まれていた。


 するとウンディーネはユニスの身体から離れ、すぐに努の下に帰ってきた。目の前に現れた水の精霊である彼女を、努は思わず見上げた。



「ユニスは、助かったか?」

「…………」



 こくこくと頷くウンディーネに、努は安堵の表情でため息をつく。先ほど首を振られたのでてっきり無理なのだと思っていたので、余計に安心した。


 そして何処か褒めてほしそうな顔をしているウンディーネの頭をぽちゃぽちゃと撫で、良くやってくれたと両手を取って握りしめた。そんな努の行動にウンディーネは満面の笑みを浮かべ、両方の指を変形させて努の手に絡めつかせていた。


 先ほどウンディーネが努に対して首を振ったのは、助けることが可能かということではなく、彼女が努を守ること第一で動いていたからだ。だからユニスを守れと言われたことに対して首を振った。その間に努が危険に陥るのをウンディーネも、自身を契約させたリーレイアも嫌うと考えたからだ。


 だが努がここまで感情を露わにしたことを、ウンディーネは今まで一度も見たことがなかった。なのでそんな対象となったユニスにウンディーネは深い嫉妬を覚えながらも、助けなかった時の努を考えて彼女をオルビスの攻撃から守っていた。


 しかしウンディーネに守られたからといってユニスは無傷ではなく、意識を失うほどの衝撃は受けていた。ただ何度か障壁に当たりながら死に物狂いで辿り着いたレオンが保護したため、恐らく助かるだろう。



「無駄死にならなくて、よかった……」



 知り合いの中では嫌いな部類とはいえ、それでもユニスが死ぬのは努としても心苦しい。それにユニスがここまで来たことに対して、努は思うところもあった。


 ユニスが一人でここまで来たことは、愚かな行動だと一蹴出来る。恐らくエイミーやハンナがここに来ても努は同じことを思うし、愚かなことだと感じただろう。もし努が同じ立場だとすれば周りの力ある者たちと協力して救出に臨むし、それが一番救出に繋がる行動だ。


 恐らくその行動を無限の輪は取ってくれているようで、リーレイアからも障壁対策でウンディーネがすぐに送られてきた。遠目ではステファニーも周りのアタッカーやタンクを説得してこちらへ向かおうとしてくれていたようで、その行動は努から見ると正しい。


 しかしユニスは何故か一人でここに向かって走ってきた。まずユニスが一人でここに向かったところで、オルビスに殺されるだけだ。タンクやアタッカーすら蹴散らしているオルビスに、白魔導士であるユニスでは絶対に勝てない。力、速さ、恐らく頭脳も負けているだろう。勝てる要素がない。


 だがユニスの行動をオルビスが深読みをするという特殊な状況が噛み合い、偶発的に彼女は努の目の前へ辿り着いていた。しかしその先にもブルックリンがいて、障壁魔法を破れる者でなければ救出は不可能である。そしてユニスには障壁魔法を破る力はないため、そこでオルビスに追いつかれて蹴飛ばされた。


 更には努を守っていたウンディーネがユニスを庇うこととなり、結果を見ればむしろ助けられているのは彼女の方だ。なのでユニスの行動は努から見ればとても愚かなことで、そのことは口にも出していた。


 だが、そんな愚かな選択をしてユニスがここに来たことは努にとって意味はあった。


 ブルックリンによって障壁へ閉じ込められてここまで連れてこられた時、努は不安と恐怖で一杯だった。間違いなく殺されると思ったし、ウンディーネが来た後もその恐怖は拭えなかった。


 だがユニスがここまで辿り着いた時、努は内心救われた気がした。結果を求めるならば無限の輪やステファニーが正しく、ユニスの方は愚策である。だがこんな状況で何の力も持たないユニスがここまで来てくれたことで、努は不安だった心を支えられてた。結果を見ればむしろ不利益を与えられたが、それでもユニスの気持ちは届いていた。



「次に余計なことをすれば、足を潰す。貴様は生きていればいいんだ」



 だからこそ障壁を圧縮して脅しを利かせてくるブルックリンに、努は余裕のある顔で自分を守ってくれているウンディーネに手を触れながら口にする。



「やってみろ。それで万が一にも僕が死ねば、貴女もオルビスに殺される。……僕は神に愛されているからね」

「…………」



 余裕のない目で睨んでくるブルックリンを、ウンディーネが顔だけを形成して睨み返している。少し怖い光景に努が苦笑いしていると、ブルックリンは苛立たしそうに地面を蹴って障壁の圧縮を止めた。



