飛ばすスキルとお団子スキル
「よっす」
「どうも。レオン、作戦を話します」
ユニスと一緒に付いてきたレオンに挨拶しながら、努はオルビスにぶん殴られて嘘のように吹っ飛んでいるゼノにハイヒールを送る。そして側に付かせていたエイミーとアーミラをオルビスの方へ向かわせた努は、地面に突き刺した黒杖を右手で掴みながら作戦を話した。
「僕の支援回復だけだと、そろそろヘイトを買いすぎて破綻します。その前に手を打たないといけません」
今は努の黒杖を使った派手な支援回復に、紅魔団のセシリアが中心に纏めているヒーラー数名で戦況は保てている。だが現状は黒杖を持った努の比重が大きく、このペースで支援回復をすればオルビスだけでなくモンスターにも狙われることは目に見えていた。
そしてレオンも人員が増加されたことで余裕は出来たが、代わりにオルビスと戦っている者たちに回復スキルを送りづらいことは依然として変わらない。
探索者との戦い方を熟知しているオルビスは甘い場所に放たれた支援回復を吸収してくるため、ヒーラーたちは彼の近くへ迂闊にスキルを放てない状態だ。モンスターと戦っている探索者に放ったヒールすら、その異常に発達した筋肉を使い爆発的な速度で移動して吸収してくるため、ヒーラーからすれば厄介この上ない。
そのため現状でオルビスが動ける範囲の中にいる探索者に支援回復が出来る者は、撃つスキルを使いこなせる努しかいない。一応クリスティアも出来る可能性は十分にあるが、彼女は指揮と強力な弓矢での攻撃に割り振りたいところである。
だが努だけでオルビスの動ける範囲内にいる探索者を全員支援回復することは出来ても、それではヘイトを買いすぎてモンスターにも狙われることになる。そうなれば均衡は崩れて危うくなるため、今は努以外のヒーラーがもう一人は必要な状況だった。
もし優秀な祈祷師がいれば努の代わりとなるのだが、少数精鋭の紅魔団とレオンの嫁だらけの金色の調べには今のところ在籍していない。アルドレットクロウの上位軍に入っている祈祷師かコリナがいれば代わりは成り立つが、今は王都内にいるため使えない。
「ユニスを、第二のオルビス対策ヒーラーにします」
そう言った努にレオンは少し意外そうな顔をして、ユニスは一文字に口を閉じて固まっている。
もしステファニーがこの場にいるのならそちらに任せたかもしれないが、彼女も祈祷師同様に現在王都のモンスター掃討へ駆り出されている。それにユニスの能力は今の戦況に噛み合っているため、彼女でも問題はないと努は判断していた。
目を丸くしているレオンに努は雑に作り上げたヒールをバリアで包み、それを手で持って前に出した。
「レオンはユニスの作ったお団子スキルを皆に配って下さい。それでユニスにも皆を回復させ、僕の支援回復の比重を減らします。黒杖を持ちながらお団子スキルを作成すれば実用性が高くなるので、大分楽になります」
「なるほどなー、それで仲良く黒杖掴んでるのな」
レオンは顎をさすりながら隣同士に位置取って黒杖を掴んでいる二人を見つめた。とはいえユニスは努にそっぽを向くように背を向けてふわふわとした尻尾で黒杖を掴んでいるので、とても仲が良いように見えない。
『ライブダンジョン!』ならば武器の共有など不可能であったが、この世界では二人が持っていても問題なく黒杖は使える。なので触れてさえいればユニスはお団子スキル、努は撃つスキルを黒杖で強化しながら使うことが出来た。
すると金色の尻尾で黒杖を掴みながら両手で泥団子をこねるようにしているユニスは、努の方に振り向いて不機嫌そうに目を細めた。そしてすぐにレオンへと振り向く。
「私は、レオンと仲良くしたいのですよ」
「ありゃま、参ったね」
既に次々とお団子ヒールやメディックを作成していたユニスは、媚びるような上目遣いでレオンにそう言った。するとレオンも困ったように頭を掻きながら、悪い気はしていない様子である。
王子様とお姫様の独特な甘ったるい空気を努は臭そうな顔で見た後、ユニスからお団子スキルを受け取ったレオンに声をかける。
「もし僕たちがオルビスに狙われたら、レオンはさっきやっていたみたいに運んで逃がして下さい。オルビスに狙われた時はレオン頼りになりますから」
「りょーかい。任せとけ!」
「最悪、こいつを囮にして逃げるから大丈夫なのです」
そんなことをのたまうユニスを努は無視しながら、オルビスと戦っているリーレイアに追加のヘイストを撃つ。
二段階ヘイストが上昇している状態のリーレイアは目にも止まらぬ剣戟でオルビスを牽制し、その隙に大剣を持ったアーミラが強大な一撃を加えようと迫った。
