雑用ウンディーネ
まるで山頂から雪崩れ込むように現れた白い雪狼の群れを相手に、努たちPTは戦闘を行っている。その中で二人の女性は足下の雪をものともせずに駆けていた。
「双波斬!」
エイミーの高い声と共に振られた双剣から斬撃が飛ぶ。それはハンナに飛びかかろうとしていた雪狼の大口へ綺麗に入って中を裂いた。ハンナはその雪狼に複数の打撃を叩き込んで粒子化させ、すぐに次の相手へ視線を移す。
「後ろは任せて!」
「おっす!」
エイミーは地上で戦うハンナの死角を守るように立ち回り、雪狼をどんどんと倒している。ハンナは一瞬視線を合わせた後、雪狼の顔を横合いから殴り飛ばした。
(なんか、凄い息が合ってるな)
努は杖を向けてヘイストを飛ばしながら二人を見つめる。勿論この二ヶ月でハンナが成長したということもあるが、それでも二人の連携は初めて組んだとは思えないほど上手くいきすぎていた。恐らくその要因はエイミーにある。
エイミーは頭の上にある猫耳と黄金色の瞳を機敏に動かし、戦況全体を把握している。神の眼が何処を映しているかを把握するために、以前から鍛えられていた視野の広さ。それはエイミーの明確な武器だ。
「しゃきーん!」
そしてハンナが殴り飛ばした雪狼を受け流すように双剣で切り払う。以前努とPTを組んでいた時に比べると、その動きは素早くキレがある。
エイミーは努とのPTが解散された後、ギルドで鑑定の業務を行いつつダンジョン探査の仕事もこなしていた。努とPTを組んでいた時にあったブランクによる衰えを解消するためである。
他にも探索者としての立ち回りなど様々なことを思い出しながら、エイミーは目まぐるしい日々を過ごしていた。全ては無限の輪に加入するこの日のために、彼女は珍しくサボらずに鍛錬を積んできた。
そして努の支援に合わせるという行動も鈍っていない。ギルド職員の様々な白魔道士、祈祷師とPTを組んだ経験を元にエイミーは努の支援に合わせていく。
支援が切れる時間に合わせてくれると努はその分エイミーに意識を割かなくてよくなるため、他のことに集中することが出来る。他の支援回復にモンスターへの攻撃、バリア貯めなどやれることはいくらでもあるため、エイミーの気遣いは素直にありがたい。
「ハンナちゃん! どっちが多く倒せるか勝負ね!」
「負けないっすよ!」
双剣を掲げたエイミーへ続くようにハンナも雪狼の群れに突撃していった。それに努から見ると、エイミーの周りでは神の眼が普段より活発に動いていることが良くわかる。以前PTを組んでいた時とは違うエイミーの動きに、努は観察するような目で支援を続ける。
対するガルムとリーレイアの方は、非常に静かである。どちらも戦闘中に余計なことを喋らないタイプであるため、スキルを放つ声しか努の耳には聞こえなかった。
「サラマンダーブレス」
しかし二人の動きは悪くない。リーレイアはハンナと組んでいたおかげか遠距離スキルの操作が上達しているため、ガルムに誤射をするようなヘマは犯さない。それにガルムもギルドで何人ものアタッカーと合わせてきた経験があるため、精霊術士のリーレイアともある程度の連携は取れている。
「契約―シルフ」
リーレイアはシルフを召喚して自身のAGIを半段階上昇させ、目にも止まらぬ速さでレイピアを振るう。その思わず見とれてしまうような剣捌きで雪狼の両目を奪い、最後に喉元を一突き。リーレイアの肩に乗っている妖精が指差すと、レイピアに風刃が付与されて雪狼の喉を内部からズタズタに引き裂いた。
精霊は相性が良いと精霊魔法の他に属性付与や加護などを与えてくれる。リーレイアは四属性全ての精霊の属性付与や加護を使用でき、精霊魔法も複数行使出来る。遠近隙のないリーレイアはアタッカーとして万能であった。
