ぬるっとボルセイヤー
火山階層を歩いている無限の輪は現在六十五階層まで進んでおり、アーミラのレベルが五十、ダリルが五十六、ハンナが六十四、ディニエルが七十一、努は五十八となっている。平均すると六十レベルのPTだ。
現在努たち五人PTが潜っている六十五階層には、ボルセイヤーが次階層へ続く黒門を守るように配置されている。ドーナツ型に広がっている溶岩の中心に黒門があり、ボルセイヤーはそれを我が子でも守るように行動してくる。なのでボルセイヤーを倒さなければ黒門を潜ることはとても難しい。
しかし階層主と違い必ず倒さなければ進めないということはない。現に金色の調べはレオンのSを越えるAGIを使った戦法で、ボルセイヤーと戦わずに六十六階層へ進んでいる。
階層更新だけを考えれば無限の輪もボルセイヤーを避けることが無難だ。しかし努はボルセイヤーからドロップする宝箱から出る耐熱装備が欲しかった。それにクランメンバーのレベリングも行いたい。七十階層へ挑むにしても平均六十六レベルほどは欲しいからだ。
あまり危険を侵してまで階層更新をするつもりはないが、アルドレットクロウにこのままトップを取らせて百階層を攻略させるつもりもない。努は万が一のことを考えて一番に百階層攻略を考えているので、このままちまちまと階層更新をする考えはなかった。
「あれみたいですね」
ディニエルの偵察によって溶岩に囲まれている黒門を見つけていた努は、一直線にそこへ向かっていた。そんな五人を出迎えるようにボルセイヤーがひょっこりと溶岩から顔を覗かせている。
くりっとしたつぶらな瞳に、鳴き声も高いので可愛らしいと言えなくはない。ただモンスターとして見ると非常に凶悪だ。ぬめりけを帯びた体表を利用した行動はどれも厄介であり、遠距離攻撃である溶岩弾も兼ね備えている。
「ダリル。よろしく」
「はい! ウォーリアーハウル!」
「プロテク、ヘイスト」
ダリルの打ち鳴らした重厚な音を皮切りに、他の四人も動き始める。ボルセイヤーは音の発信源であるダリルを捉えるとすぐに溶岩から滑り出てきた。
巨体のボルセイヤーが滑り迫ってくる光景にダリルは気圧されながら、移動して正面からの衝突を避ける。噛み付かれてしまえばそのままじっくりと口の中で蒸し焼きにされてしまう。いくらVITが高い重騎士でもそれだけは避けねばならない。
とにかくモンスターに拘束されないこと。アタッカーからのフォローである程度は助けられるにしても、受けないに越したことはない。ダリルは噛み付かれない位置に回りボルセイヤーの突撃を大盾で防いで大きく後ずさる。
事前に努から付与されていた大盾のバリアもかなり削られた。ダリルはその威力に驚きつつボルセイヤーから目を離さずに観察する。
ドジョウとナマズをかけあわせたような見た目をしたボルセイヤー。足はなく横に付いているヒレや尻尾を使い地上を這い回り、赤いぬめぬめとしたものを分泌して機動力を確保している。
「コンバットクライ!」
引き続きボルセイヤーのヘイトを稼いでダリルはボルセイヤーと向かい合う。事前にモニターでボルセイヤー戦は見学しているし、努から聞いた作戦や注意事項も頭の中に叩き込んでいる。早々にやられてしまうということはないだろう。
ダリルはここに来る前に聞かされた作戦を思い出し、ディニエルの位置をちらりと見た時。想定外の者が駆けてきた。
「パワーァスラッシュゥ!」
ダリルの横合いから飛び出してきたアーミラが大剣を叩きつける。しかし体表面の赤い膜がその斬撃を滑らせ、飛び散ってアーミラの手と顔に軽い火傷を負わせた。彼女は慌てた様子でその場から引く。
「アーミラさん!? ディニエルさんの射撃まで待機でしたよね!?」
「……あ、やべっ」
「来ますよっ! 避けて下さい!」
強敵の匂いがするボルセイヤーに魅入られて勝手に身体が動いていたアーミラは、ダリルの言葉にぎくっとした様子をしながら一緒に体当たりを避けた。ダリルは引き続きボルセイヤーのヘイトを稼ぎ、アーミラは気まずそうに努の方を見やる。
そんな二人を少し遠目に見ていた努は露骨にため息を漏らす。突然走り出した時のアーミラはまるで欲しかった玩具を目の前にした子供のようで、止まれという声も聞こえていないようだった。
「はぁ……。待てがわからない子だな、ほんと」
「撃つよ?」
「どうぞ。一応、誤射はしないように気をつけて下さい」
「問題ない」
彼女は迷った様子もなく氷魔石で作られた属性矢を番えると、ダリルに向かっているボルセイヤーに次々と発射した。