「それよりも、僕はここで貴女がオルビスに付くことが疑問だね。何で今更になってオルビスに協力する? 協力するんだったら、オルビスが屋敷に侵入した時に出来たはずだ」

「……探索者は、異常だ」



 ブルックリンは周囲にある万を超えるモンスターの死体に、遠くへ見える巨大なモンスターの亡骸二つを見据えている。



「あんな巨大なモンスターを操り、視界を埋め尽くすほどのモンスターを一瞬で殺戮する。高々三百名程度でこの有様だ。僕の障壁を破ったオルビスですら、手も足も出ていないじゃないか。迷宮都市にある戦力、これからも増え続ける探索者のことを考えるだけで吐き気がする」

「…………」

「バーベンベルク家の言う通り、第二の革命が起きれば僕は吊るされるだろう。今ここで吊るされるか、革命で吊るされるか。早いか遅いかの違いさ」

(……オルビスがここで勝てると、少しでもこいつは思ってるのか?)



 ブルックリンの言うことを聞くに、彼女はまだオルビスに手があると思っている節が見られる。だが努から見ればオルビスはそもそもこの場で勝利することを考えていないように思っていた。


 もしスタンピードに乗じて神のダンジョンを封鎖しようとしたのなら、オルビス側にいくらでもやれることはあった。ただ最善を尽くしても最終的に神のダンジョンの封鎖まではいかず、爪痕は残せても道半ばで途絶えると予想は出来る。それほどまでに探索者や貴族の戦力に、神のダンジョンから出る利益を享受している者たちは多い。


 今や神のダンジョンから出る安定的な魔石に、宝箱から出る道具には様々な国が依存している。その供給が止められるのを嫌う者たちは探索者だけではない。王都を中心とした様々な場所で神のダンジョンから得られる安定的な物資は必要とされている。


 そのことを理解していたオルビスは何もせずに正面から王都にモンスターを向け、自身も姿を現してこの場で戦った。そして恐らく意図的に集めたであろう民の前で演説らしきものを始めた。なのでオルビスは自分が神のダンジョンを規制するのではなく、その思想を世界にばら撒くことに務めたのだと努は考えていた。


 その他にも諸説あるだろうが、少なくともここでオルビスが勝つと考える者は少ないだろう。しかしブルックリンはそう考え、オルビスの味方につくことを選んだ。だがそんなブルックリンの行動を見るのは二度目である。


 一度目は、ブルックリンがオルビスに襲撃を受けた時だ。その時重傷を負った彼女は今まで敵視していた探索者と手を組むことを決めた。それは自分の障壁を壊せるまでの力があるオルビスを恐れたからだろう。そして今回オルビス側に回ったのは、探索者の力を目の当たりにしたからだろうか。



(随分と臆病者なんだな)



 今も何処か落ち着きのないブルックリンを見て努がそう思っていると、王都の方面から拡声器によって増幅された声が響いた。



 ▽▽



「ブルックリンは裏切った」



 両足を障壁で潰されてその場から動けなかったクリスティアは、地面を這って移動して拡声器を手に握っていた。


 クリスティアは太腿ふとももから障壁で潰されたので這った跡にはおびただしいほどの血が付着しているが、もう応急処置は自分で済ませているようだ。そんなクリスティアの声に外へいた探索者たちは耳を傾ける。



「バーベンベルクが多方面に障壁を張っているため、オルビスとブルックリンはそう簡単には逃げられない。総員、二人が逃亡するようなら全員で固まって追撃せよ」



 両足を潰されているにもかかわらず平常心を崩さずに喋っているクリスティアは、バーベンベルク家当主の周りにある障壁を自主的に割ろうとしている探索者たちを見ながら指示を続ける。



「ブルックリンはバーベンベルクに障壁を割いているため、そこまで強力な障壁は張れない。それにアタッカーの攻撃を纏めれば障壁を割ることは可能だ。アタッカーは必ず五人は固まれ。タンクの頑丈さならば障壁による圧縮もそれほど脅威ではない。ヒーラーは必ずアタッカーと共に行動し、絶対に離れるな。孤立すれば死ぬ可能性が高い。アタッカー五、タンクとヒーラーを合わせて五の十人PTで行動せよ。そして出来るだけ時間を稼げ。時間が経てばバーベンベルク家の障壁でどうとでもなる」