「コンバットクライ」
そして一番初めにタンクという概念を理解し、実行に移しているガルム。彼のタンクとしての立ち回りは努に教えられ、更に自分の考えを加えてどんどんと洗練されている。最近は避けタンクを見てそれを自分にも出来ないか考え、部分的に組み込んでいる。
ダリルが限界の境地に足を踏み入れたマウントゴーレム戦。努は見ていなかったがガルムは神台で見ていた。その影響かガルムも最近は特に気合いを入れて鍛錬に励んでいる。その以前からも鍛錬は欠かしていないため、エイミー同様彼も以前より成長しているように努からは見えた。
そして努もこの二ヶ月ほどの期間で色々と試せたおかげか、以前より成長していた。フライを使わずに地上で立ち回ることを意識し、タンク兼任によって更に見識が広まっている。バリアを自身の身体に貯めることや、雪原階層のヘイト管理などもどんどんと上手くなっていた。
それにリーレイアが契約させてくれている、水の精霊であるウンディーネ。この契約のおかげで努は精神力が一段階上昇しているため、更に支援回復がしやすくなっている。それに神から招待された努は精霊との相性が非常に良いため、ウンディーネを最大限に使うことが出来た。
その中でも努が一番気に入っているのが、ウンディーネによる自動防御。危ない攻撃はポケットから出てくるウンディーネが自動的に柔らかな粘液で防ぎ、衝撃を和らげてくれるため避けタンクをこなしていた時はかなり助けられていた。
ただしウンディーネはリーレイアがPTにいないと使えないし、精霊の行動には彼女の精神力が不可欠である。そのためウンディーネが好き放題に動くとリーレイアの精神力がすぐに枯渇するため、精霊にずっと頼ることは出来ない。だが使いどころを考えればウンディーネは非常に有用であった。
「いけっ」
努が命じるとウンディーネはすぐにモンスターへと飛びつき、その粘液を絡み付かせて動きを封じ込める。リーレイアも精霊と契約して精神力を使っているため多用は出来ないが、他にも水系統の精霊魔法や属性付与が使える。
ただし通常の者ではこんな芸当は出来ない。ここまで精霊を使役することは神の加護と同等である、ユニークスキルを持っている者でなければ絶対に不可能である。そしてそのユニークスキル持ちと比較しても努の精霊に対しての親和性は異常な高さを誇っているため、ウンディーネの自由な運用は現状彼にしか出来ない。
努はガルムにプロテク、他三人には常時ヘイストを付与しながら戦況管理を行い、しばらく戦い続けた。そして最後の雪狼がウンディーネに取り込まれて窒息死し、光の粒子となって魔石が粘体の中に漂う。
「こらっ。食べるな」
そのまま無色の魔石を取り込もうと流動し始めたウンディーネを努が叱る。するとウンディーネは魔石を地面に落として努の杖にべちゃっと張り付いた後、彼の右手にのそのそと登った。
「わたしの勝ち~」
「ぐぬぬぬ~。次は勝つっす!」
「まぁわたしアタッカーだから、勝つのは当たり前だけどね。でも受けて立つよ!」
エイミーは本気で悔しそうにしているハンナにそんなフォローを言いながら、調子を確認するように双剣をぶんぶんと振っている。
「リーレイア。声で君がスキルを放つということは私も意識しているから、そこまで気にせずとも問題ないぞ」
「そうですか。ならば次はもう少しスキルを増やしてみます。他に何かありますか?」
「そうだな……。私はそこまで精霊術士と組んだ経験はない。なのでどのようなスキルを多用するのかは教えて貰えると助かる」
ガルムとリーレイアは戦闘を終えて早速お互いの立ち回りを確認していた。リーレイアは真剣な目で頷いた後、ガルムに次の戦闘でどのスキルを使うか相談している。
