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ライブダンジョン!  作者: dy冷凍
第四章
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限界の境地 

 ディニエルはコリナの近くで煌めいている粒子を見てやる気を失っていた。範囲攻撃の外に出ていたディニエルは、メルチョーがコリナを庇って飛んできた巨大な岩に直撃して死んでいる姿を見ていた。


 だがあの程度であっさりと死ぬような者ならば、そもそもここまで生きてはいられなかっただろう。数十年前から一度死ねば終わりの戦地を渡り歩いてきて、年老いたとはいえ未だ武道会で連覇記録を更新している男だ。マウントゴーレム如きに殺されることは有り得ない。


 それにディニエルも金色の調べでわざと死んで楽をしたことは何度もあるため、メルチョーがコリナを庇うフリをしてわざと死んだであろうことはわかっていた。



「くぁ~あ」



 眠そうに欠伸をしたディニエルは使い回しの矢を持ち出してマウントゴーレムを射る。メルチョーがわざと死んだ理由など、ディニエルにとってはどうでもよかった。彼女は楽が出来ればいい。神のダンジョンという未知にはディニエルも魅力を感じてはいるが、他にも興味深いことは山ほどある。


 依頼人のメルチョーがわざと死ぬのならばやる気を出さなくとも怒られないと思ったディニエルは、途端に目をダランとさせて手を抜き始める。元々メルチョー込みでマウントゴーレムを突破出来る算段を立てていたディニエルには、もはや頑張る必要がない。


 初見のゼノがよく死ぬのでいずれダリルも限界が来てタンクは崩壊。頑張れば少しはタンクの真似事もこなせるだろうが、ディニエルは元々この戦いに関してとにかくやる気がない。金銭の発生する依頼で努がこのメンバーで七十階層に向かわせた理由も、それをあっさりと承諾したメルチョーもディニエルには理解不能だ。彼女からすれば子守を押しつけられたようなものである。


 ただ、ヒーラーのコリナには少し驚かされていた。七十階層初見、それも祈祷師が戦況維持など出来るはずがないと高をくくっていたのだが、意外にもここまで何とか保っている。


 アタッカーに対しては一切支援を出来ていないが、タンクには十分な支援回復を行えていた。そして祈祷師の欠点である蘇生に関しても何故か数分で蘇生出来ている。実際に祈祷師とPTを組んだことがあるディニエルは、コリナの早い蘇生に少しだけ感心していた。


 だが、それもここまでだ。ゼノとメルチョーが同時に死に、コリナは蘇生の願いを二回使った。わざと死んだメルチョーに期待は持てないし、ダリルもそろそろ限界を迎えるのでヘイトを稼げない。そしてコリナが狙われればバリアなどのスキルもないのですぐに死に、その後はジリ貧になるだろう。なのでディニエルは高い氷矢を節約するために質の悪い矢を織り交ぜ、戦っている風に見せかけた。


 そんなディニエルの手抜きにヒーラーのコリナは気づいていたが、アタッカーの彼女に意見を言うことは出来なかった。コリナはただ罪を償うように手を組んで粛々とダリルへ支援回復を行うと、泣きそうな顔でマウントゴーレムに殴り飛ばされている彼へと近づいていく。



「すみません! ゼノさん蘇生まであと五分ほどです!」



 マウントゴーレムが振る腕の風圧にクリーム色の長髪をはためかせながらコリナが言うが、ダリルは言葉を返す余裕がない。真っ赤に変色したマウントゴーレムは時間が経つごとに身体が馴染むのか、どんどんと動きが良くなってくる。


 コリナの死を予見する目。死神の目は必ずしも全てを予見出来るわけではない。コリナは神台をいつも見ているので探索者たちが死ぬ状況を察することが出来る。ただやはり実戦でしかわからないこともあるので、初見の相手では予見を外すこともあった。


 それに死の気配をまるで感じなかったメルチョーの唐突な死に、コリナは少し動揺していた。避けられたであろう岩から自分を庇う形で死んだメルチョー。正直余計なお世話で死んだ感が否めず、よくわからない気持ちといったところである。


 そしてダリルにも先ほどから死の気配が既に漂い始めている。その気配はコリナの焦った声を聞いてから更に色濃くなった。


 コリナはメルチョーを切り捨ててゼノとダリルに蘇生を祈ったばかりなので、もう精神力に余裕がない。そしてダリルの死が濃厚になり始めたこの状況。祈祷師には白魔道士のように身を守れるバリアというスキルはないため、以前努が行った疑似避けタンクは出来ない。もしダリルが死んでしまいコリナが狙われてしまえば、すぐに殺されてしまう。



「祝福の光」



 詰み、という言葉がコリナの頭に浮かんだ。不味い青ポーションをあおるように飲んだコリナはダリルの方を見ながら手を組む。


 自分も手を抜いているディニエルのように諦めてしまいたくなる。死の気配が充満しているダリルが、あと五分もマウントゴーレムの猛攻を凌ぎきれるとは思えない。予見が見えずに死の予測が出来ないことはあるが、見えてしまえば外れることはない。あれはもう駄目だとコリナは確信していた。


 どんなに支援回復をしようとも、死を予見して蘇生をしようとも、勝てない時は勝てない。それは斡旋PTを組んでいた時に嫌と言うほど経験してきたことだ。努のように複数役割をこなすことが出来れば話は別だろうが、そんなことは逆立ちしたって出来やしない。


 どんなに自分が頑張ろうとも結果は変わらない。蘇生して逆に怒られる、なんてこともコリナは経験してきた。だから一度全滅してやり直した方が早い、という心情もある。



「癒しの願い。聖なる願い」



 だが、ダリルだけはまだ諦めていない。今まですぐに諦めて死ぬタンクや、大してやる気もなければ実力もないタンクばかりに支援回復をしてきたコリナ。そんな彼女からすればダリルは非常に魅力のあるタンクだ。



