第1章 第2話前編
数時間前まで講義をしていた講義室には不穏な空気が漂っている。
やはりそこへ向かう道中に人は誰一人おらず閑散としていた。
早いところこの事象を明かして二人のもとに戻らないと俺は思っていた。
だが、怪しい部分はどこにも見当たらなかった。俺はさっさと戻ろうとした。
その時だった。
「久しいな…、闇の化身よ…」
突然の声に俺は驚いた。どこかで聞き覚えがある声だ
その声の主は講義室の一番前の黒板に背を預け俺の方をじっと見ている。
白衣の姿をしているところを見て研究員だろうか
年は俺より上だからだろうか雰囲気が俺以上に強い。
俺は近づきながら聞いてみた。
「お前は誰だ」
「おいおい、私というより我々の存在を忘れたというのかね」
「何を言っているんだ」
「そうか…、あの時にあんな姿をしていたお前は覚えているわけないよな」
そして彼は笑みを浮かべてこう言った。
「さすがにこの名前は忘れているはずがないだろう、そうだろう」
彼はその名を口にした。
「闇坂亨君」
「どうして…、その名前を知ってるんだよ」
「思い出せないのかい、私たちは君を研究対象として君のその特異的な能力を活用するための研究をしていたのだよ。まぁ、君のせいで凍結してしまったがね」
この発言で少しだが俺は思い出してきてしまった。
頭の奥底に眠る幻想郷に来る前の過去
そう、神谷瑛士ではなく闇坂亨だった頃の記憶を…
忘れていたつもりだった
というより思い出さないようにしている自分がいた
俺は幻想郷の住人である、神夜瑛士だ
俺の中での闇坂亨は死んでいるのだから
俺は「闇坂亨」だった頃の記憶は消している。幻想郷の世界で俺は「神夜瑛士」として異変解決など様々な事をしてきた。あんな目に遭った俺はこの世界にはいないのだ。
この研究所の研究員はそんな奴らばかりなのだ。どんな手段を使おうが成功のためにはどんな悪事だろうが当たり前のように行動するのだから
「お前らまさかまた何か企んでいるのか」
「別にお前にはもう興味はない…、ただお前に聞きたいことがあっただけだ」
そして彼はこう言った。
「お前は白髪の少女を見たことがあるのか」
「名前は」
「残念ながらそれは把握していない」
白髪の少女…
どうしてだろうか、懐かしさを感じる。
どこかで会った気がするが記憶がない…、だが記憶の奥底にその少女の後ろ姿が浮かんでくる…
「別に知らなくてもいい。正直に答えてくれればいいのだ」
「もし答えなかったら…」
「その時は…、君の友人が傷つくことになるぞ」
その言葉にハッとした俺は振り返った。
そこにはさっきまでいなかったはずの彼の部下が立っていた。
そして、その二人に挟まれる形で蓮子とメリーが立っている。
二人の部下の右手には銃が握られている。
「何の真似だ」
「私たちは君には興味はなくなったとは言った。だが彼女達は随分特異な能力を持っているようだ。あとは…分かるね」
意地汚い輩だ。ここまでして情報が欲しいのだろうか
しかし、もう手段は打ってある。というよりもうやった後だが…
「まぁ、別に嘘をついても得じゃないしね、俺は知らないよ。そして」
俺は再び後ろを振り返り、再び研究員に顔を向ける。
「さすがに無関係の二人を傷つけるのは、さすがの俺でも許せないよ」
バタリと倒れる音がした。二人の部下は気絶しているのを蓮子とメリーは面食らっている。
「いい加減にしてくれよ、俺はもうお前らと関わりあうつもりはもうない!」
「ふっ、まさかここまで変わることになるとはな…」
研究員は諦めたように言った。
「だが、これだけは覚えておいてほしい。我々は今後も君の存在を忘れはしない。君とはまた会う事になるだろう。その時までに君がどこまで成長しているのか…、期待しているよ。闇坂亨もとい神夜瑛士君」
そういうと研究員の姿は一瞬にして消え去った。蓮子たちを捕らえていた部下の二人も同時に消えたようだ。
重苦しい空気が消えいつもの雰囲気が戻りつつある。
俺は二人のもとに行き声をかける。
「二人とも大丈夫か」
二人は落ち着いた表情はしているもののこの状況に戸惑いを感じている。
「神夜君…、これはいったい…」
メリーはこちらに説明を求めているようだ。
「分かってる。ちゃんと説明するからカフェに戻るぞ」
かくして俺たち三人は先ほどいたカフェテラスに戻った。
今回も最後まで読んで頂きありがとうございました!
今回はかなり時間をかけこの話は書かせて頂きました。
一部ではありますが瑛士の過去についても少し見えてくる部分もありますし、勘のいい方は気づくところもあるかもしれませんね。
瑛士の過去とは、それに関してもゆっくり書いていく予定です。
次回はついに三人の会話シーンがメインになるかと思います。
ゆっくり待っていただければ幸いです。