努は各自話し合っている四人を見て自分の入る場所がないことに気づいたので、右手に張り付いているウンディーネに声をかけた。
「魔石全部拾ってきて」
するとウンディーネは努の手から落ちて自身の粘液を地面に広げ、落ちている魔石を体に引っ付けた。そして少し経つと自身の体を努の方へ引き寄せ、雪の上に落ちた魔石を全て一ヶ所に集めた。
「ご苦労様」
努は無色の小さい魔石を選んでウンディーネにあげると、彼女はぼよんぼよんと球体の体を跳ねさせて喜んだ。何をあげようとウンディーネは大体喜ぶので、努は最近無色の屑魔石しか与えていない。
最初こそ魔石を無駄に消費する精霊には嫌な意識があった努も、ウンディーネが有用だとわかると手の平を返した。なので今ではそこまで精霊を邪険には思っていない。
屑魔石をどんどんと吸収していくウンディーネから視線を外した努は、地面に集められた魔石をマジックバッグに回収していく。ただでさえ優秀なアタッカーであるリーレイアに加えて、便利な精霊まで付いてくるので努としては彼女とPTを組むのは魅力的であった。
(……これでアーミラとの確執がなければな)
そこがリーレイアの唯一ある問題点である。この二ヶ月ほど努はアーミラとリーレイアを見てきたが、二人の間にはいつも距離があった。リーレイアはアーミラの過去を気にしていないように見せているし、他の者には見えないほどの些細な悪感情だろう。だが努にはわかる。
努も黒杖売却後にアルマに視線を逸らされて逃げられたことを根に持っているからこそ、リーレイアの煮え切らないような気持ちがわかってしまう。アーミラの無自覚な声かけにリーレイアは何てことのない顔で対応しているが、内心はとてもドロドロとしているだろうと予測がつく。
だが表面的に二人は問題ないように見えるし、ハンナとアーミラに聞いても特に思うことはないようだった。それにリーレイアもアーミラを直接どうこうしようというわけではなく、何やら実力で勝つという思惑が見て取れる。なのでアーミラに謝らせて解決させる方法というのも、努はしっくりこなかった。
ただ二ヶ月PTを組んできてリーレイアともそこそこ話をするようになってきたので、努はそろそろ彼女に直接踏み込んでみようと思っていた。アーミラに対してどのような気持ちを抱いていて、どうしたいのか。リーレイアの真意を努は問いたかった。
「ツトムー、今日はこれで終わり?」
ガルムにサラマンダーのスキルを教えているリーレイアの方を見ていると、エイミーがそれを遮るように覗き込んできた。
「そうですね。そろそろいい時間ですし、今日はこの辺で帰りましょう」
「うん。わかった。じゃあ帰ろう! みんな、じゃあね!」
エイミーは最後に寄ってきた神の眼に向かってあざとくウインクした後、ハンナと手を繋いでスキップしていった。努は相談し合っているガルムとリーレイアにも声をかけ、今日は退散することにした。
「ふぃ~。あったまる~」
「そうっすね~」
帰還の黒門からギルドに帰り、暖かい室内環境にエイミーとハンナはふやけたような顔をしている。ガルムが靴底についた雪を払うと、すぐに清掃の者が掃除しに来た。ガルムはその者と知り合いなのか軽く声をかけている。
「お、メルチョーさんもう挑んでるのか」
そして努が一番台を見ると、メルチョーが一人で八十階層主である冬将軍と戦っている姿が映っていた。必ず一人は死人が出る冬将軍の居合い切りを避けているのを見るに、中々良い勝負をしているように見える。
「倒しちゃったりして!」
「どうだろうね」
炎の魔石や防寒具などを入念に準備をしてから向かうと努は聞いていたが、どうやらメルチョーは待ちきれなかったようだ。努は吉報を期待しつつ受付でPTを解散し、四人と一緒に帰路へついた。