その矢が着弾した途端に水蒸気が巻き起こり、赤い膜がなくなってボルセイヤーの体表面が一部黒ずんでいく。その場所へハンナがナックルを嵌めた拳で連撃を加えていった。
「アーミラ! 一度戻ってきて!」
「…………」
努の大きい声にアーミラは露骨に嫌そうな顔をしながら戻ってきた。努はダリルへ支援を飛ばした後に腰に両手を当ててアーミラを見下ろす。彼女は悪い行動をしたという自覚はあるのか、教師に怒られる生徒のような顔をしている。
「作戦、聞いてなかった?」
「すまん。気づいたら走ってた」
「……七十階層だったら死んでたよ。きちんと作戦には従ってよね」
「あぁ。わりぃ」
視線を下げて反省している様子のアーミラに努は杖を地に付けて彼女にヒールを飛ばし、火傷を癒した。
「あの赤い膜がボルセイヤーの強みだから、それをディニエルが無効化する。で、ハンナみたいに赤い膜を無効化したところを叩く。大丈夫だよね?」
「あぁ」
「……まぁ、初めてのモンスターにわくわくする気持ちは、僕もわからなくはない」
叱られて結構沈んでいる様子のアーミラに努も少し気まずくなったので、そんなことを口にした。アーミラはポカンとした様子で努を見返している。
努にもそういう気持ちは当然ある。『ライブダンジョン!』で新しいコンテンツが追加された時はうっきうきでログインするし、新しいモンスターと戦う時はどうしたってわくわくする。撤退が出来ない階層主にそういった気持ちは持てないが、いつでも撤退出来る階層に関してはこの世界でも努は楽しんで攻略している。
「楽しいって気持ちは悪いことじゃない。僕も実際わくわくしてるしね。でも、作戦や指示は守ってくれないと困る。そうしないとお互い連携が取れないし、支援出来なくなるからね」
「それは、あれだな。困る」
「でしょ? それに僕も困る。支援出来なかったら僕の存在価値ないからね。それこそアタッカー五人の方が効率いいよ?」
自虐的な笑みを浮かべながら淡々と言う努。そんな彼が気に障ったのか、アーミラはぎょろりと目を動かして見返した。
「そんなことねぇだろ! あんたがそんなこと言うんじゃねぇよ!」
「あ、うん。そう言ってくれるなら作戦と指示にはある程度従ってくれると嬉しい。そうすれば僕は支援出来るし、アーミラも気持ちよく戦闘出来ると思うよ」
「わかった!」
「……なら、いつもみたいに思いっきり暴れてきな。支援は僕がきっちり送る。後ろは任せて」
「おう! 期待してるぜ!」
アーミラは鼻をこすりながら無邪気な少年のように笑うと、すぐにハンナとダリルの方へ駆け出していった。努はアーミラの生意気な言葉を笑い飛ばすと、すぐに支援をアーミラに付与しダリルへヒールを飛ばす。緩急のある動きをしているハンナにも的確に置くヘイストで支援していく。
「単純な子」
「複雑な子よりはいいですよ」
「……私、単純な子だ」
「単純な子は自分を単純な子って言わないと思いますけど」
「うるさい」
ディニエルは努と言葉を交わしながらもどんどんと矢を放ち、ボルセイヤーの赤い膜を次々と剥がしていく。ハンナ、アーミラがその場所に攻撃を加え、ダリルがボルセイヤーの攻撃を受け止める。
「ハンナ! そろそろダリルと交代!」
「了解っす!」
地上でボルセイヤーに何度も弾かれて少し疲れが溜まってきたダリル、そして赤い膜の剥がれ具合を見て努はタンクの交代を指示した。ダリルはメディックとヒールを受けながらも後退し、ハンナがコンバットクライと攻撃スキルを使ってボルセイヤーのヘイトを稼いでいく。
「ディニエルは一旦氷矢止めて、普通の攻撃に切り替え」
「りょーかい」
氷の矢を背負っているマジックバッグにしまい、鉄の矢じりが付いたものを取り出すディニエル。それから少しするとボルセイヤーは身震いしてアーミラとハンナを弾き飛ばした後、溶岩へ帰ろうと身体を揺らして地面を滑り始めた。
一定の膜が効果を失うとボルセイヤーは溶岩へ潜ろうとするので、その隙に努はエアブレイズでボルセイヤーにダメージを与えていく。その攻撃はアタッカーに比べると弱く、メイン火力になることは難しい。だが今のヒーラーの中で一番DPSを出しているのは、間違いなく努だ。
ステファニーは支援で手一杯でヘイト管理にまだ甘さがあるため、DPSを出すことはまだあまり出来ていない。ロレーナはヘイト管理が随一なのでステファニーよりDPSは高いものの、その代わり支援がたまに切れたりと不安がある。