オルビスは大剣が振られる前に先んじて間合いに入り、太い腕でアーミラを払い落とす。そして地面に倒れながら受け身を取ったアーミラには追撃せず、リーレイアの放った精霊魔法を拳圧で吹き飛ばした。
(……アーミラに対しては、ぬるいよな)
もし地面に倒れた者がアーミラでなければ、恐らくオルビスはその頭を踏み潰そうと追撃していただろう。ゼノやリーレイア、エイミーなどに対してオルビスは本気で殺しにかかろうとしていることは、遠くから見ている努にもわかる。他の探索者たちにもオルビスは何処か対策をしているような動きをしていて、タンクやアタッカーたちは大分苦戦を強いられていた。
(レオンも捕獲しようとしていたみたいだし、ユニークスキル持ちに対しては何かあるんだろうな)
オルビスの行動からは相手の嫌なことをとことん突き詰めて殺すという『ライブダンジョン!』の対人プレイヤーのような殺意を努は垣間見ていた。勿論素の強さも持ち合わせているが、オルビスの強さは探索者対策をしているからこそ際だって見える。
VITの加護が薄いクリティカル判定の部位を狙ったり、白魔道士の回復スキルを吸収するなど、基本的な探索者たちの弱点を突いて戦っている。それに探索者のジョブに合わせて動きを変え、恐らく個人の対策も済ませているように見えた。
そんな対策万全のオルビスと相対した探索者たちは、甘い動きをすれば殺されることはわかっているのだろう。タンクたちは致命傷を負わないとはいえ、一方的に強力な攻撃を何度も受ければ戦意は挫ける。アタッカーも一撃必殺の力と油断出来ない速さで動くオルビスには攻めあぐね、多対一でも戦いになっている。
だがその中で唯一、アーミラに対しては手加減しているように見える。戦闘の外から見ることでしか気づけないような、とても僅かな加減。ただ幸いにもアーミラはその手加減に気づいていないようだったので、努は少しだけ安心した。もしその手加減を知れば、アーミラが無茶な攻撃を仕掛けることは目に見えていたからだ。
(さて……そろそろ配り終えたかな)
レオンが目で捉えられないほどの動きで探索者たちにお団子スキルを渡していく様を見て、努はオルビス周辺に飛ばしていたスキルを控えた。そしてリーレイア、アーミラ、エイミー、ゼノに対してのみ撃つスキルで支援回復を継続させる。
するとお団子スキルをある程度作り終えたユニスは戦況を確認するために上空へと向かい、黒杖を左手で掴んでいた努も引っ張られるように上がっていく。
「自分で上がれです!」
「お前が急に上がったんだろ。そもそもお団子スキルを空中で効率よく作れたら、最初から上にいるんだよ」
「……うるせーです。集中するから話しかけるなです」
「はいはい」
その指摘に対して何も言えないユニスはぐぬぬと唇を噛んだ後、上空から目を凝らして探索者を見下ろし始めた。そんなユニスの様子に努はため息をつくと、彼女が使えなかった時のことを考えながら戦況を見守った。
透明な障壁のバリアでメディックやヘイストなどの支援回復スキルを包み込み、霧散させることなく保つ技術。その技術は努の命名したお団子スキルで定着し、ユニスは神のダンジョンでそれを主軸として使用していた。
ユニスは努から教えられたものは一通り使用出来るため、撃つスキルも問題なく使用出来る。それにレオンに対して撃つヘイストを当てることも、可能ではある。火山階層での共闘で努がレオンに撃つスキルで支援しているのを見て、ユニスは撃つスキルを練習していたからだ。
ただ努のように撃つスキルで支援を途切らせることなく継続させることは、ユニスにはまだ難しかった。撃つスキルは銃弾のような速さで飛ばせる代わりに、効果は低くなる。そのため継続して当てることが必須であるが、ユニスは良くて五割程度しかレオンに当てることが出来なかった。
そこでユニスはお団子スキルというものを自分で考案し、レオンにそれを持たせることで支援回復を継続させることに成功していた。しかしお団子スキルの実用性は白魔道士たちの間でもそこまで評価されなかった。
まずバリアを小さく丸形に加工するだけでも結構なスキル操作を必要とし、時間が経過するごとに中へ入っているヒールなどの効果は減退していく。更に使用する精神力も多く使う機会も限られるため、お団子スキルを使っているのはユニスくらいであった。
「ふー」
そんなユニスは集中するように息を吐くと、八十近くバリアの中に閉じ込めて現存させているヒールとメディックを頭の中で整理する。そしてオルビスの拳で吹き飛ばされて地面を転がった探索者たちに目星をつけると、少し震えている指を合わせた。
