火山階層突入
ダリルの体臭対策も無事終えたところで無限の輪PTは火山階層に突入することとなった。ギルド受付でPT申請を終えた後に室内の魔法陣から六十一階層へ転移する。
石炭のような黒い岩に、目が焼けてしまうような赤みを放っている溶岩。黒い煤のようなものがちらほらと空中に漂っている火山階層に五人は到着した。
「うわー。暑いですね」
少し歩けばすぐに汗が出そうな気温の火山階層で、ダリルが手で扇ぎながら蠢く溶岩を珍しげに見ている。じりじりと焼かれるような暑さにディニエルはうんざりした様子だ。
「ディニエル」
「うん」
努に声をかけられたディニエルは矢を放って周囲の索敵を行う。今までと違い彼女も初めて来る階層なので、いつもより多く矢を放ってじっくりと索敵を行っている。努はその間にポーションを詰め替えて皆に渡していく。
「多分、北にはロックラブ? がいると思う。西は溶岩ばっかりで、なんか泳いでるモンスターがいた。南はここと違って白い岩が多くある。東はここと変わらない景色だった」
「了解。それじゃあ、まずは北から攻めようか。そこから時計回りに回っていこうと思う」
「あーい」
ディニエルはそう言うと弓を背に担いでハンナの隣に向かった。基本的なPTの隊列はダリルとアーミラが二列で先頭。真ん中が努一人で、その後ろをディニエルとハンナが二列で並ぶ。
「うん。今日は臭くないね」
「だな」
「…………」
いつもダリルの周囲にいることが多い二人の言葉に、彼は拗ねたような顔をしながら大盾を背にかけて歩く。その後ろでは身長差がそこそこあるディニエルとハンナが警戒した様子で辺りを見回している。
そして黒い岩に見えるロックラブがぽつぽつと五人の前に見え始めた。岩に擬態しているロックラブは探索者が背を向けると動き出して襲いかかってくるモンスターである。見た目は違うが外のダンジョンでも同じような種類が確認されているポピュラーなモンスターだ。
「ダリル。全体ヘイトよろしく」
「コンバットクライ!」
赤い闘気に感化されたロックラブは擬態を解いてダリルへと向かってくる。支援を受けたアーミラは牙を剥くような顔をして大剣を振りかざす。
「どらぁぁ!!」
横合いから大剣で叩かれたロックラブは耐え切れずに吹っ飛んでいき、溶岩の中に入って溶けるように沈んでいった。ディニエルは顔面の口を正確に矢で居抜き、次々と絶命させていく。
あっという間に十匹ほどいたロックラブはアタッカー二人によって殲滅された。努は地面に落ちた無色の小魔石を回収する。
「アーミラー。溶岩の中に落としたら魔石回収出来ないだろー」
「わーりぃ!」
「あたしの分がないじゃないっすか! 師匠! 次はあたしっすよ!」
「次から気をつけてね。じゃあ次ハンナで」
心底楽しそうに笑いながら謝ってきたアーミラと、突っかかってきたハンナに努は苦笑いしながら返す。火山階層は四人にとって初めての階層だ。特に長いこと峡谷探索をしていたハンナとディニエルには新鮮に映るだろうし、ダリルとアーミラも興味津々の様子である。
努もゲームで探索することはあっても、現実ではこれが初めてだ。階層主相手だと撤退が出来ず死ぬ危険があるので楽しむことは出来ないが、他の階層ならばいつでも撤退出来るためあまり危険はない。そのため努もゲームと違うダンジョン探索を楽しんでいた。
他にも溶岩の中を泳ぐ魚のようなモンスターや、黒い岩で出来たゴーレムなどを試行錯誤しながら倒していく。流石に六十一階層となってくるとレベル的にアーミラが厳しくなってきたが、龍化によってカバー出来ていた。
もう龍化後の意識回復にも大分慣れ、彼女はすぐ攻撃に移れるようになっている。最近はフライ中の龍化解除も練習しているが、こちらは難航していた。フライ制御にアーミラはまだそこまで慣れていないし、いきなり意識が戻って制御するということも難しい。だがアーミラは毎日コツコツと練習を重ねている。
「よーし! 次あたしっすー!」
ダリルに代わってタンクを担当しているハンナもスキル回しが大分上手くなったおかげで、精神力を切らすことはほとんどなくなった。それに努がアーミラの龍化を減らして浮いたメディックをハンナに割り当てたおかげで、スタミナの問題も多少改善している。