「あと三分! すみません! 頑張って耐えて下さい!」



 コリナは今まで支援回復することを諦めてしまったことはないが、まだ諦めずに耐えているダリルを見て俄然やる気が湧いていた。コリナは一層支援回復に努め、ダリルのサポートに徹した。そして死なないでくれと神にすら祈った。


 しかしコリナの目には依然としてダリルの首に死神の鎌が掛かっている姿が、ありありと見えた。



 ――▽▽――



 犬人にも様々な種類が存在するが、犬耳が垂れているというのは稀少である。そして垂れ耳の者は必然的に美男美女が多く、幼少期からもてはやされることが多い。


 ダリルは自分の垂れた耳が嫌いである。垂れているので耳は塞がって聴覚が鈍るし、汚れが溜まるので臭いの原因になる。幼少期の頃に切ってしまおうかと考えたほどだ。


 だが今はその聴覚が研ぎ澄まされ、いつもよりよく聞こえる。コリナの声は勿論、人が動く音が二人からしか聞こえないのでメルチョーとゼノが死んでいることがわかる。ディニエルが氷矢を使わず粗末な矢を使っていることも、矢がマウントゴーレムに当たる音でわかっていた。


 メルチョーの死とゼノの蘇生にかかる時間はダリルから精神的余裕を奪い去った。そして肉体的には既に限界を越えていたダリルは、非常に追い詰められている状況だ。



「コンバットクライ」



 だが、これはダリルにとっては絶好の機会だ。実戦で限界の境地に至れる場面。ディニエルはほぼ諦めてしまっているが、コリナはまだ支援を続けてくれている。そのことに感謝しながらダリルはマウントゴーレムの攻撃を受ける。



「ぐぅっ!」



 マウントゴーレムに攻撃されるたび、身体が引き裂かれるような痛みが走る。その痛みや怪我をコリナは回復してくれるが、また攻撃を何度か受ければ死が見えるような状態になる。まるで生き地獄のような状況だ。


 だがこんな状況は既にガルムとの特訓で何度も経験している。ダリルは口から溢れてきた暗い色の血を吐き出し、前を見てマウントゴーレムに相対する。


 限界の境地には普通ならば長くいられない。だがコリナの支援回復があるおかげでその場所にいられる。ダリルは瞳孔の開いた目でマウントゴーレムの一挙一動を観察し、周囲の立ち位置を考慮して攻撃を受けた。



「タウントスイング」



 それに蘇生の祈りが叶った際にはコリナにヘイトが向くため、今のうちに稼いでおかなければならない。ダリルはマウントゴーレムが放ってきた拳を、真っ正面から大盾で迎え撃った。大きく吹き飛ばされて大怪我を負うが、これでヘイトは稼げている。


 メルチョーの依頼で七十階層に再挑戦出来ると努から聞いたダリルは、それからずっと限界の境地に立つ練習をしてきた。だがやはり練習ではどうしてもそこには至れない。勝ち負けのある本番でなければ意味がない。



「コンバットクライ」



 純粋な赤いコンバットクライをマウントゴーレムに浴びせ、蹴り飛ばされる。その際に青ポーションの瓶をマウントゴーレムの攻撃で割らせ、手に付いた青い液体をすする。


 その行為を咎めるように撃たれた熱線攻撃を赤い大盾で防ぐ。焼き殺されることを避け、打撃は全て受けた。血と混ざり合った青ポーションを舐めたダリルは回復した精神力を使いスキルを放つ。


 絶対にこのPTで越える。努やハンナに頼らず越えたいという気持ちは強い。タンクとしてあの二人に負けない者になりたい。ただ引っ張られるだけの存在になりたくない。


 無心でスキル名だけを言葉にしてダリルは重騎士とは思えないほど動き回り、死んでもおかしくないほどの攻撃を受けている。支援回復を受けているとはいえ致死量を越えた血を吐き出しているが、未だに倒れない。ダリルは限界の境地へ確かに至っていた。


 そして死の淵のせめぎ合いをダリルは制し、死神の鎌から逃れる。コリナの予見を上回り、五分の間ダリルはマウントゴーレムの猛攻から耐えきった。


 ゼノが復活し、コリナがダリルにかけていた蘇生の祈りは無駄打ちとなってヘイトのみを稼ぐこととなる。



「コンバットクライ」



 ダリルはゼノが復活したことを聴覚で確認しながら、マウントゴーレムのヘイトを取るためにスキルを使用する。精神力は使いすぎると寝不足のような症状に陥るが、ダリルはそんなことなど構わずにスキルを使用している。



「…………」

「はい」



 岩の下にあった灼岩のローブをちゃっかり回収していたディニエルは、蘇生されたゼノにそれを渡した。ゼノは血にまみれて戦闘をしているダリルを見据えている。



「よくがんばるね」



 ディニエルはさっさと全滅することを希望していたのだが、ダリルとコリナが思いのほか粘っている。自分より頑張って結果を出す者がいるのならば、あまりサボる気にはならない。彼女は氷矢を番えるとダリルが吹き飛ばされるのに合わせ、ストリームアローを撃ち始めた。


 ゼノもダリルの負担を軽減しようと銀色のコンバットクライを放ち始めた。だが今のダリルは蘇生を何度も行っているコリナよりもヘイトを稼いでいるので、ゼノでは中々奪い返せない域に達している。そのためゼノはヘイトを取り返すことが出来なかった。


 そして四十分の間ダリルはそのままタンクを努め、コリナは支援回復を続けた。そしてディニエルのストリームアローによってマウントゴーレムは沈黙した。


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