 ブルックリンの裏切りをまるで予測していたかのように冷静な声で指示を出すクリスティアに、探索者たちも少し落ち着きを取り戻して行動を開始する。すぐに同じクランメンバー同士で固まり、十人PTを形成した。



「では、行こうか。無限の輪、出撃!」

「なんか腹立つ……」



 その中で一番に飛び出したのは、事前に努救出作戦を固めていた無限の輪だった。指揮はゼノが執って九人で固まりながら努のいる場所に向かって走り出す。


 そんな無限の輪の後ろから、黒いローブを着た男が空を飛びながら追いつく。それは先ほどオルビスに首の骨を蹴られ折られたヴァイスだった。不死鳥の魂によって致命傷であろうと精神力があれば治すことの出来る彼は、折られた首も既に完治している。



「道は開く」

「頼んだ」



 ヴァイスとガルムが一言ずつ言葉を交わし、アーミラはそんな二人を見て大剣を肩に担ぎながら前に出る。



「不死鳥の炎」



 ヴァイスは不死鳥の炎を前方へ巻くように放ち、それが止められたところに目を付けた。するとそんな彼の後ろからアーミラが顔を出す。



「あんたはさっき防がれてただろ。俺が代わりに斬る」

「……障壁か」



 物申してくるアーミラにヴァイスは目もくれず、炎の進行を防いでいる障壁に目を向けた。


 迷宮都市ではバーベンベルク家の張る障壁の頑丈さを証明するため、有名探索者たちが民衆の前で攻撃を仕掛ける行事があった。その中には勿論ヴァイスもいて、障壁へ実際に攻撃したことがある。ただその行事はバーベンベルク家も相当準備をかけて障壁を形成するし、探索者たちも気を遣って手は抜いていた。


 バーベンベルク家の時間をかけて構築された障壁と、先ほど刀を防がれたカンチェルシア家の障壁。その感触は同じ障壁魔法とはいえ、明らかに違うものだ。やはり即興で作った障壁魔法は、事前に準備したものとは強度が違う。


 ヴァイスが大剣をマジックバッグから出して柄を両手で握ると、それは不死鳥の魂の効果ですぐに赤く染まった。そして炎が停滞している場所へ大剣を振ると、障壁に防がれて止まった。


 だがヴァイスは大剣の重みと熱量を利用し、障壁を溶かし切るように切り裂いた。ヴァイスは後ろから来るであろう探索者たちの道を切り開くように障壁を破壊していく。



「パワースラッシュ!」



 スキルもなしに次々と障壁を斬っていくヴァイスを見てアーミラは少し呆気に取られたが、すぐに負けじと大剣を唸らせる。音楽隊による支援と龍化、更に大剣士のスキルがあればアーミラも障壁を割ることが出来た。ヴァイスとアーミラによって不規則に張られていた障壁は次々と割られ、道は切り開かれていく。



「でかぶつめ」



 ディニエルはそうぼやきながらクリスティアに負けない勢いの矢をオルビスに放ち、エイミーがそれと同時に前へ出る。ゼノとダリルもオルビスを抑えに前へ出て、ガルムは努の傍にいるブルックリンへ切れ長な目を向けた。



「コンバットクライ」



 普段よりも赤みがより濃くなっているコンバットクライは、オルビスを通過して努やブルックリンにも届いた。その重圧はオルビスも少し気を取られるくらいには濃く、何の心構えもしていないブルックリンの視線はガルムに釘付けとなった。



「来い」

「っ!」



 今すぐにでも喰いかかってきそうなガルムに恐れをなしたのか、ブルックリンは咄嗟に手を向けた。するとガルムの周りを障壁が囲い、彼を圧殺しようと迫った。


 しかしVITがA+のガルムに単なる障壁の圧縮は通用しない。しっかりクリティカル判定の部位を狙って鋭利な障壁でも突き出せば結果は違ってくるだろうが、単なる全体の圧縮では効果が薄い。



「いやはや、中々厄介ですね」



 だが先ほどポーションで回復したオルビスは無限の輪とヴァイスが相手でも、まだ五分といったところだった。その後ろでコリナは必死に願いを回してダリルやゼノを回復し、ヴァイスやアーミラなどの高火力組が応戦しているが、オルビスに中々手痛い一撃を与えられないでいた。



「……そこは通してもらうっすよ」



 その光景を見ていたハンナはポーチ型のマジックバッグから火の中魔石を出すと、それを右手で握りしめた。


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