それでも火山の環境下ではスタミナ関連で不安が残るが、六十五階層にいるボルセイヤーまでは階層攻略が詰まることはないだろう。スタミナについては六十五階層に到着するまでにハンナと話し合って詰めていく予定である。
ディニエルとダリルについては安定しているのでなんの問題もなさそうだ。ダリルの体臭は以前に比べると雲泥の差である。少し汗臭くはあるが眉間を顰めてしまうほどのエグい臭いはなくなった。
「臭いの原因は、耳だったみたいです」
「まぁ、垂れ耳だしね。汚れでも溜まってた?」
「はい。ねちゃっとした黒いのがそれはもういっぱい取れて……」
「そもそも何で垂れてんだよ」
「生まれつきですよ……」
にべもないことを言うアーミラにダリルは恨むような目で彼女を見返した。そんなダリルの反抗的な目にアーミラはイラッとした様子で彼の黒い垂れ耳を指で挟んだ。
「火竜戦の後に背負われた時、俺がどれだけ苦しんだかわかるか?」
「ちょ、止めて下さい!」
「ドブを被った犬の方がよほどマシな臭いだぜ」
垂れた犬耳を指の間で挟んで伸ばすようにしているアーミラに、ダリルは顔を真っ赤にしながら彼女の手を外そうとしている。嗜虐的な笑みを浮かべているアーミラを止めたのは真顔のディニエルだった。
「離れなさい」
「ディニエルさん……」
アーミラを引き離してくれたディニエルにダリルは救世主でも見るかのような視線を向けている。
「次は私の番」
「え……?」
手をわきわきとさせてにじり寄ってくるディニエルにダリルは冷や汗を流し、危機感を感じてその場から逃げ出した。
「楽しそうっすね」
「ほんとにね」
「あたしも後で触りたいっす」
「ほどほどにね」
努とハンナはじゃれている三人を横目に、鶴嘴を手に持って赤い鉱石の埋まった岩をガツガツと削っている。努はこういった採掘作業は初めてなのであまり上手く掘れていないが、ハンナはどんどんと効率よく壁を削っていく。
「師匠。そんな振り上げなくても大丈夫っすよ。あんまり力入れると鉱石にも傷が付いちゃうっす」
「了解っす」
「……師匠?」
「ごめん」
鶴嘴を肩に担ぎながらジト目で見上げてきたハンナに努は素直に謝った。ハンナは軽く笑いながらも鶴嘴を短く持ってこつこつと岩を削っていく。
「取り敢えず、こんなもんでいいと思うっすよ」
「そうなんだ。ありがとう」
まだ周りに黒い岩が付着している赤い鉱石を努はマジックバッグにしまう。その後もハンナと一緒にどんどんと様々な鉱石を掘り進めていった。その頃にはダリルもディニエルに捕まって犬耳をまさぐられていた。
「……ほんと、暑いっすねー」
「休憩しようか。はいこれ」
「おっ。助かるっす」
努はマジックバッグから氷魔石で冷やされたタオルと、蓋付きのカップに入った飲み物を渡す。ハンナは嬉しそうにそれを受け取るとタオルを首にかけ、冷えた飲み物をストローで飲み始めた。
「俺にもくれ」
「はいこれ。赤輝石十個掘ったらあげるよ」
「へいへい」
アーミラは努に渡された鶴嘴を受け取ると、長い赤髪をヘアゴムで纏めた後すぐに作業を開始した。その姿は中々様になっている。ディニエルに犬耳を揉まれ続けているダリルも寄ってきて採掘作業をし始める。
「肉体労働は苦手だなぁ」
「モンスターと戦うことも肉体労働だと思うんですけど……」
「それは別腹」
普段持っている弓もそれなりの重さがあるのだが、ディニエルは鶴嘴を重そうに持ちながら黒岩に振り下ろしている。かつーん、かつーんとまるで鉱夫のように三人は鶴嘴を振るう。
「はい。お疲れ様」
「おっしゃー! 水! 水くれ!」
「どうぞ」
何だかダンジョンの中で普通に労働していることに努はシュールさを覚えつつ、汗を流しているアーミラにもタオルと冷えた飲み物を渡した。その後もダリルとディニエルも場所を移動しつつ鉱石を採掘して努に渡し、飲み物と引き換えた。
(なんか違う気がするけど、まぁ現実はこうか)
基本的にゲームで採取などは行わず、全てモンスターからドロップする宝箱から素材は獲得していた。その違いに努は妙な現実味を感じつつ、その後もモンスターと戦いつつ採掘を続けた。