するとその探索者たちの身体に緑の気体が巡り、内臓に負っていたダメージを回復させる。その間にレオンが新しいお団子スキルをポケットに滑り込ませると、自身はオルビスの足止めに向かう。
「ある程度は出来るみたいだな」
「……当たり前なのです」
流石に八十近くあるお団子スキルを全て把握してはいないだろうが、大体どの辺りにあるかをユニスは感覚的に理解出来ているように見える。そしてモンスターやオルビスに攻撃を受けた者たちのポケットやフードに入れられたお団子スキルは、次々と外殻であるバリアが解除されて効果を発揮していく。
流石に今まで実戦でも使っていただけあって、ユニスのお団子スキルを使った回復は中々様になっている。先ほどこの作戦を話した時、ユニスは大人数でのお団子スキル運用はまだしたことがないと言って無理だと喚いていた。だが現状を見ればそこそこ上手くいっている。
(まぁ、あれでも筋はそこそこいいし。出来るとは思ってたけど)
努は弟子時代にユニスの飲み込みの早さを実際に体感している。性格には難があるが、最初から中々のセンスは持ち合わせていた。それに金色の調べの戦闘を神台で見ていて、ユニスにはまだまだ余裕があるとも思っていた。そのため今回大人数でのお団子スキル運用で、支援回復を担ってもらおうと考えたのだ。
努は無限の輪のメンバーたちが問題ないか逐一確認しながら四人だけに支援回復を飛ばし、全体の戦況が問題ないかを確認した。努やユニスの他にも紅魔団のセシリアという白魔道士が他のヒーラーを纏め、モンスターと戦っている探索者たちを中心に支援回復を送れている。
オルビス付近の探索者もお団子スキルによる支援回復で、ある程度余裕を持って戦えてはいる。苦しいが死までは見えない状況を保てているため、十分だろう。
オルビスは無限の輪の四人や他の探索者が戦闘に加わってからは防戦一方だ。加えてクリスティアの射撃に突発的に現れるレオンがノイズとなり、上手く封じ込められている様子である。ただお互いに決定打が中々取れず、鍔迫り合いのような状態だ。
その中でも一番に気にかかるのは、背後から迫るモンスターの大群。あれがここへ到達するまでにオルビスを倒して障壁内に避難して態勢を立て直すのが一番良いが、今のところ難しい様子である。ただその判断についてはクリスティアが下すだろう。
「そろそろ下に降りるぞ。お団子補充だ」
「……わかってるのです」
「まぁ、お前が失敗したら僕が代わってやるから気楽にやりなよ」
「うう、うるさいのです! 私だけで十分なのです!」
ユニスは強がるようにそう言ったが、努の手には先ほどから黒杖を通じて彼女の尻尾が震えているのが伝わっている。別に努もユニスへ声をかけたくはないが、放置すればド緊張している彼女が失敗するのは目に見えていた。なので努はたまに声をかけたり、軽い指示を出してユニスを落ち着かせていた。
「う、ぐぅ」
そして地上に降りてお団子スキルを作り始めてすぐに、ユニスは気持ち悪そうに胸を押さえて蹲ってしまった。脂汗をかいて真っ青な顔をしていることからして、恐らく精神力が切れてしまったのだろう。
「青ポーションは?」
「…………」
精神力はゼロになっても死にはしないが、死に匹敵するような気持ち悪さを味わうことになる。蹲って動けない様子のユニスを見て努はため息をついた後、マジックバッグから青ポーションの瓶を出して彼女の口元に近づけて傾けた。
「!!」
するとユニスはがっつくように青ポーションの瓶口を咥えてごくごくと飲み始めた。努は最低限しか飲ませないつもりだったので瓶を引こうとしたが、ユニスは両手でがっしりと掴んで離さない。まるで乳瓶を離さない幼子のようなユニスを、努は面倒臭そうな目で見下ろしていた。
「ぷはっ」
そしてユニスは生き返ったように瓶から口を離すと、戸惑ったように目を丸くして努を見つめた。そんなユニスに努は首をしゃくってお団子スキルを作るように促すと、彼女はムッとした顔をした後に作業を再開した。
その直後にお団子スキルの元を絶とうとオルビスが突撃してきたが、それを意識していたレオンは二人を一瞬で抱えて遠ざけた。流石に二人抱えるとレオンの速度も落ちるのであまり長く持つことは出来ないが、努はまるで瞬間移動でもしたような心地になっていた。
「総員撤退。障壁内に撤退せよ」
それから五分程度はユニスのお団子スキルによって戦況は良い具合に保てていた。だがその頃にはモンスターの大群も近くに迫ってきていたため、クリスティアは撤退の指示を出した。