とはいえヒーラーのDPSはアタッカーと比べるとどうしても低くなる。それに支援しながら行うので更に精神力が制限されるため、そのダメージはアタッカーに比べれば雀の涙だ。普通の階層でモンスターの群れ相手にヒーラーが攻撃したとしても、戦闘にはあまり関わることはないだろう。
しかし努は戦闘を一秒でも早く終わらせて効率を上げる環境で『ライブダンジョン!』をプレイしてきた。彼が面倒だからという理由で手を抜くことは有り得ない。それに戦闘時間が長いほど、それはボディブローのように後から効いてくる。
「溶岩弾来ますよ! ハンナ! 頑張って下さい!」
「おっす!」
ボルセイヤーが放つ溶岩弾は非常に高速で、地面に当たると跳弾も発生するため完璧に避けることは難しい。それに加え威力が高いので、ダリルが受けるのは厳しい。そこで避けタンクであるハンナの出番だ。
「ふー……」
ハンナはフライで浮かびながら集中した様子で溶岩の中にいるボルセイヤーを見据える。そして顔を出して放たれた溶岩弾を横に動いて避けた。
次々と放たれる溶岩弾をハンナは青い翼をはためかせて次々と避けていく。空中のハンナを狙っているため地面に当たっての跳弾はあまり気にしなくていい。壁に当たっての跳弾にだけは注意しなければならないが、ハンナの位置取りから見て問題ないだろう。
しばらく溶岩弾を撃っていたボルセイヤーはまた赤い膜を完全に身へ纏うとすぐに地上へ出てきた。それをディニエルが氷矢で無効化していき、引き続きハンナがタンクを請け負ってダリルは大盾で打撃を加えていく。
「龍化」
アーミラも龍化を使ってボルセイヤーに追い討ちをかける。しばらく龍化を使い本能のままに動くアーミラ。そして彼女に向くヘイトがそろそろ危険域に迫ったところで努は杖を振った。
「メディック」
龍化していたアーミラに努が置くメディックを当てて解除させると、意識を取り戻したアーミラが力強く踏みとどまって牙を剥く。随分と楽しそうに大剣を振るうアーミラに努は苦笑いしながら指示を出す。
「アーミラ! 今は攻撃抑えて!」
「あぁ!! あちぃ! 水くれ!」
「用意する! 戻ってこい!」
努の指示にアーミラは大声で答えながら水を要求してきたので、すぐにマジックバッグから水筒やタオルなど取り出す。汗だくのダリルもついてきたので二人分用意して地面に置く。
気温の高い火山階層での戦闘ではスタミナを消耗するので水分補給が必須だ。ハンナとディニエルもダリルとアーミラが戦っている時こまめに給水を行っている。
「しぶてぇやつだ」
「もうそろそろで倒せると思うよ。もうひと頑張りだね」
「おう」
アーミラは冷えた水筒を自分の頭の上で逆さにして水を浴び、その後ガブガブと飲み始める。ダリルは冷えたタオルで整った童顔をごしごしと拭き、垂れた犬耳もほじほじした。
努は二人が落ち着くと小型の箱を取り出して中を開け、赤い氷菓子を取り出して口へ放り込んだ。以前ルークが持っていた物と似ているが、特注で作らせているわけではないので味は少し劣る。
「食べる?」
しかしこの暑さの中なら冷たければどんなものでも美味しく感じる。ダリルは黒いふさふさとした尻尾を大きく振りながら受け取り、アーミラも気が利くなと言いながら口にした。
「もっと下さい」
「あと一つだけね。赤、黄色、青あるけど」
「どうせなら三種類全部食べたいなぁ」
「これ高いんだからね。我が儘言うとオーリさんに言いつけるぞ」
「黄色で!」
努はダリルの差し出した手に真ん丸の氷菓子を置くと、彼はぱくっと口にして幸せそうな顔をした。アーミラはそんなダリルを見てけっ、と口を歪ませる。するとダリルが意外にもアーミラに食いついた。
「なんですか! オーリさんに何か文句でもあるんですか!」
「は? ちげぇよ。氷菓子一つで満足出来るお前の単純さに呆れてただけだ」
「じゃあアーミラさんの分僕に下さいよ!」
「別にいいわ」
「えぇ!? 本当ですか! ありがとうございます!! ツトムさん! ください!」
(どっちも単純なのではないでしょうか)
支援をディニエルに送っていた努は内心突っ込みながらもダリルに氷菓子をあげ、その後二人をボルセイヤーへ向かわせた。そしてそれから十五分ほどでボルセイヤーは討伐され、無限の輪は六十六階層へ到達階層を更新した。
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